第23話『しょっぱい玉子焼き』
Another View 夜乃
校舎に入って下駄箱で靴を履き替えた。
「……」
教室に向かうまでの足取りが重い。
まるで足に鉛の塊を付けて歩いているような感覚だった。
放課後の事を考えると怖い。自分から言い出した事なのに怖くて怖くてたまらなかった。
だって――私が言おうとしていることは――隼人くんを――みんなを、傷つけることになるだろうから。
やっとの思いで教室の前まで辿り着く。
このまま教室に入らないで生徒会室でサボっていたい。授業はどうせまともに受けていられないだろう。ならいっそのことサボってしまってもいいんじゃないだろうか。
「……」
いや駄目だ。私は生徒会長。生徒たちの鏡にならないといけない。生徒のトップがサボリなんてしたら生徒に示しが付かない。
私は諦めて教室のドアに手を掛けた。
「あ、おはよー!」
「会長おはよ」
「やっほー」
教室に入るとたくさんのクラスメイトが私に挨拶をしてくれた。
とても挨拶を返すような気分ではなかったが、周りにおかしく思われないためにも私は極力普通に「おはよう」と返す。
クラスメイトの間を抜け、自分の席に座るとぼんやりと空を眺めた。
澄み渡る空には雲一つない。広大な空に翼を広げて飛び出したい気分だった。あの空を羽ばたく鳥のように飛んでみれば、悩みや不安も一緒に飛んでいっちゃうんじゃないかと思ってしまう。
「……はぁ」
ため息を一つ、私は机に突っ伏した。
「……帳」
もういない弟の名前をポツリと呟く。
すると帳の色んな顔が頭に浮かんでくる。怒った顔、泣いた顔、そして――笑った時の顔。どれも目を閉じれば鮮明に思い出せる。
お姉ちゃん――と、呼んでくれた声も、ギュッて抱きしめてくれた時の肌の温かさも――どれも私の大切な記憶。
「……隼人、くん」
そして次に浮かんでくるのは隼人くん。
隼人くんは帳に似ているから――頭ではダメだと思っても弟のように思ってしまう。
隼人くんにお姉ちゃんって呼んでもらいたい、隼人くんに頭を撫でてもらいたい。そして、願わくば――あの腕で私のことを抱きしめて欲しい。
一つ目を除けば、まるで恋人にするような願い事だなと、ふと思った。
私は隼人くんに何を求めていたのだろう。
始めは帳の代わり。それ以外の何物でもなかった。私にとって隼人くんは帳の代わり。それだけのはずだった。
そう――はずだった。
最近はそれ以外の感情が芽生えていた。
隼人くんといると妙に心がドキドキする。
前からそうだったけど、ずっと隼人くんの事を考えている。
隼人くんからメッセージ来てないかなぁってスマホを何度も見たり、みんなで遊んだ時に撮った隼人くんの写真をぼんやりと眺めたり――思い返してみると結構色んなことをしていた。少し恥ずかしくなる。
きっと私は隼人くんに――恋してる。
弟だけじゃなくて、一人の男の子としても、隼人くんを見るようになっていた。
人を好きになるって、きっとこういうことなんだなって思った。
「……」
伏せていた顔を上げて教室内を見渡すと、クラスで一番仲のいいカップルがすぐに目に入った。人目を気にせずイチャイチャしてるが、クラスでは自然な光景でもう気にしている人はいない。
もし――私が隼人くんに告白して、オッケーをもらえたら、あんなことも出来るのかな。
そんなことを考えたけど、すぐにその思考を頭から振り払う。
私はこれ以上、隼人くんに迷惑をかけないって決めたから。
だから――
「今日で――全部終わらせるんだ……」
小さく呟いてその決意を再認識する。
私と隼人くんの――そして、みんなとの見えない糸を自分の手で切る決意を。
一度切れてしまった糸は元通りに戻ることは出来ない。結びなおすにしても、もう一方の糸が無くなってしまえばそこで終わり。それは永遠に元に戻ることは無くなる。
ならもう片方の糸はどうするのだろうか。
結び目を探してくれるだろうか?
