第18話『仲間』
「――あれ? 浅川なんでここにいるの」
購買に寄って売れ残ったパンを買って教室に戻ると、サンドイッチを食べていた雪原が真っ先に俺のことに気づいた。
ほかの面々も食事する手を止めて俺を見る。
「……どうしたの」
「何かあったのか」
古宮と反町の表情には少し戸惑いの色があった。
「……」
その隣に座る十堂は一言も喋らず、じっと俺のことを見つめるだけだった。
特に何もなかったのなら「今日は中庭で食ってないんだな」とか「なんでここに十堂が?」などと軽口を叩けるのだが、生憎今はそんな状況ではない。
みんなの所に行き、空いている椅子を適当に拝借して重い腰を預ける。俺の雰囲気からして何か良くないことがあったことはもう感づいているようで全員が真剣な眼差しで俺を見ていた。
「……今日の放課後空いてるか? 出来ればその時に話したい。まだ色々と整理が出来ていないんだ」
「私は平気。みんなは?」
大丈夫。とそれぞれ口にする。
俺は内心ホッとして言葉を続ける。
「ありがとう。じゃあ放課後に甘狐処に行かないか?あそこなら静かだしゆっくり話ができる」
前にも一度簡単に説明したが、甘狐処とは桜見丘モールにある和菓子専門の喫茶店だ。店内は落ち着いた雰囲気で和風のBGMがさらに心を安らかにしてくれる。店員の対応も親切だし、和菓子はどれも絶品。文句の付け所が一切ない完璧な喫茶店だ。
「了解。それまでには話簡単にでもいいからまとめておいてね」
「分かってる」
俺は頷いて先ほど買った卵サンドを口にする。無駄に甘い卵とパサパサとしたパン。榊先輩の作っていたお弁当と比べたら天と地の差がある。
「元気出せって隼人。まぁ今は無理かもしれないってのは分かってるがな」
「じゃあ言うなよ」
「そうやってカリカリしてるのもどうかと思うぞ。恋歌ちゃんとかさっきから黙り込んじゃってるし。きっとお前が怖い顔しているのが――」
「いえ違いますから」
最後まで言う前に否定されてしまう。
十堂はまるで何もなかったかのように、済ました表情で野菜ジュースを飲み始めた。
「違うってよ」
「……そのようだな」
うなだれる反町を哀れみの表情で見つめてやろうかと思ったがやめておいた。
「放課後どこで待ち合わせしますか?」
ずずーと、野菜ジュースを飲み終えた十堂が口を開く。今のうちに予定を立てた方が後からバタバタしなくて済むだろう。
「いつも通り迎えに行こうか?浅川が」
「丸投げだなおい」
「隼人先輩が迎えに来てくれるなら安心ですね。優誠先輩が迎えに来たらわたしは貞操の危機ですよ」
「……恋歌ちゃんの、貞操は……ハルカが守る」
十堂の身を守るように古宮は十堂の小さな身体をギュッと抱きしめる。
「待って恋歌ちゃん!? 君は俺を一体全体どんな目で見てるわけ!!?」
「反町最低……。あんた恋歌をそんな目で見てたんだ」
軽蔑の眼差しを雪原は問答無用で反町に向ける。
「誤解だ!!そんな目で見たことなんて神に誓って一度も無いわ!!」
「それはそれで女の子としての魅力が無いみたいですごくショックです」
言葉では落ち込んでいる聞こえるが、表情はやはり変わっていなかった。
「あ、いや!!恋歌ちゃんは十分魅力的な女の子だから!!」
「反町最低……。あんた恋歌を口説いてるわけ?」
「俺はどう答えるのが正解なわけ!?」
「……恋歌ちゃん、今から君を、襲う」
古宮が反町の耳元でニヤリと笑いながら囁く。
気が動転している反町は言われるがままにセリフを復唱する。
「おっけ。恋歌ちゃん今から君を襲――って!!社会的な死に向かって一直線じゃねーかふざけんな!!」
見事なまでのノリツッコミだった。
