第44話:【魔王のOJT】元・魔王様(インターン)への新人研修。当社の『アットホーム(物理)』な職場環境に、彼は恐怖で泣き崩れました
「……俺は、沼地の魔王ガルザ。近隣の国々を恐怖に陥れた、絶対的な支配者のはず……なのに、なぜ『初心者マーク』のついた名札を付けさせられているんだ……?」
魔王城(現・テラリウム新次元オフィス)のエントランスホールで、巨躯の悪魔ガルザが震えていた。 彼の手には、禍々しい魔槍ではなく、分厚い『テラリウム式・接客マニュアル』が握らされている。
「ほらガルザ君、背筋を伸ばして! お客様(=罠にかかる冒険者)をお迎えするのに、そんな猫背じゃリピーターはつかないぞ!」
爽やかな笑顔でガルザの背中をバシッと叩いたのは、元・勇者にして当社のトップ営業マン(広報担当)、アルドだ。
「いいか? 我々の目標は『人間を殺すこと』じゃない。『人間の恐怖と絶望、そして欲を限界まで煽り、最高効率でDPを搾り取ること』だ。ただ殺すだけの三流魔王みたいな考えは、今日から捨てろ!」 「……ひ、ひぃぃ……っ!」
かつて魔王を討伐する側だった勇者が、今や魔王に「より効率的な人間の騙し方」を指導(OJT)している。 次元を超えたブラック企業の新人研修は、ガルザのちっぽけなプライドを粉々に砕いていた。
【魔王城リノベーション・進捗報告】
1.間取りの最適化(担当:ゼータ):
・「迷路のような構造は獲物の回転率を下げる」という理由で、ゼータが邪魔な壁をすべて斬り捨て、見通しの良い『ワンフロア・デス・オフィス』へと改装完了。
2.罠のエネルギー回収(担当:バレル):
・従来の「落とし穴とトゲ」を廃止。落下時の運動エネルギーを重力魔法で回収し、城の電力へと変換する「エコ・トラップ」を導入。
3.衛生環境の徹底(担当:元・神):
・血生臭い地下牢は、元・神が徹夜で磨き上げ、塵一つない無菌室(スライム船長の休憩室)へと生まれ変わった。
「……素晴らしいですね。徹夜での改装作業、お疲れ様です」
私はスライムの体で、綺麗に磨き上げられた大理石の床を滑りながら、皆の仕事ぶりを褒め称えた。 泥臭かった魔王城は、たった一晩で「機能的かつスタイリッシュな近代ダンジョン」へと変貌を遂げていた。
「いやぁ、やっぱりゼロから作り上げるのは楽しいわね! 腕が鳴るわ!」
ゼータが、真っ二つに斬り倒した巨大なゴーレムの残骸を片付けながら笑う。
『この次元の物理法則をハッキングして、城全体の重力場を書き換えておいた。これで、侵入者は常に「足腰に3倍の疲労」を抱えながら進むことになる。……ふふっ、やりがいがあるな』
バレルも、目の下にクマを作りながらも、充実感に満ちた表情だ。
「……お前たち、おかしい……異常だ……! なぜそんなに嬉しそうに働く!? 睡眠もとらず、食事すら『ゼリー状の栄養食』で済ませて……悪魔の俺でも、こんな非人道的な労働はしたことがないぞ!!」
ガルザが耐えきれずに叫んだ。 魔王である彼から見ても、我々「テラリウム」の社員たちの働きぶりは、正気の沙汰ではなかったのだ。
「何を甘えたことを言っている。神である私ですら、昨晩からモップを8回折るまで床を磨き続けているというのに」
元・神が、冷たい目でガルザを睨む。
「インターンの分際で泣き言を言うな。ほら、エントランスのサキュバス像の裏にまだ埃が残っているぞ。舐めて綺麗にしろ」
「ひっ……! は、はいぃぃっ!!」 魔王は涙目で雑巾を手に取り、猛スピードで床を磨き始めた。
「……ふふっ。いい職場になりましたね」
私はその光景を眺めながら、満足げにプルプルと震えた。 完全自動化された楽園にはなかった『熱気』と『狂気』が、ここにはある。手作業で作り上げる箱庭こそ、経営の醍醐味だ。
「船長! さっそく近隣の村から、魔王討伐の依頼を受けた『勇者パーティー(現地人)』がやって来ましたぜ!」 アルドがモニターを指差す。
「おや、記念すべき第一号のお客様ですね。……ではガルザ君、マニュアル通りに『ウェルカム・スマイル』でお出迎えをお願いします」
「い、いらっしゃいませぇぇ……! 当城へようこそおいでくださいましたぁ……っ!」
引きつった笑顔で勇者たちを罠の入り口へ案内する魔王。 その直後、重力トラップに引っかかった勇者たちの絶叫と――
チャリン!
新次元で初めての、美しく甘美なDPの音が響き渡った。
「さあ皆様、今日からまた、終わりのない『楽しい業務』の始まりですよ!」
私たちの狂気に満ちたスローライフ(という名のブラック起業)は、この未開の次元に、かつてない悲鳴と利益をもたらそうとしていた。




