第46話『夜の海にて』
俺たちの遊んでいた海から徒歩五分といったところにホテルはあった。
「写真より実物の方がすごいってこういうことを言うんだなぁ」
見上げるほど大きな建物を前に反町はそんな感想を口にする。
だが、反町の言う通り写真とは全く違うすごさがそこにはあった。
「こんなところに無料で泊まれるって考えると……あの子、怖い。ほんと何者」
雪原はサイフから取り出した二枚の特別招待券をひらひらと眺めていた。
「まぁ細かいことは気にしなくていいかな。みんな、チェックインするからついてきて」
雪原を先頭にぞろぞろとホテルへ入る。
中もびっくりするくらい綺麗で豪華な内装だった。
大理石でできた壁。床も同じ材質で赤色のふかふかとした絨毯が敷かれていた。上を見上げれば大きなシャンデリアが圧倒的な輝きで俺たちを照らしている。
ホテルにいるお客さんはみな、スーツなどの正装をしていて俺たちのような一般人がいていいのか不安に思ってしまう。
「――すいません、特別招待券使って予約している雪原です」
「雪原様ですね。お待ちしておりました」
礼儀正しく斜め45度のお辞儀をする女性。
「お部屋のほうなんですが、特別招待券二枚ということでお部屋はお二つ用意させていただきました。三人でひと部屋という感じなのですが、どのように分かれますか?」
「ちょっと待っててください」
フロントの人と話していた雪原は俺たちのほうへ向き直り、どうする?と問いかける。
「……とりあえず、浅川くんと、反町くんは、別々……かな?」
「ですね。男二人の中に女子を一人突っ込むのはいくら信用しているからとはいえ危険です」
信用はしてもらえているようだ。
まぁ信用されていなかったのなら俺と反町。あとの女子四人という部屋割りになっていたに違いない。
「俺たちは口を出さないから女子たちで決めてくれ。反町、案内板見ておこうぜ」
「そうすっか。館内設備の確認は大切」
話し合いをしている女子四人を置いて俺と反町はフロントから少し離れた位置にあった案内板の前に立つ。
20階建ての超大型ホテルは館内設備もかなり充実しているようだ。
「温泉だけで四つも場所があるみたいだな。お……? 隼人、どうやら最上階の露天風呂は特別招待券を持っていないと入れないみたいだぞ」
「マジか。それは絶対に行かないと損だな。あとで雪原たちにも教えよう」
他にはマッサージルーム、カラオケルーム、ゲームセンターなど、あるところにはありそうな設備は全てあった。
しかも何がすごいって、特別招待券を持っていると館内設備の全てが無料で使えるのだ。ようするにカラオケは歌い放題、マッサージはしてもらいたい放題。特別招待券の凄さを実感してしまう。
「マジですげぇな……。一泊だけじゃなくて二泊三日だろ? しかも朝夜のごはんもちゃんとついてる……。なぁ隼人。俺は夢を見ているのか?」
「安心しろ……これは夢じゃなくて現実だ。にわかには信じられんがな」
結菜には本当に感謝しないといけない。
でもどうせなら――二人で来たかったという気持ちも胸の片隅にあった。
そんなことを考えていると結菜が今どうしているのか無性に気になってきた。あいつのことだから家でゲームをしたりして過ごしているのだろうか。家事は出来るみたいだからそこまで心配していないが、生活リズムがどうなっているのか考えると不安になってくる。
あとでメッセージを送って生存確認でもしておこう。
「なぁ隼人。あとで卓球しないか? ラケットと球は借りられるみたいだし」
「卓球か。いいな。どうせならみんなでやろうぜ」
「おうよ」
シュッシュッ――と、素振りをする反町からフロントのほうへ視線を移す。
するとちょうど話が終わったのか、榊先輩がこちらに向かって手招きしていた。
「反町、どうやら部屋割り決まったみたいだ」
「マジか。なら戻うぜ」
女子たちのところへ戻る。
ちょうど部屋まで案内してくれる人もフロントから出てきてベストタイミングだった。
「部屋割りはどうしたんだ?」
気になっていたことをとりあえず雪原に聞いてみる。
長い髪をシャランとかきあげてうっすらと笑みを浮かべる。
「反町一人とあと五人」
くっそワロタ。
反町ボッチ。
「なんで!? 三三に分かれるんじゃなかったの!?」
「誰もそんなこと一言も言ってない。浅川と反町は別の部屋。男二人の中に女子を突っ込むのは危ない。それしか言ってないから」
淡々と事実だけを話す雪原。
これは鬼の所業だ。
「ひどい!! あんまりだ!! なんでみんなで旅行なのに俺だけ独り部屋なんだよ!! ええい!! 今すぐ部屋を変われ隼人!!」
「断る」
俺だって独り部屋は嫌だ。
「まぁ冗談これくらいにしておいて」
「今日一番安心した瞬間かもしれない」