いや――自然に切れてしまったのならともかく、私自ら切ったモノを探してくれるはずがない。もしそんなことをしてくれる人がいたら――それはとんでもないお人好しだ。
キーンコーン――と、昔から変わらない始まりのチャイムが教室に鳴り響く。
同時に担任の先生が教室に入ってきて、日直の生徒が「起立」と声をあげる。いつもはそこまで気にしない椅子を引く音が、今日はやたら喧しく思えた。
起立、礼、着席――の三拍子を終え席に座る。全員が座るのを確認したところで担任の先生が朝の連絡事項を話し始める。
もちろん、ほとんど頭には入っていなかった。
「……?」
ふと視線を落としたスマホに通知が一件入っていることに気づく。
見たことない人からのメッセージで少し不気味に思ったが、興味半分で開いてみる。
『昼休みに屋上に来てください』
内容もかなり不気味だった。
少なからず相手は私のことを知っているという事だ。メッセージのアカウントは一般公開していないのにどうやって探り当てたのだろうか。
休み時間且つ、次の授業が自習なのをいい事に私はカバンから自分のノートパソコンを取り出し、USBケーブルを使ってスマホと接続。余計な雑音を入れないためにMP3プレイヤーにイヤホンを差し込んで聴覚をシャットアウトさせた。
私たちの学校は、全て自己管理自己責任でこういった物の持ち込みが許可されている。
私は生徒会だからパソコンとかを持っているとかなり役に立つ。データを管理するならこれが一番だし、仕事上よく使うから今は手放させない物となっている。
「さてと――」
筆箱の中からUSBメモリを取り出して差し込む。出てきた画面の一番上のフォルダをからアプリケーションツールを起動させる。
「起動確認……スマホのデータをPCに移してっと」
カチカチとキーボードを叩く。
何故か知らないが、私はよく機械オンチと言われる。見た目からして無理そうとか言われるのだが逆だ。私は結構コンピュータ系には強い。プログラミング、Webサイト作りなどなど、基礎的な事から応用な事まで。そして――少し危ない事も。大抵の事はやれる自信がある。
「……」
私のアカウントを抜いてきた人もきっと――パソコン関係に詳しいはず。注意した方がよそうだ。
このノートパソコンからやるのは危険だろう。直感的に判断した私は無数のコマンドを叩き込む。
「――よし」
前に一度、この学校のシステムに侵入した時にバックドアを設定しておいた。
バックドアというのは、簡単に言えばサーバーに仕掛けた裏の侵入経路のこと。要するに――二回目以降のハッキングをしやすくするためのものだ。
相手の形跡を追うならこっちを使わせてもらおう。
「やっぱり――守りがしっかりしてる」
いくつものダミーデータ、妨害プログラムが心の底から邪魔だ。相手に気づかれないように侵入していくのも骨が折れる。
でもこうしていると隼人くんのことを考えずに済む。だからなのか、気が少し楽になっていた。何か一つの事に集中していれば気を紛らわせることができる。
指先に全神経を注ぎ込む。錆びた自転車のチェーンに油を差すように一滴ずつ、確実に、自らの指に集中力という油を差していく。
蜘蛛の巣のように張られたトラップを掻い潜る。糸に絡まったら最後。巣に引っかかってしまった哀れな蝶のように食い殺されてしまう。
「……捕った」
相手のデータ元にたどり着き、エンターキーを叩き込む。
詳細に表示されるデータを私が確認しようとしたその瞬間だった。
「――――!?」
画面が一瞬にして切り替わり、同時にいくつもの文字列が画面上に現れる。
「気づかれた……ッ」
私は即座にあらかじめ用意しておいた脱出経路を渡り始める。
だが相手は私が思っている以上に手慣れている。経路を確実に塞いで閉じ込めようとしている。
でも私は負けるつもりはない。
逃げながらもしっかりと妨害プログラムを設置していく。
「……」
設置した妨害プログラムは5秒と経たないうちに解除される。
下手に行動しないでバックドアだけ建てて逃げておくべきだったかな? いや……そんなことしたら気づかれやすくなる。この手の人はそういうチェックを怠らないから――諦めた方がいいみたいだ。
高速で表示される文字列を全て目で追って指先を動かす。
「――よしっ」
無事に脱出してログを消す。
これで相手は追ってこれないはずだ。
一段落ついたということでイヤホンを外すと騒がしい教室内の声が耳を刺激する。
ぐーっと、伸びをしてスマホを手に取る。
直感だが、このメッセージの送り主の検討がついた。
『あなた、結衣ちゃんでしょ?』
机に入れたままでいた置き手紙を見つめる。
メロンパンは賞味期限が切れる前に美味しく頂いた。
『ちゃん付けで呼んでくれるんですね、ま、正解です。昼休み待ってるよ、榊夜乃先輩』
やはり結衣って子だった。
色々と聞きたいことがあったけど、放課後のことを考えるとそんな時間はない。
『生徒会の仕事終わらせないといけないから長い時間は無理だからね』
『放課後に用事があるんですもんね』
思わず息を呑む。
この子――どこまで知ってるの?
