第48話『彼と彼女と友達と』
沿岸の道を二人並んで歩く。
波の音で足音は消え、目を瞑ればまるで海の上を歩いているような不思議な感覚がした。
だがそれもほんの少しの時間のことで、海なりの道から外れるとアスファルトを踏みしめる無機質な音に変わった。
海から戻り、今に至るまで俺たちの間で会話は一度もなく、このままホテルに帰るまで会話は無いような気がした。
ならばと、俺はポケットからスマホを取り出してメッセージを開く。
予想していた通り結菜からのメッセージが届いていた。
『どうなりましたか?』
飾り気の無いシンプルな文。
俺は大丈夫と返信してスマホを閉じる。
あたりは途端に暗くなり、スマホを見ていた分、前が暗く見えずらくなっていた。
「うおっ」
そのせいで足元に段差があったことに気づかずバランスを崩す。
やばい。このままだと倒れる。
体勢を立て直そうにも思った以上に身体は傾いていて自力じゃどう使用もない状態だった。やがてくるであろう衝撃に備えて思わず目を瞑ってしまう。
だがその瞬間に俺の体は動きを止めた。
「……重い」
どうやら古宮が支えてくれているようだった。
腕がプルプルしていて危なっかしい。
だがそれでも頑張って支えてくれる姿が妙に可愛く思えてしまい、しばらくそのままの状態をキープすることにした。
「……あ、浅川くん……!? は、ハルカ……もう、限界……! 腕が、限界! 倒れちゃう、よ……!?」
本当に辛そうで顔が暗がりでも分かるほど赤くなってくる。
そろそろやめておいた方がいいだろう。
古宮が支えてくれているおかげでもう自力で立てそうだった。
「ふぅ、助かった古宮。サンキュ」
「……浅川くん、わざと――だよね、後半」
「……」
ジト目で古宮は俺を見ていた。
少しやりすぎてしまっただろうか。
「――まったく、何をしているんですか隼人」
呆れきった声。
声のした方向へ顔を向けると呆れ顔の結菜が壁に寄りかかっていた。
おいおい。今は古宮もいるってのに堂々と登場してくるってどういうことだよ。
「……?」
俺は声だけで分かったが、古宮はまだ誰だか分かっていない。今ならまだ立ち去ることもできるだろう。
だが結菜は何を考えているのかそのまま話し続ける。
「パッと見結構危ない人でしたよ、完全に。プルプル震えてる女の子をニヤニヤ笑いながら見ている男の子の図。見ているのが僕じゃなかったら通報してるところだったって」
どうやら隠すつもりはさらさら無いようだった。結菜がその気ならこっちも普通にしていたほうがいいかもしれない。
ただ……呼び名だけは『結菜』ではなく『結衣』にすることにした。
「覗き見してる結衣もどうかと思うんだが?」
「やだなぁ隼人。僕は覗き見なんてしてないよ。僕が立っているところであんなことされただけなんだから」
「許可しないで見てる時点でそれは覗き見だっつの」
「うわ、理不尽な考えですねそれ。そんなこと言ったら誰しもが覗き見の常習犯だよ」
「知ってるか? 案外人って他人のことを見ていないんだぜ。それこそ道端に落ちている石ころと同じレベルでな」
「興味のないものはどうでもいいってことですか。でも道端に落ちている石ころはともかく、アスファルトの隙間から頑張って咲いてる花には興味を惹かれるよ」
「そうだな。要するに他人に興味があるかないかは、当たり前のように転がっている石ころか健気に咲く花ってわけだ。興味が無い石ころに目向きもしない。でも花には何となしに目がいく。そして見てしまうということは興味があるってことなんだ」
「なるほど。僕は興味があるからあんな光景を見ていたと」
「そうだな、変態」
「なんか……否定できないのがすごく悔しいですけど」
「残念だったな」
「全く、変な理屈でねじ伏せられましたよ」
壁に寄りかかっていた結菜は、やれやれと手でジェスチャーしながら一歩踏み出した。
「……あなたは」
だんだんと目が慣れてきて古宮も結菜が誰なのか把握したのだろう。
目をぱちくりさせながら、俺と結菜を交互に見ていた。
まぁ無理もない。古宮の瞳には明らかに動揺の色が見えていた。
無論、結菜もそれに気づいてるらしく、クスッと笑って結菜は古宮の前に立つと律儀にお辞儀をする。
「――こんばんは。僕のこと覚えてくれているようで何よりです。改めまして――僕は長谷川結衣。結ぶ衣で結衣ね。桜見丘高等学校一年」
そこまで言ってチラリと俺を見る。
俺たちの関係を言うか言わないかどうする?と目が語りかけていた。
今言わなくても後で質問攻めにされるのは目に見えている。ならば早めに言ってしまった方がいいだろう。別に隠すようなことでもないしな。