立ち直った反町は期待の眼差しを雪原に向ける。
雪原はそれに気づいてはいるが、特にツッコミを入れることなく話を続ける。
「浅川は遥香と恋歌と部屋一緒ね」
はい。と、宙にほおられた鍵を掴み取る。
部屋の番号は――1802だった。となると、雪原たちの部屋の番号は01だろう。
案内の人がエレベーターを開けて待っている。
俺たちが乗り込むと同時にドアがしまり、18階目指して上昇を始めた。
途中で乗ってくる人がいなかったこともあり、エレベーターはすぐに目的の階層に到着した。
部屋の前まで案内されると、案内係の人は一礼してその場から離れていった。
「夕食は19時から10階の大広間でバイキングみたい。それまでは自由行動ってことで」
スマホで時間を確認してみる。
ちょうど18時を過ぎたところだった。
「50分くらいにここで待ち合わせね。あ、そうだ。部屋はオートロックだから出る時は絶対に鍵忘れないでね」
「分かった」
雪原から受け取った鍵で部屋のロックを解除する。
「……一番乗り」
するりと俺とドアの間を抜けて古宮が一番に部屋に入っていった。
その後に俺と十堂が続く。
「……すごい。こんな、豪華な部屋……初めて」
「ベッドふかふかで最高ですよ。枕もすごい柔らかい」
「部屋にジャグジーついてるぞ。冷暖房も完璧だし、設備面しっかりしてるな」
「これはもう……文句のつけようがないですね、完璧すぎです。こんな最高なところに二泊三日かぁ。幸せだなぁ」
古宮と同じように枕に顔を埋める十堂。
時より見える表情はやはりいつもと変わらないが、ほんの少し嬉しそうだった。
二人と同じように俺もベッドへダイブする。
「……これはなかなか」
衝撃を全て吸収するほどのふかふかさ。息を吸い込むと太陽の香りが胸いっぱいに広がる。
海で遊んで疲れきった身体にこの心地よさは反則だ。ご飯まで一眠りと思ったが、これだと目覚めるのは次の日の朝になってそうだ。
眠らないようにおあ向けになってスマホと取り出した瞬間にメッセージを受信する。
メッセージの送り主は――結菜だった。
ちょうどいい。ご飯まで相手をしてもらおう。
『旅行、楽しんでますか?』
『おう。結菜のくれた特別招待券のおかげで楽しい旅行になってる。サンキューな』
『いえいえ。隼人が楽しんでくれてるなら僕も嬉しいよ』
メッセージアプリを開いたままなのだろう。
既読が付くのが早い。
『でもどうせなら結菜とも一緒に行きたかったわ。恋人と海って憧れるだろ?』
『なら今日の夜行きますか』
「は?」
「……浅川くん? どうか、したの?」
「あ、悪い。何でもないから気にすんな」
首を傾げる古宮を適当に誤魔化して俺は再びスマホの画面をスライドさせていく。
『行くってお前……まさか、今近くにいるのか?』
いや、いるからこその提案なんだ。
結菜は間違いなく近くにいる。
『21時頃に隼人たちが今日遊んでいた海で待ち合わせ。場所は……隼人が古宮遥香先輩とカキ氷を買いに行った露店の前で』
『見てたのかよ』
『サンオイルのシーンもばっちし』
「え″?」
サァァと、血の気が引いた。
あれを見られていた……だと? あんなちょっと危ないシーンを……彼女である結菜に見られた……?
今の状況を一言で表すなら――やばい。だ。
返信に悩んでいると続けてメッセージが送られてくる。
『今日の夜が楽しみですね、隼人』
あかん。
これは完全に結菜さん怒ってらっしゃる。
俺はせめて文面だけでも冷静を保とうと必死に文章を考える。
下手に文を多くしても不自然だろう。ならいっそのこと一言で済ませてしまえばいいのではないか。
『俺も楽しみだ』
送信。ふっ、完璧だ。
「先輩? なんか……成し遂げたって感じの表情してますけどどうかしたんですか?」
「最後まで俺は俺でいることができた」
「……何を、言ってるの?」
「全く意味が分かりませんよ……」
カビの生えたミカンを見るような目で俺を見る女子二人。
俺はコホンと咳払いをしてベッドから起き上がる。
「21時頃出掛ける。日付が変わる前には戻ると思う」
「出掛ける? どこにですか?」
「ちょっとその辺を散歩するだけだ」
「ああなるほど。鍵はどうしますか?」
「置いてく。どうせ遅くまで起きてるだろ? 部屋の前についたら十堂か古宮にメッセージ送るから開けてくれるとありがたい」
「分かりました。夏とはいえ夜は少し冷えます。何か羽織るもの持っていった方がいいと思いますよ。海沿いの夜の冷え込みをバカにしてると風邪引きますから」
「分かった」
確かカーディガンを持ってきていたはずだ。
結菜に会いに行く時は持っていくことにしよう。
