第56話『同じ考え』
「……」
特にやることがない黄昏時。
昼間の暑さはこの時間までもまだまだ残っていて暑苦しい。
電線に止まって、カーカーと鳴いているカラスもほんの少し疲れ果てているようだった。
辺りをオレンジ色に染め上げていた太陽がゆっくりとその巨体を隠していった。
この暑い中公園で遊んでいた子ども達も、沈みゆく太陽と共に家に帰っていく。
いつもならばこの時間から夕食の支度を始めるのだが、俺はソファーに寝転がってスマホを弄っていた。
「はぁぁぁ……ねっむ……」
大きく欠伸をし、手元のポテトチップスを一枚摘んで口に運ぶ。
少し手を伸ばした先には二リットルの紙パックのジュースが鎮座していて、夕陽の作る影がテーブルに伸びていた。
果てしなくどうでもいいかもしれないのだが、コンビニで買えるこの二リットルの紙パックジュースは最高だと思う。100円+税でこの量の飲み物を買えるのは素晴らしい。難点をあげるとしたら半分くらい飲んだところで飽きるということだ。
ちなみに俺が買った、ぐれーぷうぉーたーなる物は三分の一飲んだところで飽きた。決して不味い訳ではない。ただ単に飽きた。
ポテチをパクつきながら某パズルゲームのゲリラダンジョンを進めていく。
さて、片指ポチポチゲーをしながらなぜ俺が今こんなにもだらけているのかを簡単に説明しようと思う。
というわけで時間は約三時間ほど前まで遡る。
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「――予想通り……結構な荷物になったな。なんかもう腕が痺れてきた。めっちゃじんじんする」
「……ハルカ、もう少し……持とうか? まだまだ、余裕だよ?」
「気持ちだけ貰っとく」
よっこらせと掛け声をひとつ。肩からずり落ちていた荷物を肩にかけ直す。
ずっしりとした食材の重みが肩にのしかかってくる。
歩く度に袋から飛び出している長ネギが鼻のあたりに伸びて青臭い匂いをちらつかせる。
「……ねぇ、浅川くん」
「ん?」
ねぎま串でも食いたいなぁとか考えていると、隣を歩く古宮が進行方向とは別の場所を見つめて足を止めた。
何気なく追ってしまったその視線の先には日向ぼっこをしているわりかし大きめの犬の姿があった。
明るいクリーム色の毛並みに少しばかり長めの毛。ゴールデンレトリバーという種類の大型犬だろう。
ふさふさとしている毛並みを見ていると冬場などにカイロがわりにできるのではと思ってしまう。枕にしても温かくて良さそうだ。
我ながらかなり酷いことを考えているが一度くらいはやってみたい。
「……犬ってさ」
「うん。可愛いよな」
「……美味しいのかな?」
「お前は真顔で突然なんてことを言い出すんだ。見ろ、あの犬も何か察知したのかいきなり吠えだしたじゃないか。ゴールデンレトリバーは穏和な性格で有名なのに」
「……や、猫が食べるなら、犬も食べるんじゃないかって、思ったんだよ」
「せめて言い訳しろよ」
「……浅川くん」
「なんだ」
「……犬って、美味しいのかな」
「Uターンしろよ。なんで行き止まり突っ切っていこうとするんだよ。行きに俺が余計なこと言ったことは謝るから愛嬌動物を食おうとなんて考えないでくれ」
猫のハンバーグに犬のステーキなんて出来てしまったらたまったもんじゃない。
「……冗談、だよ。そんなに、マジにならなくても」
「……やべぇ、今めっちゃキレそうなの我慢してるわ俺」
「……カルシウム、足りてる? にぼし、あるよ」
「いらねーよ。つかなんでにぼしがあるんだよ」
「……味噌汁のダシに、しようかと思って……買っておいた」
「なら味噌汁に使ってやってくれ。俺には必要ないんでね」
「……残念。にぼし、美味しいのに」
買い物袋の中ににぼしを戻し、再び歩き始める。
「今日の夕飯何食いたい?」
「……え、決めてるから、食材買ったんじゃ……ないの?」
「これが残念ながらノープランなんだな。必要そうなものを買っておいてメニューはその時の気分で決める」
「……計画性、ないね。なに、買ってたっけ?」
「野菜は人参、じゃがいも、玉ねぎ。肉は牛のバラ、魚はこの時期保存きかないから買ってない……と思ったけど、にぼしって魚の部類に入れてもいいのか?」
「……どうだろ。魚だけど、鮮魚では……ないよね。漢字にすると、煮干、だし。煮て、干してそう」
「実際そうだろ確か。家で作る時は鍋で小魚を煮て、扇風機で乾かす感じのヤツ。電気代が無駄にかかるから買ったほうが絶対的にお得」
「……つまり、自家製のにぼしを、作る人は……リッチ、ですわ」
「何故にお嬢さま言語」