俺がgoodサインを出すと、結菜は「了解です」と頷いた。
「隼人との関係はまぁ……昔からの知り合いです。いわゆる幼なじみってやつだね。ずっと離れ離れだったけど、今年の春に再会した感じかな」
「……二人、幼なじみ……だったんだ。びっくり。ハル――私は、古宮遥香。浅川くんの、友達やってます。私は、去年の春に、再会した感じ」
「あ、言いやすい一人称で大丈夫ですよ? ていうか古宮先輩も幼なじみだったりするのかな、隼人」
何故か俺を軽く睨みつける結菜。
なぜ俺は睨まれなければならんのだ。
「いや、古宮は幼なじみじゃない。中一の時に一度だけ会ったことがあるだけだ。俺の幼なじみなんて今は結衣くらいだぞ」
「そうでしたか、ならいいんです。僕も今は隼人だけだしね」
「……二人は、仲がいいんだね」
「まぁ一応付き合っていますからね。そこら辺の人よりは仲がいい自信はあるよ」
「……へぇ、それは、すご――ふえっ?」
普通に流しかけた古宮だったが、言葉の意味を理解した瞬間間抜けな声が漏れた。
「……え? えっ? 二人は……付き合ってるの?」
「はい。一ヶ月くらい前から付き合ってるよ」
「……一ヶ月。浅川くん、どうして……教えてくれなかったの? 彼女が、できたこと」
古宮は少し残念そうな表情を曇らせていた。
さっきまで友達にどうのこうのって話をしていたこともあるから何か思うところがあるのだろう。
「自ら進んで言うのは自慢してるみたいで嫌だったからな。バレたらバレたで諦めよう精神でいた」
「えー、別に自慢しても良かったんですよ? こんな可愛い彼女なんだから」
からかうようにバシバシと背中を結菜が叩いてくる。
「痛い痛い。てか自分で可愛いっていうやつがあるか。否定はしないけど」
「あはははっ! 隼人、顔赤くなってるよ。そういうのはサラッと言ってのけてこそカッコイイんだから」
「うるせぇ」
「――痛っ!? 彼女の頭をフルスイングで殴るってどういうことですか!?」
「お前が変なこと言うからだっ!!」
「……二人は、本当に……仲が、良いんだね。なんか……羨ましいな」
バカしてる俺と結菜を見るその表情はまるで……小さな子どもたちを見守る聖母のように優しげなものだった。
しかし何故だろう。俺にはその表情が仮面のようなものに思えていた。
仮面は人の素顔を隠す。精巧に作られた仮面ほど、剥がすのは困難になる。
「隼人、古宮先輩。ホテルに戻る前にコンビニ行きませんか? 実は僕お腹空いてるんだよね」
微妙な空気の流れに感づいた結菜が自然な流れで話題を変える。
「確かこの道を進んだところにあったはずなのでどうですか? わりと遠回りになっちゃうんだけど」
「俺はいいぞ。ちょうど小腹も空いてきたところだしな」
「……ハルカも、何か食べる」
「決定ですね。じゃあ行こ」
三人で並んで歩く。
車通りの少ない道だから並んで歩いても迷惑になることはない。
他愛ない会話をしているうちにコンビニに到着する。
「この時期って中華まん系統が消滅してるのが解せないよな」
電源すら入っていない中華まんコーナー。
夏場はただの置物となっていて寂しいものがある。
「あー、分かります。今日とかわりと肌寒いから中華まんが恋しくなるよね」
「……あんまん、食べたい」
「古宮はあんまん派なのか」
「……うん。あんまんこそ、中華まんの……至高。あんまん、大好き」
「あんまんも好きですけど、僕は断然ピザまん派ですね。中のとろっとしたチーズは絶品だと思うんだ」
「見事にバラバラだな。俺は肉まん派なんだよ」
「肉まんも好きですよ。ピザまんと比べたら天と地の差があるけどね。一度ピザまんを食べたいという理由だけでコンビニでバイトしたことあるよ」
「普通に買って食えばいいだろ」
「……同感」
「いやいや、蒸したての出来立てを自分で作って食べたかったんです」
「冷凍してるやつ蒸し器に突っ込むだけじゃないのか?」
「いやまぁ隼人の言う通りなんですけど。そこはほら、気分ってやつで何とか」
コホンとわざとらしく咳払いを一つ。
なんかコイツくだらない理由で色んなバイトしてそうだな。
「そういえば前にチョコまんやらス〇イムまんやら流行ったじゃないですか。あれどう思う?」
「あれは邪道」
「……論外」
「ですよね。あれは中華まんにケンカ売ってるようなものだと思う。あれを考えた人は何を思ってこんな物を作ったのか理解に苦しむよ」
「思えばレジの前でこの会話する俺らも俺らだよな」
「……確かに」
レジの中を見ると、胸元に店長と書かれた名札を付けている中年のおじさんが引きつった笑みを浮かべていた。
