第40話『絶対スゴロク』
「――みんな出来た?」
十五分ほど時間が経ったくらいで雪原が紙とにらめっこしていた俺たちに声を掛ける。
俺はちょうど書き終わったところで、ペンをテーブルに置いた。
テーブルには薄青色の大きめの画用紙ががあり、そこにスタートマス、ゴールマス。その二つを繋ぐように曲がりくねった感じに両面テープが貼られていた。
「書き終わった紙貸して。貼っていくから」
「おう」
全員から紙を受け取った雪原はそれを裏向きにしてシャッフルし始める。
完全にマスをランダムにするということはつまり、初っ端に『スタートに戻る』マスが配置される可能性もある。もしそうなってくれたら後半楽になるから嬉しい限りだ。
「遥香、好きなタイミングでストップって言って」
「……分かった」
じーっと、古宮は雪原の手元を見つめる。
マスがどうなるかは古宮次第というわけだ。頼むぞ……古宮。
「……ストップ」
声と共に手が止まる。
シャッフルしている間から実に無駄な緊張感と静寂が部屋を満たしていた。
そんな静寂を破るように反町がおもむろに口を開く。
「そういえば確認していなかったんだが……最下位はどうなる?」
「えっ? 言うまでもないでしょ」
「ですよねー……」
「当たり前じゃん。罰ゲームの無いゲームなんてゲームじゃない」
しゃらんと雪原は髪をかきあげる。
柑橘系の甘い香りがふわっと広がった。
シャッフルした紙を一枚ずつ両面テープに貼り付けていき、『絶対すごろく』が完成した。
「マス目は合計六十。サイコロは最低でも七回振らないとゴールには辿り着けない。でも六をほぼ連続で六回出す確立なんてかなり低い。それまでに何度地獄を見ることになるか楽しみ」
悪魔のような笑みを浮かべる雪原。
お前……どんなこと書いたんだよ……。
「進む順番はサイコロで決めよっか。二回振って出た目を足して一番数字が大きかった人が一番ね」
傾けた手から転がり落ちるサイコロ。
自由落下したサイコロは二、三度テーブルに跳ね、その動きを止める。1と2の目が天井に向いていた。
「……3。ふふ、ほぼ確実に最後ね」
「んじゃ次は――俺がいくわ」
スッと、反町の目が細まった。
素早い動作でサイコロを4の目に揃えて一瞬掴んで軽く振る。
絶妙な力加減で投げられたサイコロはテーブルに落ちても跳ねることなくカタンカタンと目を変えた。
「4。俺はつもりちゃんの前だな」
揃った目は2が二つ。
「うっわ、反町せこ」
それを見た雪原は反町をテスト中にカンニングして先生に見つかった哀れな生徒を見るような目つきで見た。
しかし反町は臆することなく言葉を返す。
「サイコロの振り方は決められていなかったからな。ルール違反じゃないはずだ」
「いやまぁ……うん。私が言えたことでもないか。はい、次は誰?」
「じゃあ私が正々堂々と振るよ!!」
催眠を解いてもらった榊先輩が元気よく挙手する。先程までのお淑やかさは一切無く、いつも通りの元気で明るい榊先輩に戻っていた。
やはり榊先輩はこうでないと調子が狂う。ほぼよい馬鹿さ加減が先輩のいいところだ。
「とぅ!!」
テンションの高い掛け声と共に振られたサイコロは勢いよくテーブルに転がる。
やがて止まったサイコロに全員の視線が集中する。出た目の合計は――
「12ですか。マックスですね、さすが夜乃会長。みんなの期待を裏切らない。ここまでくるとホントもう感動ものですよ」
パチパチパチ――と、手を叩く雪原。
乾いた音が白けた部屋によく響いていた。
「そう思っているのならそんな哀れなものを見るような冷めた目で私を見ないでよ!?」
今にも泣き出しそうな表情で榊先輩が叫ぶ。
「はい、次の人サイコロ振ってー」
「スルー!? みんなの愛しい先輩が泣きそうになってるのにスルー!!?」
「時間押してるので話は後で聞きます。多分」
「もういいよ!!」
ぷいっとそっぽ向いて子どものように頬を膨らませた。
「……サイコロ貸してください。次はわたしが振ります」
拗ねた榊先輩すらも見事なまでにスルー。
ありふれた日常の1ページに俺は頬が緩まるのを感じた。
「……楽しそう、だね。浅川くん」
俺の表情の変化に気づいた古宮が柔らかく微笑む。
「そう言う古宮も楽しそうだな」
「……うん、楽しいよ。みんなと、過ごす、この今が……すごく、楽しい」
「……そうか。古宮は前を向いて生きてるんだな」
何気なく漏らしてしまったその言葉に古宮は首を傾げる。
「……浅川くん? それは――」
「ほらそこの二人。早くサイコロ振って」
――それはどういう意味?
