第41話『空は――』
「――みんなテストお疲れ様ー!!」
地獄のようなテスト週間も終わり、あとは夏休みに入るのを待つだけという七月半ばの今日このごろ。
榊先輩の提案でテスト終わりの打ち上げパーティーを駅前の喫茶店で催していた。
甘狐処に行かなかったのは単純にあまり騒がしくすると店に迷惑がかかるという理由からだ。
「お疲れ様ー」
「……お疲れ様」
雪原と古宮はそれぞれ持ったグラスをチリンと鳴らした。
「お疲れ様です……」
コーヒーに砂糖とミルクを入れながら十堂は大きな欠伸をする。
「眠そうだな」
「そりゃ眠いですよ……。ほとんど寝ないで勉強してましたし……。同じくらい勉強しているはずなのに皆さんなんでピンピンしてるんですか」
「俺たちの場合慣れだな」
「慣れって怖いですねー……ふあぁ」
口元を手で覆って欠伸をする十堂。
勉強会兼お泊まり会の時は俺たちに付き合って夜遅くまでずっと勉強していた。
正直言ってしまうとかなり驚いた。
途中で挫折してしまうんじゃないかとずっと思っていたからだ。
遊んだのは初日の『絶対スゴロク』だけで後は勉強の二文字しかない毎日だった。普通の人ならすぐに根を上げてしまいそうな毎日。けどそれを十堂は乗り越えた。弱音を一切吐かずにやってのけた。
今回の十堂の結果は、十堂自身が想像している以上に大きな結果を残せているのではないかと俺は思う。
「俺たちも多少は眠いぜ? 恋歌ちゃん」
眠たげにコーヒーカップに口を付ける反町。
砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーだった。
「多少ならいいじゃないですか……。わたしなんて今このテーブルに突っ伏したら三分以内に寝れる自信ありますよ。ひんやりしてて気持ちいいですし」
店内の冷房によってひんやりと冷えたテーブルに頬を当てる。
「最初は冷たくてもどんどん温くなってくけどな」
「温くなったら冷たい場所を求めて動きます」
ずずず――と、顔の位置をずらす。
「もー!! みんなテンション低すぎだよ! ほらほらもっと上げて!!」
カメラモードにしたスマホを片手に、榊先輩はとても楽しそうだった。無邪気というかなんというか――見てて自然と頬が緩まる。
逆にあなたはなんでそんなに元気なんだ。そう思いながらも、楽しんでいる自分がいた。
「そういや夏休みどうする? 海に行くって予定だし早めに決めておきたいんだが」
今年の夏休みは十堂の提案で海に行くことになっている。
泊まりがけで行くことは確定だろうし、早めに予定を立てて旅館などを予約したほうがいいだろう。
「……ハルカは、いつでも。どうせ、暇だから」
「みんなで勝手に決めていいよ。その日にバイトのシフト入れないようにするから」
「出来ればお盆前がいいかな? 三年生はこの時期になると色々と忙しいのです」
そうか……。榊先輩は三年生。受験生だということをすっかりと忘れていた。
高校生活最後の夏休み――いつまでも記憶に残るような思い出を作りたい。
「夜乃先輩、進路は決めているんですか?」
「うん。大学に進学するつもりだよ。実はもう推薦状貰っているからほぼ間違いなく合格なんだけどね」
照れくさそうに榊先輩はカバンの中からしっかりとファイルに保存された一枚の紙を取り出してテーブルの真ん中に広げる。
「これ、かなり有名な私立大学の推薦状じゃないですか……さすが夜乃会長。どんなコネ使って入手したんですか」
「実力っていうコネだよ!!」
「えっ? 生徒会特権なんじゃ」
「つもりちゃん、生徒会を何だと思ってるの」
冷めた口調だった。
例えるならそう――深海の底の暗く冷たい海水のようなひんやりとした空気が漂う。
雪原はしゃらんと髪をかきあげ、辺りの温度に合わない笑顔を浮かべた。
「何やともあれ、おめでとうございます、夜乃会長」
「ものすごく話題逸らされた感あるけど――ありがとう」
俺たちも各々榊先輩に「おめでとう」と声を掛ける。その度に先輩は本当に嬉しそうな表情で「ありがとう」と笑顔を振りまいた。
「……あれ、じゃあ……夜乃先輩が、忙しい。って、言ったのは……どうして? 受験のこと、だと……思ってた」
「あー……うん。普通の子ならそうかもしれないけど。ほら、私生徒会じゃん? 引き継ぎ作業とかめんどくさい仕事が山積みなんだよね」
困った困った。と言うように、榊先輩は頬を指でかく。
「なるほどな。なら早めにした方がいいかもしれない」
「いっそのこと夏休み初日から行っちゃう?」
「ホテル空いてるかが問題だろ」
「それもそっか」
腕を組んで雪原は考え込む。
やはり八月の前半あたりがちょうどいい時期だろうか。となるとやはりすぐにでもホテルは探しておかないといけない。
そんな風に思った時だった。その声が――聞こえてきたのは。
「――お悩みですか?」
最近慣れ親しんだ安心する声。微かに香る石けんのような優しい香り。
「そんなお客様達には特別にこのチケットをプレゼントです」
見上げれば予想通りの人物がチケットらしき紙を二枚持って微笑んでいた。
「……」
名前を呼んでしまいそうになったがすんでのところで押さえ込んだ。
おい結菜……お前こんなところで何してるんだよ……。しかもその格好……。
結菜の格好はこの店の制服姿だった。黒のズボンに白のポロシャツ。その上からオレンジチェックのエプロンを付けていた。控え目な胸元には金の王冠をモチーフにしたピンに『長谷川結衣』と書かれた名札――って、何普通に偽名使ってるんだよ!?