「……流れ的に。というか、ふと思った。買った野菜と、肉が……カレー作れって、言ってる……気がする」
「それな。俺も言ってて思ってたし。てことで今日の夕飯はカレーでいいか?」
「……ハルカが、作るよ」
「いやいいって。朝作ってくれただろ? それだけでも充分有難かったから」
「……あんなの、作ったうちに、入らない。それに……ハルカは、居候。宿主に、作らせるなんて、ありえない」
「……む」
何を言っても折れないだろう。
前と同じパターンのやつだ。
俺は頭をかきながらため息を吐いた。
「分かった。じゃあ任せる。ただ、なんか手伝って欲しいことあったのなら遠慮なく言っていいからな」
そう答えると古宮は小さくガッツポーズをする。
「……ハルカ、特製カレー、お楽しみに、だよっ」
作れることが相当嬉しいのか、古宮の声はうさぎのようにぴょんぴょんと弾んでいた。
俺は古宮が楽しそうにしているならいいかと思いながら空を見上げた。
目に入ってきた一際大きな白い雲に結菜の顔が浮かんだ。何故今結菜の顔が思い浮かんだのかは分からない。けどもしそれに理由があるのだとすれば、それは単純明快な答え。間違いなく俺の本心だろう。
「……早く帰ってこい」
そうして俺は、古宮には聞こえないような小さな声でそう呟いた。
ふいに吹いた風が俺の吐き出した言葉をさらっていく。
だから俺はそんな悪戯な風にもう一度だけ願っておいた。
今の言葉を結菜の元に届けて欲しいと。そう願ったのだった。
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後半部分はさておき、これがことの成り行きだ。
要するに俺は古宮がご飯の支度をしている間は絶賛暇というわけ。だからこうしてゴロゴロとしているのだが、それすらも少しばかり飽きてきていた。
「……コーヒー買いに行くか」
頑張って半分くらいまで飲み終えたぐれーぷうぉーたーを冷蔵庫の中にしまい、古宮に声を掛けてから俺は外に出た。
普通家族以外の人間を家に残して自分だけ外出するというのはおかしいことかもしれないが、古宮は信用できるから平気だろう。
「――これはこれは、隼人先輩じゃないですか」
「十堂か」
家の敷地から一歩踏み出したところで十堂と遭遇する。
来た方向から考えると御桜丘に行っていたのだろう。
「先輩はこれからお出かけですか?」
「ちょっとそこの自販機までコーヒーを買いにな」
「そうですか。何にせよ、ちゃんと戸締まりはしておくべきだとわたしは思いますよ。玄関の鍵を閉める音しませんでしたし。それに多分……スマホも持ってないですね」
大した観察眼である。
鍵の方は音で分かるとして、スマホを持っていないことを見抜かれるとは思ってもみなかった。
「なんでスマホ持ってないって分かったんだ?」
「ズボンのポケットを見たからですよ。先輩手ぶらですから手には持ってない。鍵を閉めていないから左手が握られているのはおおかた小銭を持っているからですよね?」
「正解だ」
俺は左手を開く。
缶コーヒー一つ分の小銭がジャラっと音を立てた。
十堂は小銭には目もくれず、そのまま推理を続ける。
「んで、スマホの方ですけど――あるとすればポケットです。けどスマホが入っているのなら四角い盛り上がりが出来ていてもおかしくない。ですので、そのペッタンコのポケットにはスマホは入っていない。よって――」
漫画ならばビシッという効果音が出ていてもおかしくはない速度で十堂は俺に人差し指を突き立てた。
「――犯人は先輩です。大人しくお縄についてくれますよね?」
「チッ……。大した推理だよ。バレちまったら仕方が無い。十堂。悪いがお前にはここで消えてもらう」
「先輩……見損ないましたよ。やるっていうのならば容赦はしません」
ファイティングポーズを取る十堂。
俺も合わせてゆっくりと構える。
「――行くぞ、十堂」
「ええ。いつでも来てください、隼人先輩」
ジリジリと詰め寄っていく。
十堂は一瞬の隙も逃さないと言わんばかりの鋭い視線で俺を追い続ける。
ふいに、俺の背中を押すように風吹いた。
この好機を逃すはずがない。俺は思いっきり地面を蹴った。
「十堂ぉぉぉぉぉぉ!!!」
「先輩ぃぃぃぃぃぃ!!!」
同時に繰り出される拳。
それがお互いの顔面に届く数ミリの位置でピタリと止まった。
「――とまぁ、小芝居はこの辺で終わらせておきましょう」
「だな。見ろよ、近所のオバチャンが何事かと俺たちを見てるぞ」
「とりあえず自販機まで行きましょうか」
「そうだな」
並んで歩き始める。
何か話すこともなく自販機の前に着いた。
「悪いな。今回は奢ってやれない」
「分かってますよ。自分で買いますから大丈夫です」
