第6話:大人気のアイドル聖女が来ました。無料の『超大型・浄水フィルター』としてのご活躍、誠に感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日は『アクアリウム(水槽)管理』の難しさについて、愚痴をこぼさせてください」
私はプルプルと体を萎縮させながら、管理モニターに映る『第8区画:沈殿する大水槽』の映像をリスナーたちに共有した。
そこは巨大な地底湖のようなエリアなのだが……現在、水質は最悪だった。水は緑色に濁り、アオミドロのような藻が大量に発生している。
「この第8区画には、非常に繊細で美しい水棲魔獣を放し飼いにしているのですが……いかんせん、彼らの排出物や苔の繁殖で、すぐに水が濁ってしまうのです」
『うわ、きったね!』
『ドブの匂いがしそう』
『主、掃除サボっただろw』
「サボったわけではありません。巨大な水槽の水を循環させ、浄化フィルターを通すための維持費(DP)が、私の財政を致命的に圧迫しているのです。このまま水質悪化が進めば、中の魔獣が窒息してしまいます……」
私が本気で頭を抱え(るように体を凹ませ)ていた、その時。
ダンジョンの侵入者アラートが、とても軽やかで神聖な音色を響かせた。
モニターを切り替えると、第8区画の入り口に立つ一人のプレイヤーが映し出された。
純白の法衣に身を包み、黄金の錫杖を持った可憐な少女。エセルガルド・オンラインにおいて絶大な人気を誇るアイドルプレイヤーにして、トップヒーラーの『清廉の聖女セレス』である。
『セレスちゃんだあああ!』
『大天使降臨!』
『今日も可愛いよセレスちゃん!』
セレスの配信枠は、彼女を崇拝する熱狂的なファン(親衛隊)たちのコメントと、虹色のスパチャ(投げ銭)で完全に埋め尽くされていた。
『みんな、応援ありがとう! 私、頑張るね!』
セレスがカメラに向かってウインクすると、システムからの『オーディエンス・バフ(神聖魔法の効果範囲・威力極大アップ)』が、彼女を包み込むように付与された。
「……おお」
私は、思わずスライムの体を縦にピンと伸ばした。
「皆様。私の日頃の行いが、またしても奇跡を起こしたようです。超高性能な『浄水フィルター』が、自ら歩いてきてくれました!」
『浄水フィルターwww』
『主の目には、トップアイドルがBRITA(浄水器)にしか見えていない件』
『セレス逃げて! ろ過装置にされちゃう!』
セレスは凛とした表情で、緑色に濁りきった巨大な水槽(地底湖)の前に立った。
彼女の目には、単なる「水質悪化」が、どうやら別のものに見えているようだった。
『見て、みんな……。このおぞましく濁った水。これこそが、このダンジョンに巣食う邪悪な魔力の蓄積よ!』
「いいえ、ただの藻とバクテリアです」
私は即座に突っ込んだが、もちろん彼女には聞こえない。
『こんな邪悪な泥水、私の光で一滴残らず浄化してみせるわ! さあ、行くよ! 《グランド・サンクチュアリ(大いなる浄化の光)》!!』
セレスが黄金の錫杖を天に掲げた瞬間。
バフによって極限まで増幅された「特大の浄化魔法」が、眩い閃光となって地底湖全体を包み込んだ。
神聖な光が水面を撫でると、恐ろしい速度で緑色の濁りが消え去っていく。有害なバクテリアも、過剰な藻も、水中の不純物も、すべてが光に溶けて「完全な無(純水)」へと還元されていく。
『おおおおお!』
『一瞬で水が綺麗に!!』
『さすがセレスちゃん! 邪悪な魔力を打ち払ったぞ!!』
セレスの配信枠が歓喜に沸く中、私の配信枠もまた、全く別の意味で大歓喜に包まれていた。
「す、素晴らしい……っ!! なんて完璧な水質管理でしょう!!」
私はモニターの前で、狂喜乱舞して飛び跳ねた。
「pHバランスは完璧な中性! アンモニア濃度はゼロ! 透明度は100メートル先まで見通せるAAAランク! これをシステムの浄化設備でやろうとすれば、一体何百万DPかかったことか……!!」
『主が大興奮してるww』
『業者頼んだらクソ高い水槽掃除を、無給でやってくれるアイドル』
『セレスちゃん、立派に業者としての使命を果たしたな……』
光が収まった後。
そこには、まるで宝石のように透き通った、息を呑むほど美しいクリスタルブルーの巨大水槽が広がっていた。
『ふぅ……。やったわ、みんな。この階層の邪悪は、私が完全に浄化――』
セレスが額の汗を拭い、ドヤ顔でカメラにピースサインを向けようとした、その時だった。
ゴポォッ……。
透明になった水槽の、はるか深く、底の底から。
巨大な「影」が、ゆっくりと浮上してきた。
『……え?』
セレスの笑顔が引きつる。
現れたのは、美しい瑠璃色の鱗を持った、全長50メートルを超える超巨大な水棲魔獣【瑠璃鱗の海竜】だった。
「皆様。この海竜は『極めて純度の高い綺麗な水』の中でしか呼吸ができない、環境指標生物なのです。先ほどまでは水が汚すぎて、息を潜めて仮死状態になっていたのですが……」
セレスの完璧な浄水作業のおかげで、海竜は「最高のコンディション」でパッチリと目を覚ましてしまったのである。
「キュゥゥゥゥーーーッ!!(訳:お水が綺麗! 最高!)」
海竜は歓喜の産声を上げながら、透き通った水面からロケットのように飛び出した。
キラキラと水しぶきを上げながら空を舞う巨大な海竜の姿は、エセルガルド・オンラインの歴史に残るほど美しく、幻想的な光景だった。
そして海竜は、大きな口を開けたまま、水槽の縁にポツンと立っていたセレスの真上へと落下してきた。
『ひっ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?』
バシャンッ!!!
巨大な水柱が上がり、セレスの悲鳴は美しい水音にかき消された。
彼女が立っていた場所には、何も残っていない。
海竜は「お目覚めの朝ごはん」をペロリと平らげ、機嫌良さそうに透明な水槽の底へと泳いでいった。
『清掃業者が食われた』
『水槽を綺麗にしたら、中にいたペットに食われるというバグ』
『セレス親衛隊の皆さん息してる?』
『主、また水質悪化する前に回収しろよw』
「ふぅ……。セレス様、完璧な『水槽のお掃除』、誠にありがとうございました」
私は画面越しに、深く深くお辞儀をした。
セレスが落とした大量の回復アイテムや聖なる装備品は、水槽の底に設置してある『排水口(という名のコンベア)』へと吸い込まれ、カラカラと私の口座へ変換されていく。
「おかげさまで、当ダンジョンのアクアリウムは最高の状態を取り戻しました。いやはや、一流のアイドルは、浄水フィルターとしても超一流ですね」
チャリン、チャリン、チャリン!!!
莫大なDPと、美しい景観を取り戻したダンジョン。
私はプルプルと心地よい弾力を味わいながら、宣言した。
「さて、皆様。水質管理も解決し、資金も潤沢です。……次は、第9区画の『空調管理』にでも着手しましょうか。引き続き、当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
今日もまた、エセルガルドの平和と、私の完璧なテラリウムは保たれたのである。




