第49話『少し特別な時間』
翌日。
俺は炎天下の下、ここに来る際に使った駅の前に立ち尽くしていた。
時刻は――9時まであと10分くらい。
昨日の夜の肌寒さが嘘のように思えるほどの暑さ。しかも風が全く無いという鬼畜二コンボのせいで通気性が売りのTシャツは既に息をしていなかった。
Sっけの高いお天様は風が吹こうが吹くまいが、容赦ない熱線を俺たち無力な人間に浴びせ続けていた。
しかし、観光地ということもあり、俺のいる駅は改札の中も外もこの暑さに負けじと多くの観光客で溢れかえっていた。見てるだけで暑さが倍増してくる。
某アニメやゲームなどの展覧会では訪れた客の汗やら何やらで天井に雲が出来上がったという話があったが、駅の中にも雲は出来るのだろうか? もう少し閉鎖的な空間なら作れないこともない気がする。
「……」
考えにふけったところでこの暑さが無くなるわけでもない。無駄に頭を働かせるのはエネルギーの無駄遣いだ。
チラリと視線を手元スマホに落とす。
あと少しで二人は姿を見せるだろう。
「……」
さて、ここらでなぜ俺がこんな場所にいるのか説明しておいた方ないいだろう。
ことの発端は昨日のあの時間まで遡る。
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「……明日、ハルカと、デートして、浅川くん」
冗談で言っているわけではなさそうだった。
何か言葉を返そうにも、あまりにも突然な提案に頭が混乱しているせいで何を言えばいいのか分からないでいた。
「……どういうつもりですか?」
始めに口を開いたのは結菜だった。
その声には明らかに怒りのような感情が含まれていた。
「古宮先輩が何を考えているのか僕にはさっぱり分からないんですけど。大体――」
「落ち着け結衣」
ほっとくとヒートアップしそうな勢いの結菜を手で制す。
結菜を怒らせると後々めんどくさい。
昔からそうだ。基本他人のことはどうでもいいと思っているやつだが、自分の大切にしてる人、信用している人に関しては人一倍敏感。
そして絶対的信頼を置いている人間にしか結菜が懐くことはない。
しかし他人にはそれが分からない。
何故なら仮面を被っているからだ。学校で見る結菜には友達が沢山いるように見える。誰もがそう思う。だが違う。言葉通り見えるだけでそこに中身は無い。
全てが上辺の付き合い――結菜はあの友達に見える人間の誰一人すら心を開いていない。『長谷川結衣』という仮面に『瀬川結菜』が隠されている。
それに誰も気づかない。気づけるのは『瀬川結菜』を知っている者だけ。
――さて、話がそれてしまったな。
結局何が言いたいかと言うと、結菜が大切にしてる人がもし、誰かに取られるようなことがあれば、それこそ――相手を殺すほどのものだということ。
他人に興味はない。目の前で人が死のうが、それが他人であれば気にもとめない。だが自分の大切な人のためなら何でもする。
それば『瀬川結菜』という人間だ。
故に、今この場で古宮が俺という大切な人を取ろうとするのなら、結菜はどんな手を使ってでも全力でそれを阻止しようとする。
何かしらの理由あるにしても結菜には関係ないのだから。
「……どういうことか説明してくれないか、古宮。お前がそんなくだらないことを考えなしに言うとは思えない」
だから俺は結菜を止めた。
古宮が何も考えずにあんなことを言うはずがない。結菜が爆発する前に理由を聞く必要がある。
溢れる殺気を隠すことなく結菜は古宮を睨んでいた。
「……あ、あの……結衣ちゃん、怖いよ……。隼人くんも。そんな、変な、お願いじゃ……ないからね?」
古宮は結菜のほうを気にしながら言葉を紡ぐ。
「……ほら、ハルカ……小説書いてるじゃん? 今度、応募する、予定なんだ」
「応募? オーディションみたいなものか?」
「……そんな、感じ。それで、そのオーディションのテーマが――」
「――恋愛、なんですね?」
結菜の表情は嬉々として輝いていた。
つい先程までの禍々しいオーラは何だったのか。そのギャップがまた恐ろしい。
「なるほどなるほど。大体の事情は把握しましたよ、古宮先輩。要するに自分は恋愛について分からない。だから隼人と明日一日デートをして大体でいいからどんなものなのかを把握する。こんな感じかな?」
「……正解。許可、くれる?」
「嫌です。と、言いたいところですが、特別に許可しますよ」
俺の意思はどこに行ったのだろうか。
「ただ一つだけ条件があります」
「……条件?」
「はい。まぁ簡単なことですよ。明日のデート、僕もついていく。そして、どっちが隼人を満足させられるかで勝負しよう」
おいおいおい?
なんか話がどんどん変な方向に進んでいってないか?