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夜ご飯を食べて、温泉に入ったりしてるうちに待ち合わせの時間に近づいていた。
「んじゃ、ちょっくら出掛けてくるわ」
「……いってらっしゃい」
「帰るときメッセージお願いしますね」
十堂に言われた通り羽織るものを持って俺は部屋から出た。
「……」
外に出ると確かに肌寒い。
地元にいると蒸し暑くてたまらないのだが、海沿いとなると違うのだろう。
だが温泉で火照ってしまった身体を冷ますにはちょうどいい。
のんびりと海沿いを歩いてから砂浜に降りる。待ち合わせの場所へ行くがそこには結菜の姿はなく、辺りを見渡すように視線を動かすと波打ち際に何かシートを引いて座っている結菜の姿があった。
「やぁ」
足音で俺の接近に気づいたのだろう。結菜は振り返らずに小さく手を挙げた。
「やぁ。じゃねーよ。俺じゃなかったらどうするんだ」
「音でなんとなく隼人だって分かってましたから。ほら、僕はエスパーだからね。隼人が何をしていたか全てお見通し」
「……昼間どこで見てたんだ?」
「それを言ったらつまらないじゃないですか。だから秘密」
「怒ってるか……?」
「いえ別に怒ってませんよ。怒っているから会って説教しようとかそんなんじゃないから」
間を置かず答える。
「こういう風に隼人とデートしたかったんですよ。夜の海でデート。女の子としては一度は憧れたことのあるシチュエーションだよ」
そう言いながら結菜は夜の海に視線を移した。
月明かりで青白く光る海を眺めながら俺は結菜の隣に腰を下ろす。
しばらく無言の時間が続く。断続的に聞こえる波の音だけが俺たちを包んでいた。
「こういう風に……特に何もしないで二人でいるのもいいものだね」
そんな波の音に誘われるように結菜が口を開いた。
「静かな波の音を聞きながらこうやって寄り添い合う。それだけで心が満たされていくような気がする」
「乙女っぽいこと言うんだな」
「僕だって仮にも女のはしくれですから。そういうことには憧れるよ」
「そりゃ悪かった」
結菜の手をそっと握る。
結菜はふわりと微笑んで指を絡めてきた。
指先から結菜のぬくもりを感じることができる。
「隼人」
絡められた指先に力が加わる、
「ん?」
「キス……してもいいですか?」
「わざわざ許可なんて取らなくていい。結菜とすることに嫌だって思うことは無いから」
「それは良かったです。では……ちゅ」
頬に柔らかい感触が生まれる。
ホイップのように柔らかな結菜の唇。頬にキスされているだけだというのに、全身に快感が走るようだった。
「隼人……」
紅潮した結菜の頬。顔の近くで吐かれる吐息は熱を帯びていた。
「んっ……」
今度は俺からキスをする。
頬ではなく、柔らかなその唇に直接。
触れるだけのキスなのにとても心地よく、何度も何度も繰り返しキスをする。
「はぁ、はぁ……隼人ぉ」
結菜の熱い吐息が頬を撫でる。
もっと先のことまでしたい衝動に駆られる。
「……」
「……隼人?」
けどそこはしっかりと耐え、俺は結菜の髪を撫でる。場所はしっかりとわきまえないといけない。
俺に髪を撫でられた結菜はそのままトンと、俺の胸に頭をあずけた。
「少し……残念です」
「続きはまた今度だ」
「分かりました。待ってるね、隼人」
髪を優しく撫で続ける。
潮風で少し髪が絡まることもあったが、それでも十分にサラサラとした髪だった。
「……少し、浜辺を歩きませんか? 座ってるだけでも十分だったけど、どうせなら散歩してもいいと思うんだ。手を繋いで波打ち際を歩く。どう?」
「賛成だ」
結菜の頭から手を離して俺は立ち上がる。
レジャーシートを畳む結菜を待ってから俺は手を取った。
さりげなく荷物の方も持ってあげると、結菜は無言のまま微笑んだ。
ザッザッと砂を踏みしめる音。ザザーン、ザザーンと波がリズムを刻み、不思議な二重奏が奏でられていた。
「――綺麗な月です」
ポツンと空に浮かぶ月。
あまり気にしていなかったがどうやら今日は満月らしい。
「確かに綺麗だな」
「満月を見ていると……お団子が食べたくなりますよね」
「なんか……台無しだよ」
お互い笑い合う。
秋はお月見をしてもいいかもしれないな。
「そろそろ……帰るか?」
「そうですね。僕は満足したから隼人の好きなように」
「んじゃ帰ろう。結構冷えてきたしな」
「了解です」
帰ろうと踵を返したその瞬間だった。
「――浅川……くん?」
「……え?」
振り返る。
そこにはここにいるはずがない人物が立っていた。
「古宮……?」
to be continued
心音です。こんばんは。
結菜回と思わせておいて最後の最後で本命の登場です。
遥香ルートはここからエンジンがかかります。
では、次のお話でお会いしましょう。




