第19話『夕暮れの教室と一人の少女』
Another View 夜乃
「……」
放課後になった。
周りのみんなは部活やらバイトやらに行くためにそれぞれ教室から出ていく。
私も生徒会の仕事があるから動かなければならないのだが、体が動いてくれなかった。頭では動いてほしいと思っているのに、体がそれを拒絶する。
なんでこうなっているのか、心当たりは一つしかない。
「……隼人くん」
昼休みの出来事。それしかない。
全部私が悪い。私が隼人くんのことを帳の代わりにしているから。
いけないことだというのは分かっている。分かっていても今更やめることなんてできない。
――だって私の中で隼人くんはもう帳なのだから。
初めて出会ったその日から隼人くんは帳だった。
もうこの世にはいない――死んでしまった弟の代わりだった。
私にはもう隼人くんは弟にしか見えない。
一度そう思ってしまったからもう変えられない。
でも今日の隼人くんを見て分かった。
隼人くんは私に弟して見られるのを嫌がってる。まあこんなこと少し考えれば分かることだけどね。迷惑に決まってる。
あんな取り乱してした姿を見せて、隼人くんに合わせる顔が無い。どんな顔をして会えばいいんだろう。そもそも――隼人くんは私に会ってくれるのだろうか?
「――はぁ、バカだなー……」
どれだけの時間こうしていたのだろう。
気づけば教室に残っているのは私だけになっていた。
重い腰をあげて窓際に寄る。
トラックを走る陸上部、グラウンドの隅でバッティング練習をしている野球部。みんなそれぞれ頑張っている。なのに私は一体何をしているのだろう。
もう分からなくなっていた。
自分のやるべきことも。
隼人くんのことも。
何もかも、全部。
「……」
ポケットのスマホがブーブーと震える。
きっと生徒会の人からの電話だろうけど、申し訳ないが出る気になれなかった。
今はこうして外を眺めていたい気分だった。
窓を開けて新鮮な風を教室に入れると、壁に張り付けてある掲示物がパサパサと音を立て始める。運動部の掛け声もよく聞こえるようになった。
「本当に私は……何をしているのかな?」
誰も答えてくれるはずはないけど、呟かずにはいられなかった。
「こんなところで一人で、何もしないで。やるべきことは山ほどあるのに」
段々と声が掠れて涙声になってくる。
このままじゃ言っちゃいけないことまで行ってしまいそうになる。
けどもう止まれない。
「ねぇ……誰か教えてよ」
この思いはいつから抱いていたのだろう。
きっとずっと昔。帳が死んでしまったあの日からずっと抱いていたこと。
「私は……私はなんで、帳のいない……こんな、こんな世界でどうして――」
「――どうして生きてるの? と、でも言うつもり?」
「誰……!?」
後ろから急に声が聞こえ私は咄嗟に振り返る。だがそこには誰の姿もなく、静寂だけが辺りを包み込んでいた。
「――ここだよ」
「!?」
視線を横にずらすと教卓の上に一人の少女が座っていた。窓から差し込んでくる夕陽のせいで顔がよく見えない。一体いつからあの場所にいたのかすら分からない。
「……あなた、誰」
少なくとも私のクラスの人ではない。声からして生徒会の人でもないだろう。
「さぁ? 誰でもいいじゃないですか」
教卓からひょいと飛び降りて少女はこちらへ歩み寄ってくる。
肩のあたりまで伸びた茶色の髪の毛に、太陽の光を吸い込んだような黄色の瞳。私の記憶に無いだけかもしれないが見たことも、話したこともない少女だった。
「そんなに睨まないでくださいよ。綺麗な顔が台無し」
「……私に何か用でもあるの?」
「用ってほどのものじゃありません。たまたま通り掛かった教室の中で黄昏ている人が居たから興味本位で眺めていただけ。いい暇つぶしになりましたよ、榊夜乃先輩」
「私のこと知ってるんだ」
「自分の通う学校の生徒会長くらいは覚えていますよ」
「……そう」
良く分からない少女だ。
あまり関わらない方がいいような気がする。
「やることがないなら帰ったらどうかな? 部活にも委員会にも入ってないなら家に帰って勉強でもしていたほうが自分の為だよ」
「今、この人に関わらない方がいい。って感じのこと思っていませんか?」
「……ッ」
心を見透かされ思わず動揺してしまう。
私のあからさまな態度が面白かったのか少女は細く微笑む。
「ふふっ。図星ですか」
「……だったら何?」
イラついているせいで言葉が強くなる。
こんな訳のわからない少女に構っている暇なんて私にはない。
「いえいえ他意はありませんよ。そんなことより良いの?考え事していたんでしょ?」
「……誰だか知らないけど、あなたには関係のないことだから。早く帰って」
「なんで生きているんだろう?みたいなこと考えている人を放置して自殺とかされたら後味悪いからしばらくここにいるよ」
「死ぬとかバカにしてるの?あなたがそう言ってるだけでしょ」
