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恋と約束の交響曲  作者: 心音
夜乃ルート
18/122

第17話『帳という存在』


昼休み。

俺は購買に向かう生徒達に逆らって逆方向へと足を進めていた。

授業中に睡眠を取りつつ、ずっと考え事をしていたせいで授業の内容など何一つ身に入っていない。教室を出る前に古宮が一限と二限のノートを貸してくれたのが救いだ。あとでジュースの一本でも奢ってあげよう。

なんて事を考えていると、


「……あれ」


ふと何処かで見たような少女が廊下の角から姿を現した。

俺の呟きが聞こえたのか、少女はゆっくりとこっちを振り向いた。はっきりと全身を見てそれは確信に至る。


「――お前……十堂のクラスメイトの」


「……どもです」


ゴールデンイエローの瞳に明るめの茶髪。肩のあたりまで伸びた髪を片方だけ黄色のゴムで結んでいる少女は先週の放課後――十堂を教室に迎えに行った時に俺に何かを伝えようとしていた少女そのもの。まさかこんなところで再会できるとは思えなかった。


「……というか、学校内で食べ歩きってどうなんだ?」


「別に校則で決まってるわけじゃないですし、問題無いよ」


敬語とタメ語が混ざった少女は市販のメロンパンをもぐもぐと咀嚼する。

細い腕に掛かっているレジ袋にはまだ幾つかのメロンパンが入っていた。


「メロンパン好きなのか?」


早く榊先輩のところに行って話をしたほうがいいと思うのだが、また会えたこの少女と少し話をしておいた方がいいと思い、会話を試みる。


「普通です」


「そんなにたくさん買ってるのにか?」


「うん。普通です」


不思議な女の子。というのが俺の中で確定した瞬間だった。


「先輩」


「ん?」


「聞きたいこと、あるんじゃないですか?」


少女は袋から新しいメロンパンを取り出して封を切る。バターの甘い香りが広がった。


「聞きたいことは確かにある。たくさんな。けど生憎今は長々と話をしている時間はないんだ」


「そうなの? 残念。ではまた次に会えたときにでも」


口ではそう言っているが、そこまで残念そうに見えない。どちらかというと楽しそうに見えたのは錯覚ではないはずだ。

その場の雰囲気や状況を楽しむ――それがこの少女の持つ特徴なのだろうか。


「……そうだな。てか俺かお前のどちらかが会いに行けばいいだけの話じゃないか?」


「僕はお前って名前じゃないよ」


「僕?」


「ああうん。『僕』は一人称です」


少し照れたような、困ったような表情で少女は笑う。


「変わってるよね。自分でも理解してますよ? けど昔からこうだったんだ。だから今更変えるのもめんどくさいんですよね」


「別にいいと思うぞ? てかどちらかというと言葉遣いのほうが変」


そう言うと少女は少しムッとする。


「年上の人と話すの慣れてないの。だから気にしないでください。はむはむ!」


ヤケ食いするかのようにメロンパンにかじりつく。

そんな姿が何故か微笑ましく思ってしまい、思わず吹き出してしまう。これから大事な話をしに行くというのに拍子抜けだ。


「話逸れたな。俺の名前は浅川隼人だ。好きに呼んでくれて構わない」


「……結衣。長谷川結衣(ハセガワユイ)」


「長谷川か。よろしくな」


「結衣って呼んで。名前のほうが好きですから」


「……」


名前呼びか。まぁいいか。

誰かを名前で呼ぶのはいつ以来だろう。どこか避けていたからな


「……どうかしたんですか?隼人」


「いや何でも。てかファーストネームで呼び捨てかよ。仮にも俺先輩だぞ」


「好きに呼んでいいって言ったのはそっち。だから隼人って呼びます」


レジ袋をガサゴソと漁りまだ空いていないメロンパンの袋を取り出す。

一体後いくつ残っているんだ……?


