第5話:罠解除のスペシャリストが来ました。熟練の『季節労働者』に心より感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日は『農業』における、深刻な人手不足問題についてお話しさせていただきます」
私はプルプルと体を揺らしながら、画面越しに深くため息をついた(ように見えるよう、体を少し萎れさせた)。
管理モニターに映し出されているのは、新たに構築した『第7区画:硝子の果樹園』である。
美しい透明な樹木が立ち並び、その枝には赤や青に輝く、宝石のような果実がたわわに実っている。
「この『魔力果実』は、市場に流せば莫大なDPを生み出す当ダンジョンの特産品なのですが……いかんせん、非常にデリケートでして」
『綺麗だな』
『でも主が育ててるってことは、どうせエグい代物なんだろ?』
「ええ、ご推察の通りです。この果実、少しでも雑に扱うと『大爆発』を起こすのです。私が収穫しようにも、スライムの体では繊細なピッキング作業ができず……かといって、専用の収穫用精密ゴーレムを稼働させれば、せっかくの利益が人件費(DP)で吹き飛んでしまいます」
『また経営難で草』
『農業あるある:収穫の手間がかかりすぎる』
『主、ついに農家になったのか』
「本当に、腕の良い季節労働者でもタダで来てくれないものか……」
私が愚痴をこぼした、まさにそのタイミングだった。
軽快なアラート音と共に、第7区画の入り口が静かに開いた。
モニターに映ったのは、黒い革のコートに身を包んだ、細身の男。
腰に無数のナイフやピッキングツールを下げた、エセルガルド・オンライン最高峰の盗賊プレイヤー、『神眼のルーク』だった。
『ルークだ!』
『罠解除のスペシャリストきたああ!』
『どんな複雑な罠も一瞬で見抜く男!』
ルークの配信枠は、彼の神業的な指先を崇拝する数万のリスナーで埋め尽くされていた。
彼は果樹園に足を踏み入れるなり、鋭い視線を周囲に走らせ、ニヤリと笑った。
『なるほどな……。魔法使いも重戦士も、この「一見すると平和な空間」に騙されて死んだってわけだ。だが、俺の【神眼】は誤魔化せねえぜ』
彼は、たわわに実る「魔力果実」を指差した。
『見ろ、リスナー共。あそこにある綺麗な果実……あれはすべて、微細な魔力糸で連結された「超高威力の浮遊機雷」だ。一つでも雑に触れれば、連鎖爆発で部屋ごと吹き飛ぶ最悪のトラップだぜ』
「お見事です。その通り、大変デリケートな果実でして」
『絶対触っちゃダメなやつじゃん!』
『ルーク、ここは撤退しろ!』
『流石に数が多すぎるぞ!』
リスナーたちがルークの身を案じるが、彼はフッと自信に満ちた笑みをこぼした。
『撤退? 冗談じゃねえ。俺を誰だと思ってる。これほど美しく、複雑で、解き甲斐のある「爆弾」の群れ……全部解除して、俺の神業を世界に見せつけてやるよ!』
彼にシステムからの『オーディエンス・バフ(手先の器用さ・集中力極大アップ)』が付与される。
「……おお」
私は、思わずスライムの体を歓喜に震わせた。
「皆様。私の日頃の行いが良かったのでしょう。超一流の腕を持つ『ピッキングスタッフ(季節労働者)』が、自ら志願してやってきてくれました!」
『ピッキング(物理)』
『罠解除のプロを農家のバイト扱いすなww』
『完全にルークがカモにされてる』
ルークは息を殺し、果樹の前に立った。
バフによって極限まで高められた集中力と指先で、彼は果実の根元にある「爆発のトリガー(ただのヘタ)」を、専用のミスリルナイフで見事に切り離す。
そして、傷一つつけない完璧な手際で果実を手のひらに乗せ、自身のマジックバッグ(衝撃吸収機能付きのインベントリ)へと丁寧に収納していった。