「じゃあさっき何て言おうとしたんですか?」
「それは……」
言葉に詰まる。
実際、少女の言ったことは一字一句間違っていない。
どうして生きているの?と私は思っていた。
だってそう、大好きだった帳のいない世界で生きている意味が分からない。
「そんなに死にたいのなら死ねばいいじゃないですか。きっと死んだらそんな悩みも解決できるよ」
少女の言う通りだ。
死んでしまえばこんなことを考える必要はなくなる。それに帳にだって会える。いっそ死んだ方が楽なのかもしれない。そうすれば隼人くんに迷惑をかけずに済む。
「でも先輩、覚えておいてください」
「……なに?」
「先輩が死んだら悲しむ人がいるということを。あなたが死ぬことで泣く人がいるということを忘れないでください」
その言葉に、仲間の顔が頭に浮かんだ。
優誠くん、つもりちゃん、遥香ちゃん、恋歌ちゃん。そして――隼人くん。
「死ぬのは勝手です。でもいま先輩の頭に浮かんだであろう人達のこともちゃんと考えて行動して」
「……」
何から何まで少女にはお見通しのようだった。凄いを通り越して少し不気味だ。
でも言っていることは何一つ間違ってなどいない。
「忠告ありがとう。でも大丈夫だよ。私は死ぬつもりなんて無いから」
「そうですか」
少女はくるりと身を翻す。
茶色の髪がふわっと揺れ、つもりちゃんに似た柑橘系の香りが香った。
「帰るの?」
「早く帰れって言ったのはそっちじゃないですか」
私に背を向けたまま少女は答える。
何故だろう。小さな背中には色んなものを背負い込んでいるように見えた。
「名前と学年を教えてくれるかな?」
「山田花子。一年生」
「嘘だね。そんな典型的な名前の人は一年生にいないもん」
「もしかして全学年の生徒の名前を覚えていたりします?」
「もちろん。私は生徒会長だから」
「……普通の生徒会長は全校生徒の名前なんて覚えてないと思いますけど。まぁいいや。僕はそろそろ帰らせてもらうよ」
「あ、待って!」
そう背中に声を掛けるも、少女は無視して教室から出て行ってしまった。
後に残された私は一人教室に佇む。
結局あの少女は一体誰だったのだろうか。今思うと幽霊だったんじゃないかと錯覚すらしてしまう。何もかも見通しているあの瞳、あの言動。思い返してみるとゾッとするものがある。それに私達のことを知っているようにも思えた。
「……」
気分を切り替えるために再び外の景色を見る。謎の少女と話して五分くらいしか経っていない感覚だったのだが、真っ赤な夕陽は三分の一近く沈んでいた。
あと数十分もすれば辺りには夜の帳が降りるであろう。街は暗闇に閉ざされる。まるで私の心のように。
トラックを走っていた陸上部はいつの間にかいなくなっていて、バッティング練習をしていた野球部はミーティングをしているのかビシッと背筋を伸ばして監督の先生の話を聞いていた。
この時間から生徒会室に顔を出してもきっとみんなもう帰っていて誰もいないはずだ。私もそろそろ大人しく帰ることにしよう。
窓の鍵をしっかりと施錠してから帰り支度を整えるために自分の机に移動したとき、一枚のメモ紙と何かが入った袋が置いてあることに気づいた。
「こんなもの……さっきまであったっけ……?」
いつ置かれたのか分からない紙を私は手に取る。そこには女の子が書いたような可愛らしい丸っこい字でこう書いてあった。
『睡眠薬で自殺する為には約3万錠必要ですのであまりオススメしません。 From:結衣』
字の可愛さと、文章の不気味さが全くと言っていいほど噛み合っていなかった。
文章の最後の『結衣』というのは名前だろう。先ほどの少女の名前なのだろうか?わざわざこんな手紙を残さずとも最初から死ぬつもりは無いというのに。死んだ方が楽って考えたのは否定しないけど。
「……気分悪いなぁ」
色んなことがありすぎて疲れきっていた。
そういえばこの袋には何が入っているのだろう。手を伸ばして中を確認してみると、中には市販のメロンパンが一つだけ入っていた。
「……ほんと、あの子なんで私なんかに構ってきたんだろ」
不思議な子もいるもんだ――と、私は空を見上げた。
赤黒く染まる空。夕焼けと夜が混じりあったような空はほんの少しだけ、不気味だった。
to be continued
心音です。こんばんは。
今回は主人公である隼人の視点ではなく夜乃視点でのお話です。個別ルートだとこういったヒロイン視点の話が含まれる場合があります。
さて、今回の話ですがまた出てきましたね、結衣という少女が。このキャラクターはあくまでもサブキャラクターです。謎の多い不思議な少女、ある意味恋歌よりも謎めいたキャラクターになっているのかもしれません。そして結衣は今後様々なところで出てくるでしょう。
それでは、また次のお話でお会いしましょう。
追伸
新たな小説をアップしましたので、よろしければ読んでください。