おそらくそう言おうとしたであろう古宮の言葉はしびれを切らせた雪原によって遮られた。
「んじゃ俺たちも振ろうぜ」
「……うん」
それ以上追求されることは無かった。
俺は内心胸をなでおろしながら雪原からサイコロを受け取った。
1番 榊先輩
2番 古宮
3番 俺
4番 十堂
5番 反町
6番 雪原
「うう……なんで私が一番目なの……」
サイコロを握った手を開いたり閉じたりを榊先輩は繰り返していた。
スタート地点には俺たちを模して作られたミニチュアの人形が鎮座している。
肝試しの時のぬいぐるみといい、この人形といい――雪原は手先がかなり器用だ。やることは何でも徹底してやる。それが雪原という人間だ。こういう遊びでも、真面目なことでも――何でも。
「すぅー……はぁー……。よし……いくよ!!」
何度か深呼吸をしたところで榊先輩の表情が引き締まり、同時に手からサイコロが投げられる。
空中で回転するサイコロを見てると思ってしまう。このサイコロに自分の生死がかかっていると考えると……何とも皮肉なものだ。
自由落下を終えたサイコロがテーブルに跳ね――止まる。サイコロが指した目は5だった。
「5マス進んでっと。えーっとなになに?『壁倒立しながら二回休み』……!?」
「あ、それ書いたのわたしです」
「恋歌ちゃんは安全圏作ってくれていると信じていたのに!! というか私スカートなんだよ!? その……見えちゃう、じゃん?」
「パンチラ最高です」
つやつやとした表情で反町が親指を立てる。
「チラじゃないよ!? もろに見せてるじゃん!! もろパンだよ、もろパン!! お嫁いけなくなっちゃうよ!!」
なんか新しい単語が誕生した。
「――大丈夫ですよ、夜乃先輩」
ぽんと、榊先輩の肩に手を乗せる十堂。
その表情は明らかに何かを企んでいた。
最近分かってきたが……十堂はああ見えてかなり腹黒い。
「写真撮って学校にばら撒きます」
「どこが大丈夫なの!? ぜんぜん大丈夫じゃないじゃん!?」
「もういいですから早くしてくださいよ、夜乃会長。パジャマ持ってきてましたよね? それ履けばいいだけですよ……っと」
先輩のカバンを雪原は投げ渡す。
「うわっ……ととと、セーフ」
カバンを受け取った榊先輩は中から青色のパジャマの下を取り出してスカートの下に履いていく。
「……たまに、制服で、それ、やる人、いるけど……正直、ダサいよね。似合って、ない」
「あー、それは分かります。スカートの下にジャージですよね? あれやっている人たちって何のためにやってるんでしょうね」
「ちょっとしたファッションのつもりなんだろ。制服だとあまりオシャレってのは出来なさそうだしな」
反町がそう言うと十堂が口を挟む。
「いえいえ優誠先輩。やろうと思えば結構できますよ。わたし達の学校って制服に関して結構緩い感じするじゃないですか。なのでカーディガンやセーターの代わりにパーカーとか着て控えめのアクセで飾ればわりかしオシャレなんですよ」
と、語る十堂。
思い返してみれば十堂の制服にはいつも何かしらのアクセントがあった。
「とりあえず――そろそろ続きやりますか」
「は、早く終わらせてね……ッ」
よっと、足を上げて壁に寄りかかるようにして倒立する。
それと同時に古宮がサイコロを振った。
「……2」
人形を2マス先に進ませ、そこに書かれていた文を読み上げる。
「……正座待機。一回、休み」
榊先輩と比べると楽なマスだった。
ぺったん座りをしていた古宮は足を整えて膝の上で手を合わせた。
「んじゃ次は俺だな」
古宮からサイコロを受け取って軽く振る。