「メロンパン食べますか?」


「いやいい。……と、そろそろ時間やばいな。じゃあまた会おうな、結衣」


「そうですか。またね、隼人」


小さく手を振る結衣に「じゃあな」と声を掛けて俺は走り出した。

まだそこまで時間は経っていないが、もう榊先輩は生徒会室で待っているはずだ。階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。先生がいないのをいいことに廊下を走り抜けて生徒会室の前に着いた。


「……」


結衣と話していて落ち着いてた心がまた少しざわめき始めた。


「……柄にもなく緊張してるのか。これくらいのことで」


らしくない。と、自分に言い聞かせて俺は生徒会室のドアを開いた。


「あ!隼人くんやっときた!」


「……」


お弁当を広げた榊先輩がそこで待っていた。

こんな楽しそうにしている先輩を、もしかしたら悲しませてしまうのかもしれない。そう考えると話さないほうが良いのではと思う。でもそれじゃダメだ。何も変わらないし、何も進まない。


「……隼人くん?」


だから――覚悟を決めよう。


「先輩」


「えっ? あ、うん。何かな?」


俺の雰囲気を感じ取った先輩は少し表情を強ばらせた。

ごめんなさい。先輩。もし悲しませてしまったら――ごめんなさい。


「……先輩、弟と仲直りできましたか?」


「……」


ああやっぱり。

先輩の表情は前に聞いた時と同じように暗く、夜のように陰った。

でもここで止めることはできない。


「あの時は聞けませんでしたけど、そろそろちゃんと聞いておきたいです。先輩、今弟とどうなっているんですか」


「……」


先輩は何も答えない。黙って俯いているだけだった。


「弟と喧嘩してて仲良く出来ていないから、俺を弟のように扱っていたんですよね?」


「私は……別に、弟と喧嘩なんてしてない……」


今にも消えてしまいそうなほど小さな声で先輩は答える。

こんなにも弱々しい先輩を見るのは今日が初めてかもしれなかった。


「喧嘩してないんですよね。じゃあ先輩。いつまで俺は――」


ここまで言ったらもう、止めることはできない。

ねぇ、先輩。俺はずっとこれを聞きたかったんですよ。


『深追いは厳禁だからね。夜乃会長を傷つけることになるかもしれない』


朝雪原に言われたことを思い出す。

この発言でどれだけ榊先輩を傷つけるのかは分からない。けどやっぱり聞かねばならなかった。


「……俺は、先輩の弟の代わりにならないといけないんですか?」


「……ッ!」


びくりと先輩の身体が震え始める。

歯がカチカチと音を立て、先輩は自分の身体を守るように抱きしめる。


「かっ……はぁ…はぁ……!」


息は過呼吸になったかのように荒く、顔には汗が滲み出ていて、誰が見ても異常な光景だった。

さすがにここまでくるともう話なんて出来る状態ではない。俺は慌てて先輩の元へ駆け寄る。


「先輩!!大丈夫ですか!?」


「…………てる」


「え……?」


小さな声でブツブツと何か呟いていた。


「……私は隼人くんを帳の代わりにしてる?そうだよ。だって隼人くんは帳何だもん。だから隼人くんは私の弟。大好きな弟。ふふふ、そうだよそうだよ。隼人くんは帳の代わりの大好きな弟」


「……先、輩?」


めちゃくちゃな事を口にしている榊先輩。

俺は何も言うことが出来ず、ただ黙って聞いていることしかできない。


「代わりじゃない代わりじゃない代わりじゃない代わりじゃない代わりじゃない」


壊れたラジオのように同じ言葉を何度も何度も繰り返す。


「隼人くんは帳だもん隼人くんは帳だもん隼人くんは帳だもん隼人くんは帳だもん隼人くんは帳だもん。だから」


「……!?」


ピタリと呪詛のように呟いていた言葉が止まり、榊先輩の黒い瞳が俺を捉える。そして――笑った。


「隼人くんは私の大好きな帳なの」


「先輩……?落ち着いてください。俺は榊先輩の弟の帳じゃ――」


「うるさい黙って!!」


つんざくような声で榊先輩は叫ぶ。

かと思うと今度は静かに笑い始める。


「ふふっ。ダメだよ帳。そんなこと言っちゃ。お姉ちゃん泣いちゃうぞー?」


「……」


何が起きている?