お互い同じコーヒーを買い、そのままの流れぇ自販機の横のブロック塀に背中を預ける。
カチッと缶コーヒーのプルタブを開けたところで十堂が話を切り出してきた。
「先輩の家には今誰がいるんですか?」
「古宮」
「意外にもあっさりと答えましたね。もっと渋るもんかと思ってましたよ」
「何となく予想していたことだし、別に隠すようなことではない」
「まぁそれもそうですね。それで――どうして遥香先輩が? 遊んでいたんですか?」
「いや違う。ちょっと色々あってな」
十堂に言うべきか悩む。
ここで話をすればもしかしたら古宮を預かってくれるかもしれない。
そうなれば俺としては万々歳だ。古宮も信用してくれているとはいえ、俺よりは十堂のほうが安心出来るに違いない。
俺は思い切って十堂に古宮のことを話してみることにした。
「実は今、古宮は俺の家に居候しているんだよ」
「居候ですか? またどうしてそんなことに?」
「鍵を家に忘れて、しかも親が旅行中で家に入れないからって本人は言っていた」
「なんか……信じてないような感じの言い方ですね。でもまぁそういう理由ならば隼人先輩の家に遥香先輩がいるのは納得です。納得ですけど……疑問もありますね。何で先輩の家なんですか?」
「雪原と榊先輩は実家暮らしだろ? だから親御さんに迷惑かかるからダメ。反町はまぁまず論外。十堂は家が分からないからパス。んで、残るは俺の家ってわけだ」
「いや……わたしに至っては普通にメッセージ送ってくれればいいだけの話ですよねそれ」
「だよな。俺も思っていたよ」
「けどあえて言わなかった。それは何故ですか?」
最もな質問だ。
こんなこと始めから当たり前のように気づいていた。なのにどうして俺は結菜に許可を取ってまで古宮を泊めているのか。
理由はちゃんとある。だがそれは俺の興味本位という本能の部分なのだ。
「その方が――面白そうだから」
そう。なんだかんだ言っておきながら結局俺は今の状況を楽しんでいるのだ。
こくんと、コーヒーを飲んだ十堂の小さな喉が鳴る。
「先輩らしい答えですね。けど……今は、そうは思ってないんじゃないですか?」
そして当然のように見抜いてくる。
全く、俺の周りの人間は鋭すぎる。
考えてることのほとんどが見通されている。まるで自分が透明人間になったみたいだ。体は見えて、感情だけが透けて見えている。
「――人は何故、自分を隠すのか分かりますか?」
「本心をさらけ出すのが怖いから」
俺の答えに十堂はなるほど。と、頷く。
「それもあります。それともう一つ。自分の弱さを見せたくないからなんですよ」
「古宮のことを言っているならそれは違うな。あいつは全てを打ち明けてくれた」
一瞬、十堂の表情に驚きと色が見えた。
だがそれも本当に一瞬のことで、十堂は無表情に笑う。
「それは隼人先輩に心を開いている証拠です。良かったじゃないですか。けど――」
「けど?」
「あの人は見てて危なっかしい。例えるならそう……不安定な場所に置かれたガラスの置物です。扱いを間違えればすぐに落ちて割れてしまう。そして割れてしまったものは元には戻らないんですよ」
「俺と同じことを考えているんだな」
古宮が熱中症で倒れたあの日、俺も似たような表現をしたのを思い出す。
「夜乃先輩以外はみんな同じことを考えていると思いますよ」
「あの人はそういうところには疎いからな。でも、何となしには気づいている」
「そんなもんですよ。本当に何も気づいていないなんてのはアニメや漫画の鈍感主人公だけで十分です」
「現実にいたらウザイだけだ。さてと――」
「帰りますか?」
「ああ。いつまでも一人で待たせていたら悪いからな」
よっと体を起こす。
背中についたブロック塀の白い粉を払って俺は右手をひらひらとあげた。
「近いうち遊びに行こうぜ」
「もちろんです。それではまた今度です、隼人先輩。わたしはもう少しここで黄昏てますよ」
「もう暗いんだから気をつけろよ」
「百も承知です」
そう言って十堂は薄手のパーカーのポケットから音楽プレイヤーを取り出し、そこから伸びているイヤホンを耳につけた。
早く帰れということだろう。
「――じゃあな、十堂」
俺は十堂に背を向けて歩き出した。
to be continued
心音です、こんばんは。
今回のお話は遥香というよりは恋歌がメインのお話にしました。完全なる個別ルートというわけではないので他のキャラもちょくちょく出したいわけでして……(笑)
ですが次回のお話からはおそらく他キャラは出てきません。や、もしかしたら結菜だけは出てくるかもしれませんね。
なんかグダグダですが、次のお話でまたお会いしましょう。