俺たちは軽く会釈して奥の方へ進んでいく。
「……おにぎりが、ベスト」
梅と昆布のおにぎりをチョイスする古宮。
なかなか渋い趣味をしている。
「ホットスナックが買いにくくなったので僕もその辺にしますかね……。隼人は……これかな?」
振り向きざまに投げられた物をキャッチする。
手の中にすっぽりと収まる大きさの三角形。結菜が投げたのはおにぎりだ。
手を開いてラベルを確認してみる。
「……なんで高菜なんだよ」
結菜は何を食べようかと、さ迷わせていた手を止めて俺を見る。
「あれ? 隼人高菜嫌いでしたっけ?」
「好きでも嫌いでもないところ。出されたら食べる感じだな」
俺は高菜のおにぎりを投げ返す。
すると結菜はまたおにぎりを投げ渡してきた。
「梅昆布茶……? 飲み物をおにぎりにしようとする精神が謎だな……」
これチョコまんやらス〇イムまんみたいなのと同じ部類のもんだろ絶対。
「何味食べたいですか?」
再びおにぎりを投げ返すと、今度は普通に言葉を投げかけてきた。
結菜の前の戸棚を見る。ここからだと若干距離があってラベルが読みづらいが、結構品は揃っているようだし、適当に言っても食べたい味はあるような気がする。
「卵かけごはん風のおにぎり」
「卵かけですね……えーっと――ありました。何個?」
「二個。あとツナマヨあるか?」
「ありますよ。シンプルイズベストだね」
おにぎり三つを買い物カゴの中に入れて結菜はお菓子コーナーに進む。
ポテチの棚の前に古宮の姿があった。
「お菓子買うのか?」
「……うん。グルメ、見てない?」
「グルメ? あ、何か来てる」
画面いっぱいの通知。
そのほとんどが雪原と榊先輩で埋まっていた。
「……お菓子パーティー、やるんだって」
「のようだな。なら飲み物も買っておいたほうがいいか? 海でほとんど飲んだから余ってないだろ」
榊先輩が海ではこまめな水分補給が大切だから――って言って、みんなにちょくちょく飲ませていたから残っているとしてお茶くらいだろう。
「……そうだね。紙パックのやつ、買ってこう」
「二本くらいあれば十分か?」
「……一晩だけだし、余裕だと……思う」
「お菓子パーティーいいですね。僕もよく一人でするよ」
一人でするのは定義上パーティーと呼べるのだろうか?
「……結衣ちゃんも、来る? あ、でも関係ない人は、ホテルに、入れないか」
「いや入れるとは思うぞ。だって同じホテル泊まってるはずだし」
「バレましたか」
そりゃなと、俺はため息を吐く。
「お前さっき自然な流れで、ホテル戻る前にコンビニ行きませんか?って言っただろ。それに海でした会話思い出してみろ」
「それもそうでした。けど僕は参加しませんよ」
「だろうな、分かってた」
結菜の性格上、そんな返事が来るのは分かりきっていることだ。
「……遠慮しなくても、いいのに。みんな、歓迎すると、思うよ? 特別招待券の、お礼したいって、言ってたし」
「いえいえ。お礼が欲しいから渡したわけではないですし、歓迎されるされないとかそういう問題ではないので。僕のことは気にせず楽しんでほしいな」
「……そっか。分かった」
有無を言わさず結菜が言いくるめる。
言いくるめると言うのは少し語弊があるような気がしなくもないが、間違ってもいないだろう。
現に古宮はただ頷くことしかできないでいた。
こういうところはやっぱり昔から変わっていない。
「……話したいこと、あったんだけど……残念」
言いながらポテチをいくつか手に取ってカゴに入れる。
「話したいことですか? 今この場じゃダメなの?」
「……あー、うん。今でも、いいかな? 浅川くんも、いるし」
「俺も関係することなのか」
「……うん、かなり」
俺と結菜は目を合わせる。
お互い頭の上にぷかぷかと疑問符が浮かんでいた。
あの結菜ですら何を言おうとしているのか予想がついていない。
「んと……とりあえず話してくれるとありがたいです」
「……そうだね。じゃあ、簡潔に」
長い前髪を耳にかけ、古宮は俺を見据える。
そして次の瞬間、俺と結菜の思考が完全に停止する言葉を吐き出した。
「……明日、ハルカと、デートして、浅川くん」
明日は長い一日になる。
そんな――予感がした。
to be continued
心音です、こんばんは。
※別に一部中華まんをディする回ではございません。
久しぶりに肉まんを食べたので何となくネタにしたかっただけです。
さて、今回のお話ですがまた微妙な終わり方でしたね(書いたのお前だろ)。全て次回に持ち越しという感じです。
遥香が隼人をデートに誘った真意は一体?
それでは次のお話でお会いしましょう。