「あーーーーー!!!」
結菜の顔を見た榊先輩が立ち上がって急に大声を出す。
それは店内の視線を一箇所に集めてしまうほどの声で、先輩は顔を紅くしてストンと座った。
「ふふっ、お久しぶりですね、榊夜乃先輩。僕のこと、覚えていてくれたんだ」
「忘れるわけないじゃん……」
なんだ? 二人はちゃんとした面識があったのか。結菜が一方的に知ってるのかと思っていたがどうやら認識を誤っていたようだ。
「まぁそんな過去のことなんて置いといて。改めまして、このチケットをお客様にプレゼントしちゃいます」
営業スマイル全開でテーブルに置いたチケットは――リゾートホテルの特別招待券だった。
「……あ、ここ、知ってる。今年、オープンした、ところ……だよね?」
「ご明察。そしてこのチケットは一枚で三人までの宿泊料が無料になるという魔法のチケットです」
何かもう……色々とツッコミたい。
「えーと? 店員さん、なんでこれを俺たちに?」
「簡単なことです」
反町の質問に結菜はたった一言。この場にいる人間が無条件で納得してしまう言葉で簡潔に答えてくれた。
「楽しそうだから――それだけです」
ペコリと一礼して結菜はその場から去っていった。
結菜の姿が完全に見えなくなったところで雪原が口を開く。
「夜乃会長、今の女の子と知り合いなんですか」
「うーん、まぁ……ちょっとね」
榊先輩はまた、困ったように頬をかいた。
接触があったとしたらあの時だろう。榊先輩がまだ前に進めていなかったあの時。
「……ん?」
何気なく視線を移すと、難しそうな顔をしている十堂が目に入った。
「……十堂?」
「……あ、はい? どうかしましたか?」
ぼーっと何か考え込むようにしていた十堂は俺の声に慌てて顔を上げる。
そういえば結菜と十堂は同じクラスだったか。おそらくそのことを考えていたのだろう。
「んー、いや、このチケットどうするよ?」
俺はチケットを手に取る。
豪華なホテルの外観。美味しそうな料理が写った写真は実に魅力的だった。
「そうですね……。せっかく頂いたんですし、わたしは行ってもいいと思いますよ? 好意を無駄にするのは嫌ですしね」
「俺も恋歌ちゃんと同意見。どうせなら行こうぜ。夜乃先輩の知り合いがくれたものなら特に心配しなくても平気だろ」
「知り合いってほど知り合いじゃないけどね……。関わったのなんてほんの一瞬のようなもんだし」
「私も賛成。タダより高いものはないって言うけど、裏があるようには見えないし平気でしょ」
「……」
悪い、雪原……。
俺には裏があるようにしか思えない……。
だが、計画という地面に蒔かれた特別招待券という種は、結菜の策略通り着実に芽吹いていた。花が咲く前に芽を摘むことはもう――不可能だ。
「……古宮はどうだ?」
俺を除けば古宮だけがまだ答えを出していない。
コーヒーをまったりと飲んでいた古宮は顔を上げて俺と視線を合わせる。
「……賛成、だよ。美味しいご飯、食べたいし……素材が、たくさん、転がってそう」
「素材?」
「……あ、うん。こっちの話」
コーヒーカップに視線を落とす古宮。
まだほんの少し残っているコーヒーには古宮のどんな表情が映っているのだろうか。
「……」
――古宮遥香。
かれこれ一年以上友達として付き合っているが、分からないことは多い。
訊ねても教えてくれない将来の夢。あの雨の日にあの場所でしていたこと――。
どれも考えて分かるような事ではなく、古宮自身が話してくれない限り、この入り組んだ迷路からは抜け出すことはできない。
けど何となく……何となくだが、すべての答えは一つに繋がっている――そんな気がした。
「とりあえずここで決定でいいよね?」
「反対意見も無いし、いいと思うよ!」
豪華リゾートホテルに泊まれるということで榊先輩のテンションは人気ボーカルのライブのクライマックスのように跳ね上がっていた。
「このチケットよく見てみると二泊三日無料って書いてあるな……。あの子本当に何者だよ」
「……」
本当に……何を考えているんだか。
中身を飲み終えて空になったコーヒーカップをテーブルに戻し、頬杖をついて空を見上げる。
青い。どこまでも青い空。いつ見ても空が変わることなんてない。どこまでも続いていて、いつも俺たちを見守ってくれる。
「……けど、空は見守ってくれるだけで、助けてなんかくれないんだ。そうだろ――」
大好きだけど、大嫌いな空に向かって俺は――『なくしてしまった』その名前を口にした。
「――颯恋」
to be continued
心音です。こんばんは。
共通ルート02のエピローグになります。
次回、個別ルートのプロローグをし、その後に海です!海なんです!水着です!!
コホン……すいません、落ち着きます。素人なりに頑張って水着回作りますので楽しみにしていてください!!
……え?
颯恋って誰だって?
さぁ、誰でしょう。
でもきっと共通ルート02の結菜が出てくる話を読んでいれば察することは可能なはずです。
それでは次のお話でお会いしましょう。