『ふぅ……一つクリアだ。この調子で全部解除していくぜ』
『ルークかっこいい!!』
『手際が神すぎる! ASMR枠かよ!』
ルークの配信枠が称賛に包まれる中、私の配信枠もまた、別の意味で盛り上がっていた。
「素晴らしい……! あんなに根元から綺麗に切り離してくれるなんて! しかも、果実に一切の傷を与えていないため、市場価値が最高ランクで維持されています!」
『主が大歓喜してるww』
『ルーク、お前がやってるのは罠解除じゃない。「収穫」だ』
『最高の農家のお手伝い』
『このダンジョン、無料のウーバーイーツの次は無料の派遣社員かよ』
ルークは汗だくになりながら、時にはアクロバティックな体勢で樹木に登り、時には這いつくばって、部屋中のすべての魔力果実を解除(収穫)していった。
その作業時間は、なんと2時間。
常人なら神経が焼き切れるほどの過酷な作業を、彼はバフの力とプライドだけでやり遂げたのだ。
『……はぁ、はぁっ……。終わったぜ、リスナー共。部屋中の機雷、完全解除だ……! 俺の勝ちだぁぁぁっ!!』
最後の一つをマジックバッグに収め、ルークは天を仰いでガッツポーズを決めた。
彼の手には、最高品質の魔力果実が100個以上、無傷で確保されている。
「ルーク様。過酷な農作業、本当にお疲れ様でした」
私は画面越しに、深々とお辞儀をした。
「貴方のその類稀なる技術と忍耐力のおかげで、今年の収穫は過去最高の大豊作となりました。……さて、収穫が終われば、次は『出荷』の時間ですね」
私がキーボードのエンターキーを叩いた、その瞬間。
ガコンッ!
ルークが立っていた果樹園の床全体が、突如として斜め45度に傾いた。
ダンプカーの荷台が土砂を降ろすかのような、あまりにも単純で、あまりにも大規模な物理トラップ。
『……へ?』
ルークは間抜けな声を上げた。
彼のような一流のシーフなら、床の継ぎ目やスイッチには絶対に気づくはずだった。
しかし、「果実を解除すること」に極限まで集中しきっていた彼には、部屋全体が傾くという『大味すぎる仕掛け』への警戒が完全に抜け落ちていたのだ。
『う、うわああああああああっ!? なんで床が!? 機雷は全部解除したはずなのにぃぃぃ!!』
ツルツルに磨かれた床を、ルークは為す術もなく滑り落ちていく。
彼が必死にナイフを床に突き立てようとするも、バフの効果が切れた疲労困憊の体ではどうすることもできない。
そして彼の行き着く先は、傾いた床の最下部にぽっかりと開いた『自動搬送コンベア』の入り口だった。
「ルーク様が丁寧にマジックバッグへ梱包してくださったおかげで、コンベアで運んでも果実が爆発する心配は皆無です。そのまま処理槽(出荷口)まで、安全にお運びいたしますね」
『農作業が終わったから出荷されるバイト』
『自分で梱包して自分で流れていく男』
『罠解除のプロ、一番単純な滑り台に引っかかる』
『ルーク、お前の労働は決して忘れないよ……』
滑り落ちていくルークの悲鳴と共に、コンベアの蓋がパタンと閉まった。
彼が身につけていたマジックバッグの中身(魔力果実)は、システムを通じてすべて莫大なDPへと自動換金されていく。
チャリン、チャリン、チャリン!!!
「ふぅ……。皆様、ご覧ください。今期の農業は大大大黒字です!」
私は口座に溢れ返るDPを確認し、プルプルと喜びの舞を踊った。
これほど優秀なピッキングスタッフが、なんと無給で(むしろ自身の命というチップまで添えて)働いてくれるとは。エセルガルド・オンラインのプレイヤーたちは、本当にホスピタリティに溢れている。
「さて、資金も潤沢に集まりましたし、次は第8区画の『水質管理』に着手しましょうか。……皆様、引き続き当ダンジョンのエコな運営を、よろしくお願いいたしますね」