そう思った矢先、立て続けにメッセージが送られてくる。
『全て』
たった2文字。
だがそれは異常なまでの破壊力を持っていた。
『そう、わかった。話、すぐに終わらせてね』
『わかりました。ではまた後ほど』
メッセージはそこで終わった。
私はスマホをポケットにしまいこんでもう一度パソコンを操作し始める。
今度はハッキングをするわけではなく、単なる調べ事だ。
「――やっぱり、結衣なんて名前の女の子はこの学校にいない。偽名――ってことだよね、きっと。でも一体何の為に偽名なんて……」
生徒会の資料から全校生徒の情報を見るが、そんな名前の生徒は一人もいなかった。
となると結衣って子は偽名を使っているとしか考えられない。せめてクラスが分かれば本当の名前を探りやすいのだが……。
パソコンをシャットダウンさせてカバンに戻す。
退屈な自習が終わるまで、私は睡眠を取ることにした。
......................................................
昼休み。
私はお弁当を片手に屋上に向かった。
屋上へ続く重い鉄製の扉の鍵を開け、ゆっくりと扉を開くと、ゴゥと、流れ込んできた風が行く手を阻む。まるで聖域を守る結界のように私の侵入を拒んでいた。
「――来ましたか」
屋上のちょうど真ん中。
栗色の髪の少女は立っていた。
「……一つ気になったことがあるんだけど」
「何ですか?」
「屋上の鍵は生徒会長である私と職員室にある鍵の一本ずつしかないはずなんだけど。どうやって入ったの?」
当然の疑問だった。
答えを待っていると結衣ちゃんはポケットから何かを取り出した。それは細く長い鉄製の――
「……針金? ピッキングしたの?」
「こういう犯罪チックなこと結構得意なんですよ。あ、榊夜乃先輩もか、なかなかの腕だったよ」
意味ありげに結衣ちゃんは笑う。
「……で、わざわざ呼び出してきて何の用なの」
無駄話をしている時間が勿体無いと思い、私は話を切り出す。
ピタリと、空気が凍りついたように結衣ちゃんの笑いが止まった。笑っていた瞳がスッと細まる。
「簡単な話です。どんな結論を出したの?」
「……」
私と隼人くんのことを言っているのだろう。
この少女が滲みでる底知れない恐怖という靄が私を包んでは染めていく。
「結衣ちゃんには――関係ない話だよ」
「ありますよ」
酷く冷たい声だった。
まるで地獄の底から這い上がってきた悪魔の呪詛のような恐ろしさがあった。
「隼人を傷つけることは――許しませんからね。例え生徒会長であろうとも」
「……」
小さなその身体の何処にそのおぞましさを隠していたのだろうか。太陽の光に反射して輝くゴールデンイエローの瞳は的確な敵意を持って私を射抜いていた。
「あなたは――隼人くんの、何なの?」
負けじと睨み返す。
しかし結衣ちゃんは全く動じる事無く、更に視線を強めた。
「僕は隼人の――影だよ」
「影……?」
「そうです」
一つ頷いて結衣ちゃんが歩み寄ってくる。
空間に固定されてしまったかのように足が動かない。やがて私の目の前まで来た結衣ちゃんは息が掛かってしまうほど近くまで顔を寄せてきた。
「だから僕は隼人のことを見守らなければならないんです。隼人と―――の、―――を守らないといけない」
囁かれるように言われた筈なのにところどころ聞き取れなかったのは恐怖のせいだろう。
「では――またいずれお会いしましょう。願わくば、先輩が今考えていることを、一度考え直してくれることを期待して。それでは」
身体を離して結衣ちゃんは私の横を通り抜けていった。
バタン――と、扉が閉まる音が聞こえたのと同時に私は力が抜けてその場に座り込んでしまった。残っていた気力でお弁当を守ることが出来たのは運が良かった。
「……なんなの、もう」
訳が――分からなかった。
「――考え直してくれることを期待してる、か……。そんなこと言われちゃったら……また、揺らいじゃいそうだよ……」
私は長いため息を吐いた。
「……隼人くんは、どんな結論を出すのかな」
そんなことを考えながらお弁当箱の蓋を開けて、玉子焼きを口に入れた。
砂糖を使った甘い玉子焼きの筈なのに、何故か――しょっぱかった。
to be continued
心音です、こんばんは。
なんか前回の後書きで短くなるかもとなほざいておきながら結局いつもと変わらない量になりました。
夜乃視点での結衣とのお話です。ついでに夜乃の意外な特技が明らかになりましたね。(ハッキングは犯罪です。皆さん真似しないようにしましょう)。
更に深まる結衣の謎。彼女は隼人の何を知っているのか?
次回の話はついに隼人と夜乃がぶつかります。どのような結末になるのか――また次のお話でお会いしましょう。