反町ほどではないが俺も置きサイは出来る。確実に安全な古宮と同じ2を出して俺は正座した。
「それじゃあわたしですね」
十堂が出した数字は4。
書かれていた文は『次の自分の番まで左隣の人に膝枕をしてもらう』だった。
そして十堂の左隣は――俺だ。
「……えと、いいですか? 隼人先輩」
「おう……。どんとこい」
「ではお言葉に甘えて……失礼します」
ぽすんと、太ももにほのかな温もりが生まれる。少し視線を落とすと十堂と目が合った。
「あまり見ないでください……」
気恥ずかしそうに十堂は視線を逸らした。
紅い髪の隙間から見えた頬はほんのり朱色に染まっていた。
恥ずかしいという気持ちもなくはないが、どちらかというと安心できる不思議な感じする。
「なるほど。膝枕か。よし次俺行く――」
「反町。4出したら……分かってるよね?」
「……ういっす」
そういえば……雪原のやつ、スゴロク始める前に一回だけ反町のこと名前で呼んでいたような気がする。あの時は雰囲気が雰囲気だったし、威圧する為に呼んだのなら納得がいくが……どうなのだろうか。
まぁ気にしても仕方ないことか。今はゲームを楽しむことにしよう。
「1、3、6がまだ出てないのか。なら中間の3でいってみるか」
安全圏を選ばずあえて冒険に出た反町。
果たして結果はどうなるか。
「どれどれ――『生きるか死ぬかの決断を迫られた主人公のモノマネ』。え、なにこれ辛い。これ書いたの誰」
「……ハルカ、だよ」
「これなに? セリフ考えて言えばいい感じなのか?」
「……動きも、つけよ」
「難易度跳ね上がったな……。まぁ、任せろ」
反町は立ち上がると、何を思ったのか突然頭を抱え込みその場に膝をついた。
「なんで……なんで俺がこんな目に合わないといけないんだ……」
くっそワロタ。
「俺はまだ死にたくない……! でも……俺が死ななけれは妹が……たった一人の家族が死んでしまう。けど……妹が死なないと香織が代わりに……」
香織誰だよ。
てか話重すぎるだろ。
「……妹を助けるか幼なじみを助けるかって選択ですね、多分」
「あー……香織は幼なじみ設定なのか。よく分かったな」
「勘ですよ、完全に」
ほら、こういうのって王道じゃないですか。と、十堂は付け加える。
確かにと頷いたところで反町の演技は終わったらしく、元の位置に腰を下ろした。
「どうだ? 遥香ちゃん」
自信満々に感想を尋ねる反町。
古宮は少し考え込むように唸ってから無言のgoodサインを出した。
「遥香のオッケーが出たから次私ね。ま、安全圏の2を出すけどね」
そうして振られたサイコロは宣言通り2の目を指していた。
これでちょうど一周したことになる。二周目は俺、古宮、雪原、榊先輩はスキップ。サイコロは順番的に十堂へと回った。
膝枕から身体を起こした十堂の表情は早くも疲弊しきっていた。
「精神的に持ってかれますね……このスゴロク。膝枕……気楽なものだと思ってましたけど正直なめてました……」
「まだ始まったばかりなんだ。こんな序盤にその様子じゃ後半もたないぞ」
「……頑張ります」
まだほんのり頬の紅い十堂はため息を吐きながらサイコロを投げた。
「6です。内容は……『ラッキーゾーン。サイコロをもう一回振って出た目の数だけ進む』。かなりまともなマスに止まれたみたいです。これで6をもう一度出せれば……」
もう一度サイコロを振る。
出た目は……5だった。
「……恋歌ちゃん、かなり……リード、したね」
「ラッキーです」
自分の人形を10マス進め、サイコロは次に反町の手に渡った。
「うーん……恋歌ちゃんのところに行きたかったけど無理だしな……。とりあえず一歩手前で止めて次の番に1マス進もう」