「……分かった。その勝負、受けるよ」
真剣な眼差しで古宮は頷いた。
結菜もその返事に満足そうに頷く。
これはもう俺に二人を止めることはできない。
「では隼人。明日僕と古宮先輩に付き合ってくださいね」
そう言われて俺は頷くことしか出来なかった。
断ったらどうなるか分かったもんじゃない。
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――というのが昨日の出来事だ。
要するに俺は結菜と古宮の二人とデート(?)をするために今この場にいる。
ちなみに雪原たちは今日も海で遊ぶ予定らしい。だからばったり遭遇することはないと思うが警戒するにこしたことはないだろう。
「……はぁ」
握られたスマホは手汗のせいでだいぶ滑りやすくなっていた。普段そこまで汗をかく体質ではないのだが、身体もこの暑さには耐えられないようで体温調節を行うことに必死になっていた。
「……死ぬ」
ジリジリと肌が焦がされる。
非常に暑い。このまま俺は熱で溶けて死んでしまうのではないか。
死ぬのならせめて最後に甘狐処の抹茶アイスが食べたい。できれば二段重ねで抹茶ラテ付きで。
「――隼人」
「……おはよ、浅川くん」
そんなくだらないことを考えている矢先、暑さで揺らめく空間を開くように待ち人が現れた。
「――抹茶アイス奢らないとどうなるか分かってるんだろうな?」
「あのあのあの? なんで会って早々脅されないといけないんですかね? 僕たち何かした?」
「俺を待たせた」
「理不尽ですね。まだ待ち合わせの時刻にはなってないんだけど?」
「……」
スマホの画面をつける。
ちょうど時刻が9時になったところだった。
「……今日は暑いなぁ。知ってるか? 今日の気温は昨日より五度近くも高いらしいぞ。天気予報で熱中症に注意しろと言っていた」
「うわー……あからさまに話逸らしましたよこの人。まぁ……抹茶アイスくらいいいけどさ」
「……ハルカも、抹茶アイス……食べたい」
「後輩にたかる先輩たちって……もうダメダメじゃないですか。ていうか仮にもデートなんだからそれくらい隼人が出してよ」
「考えとく。とりあえず場所移動しようぜ」
歩き出すと二人は俺の両隣に並ぶと、何を思ったのか腕に抱きついてきた。
右側を結菜が。左側を古宮が。まるで罪人を運ぶ役人のように二人は俺の腕をがっちりとホールドしていた。
歩きづらい上に暑いことこの上ない。
「……結衣はともかく、古宮。お前まで腕を組む必要はあるのか?」
「……あるよ。デートだもん」
古宮はより一層強く腕を絡めてくる。
そのせいでふにっと、女の子特有の柔らかい感触が腕から脳へと伝わってくる。
「……当たってるぞ」
「……違うよ。当たってる、じゃなくて……当ててるんだよ」
「……」
古宮って結構大胆なことするんだな……。
そんなことを思いながらチラリと古宮の表情を伺う。
「顔真っ赤じゃねーか。どんだけ無理してるんだよ」
「……ち、違う。これは、暑いからだよ。こんな、暑かったら、誰だって……こう、なるよ」
「いやいやいや、お前結衣見てみろって。平然としてるぞ」
「まあ僕は本物の彼女ですからね。ニセカノの古宮先輩とは違うから」
勝ち誇ったようにふふんと鼻を鳴らす結菜。
対する古宮は悔しさを紛らわすためなのか、胸なら結菜に負けていないと主張しているのか、また腕に力を込める。
まぁ胸のサイズならば結菜よりは古宮のほうがあるに違いない。
結菜も歩いているとよく腕を組んでくるが、腕に当たる感触が全然違う。いや、決して結菜の胸が小さいと言っているわけではないが……うん。大きい胸いいですね。
「……おい、痛いぞ結衣。何故抓る。手の甲ってわりと神経が敏感なんだ」
「へぇ? 抓る理由が分からないと? いい度胸だね隼人。みなまで言わせるつもりなのかな?」
「分かった。分かったから力を強くするな。ごめんって。痛い痛い痛い」
「……まったく」
手の甲の激痛が収まる。
後に残るのはヒリヒリとした火傷のような痛みだけだった。
結菜は恨めしげに古宮の胸を覗き込みながらため息を吐いた。
「僕も古宮先輩くらい胸があれば隼人を満足させられるのかなぁ……。牛乳……きっと牛乳が僕には足りてないんだ。偉大なる牛様のパワーを僕の胸に……」
「……なんで、ハルカを……拝むのかな? ハルカ、牛様じゃないよ。あと、ハルカ……牛乳、嫌いだから、飲んでない」
「……なっ!?」
結菜の目が大きく見開かれる。
どんだけ驚いてるんだ。
「……ッ!?」
次の瞬間、結菜はパッと俺の腕から離れると古宮の背後にハイエナの如く回り込んで背中のほうから手をニョキっと伸ばすと、そのまま古宮の胸に掴みかかった。
「……ひゃん!」
嬌声が上がる。
「……ちょ、結衣ちゃん、ダメっ、だよ……」
「これは……C。いや……違いますね。少なくともDはあるとみました」
やたら手慣れた手つきで古宮の胸を揉みしだく結菜。
結菜の指先が動く度に、服越しからでも分かるほど胸の形が変わっていく。