ドッと笑いが起こる。周りで俺たちの会話を聞いていたクラスメイトもクスクスと笑っていた。
「……」
笑ったおかげか、気分が少し晴れた。
こいつらは俺のことを気遣って明るく振舞ってくれたのだろう。楽しそうに笑っているみんなを眺めながら、自然に浮かんできた言葉を誰にも気づかれないように呟いた。
「……ありがとな、みんな」
感謝の言葉は辺りの喧騒にすぐかき消されてしまった。
それから長くも短い昼休みを頼れる仲間と過ごし、午後の授業が始まった。昼休みが終わる頃にはだいぶ心は落ち着いてきていて、物事を冷静に考えることが出来るようになっていた。
午後の授業は先生の話を聞いたり、黒板に書かれている内容を板書せずに昼休みの出来事について考えていた。ノートは午前と同じく、古宮が取っておくと言ってくれたからお言葉に甘えることにする。
「……」
あの後、榊先輩はどうなったのだろう。
ちゃんとご飯は食べたのだろうか。
ちゃんと授業に出ているのだろうか。
他にも考えることはある筈なのにそんなことばかり頭に浮かんでくる。
きっとあの先輩なら大丈夫。自分にそう言い聞かせて俺は静かに目を閉じた。
瞼の奥に映るのは昼休みの光景。叫び、取り乱す先輩の姿がはっきりと焼き付けられていた。あんな榊先輩はもう出来れば見たくない。先輩は笑顔が似合う。だから――先輩にはずっと笑っていて欲しい。あの眩しくって無邪気な笑顔を見ていたい。
『帳の代わりにすがる弟が必要なの……』
なぜここまで『弟』に固執するのか。
これはずっと考えないようにしていたことだが、もう正直この可能性しか残っていない。
帳の代わり――。これはつまり、もう榊先輩の弟はいないと捉えることが出来る。
「もう……これしか残っていないだろうな」
いない。そう。つまり――亡くなっている。
考えた中で一番最悪のパターン。死んでしまった弟の代わりということなのだろう。
すがるだけなら俺は構わない。それで先輩の役に立てるのなら仲間としてやれる最大限のことをしたい。
「……」
その為には俺のことを認めてもらわないといけない。俺のことを弟ではなく、浅川隼人として見てもらわないといけないんだ。
俺は――浅川隼人。榊先輩の弟ではない。
先輩にとって弟は何よりも大切な存在だった。けどいつまでも過去に囚われているわけにはいかない。俺は先輩に新しい道を歩んでほしい。
俺の目指す道はこの瞬間に決まった。
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放課後になった。
十堂をクラスまで迎えに行って、そのまま桜見丘モールへと向かう。
向かっている最中は終始無言で、口を開いたのは甘狐処に着いてからだった。
「――今日はわざわざありがとう。お礼と言ってはあれだがここは俺がもつ。みんな好きなもの頼んでいいぞ」
「じゃあ白玉ぜんざいと抹茶のセット」
メニューを見ずに雪原は答える。
ほかの面々はメニューを一通り見たあとに顔をあげた。
「すいません」
手を挙げて近くにいた店員を呼んで一人一人注文する。
「――さて、何から話すべきか」
店員が厨房に消えてから俺はそう話を切り出した。
「ありのままを話してください。昼休みの出来事全て」
十堂に言われるがままに、俺は昼休みの出来事をみんなに包み隠さず伝えた。
「――というわけだ」
タイミングよく運ばれてきた抹茶を一口啜って俺はふぅとため息を吐く。
反町と古宮は驚いていたようだが、雪原と十堂はこうなることを予想していたのだろうか、そこまで驚いたりしている様子は無かった。ただ、雪原は多少の表情の変化はあるのに十堂にはそれが一切ないと言っても過言で無いせいでほんの少し話し辛かった。