サイコロで6の目を出して人形を動かす反町。
到達したマス目の文を読み上げる。
「『自分の靴下の臭いを全力で嗅ぐ』」
「……」
誰だ、こんな汚いことを書いたのは。
反町は無言で靴下を脱いでスタンバイしていた。そして全力で――吸い込んだ。
「……ッッ」
くぐもった声と共に後ろにぶっ倒れ、そのまま動かなくなった。
気絶するほど臭いだったのか反町よ……。
そして俺がため息を吐くのと同時に後ろの方から何か重いものが倒れるような派手な音が響き渡った。
後ろを振り返ると、壁倒立に耐えきれなくなり、顔を熟れたトマトのように真っ赤になった榊先輩が伸びていた。
「……二人、脱落」
合掌。
二人脱落したが、まだ続けるらしく榊先輩を飛ばして古宮の番になる。
「……とう」
小さな掛け声と共に生きるか死ぬかの運命が託されたサイコロが振られる。
「……4。『自分の右隣を全力ビンタ』」
刹那、古宮の顔が一瞬で青ざめた。
錆び付いたロボットのようにぎこちない動きで俺を見る。
俺は小さく首を振って、悪いと思いながらもその事実を突きつけた。
「古宮……お前の右隣は俺じゃない。雪原だ」
「……ハルカは、まだ、死にたくない……!!」
悲しみに溢れた喉を振り絞って古宮は声を上げる。
けど、俺は何も言ってあげることが出来ない。閉ざされた唇が開くことはなかった。
「……浅川、くん……」
絶望しきった表情で俺の名を呼ぶ。
そんな目で俺を見ないでくれ古宮……。俺にはどうしようもないんだ……。
「……」
十堂も黙ったまま何も喋ることは無かった。
時間が止まったかのような無言の時間。そんな歪な空間の中で雪原は一人、笑顔を浮かべていた。
「ほら遥香、早くやらないと。次の人待ってるんだからさ」
普通に笑っているだけだというのに、その笑みは何よりも恐ろしく感じてしまう。
「……あ、あぁ……い、や……」
「古宮!?」
恐怖のパラメーターが振り切ってしまった古宮は崩れるように気を失ってしまった。
「ふふっ、これで残り三人。ほら浅川。次は浅川の番だよ」
「……分かった」
覚悟を決めてたサイコロを振る。
進む、振る、進む、振る――繰り返しているうちに残り7マスというところまで迫っていた。
ここまで来るのは正直なところかなり辛かった。十堂は途中でリタイア。今はソファーで伸びている。
「……じゃあ次は私ね」
「……おう」
俺と同じマスに止まっている雪原はサイコロを握りしめ目を閉じる。集中力を高めているのだろう。
先のマスに何が書いてあるのかを見れば置きサイをして安全圏に逃げればいい。だがそれでは卑怯だということで、どちらが言うまでもなく先を見てはいけないというルールが出来ていた。
「……」
雪原の目が開く。
同時に振られたサイコロは――4の目を指していた。
人形を手に取り4マス進み、そこに書いてある内容を読み上げた。
「――『好きな異性を言う』ね……」
少し雪原の表情に影が差した。
何かを思い返すようにサイコロを指で弄る。
「雪原?」
普段あまり見せない表情。
何を考えているのか分からない。
「……浅川」
「ん?」
そうして雪原は笑って告げた。
「――私の負けみたい」
「……は?」
雪原はもう一度笑うとリビングから出ていった。
後に残された俺は訳の分からないまま、ただ呆然と雪原が去っていったドアを見つめることしか出来なかった。
to be continued
心音です、こんばんは。
こういうスゴロク一度はやってみたいものですよね。かなり面白そうです。
次回、共通ルート2のエピローグとなります。その後は個別ルートに突入します。