所在なさげに泳がせていたはずの視線は引き寄せられるように古宮の胸を凝視していた。
「いいなぁ、いいないいないいないいなぁ。なんで? どうしたらこんなに育つんですか? 睡眠? やっぱり睡眠が大切なのかなぁ」
「……み、耳元で、喋らないで……くすぐったい、よ!」
「あ、古宮先輩。僕の胸揉んでみませんか? 胸は揉まれると育つって言うじゃん? 大きい胸の人に揉んでもらえたら僕の胸だってあっという間に成長してくれるはずだよ」
「……そ、それは……ンっ、好きな人に、揉んでもらわないと、意味が……無いんじゃ?」
「……」
ピタリと結菜の指が止まる。
なんか嫌な予感がする。
「……隼人」
「何でしょうか?」
「……なんで、敬語」
パシッとツッコミが入る。
ゆらりと、結菜は俺の前に立つ。
「……僕の胸が小さいのは隼人のせいです」
「なんでやねん」
結菜の頭にチョップを振り下ろした。
「だから!! 隼人が揉んでくれないから僕の胸は小さいままなんですよ!! どうしてくれるの!?」
「落ち着け結衣。周りの非リアの男どもが俺のことを異常な目つきで睨んでいる。このままじゃ俺は殺されかねない。俺が殺されたらどうなるか分かるな? 要するにお前の胸は一生小さいままだ。それでもいいのか?」
「!?」
結菜はたじろぐ。
一生小さいまま。を強調して言った甲斐があったようだ。
「恋人を失い、胸も小さいまま。悲しき運命よ。胸が小さくても俺は結衣のことが好きだっていうのに……残念だ。俺はあいつらに殺されてくるよ」
「あう……。ま、待って隼人……」
服の袖をキュッと握ってくる結菜。
けど握ったはいいが何を言えばいいのか分からず体をもじもじさせる。
その仕草がとても可愛らしく、そしてどうしようもなく愛おしく思えてしまう。
「冗談だ」
ぽんと結菜の頭に手を置いて、シルクのようにサラサラとした髪を撫でる。
一撫、二撫。
撫でる度に結菜の表情が和らいでいく。
「――隼人のなでなで好きです。なんかこう……ふわふわっと飛んでいっちゃいそう……」
うっとりとした表情で俺の手を受け入れる結菜。こいつは頭を撫でてあげるといつもこうなる。
シャボン玉のように意識がふわふわと飛んでいるというかなんというか。
完全に浮かび上がる前に割ってあげねばならない。
「戻ってこーい」
「はぅ!……はっ」
脇腹を軽くつつくとパチンと割れるように結菜は我に返った。
「僕としたことがなんたる不覚。古宮先輩の前でみっともない姿を見せてしまいました……」
「……大丈夫、だよ。負けた気は、するけど……参考に、なったから」
いつの間にか手に持っていたメモ帳にペンを走らせている古宮。
「……やっぱ、本物の、恋人同士は……違うね。お互いのこと、ちゃんと、理解している――そんな感じが、するよ」
古宮は少し興奮気味に喋る。
そのせいか頬が少し赤かった。
「……二人を、見ていれば、小説……書ける気が、する。頭の中に、ストーリーが、浮かんでくる。ハルカの……知らない、恋愛の部分が、パズルの、ピースを、埋めるみたいに、欠けた部分に、はまっていく」
「先輩の役に立ててるようなら何よりです。けど先輩。勝負は勝負だからね? どっちが隼人を満足させられるのかは、はっきりさせないと」
「……うん、そうだね。ハルカ、頑張るよ」
「その意気です。じゃあ早速何処かに行こうよ。隼人、エスコートよろしく」
言いながら結菜は俺の手を取る。
「はいはい。仰せのままに」
勝負勝負と言っておきながら自分が一番楽しんでいるじゃないか。
だがまぁ――
「――ほら、古宮」
「……?」
「今日だけはお前も俺の恋人って設定なんだ。手、取ってくれるよな?」
「……え、いいの?」
――たまにはこういうのもいいかもしれない。
古宮の前に差し出した手。
これを取ってくれれば楽しい時間の続きが始まる。
「ほらほら古宮先輩。遠慮なんていりませんよ。ガバッと取っちゃってください。減るもんじゃないんだし」
まだ遠慮している古宮を急かすように結菜は笑いかける。
心の底から笑っているわけではないだろうが、俺以外の人の前でこんなに楽しそうにしている結菜を見るのは再会してから初めてだ。
「結衣の言う通りだ。ほら、お前がこの手を取らないとネタがゲットできなくなるんだぞ?」
「……そ、それは、困る。け、ど……やっぱ、悪い……よ……」
「……古宮?」
「古宮先輩……?」
様子がおかしい。
歯切れが悪い――のはいつものことかもしれないが何かおかしい。
「おい古宮どうし――」
伸ばした手が古宮に触れたその瞬間だった。
燃料が切れ、自立出来なくなったロボットのように膝をつき、そのまま太陽の熱で熱された地面に倒れ込んだ。
to be continued
心音です、こんばんは。
結構良い感じに進んでいたはずなのに最後の最後で遥香が倒れてしまいました。
次回は倒れた後の話と隼人、結菜の話が絡んでくる予定です。
それでは次のお話でお会いしましょう。