「……やっぱりそうだよね」
「つもりちゃんは最初っから夜乃先輩の弟が亡くなっているって思っていたのか?」
「何となくね。浅川の話を聞くまで確証はなかった」
雪原は腕を組んで唸る。
考え事をするときのお馴染みのポーズだ。
「ねぇ、浅川。あんたはどうやってこの話を終にさせたいと思っているの? 浅川の意見をもう一度しっかりと聞いておきたい」
「俺はこんな関係を終わりにしたい。俺のことを弟じゃなくて、俺として見て欲しい。俺にすがるのは別に構わない。けどそれは俺を俺として見てくれるなら、だ。それと、もう一度俺たちの前で笑って欲しい。俺たちは榊先輩の笑顔に何度も助けられてきた。だから――」
そこで一旦言葉を区切り、俺はもう一度目の前で話を聞いてくれている仲間に真剣な瞳で宣言した。
「――今度は俺たちで榊先輩を助けたい。だからみんな、俺に力を貸してくれ」
それが俺の決めたこの物語の終着点だ。
あとはみんなの返答次第で全て決まる。
「――ふふ。私ね、浅川のそういうところ結構好き」
パチンと指を鳴らして雪原はうんうんと頷いた。
「いいよ。私は浅川に力を貸す。でもほとんど自分で解決しなきゃいけないってのは分かってるよね?」
「もちろんだ」
「ならいい。私達にできることなんてせいぜい、また夜乃会長を迎え入れるってことくらいなんだから」
「おいおい、他にも困ってたら助けてくれよ」
「気が向いたらね。で、ほかのみんなはどうするの?」
そう雪原が訊ねると古宮が小さく手を挙げる。
「……ハルカも、浅川くんに、協力……するよ」
にっこりと笑って古宮は告げる。
「……ハルカ達は、仲間だから」
「古宮……ありがとな」
純粋な古宮の優しさに感謝する。
俺は次に親友の方へ顔を向けた。
「どうした親友」
三色団子をパクパクと食べながら反町はこちらを見る。
「お前はどうするんだ?」
「そんなこと言わずとも分かるだろ」
ニヤニヤしながら反町は答える。
さすが親友。感謝する。
「そうだな。無粋な質問をして悪かった」
「大体、俺が今この場にいる時点で拒絶するわけないだろーが」
そうだ。反町はそういう奴だった。
どんな大事なことでも自分が嫌だと思ったことには一切干渉しない。物事が解決するまでどこかに雲隠れするようなだ。そんな反町がこんなめんどくさい場にいる時点で答えは決まっているようなものだった。
最後に俺は期待と不安の感情を込めた目で十堂を見る。
「十堂、お前は――」
「何を今更」
言葉を遮って十堂は俺を見つめる。
底知れぬ黒い瞳に俺の何から何までを見通されているようだった。
「先輩、わたしは先輩たちの仲間なんですよね? なら仲間の為に協力するのは当たり前ですよ」
「十堂……」
十堂自ら俺たちに仲間と言ってくれたのはこれが初めてだろう。
嬉しくてつい顔がにやけてしまうのが自分でもよく分かるけど。
「先輩……顔がキモいですよ」
「お前のせいだ、バカ」
「……まぁいいです」
ぷいっと、十堂はそっぽ向く。
その仕草が妙に可愛く思えてまたにやけてしまいそうになるのも何とか堪える。
「……」
ともかく、これで全員の了承を得ることができた。
後は俺がやるべきことをやろう。
もう榊先輩を傷つけずに解決する術はない。それでも俺は踏み込む。
俺たちのこれからの為に。
to be continued
こんばんは、心音です。
皆さんには頼れる仲間はいますか?信頼できる仲間はいますか?もしいるのならその人達のことを大切にしてあげてください。困ったとき、不安なとき、あなたを助けてくれるのはきっとその人達です。




