第43話:【ゼロからのブラック起業】新次元は『非効率』の極みでした。とりあえず、現地の『魔王城』を居抜き物件として接収します(物理で)
「……素晴らしい。泥水、腐敗臭、そして大気中に散らばる制御されていない魔力。まさに『未開の地』です」
次元のゲートを抜けた先は、じめじめとした暗い沼地だった。
足元はぬかるみ、空は分厚い暗雲に覆われている。前の「完全自動化されたテラリウム」とは雲泥の差、完璧なまでの『最悪の環境』である。
「うわぁ、最悪! 私のブーツが泥だらけよ!」
ゼータが嬉々として声を上げた。彼女の顔には、久々に「手入れのしがいがある汚れ」に出会えた喜びに満ちている。
『ふむ……この次元の物理法則は随分と原始的だ。重力定数すらブレている。これをゼロから数式化して最適化するとなると、徹夜の作業になるな……最高だ』
バレルが空中の魔力をすくい取り、狂気じみた笑みを浮かべた。
「おいおい、向こうの方から質の悪いゴブリンの群れが来るぞ。あんな安っぽい獲物、俺の詐欺……じゃなくて営業スマイルで一網打尽にしてやるよ」
アルドもすっかりやる気だ。
そして、元・神(清掃員)は――沼地の泥を素手ですくい上げ、感涙にむせんでいた。
「……ゴミだ。純度100%の、手付かずの汚れだ……! これをすべて、私のこの手で浄化できるのか……!」
四人の「超・有能なワーカーホリックたち」は、この不便で非効率な新次元に、早くもブラック企業社員としての血を騒がせていた。
「皆様、落ち着いてください。私たちは現在、DP(資本金)ゼロのスタートアップ企業です。まずは『オフィス(拠点)』を確保しなければなりません」
私はスライムの体をプルプルと揺らし、沼地の奥にそびえ立つ、禍々しい城を指差した。
「あそこに、ちょうど手頃な『空き物件』があるようです。さっそく内見に行きましょう」
【新規事業立ち上げ計画:第1フェーズ】
・居抜き物件の確保:
・沼地の奥にある『魔王城』を、当社の初期オフィスとして接収する。
※現住人(魔王軍)の同意は、物理的交渉により事後承諾とする。
・インフラの再構築:
・魔王城の無駄に長い廊下や、非効率な罠の配置を、ゼータとバレルによる「強制リフォーム」で最適化。
・現地スタッフの雇用:
・元からいるモンスターたちは、アルドの洗脳研修により「当社のインターン」として無給で働かせる。
ドゴォォォォン!!!
魔王城の重厚な正門が、ゼータの剣圧だけで消し飛んだ。
我々は、土足(スライムは粘液)で城内へと踏み込む。
「な、何者だ貴様ら!! ここを泣く子も黙る『沼地の魔王』ガルザの城と知っての狼藉か!!」
広間の中央で、玉座にふんぞり返っていた巨大な悪魔(魔王)が、驚きと怒りで立ち上がった。その周囲には、数百の魔物たちが武器を構えている。
しかし、我々の目には、彼らは「敵」としてすら映っていなかった。
「……ゼータ様。この広間、無駄な柱が多すぎますね。導線が悪いです」
「ええ、船長。とりあえず全部斬り倒して、ワンフロアのオープンオフィスにしましょうか」
『壁の魔力コーティングも三流だな。私が重力圧縮で断熱材を入れ直そう』
我々は魔王を完全に無視し、間取りのチェックとリフォームの相談を始めた。
「き、貴様ら……! 俺を無視するな! 冥界の炎に焼かれ――」
魔王が巨大な炎の魔法を放とうとした瞬間、元・神(清掃員)がスッと魔王の背後に回り込み、その口に「清掃用モップ」を突っ込んだ。
「うるさい。今、床の染みをチェックしているんだ。ホコリが舞うから大声を出すな」
元・神の、本物の神気が込められた凄みに、魔王の巨体がビクンと硬直する。
「……さて、現オーナー様」
私はスライムの体で玉座に飛び乗り、震える魔王を見下ろした。
「本城はただいまより、我々『テラリウム・スタートアップ』が買い取らせていただきます。……安心してください。貴方には『雑用係』という素晴らしいポジションをご用意しておりますよ」
「……は? いんた……何?」
チャリン!
何もない空間から、この次元で最初のDP(資本金)が落ちる音がした。
魔王の絶望という名の「資源」が、私の口座にシステムとして登録された音だ。
「さあ皆様、今日から徹夜の連続ですよ! この古臭い魔王城を、全宇宙で最も凶悪で、最も利益率の高い『ブラック・ダンジョン』へリノベーションしましょう!」
こうして、資本金ゼロから始まった我々の「大人の趣味(ブラック起業)」は、現地の魔王をインターン生として迎えるという最高のスタートを切ったのである。