一体なぜこうなった?

俺を見る榊先輩の瞳は異常だった。俺を見ている筈なのに、俺ではない何かを見ているようだった。

このままではいけない。咄嗟に判断した俺は榊先輩の肩を掴む。


「先輩落ち着いてください!!俺は帳じゃない!!浅川隼人です!!」


「えー違うよー。帳は帳だよ。私の大好きな弟。あはははは」


ヘラヘラと笑う先輩の肩を激しく揺する。


「違う!!俺は隼人だ!!あなたの後輩の浅川隼人ですよ!!正気に戻ってください!!榊先輩!!」


「えっ? 浅川……隼人? 隼人、くん?」


その瞬間、ガラス玉のようだった先輩の瞳に光が戻った。

キョロキョロと辺りを見渡し、最後に漂わせていた視線を俺の元で止めた。


「あ、あれ……?私今まで何を……?」


「……」


見た感じどうやら正気に戻ったようだった。

けどまだ安心することはできない。


「……落ち着きましたか、先輩」


「え? えっ? 私は……何を?」


嘘をついているようには見えない。

先ほどのことを本当に何も覚えていないようだった。

まさかこんなことになるとは思っていなかったせいで、先輩になんて声を掛ければいいのか分からない。けどこのまま黙っているわけにもいかず、俺は榊先輩の作ったお弁当を指さした。


「お昼ご飯食べましょう。昼休み終わっちゃいますよ」


「あ、うん。そうだね……」


頷いて箸を取る。


「あ……」


しかしその手はまだ震えていて、掴みきれなかった箸が床にカランカランと音を立てて落ちる。

俺は箸を拾って榊先輩に手渡す。


「あ、ありがとね、帳」


「……先輩」


思わず唇を噛んでしまう。

口の中に微かに血の味が広がった。


「あ、れ……? 私何言ってるの?」


頭を抱える榊先輩。


「違う。違う違う違う違う違う!!隼人くんは帳じゃない。隼人くんは隼人くん。でも隼人くんは私の弟みたいなもので……」


「先輩落ち着いてください」


なるべく冷静に声をかける。

このままだとまた先ほどのように取り乱してしまう。


「分かってる!!隼人くんは弟じゃない……。でも……でも、私には弟が必要なの……。帳の代わりにすがる弟が必要なの……」


「……」


代わり――。

今榊先輩ははっきりとそう言った。

やはり俺は先輩の弟の代わりだったらしい。


「……すいません、先輩。今日はこれで失礼します」


今の状態の先輩を放置して出ていくのはいたたまれない気持ちになった。けどそれ以上にこの空間にいるのが今は辛かった。

ガチャ――と、ドアを開けると、音に気づいた榊先輩が再び叫ぶ。


「待って!!行かないで!!」


悲痛な叫びをあげる榊先輩。

けど俺はそのまま生徒会室から出た。


「……」


廊下は不自然なほど静まり返っていた。

移動教室の時に使うことが多いこの辺りに用事もなく来る生徒は多くないはずだが、それでも静か過ぎた。


「――俺は……先輩の弟なんかじゃない」


だからそんな俺のつぶやきは静かな廊下に何度も反響する。

いつまでもドアの前に立っているわけにもいかず、俺は自分のクラスへ戻ることにする。


「……昼ごはんどうするかな」


こんなことになるなら結衣にメロンパン貰っておけば良かった。



to be continued

こんにちは、心音です。

取り乱す夜乃、いっそ謎に包まれる帳の存在。

夜乃と帳の間に何があったのか。それが分かるのはもう少し先のことでしょう。

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