第42話:【スローライフの限界】完全自動化された楽園は『退屈』という名の地獄でした。……よし、暇潰しに新しい宇宙(ダンジョン)を作りましょうか
「……はぁ。斬り甲斐がないわ。原子レベルで完璧にスライスしたトマトなんて、ただの赤い水じゃないの」
ゼータが、まな板の上の「元・トマト」だった赤い液体を見下ろして、深大な溜息をついた。
「同意する。この空間は完全に最適化されすぎていて、私の重力魔法で計算する余地が1ミリもない。……ただ空間に浮かんで、酒を口に運ぶだけの人生。これが『死』か?」
バレルが空中でプカプカと浮きながら、虚ろな目で天井を見つめている。
「誰も来ない。誰も騙せない。……俺の『伝説の勇者スマイル』は、もう鏡の中の自分にしか向けられないのか……」
アルドは磨き上げられたカウンターで、虚無の表情でグラスを拭き続けている。
そして極めつけは、元・神である。
彼は部屋の隅で膝を抱え、ブツブツと呟いていた。
「……ゴミがない。塵ひとつない。私がこの手で浄化すべき『汚れ』が存在しない世界なんて、何の価値があるというのだ……清掃員としての私のアイデンティティはどこへ……」
【永遠のテラリウムが抱えた致命的なバグ】
・究極の平和(=究極の退屈):
・すべての資源が自動生成され、争いも労働も不要になった結果、彼ら「超・有能なワーカーホリックたち」は生きる目的を完全に見失った。
・スキルの腐敗:
・ゼータの剣も、バレルの魔法も、アルドの詐術も、神の清掃能力も、発揮する場所がない。
・スライム(私)の憂鬱:
・管理すべき問題が一切起きないため、経営者としての「快感」が完全に枯渇した。
私は、部屋の中央のクッションの上でプルプルと震えていた。
私は「完璧な経営」を達成し、管理者権限をシステムに譲渡して永遠の休暇に入った。
しかし、たった数日で気づいてしまったのだ。
『完璧に完成した箱庭』ほど、つまらないものはないということに。
「……皆様」
私が声をかけると、虚無に包まれていた四人の目が、すがるようにこちらを向いた。
「正直に申し上げます。……このスローライフ、飽きました」
その言葉が出た瞬間、管理室の空気がピリッと変わった。
「システムによる完全自動化は、確かに効率の極みでした。しかし、我々は『効率を追い求める過程』そのものを楽しんでいたのです。完成されたパズルを眺め続けるのは、我々の性に合いません」
私は、かつて封印したはずの「管理者権限」のコンソールを、ゼリー状の体から再びペッと吐き出した。
「提案があります。この完成された宇宙は、このまま『倉庫兼・別荘』として保存しておきましょう。……そして、我々は全く新しい、未開で、混沌としていて、最高に『面倒くさい』次元へと出張しませんか?」
『……出張?』
ゼータの目に、かつての剣士としての鋭い光が戻る。
「ええ。何もないゼロの状態から、手作業でもう一度『ブラック・ダンジョン』を立ち上げるのです。もちろん、今度は生き残るためでも、富を稼ぐためでもありません。……純粋な『大人の趣味』として、です」
私がそう言うと、バレルが重力制御を解除して床に降り立ち、不敵に笑った。
アルドがカウンターを叩き、勇者の笑顔を取り戻す。
元・神が、清掃用モップを杖のように高く掲げた。
「……ふっ、最高だわ船長。やっぱりあんたは、最低で最高の雇い主よ!」
ゼータが剣を抜き放つ。
「さあ、コンソールのスイッチを押してください。……次はどんな『厄介な獲物』が待っている次元へ行くのでしょうね」
ポチッ。
私が新しい次元へのワープゲートを開いた瞬間、懐かしいあの音が響いた。
チャリン!
それはDPの音ではない。新たな世界で、我々が新たな「遊び」を見つけた歓喜の音だ。
全自動の楽園を捨て、自ら過酷な労働(趣味)へと飛び込んでいく狂気のメンバーたち。
元・神のスライムと、最高の社員たちによる『強くてニューゲーム(趣味のスタートアップ編)』が、今、全く新しい宇宙で幕を開けたのである。




