第3話:最速のRTA走者が来ました。自家発電による電気代の節約、大変助かります
「皆様、ごきげんよう。昨日の臨時収入のおかげで、ついに『第5区画』の増築が完了いたしました。本日はそのお披露目配信となります」
私はプルプルと上機嫌に体を揺らしながら、新しく構築したエリアの映像をモニターに映し出した。
『おおー! 新エリア!』
『なんかキラキラしてて綺麗だな』
『主のことだから、どうせ見た目だけのエグい罠なんだろ?』
リスナーたちが推測する通り、ただ綺麗なだけの空間を作るほど、私は無能な経営者ではない。
「ここは『第5区画:帯電水晶の洞窟』です。壁一面に生えているのは、微弱な電気を食べて育つ『雷鳴苔』という特殊な植物です」
私は画面越しに、淡く青い光を放つ水晶と、そこにへばりつく苔を指し示した(スライムなので体の一部を伸ばしただけだが)。
「この苔、成長すると非常に高値で売れる素材になるのですが……いかんせん、育成のための『電気代(雷属性の魔力維持費)』が馬鹿になりません。普通に維持すれば、また私が液状化するほどの赤字になってしまいます」
『また維持費で苦しんでるよこの主』
『学習しろww』
『で、どうやって解決するの?』
「簡単なことです。電気代が高いなら、『自家発電』すればいいのです」
私がそう答えた直後、ダンジョンの入り口を知らせるアラートが小気味よく鳴り響いた。
モニターを切り替えると、そこに映っていたのは重装備のパーティーでも、派手な魔法使いでもなかった。
身軽な革鎧に身を包んだ、たった一人のプレイヤー。
エセルガルド・オンラインにおいて「最速」の異名を持つソロプレイヤーにして、RTA配信者の『神速のザイオン』だ。
『あ! ザイオンじゃん!』
『最速の男が来ちまったか』
『魔法も物理もダメなら、罠が発動する前に駆け抜ければいいってコト!?』
ザイオンの配信枠もまた、数万のリスナーで熱狂していた。
彼はカメラに向かって、自信満々に親指を立ててみせる。
『よぉリスナー! 魔法使いも重戦士も全滅した最悪のバグエリア、俺が最速で攻略してやるぜ! 罠なんてのはな、"発動する前に通り過ぎちまえ"ば、存在しないのと同じなんだよ!』
彼に『オーディエンス・バフ(敏捷性・移動速度アップ)』が大量に付与されていく。
その姿を見た私は、思わず「ふふっ」とスライムらしからぬ笑みをこぼした。
「素晴らしい……。実に素晴らしいお客様です」
『主が笑ったぞ』
『あ、これザイオン終わったわ』
「ザイオン様、いざ出発!」という掛け声と共に、彼は目にも留まらぬ速さで第4区画(レオン達が焼かれた通路)を駆け抜け、難なく第5区画『帯電水晶の洞窟』へと足を踏み入れた。
シュババババッ!!
ザイオンの足は止まらない。
バフによって極限まで高められた速度は、もはや風そのものだった。
彼は床に仕掛けられた物理トラップ(私がダミーで置いたもの)のスイッチを次々と踏み抜いていくが、矢が飛び出し、槍が突き上がる頃には、すでに彼は遥か前方を走っている。
『はっはァ! 遅ぇ遅ぇ! 止まって見えるぜ!』
ザイオンの配信枠では、『神回避!』『RTA新記録ペース!』とコメントが滝のように流れていた。
だが、私の配信枠のリスナーたちは、別のことに気がついていた。
『……なぁ、主』
『ザイオンが走るたびに、壁の水晶がめっちゃ光ってないか?』
『ザイオンの髪の毛、なんか逆立ってきてるぞ』
「お気づきになりましたか」
私は、管理パネルに表示されている『第5区画:電力充電ゲージ』が、凄まじい勢いで上昇していくのを見つめていた。
「この洞窟の水晶は、空気の摩擦や振動に反応して『静電気』を発生させる特注品です。普通に歩くだけならピリッとする程度ですが……あのようにバフを限界まで乗せ、常識外れの超高速で駆け抜けた場合、莫大な摩擦エネルギーが発生します」
『あっ』
『つまりザイオンは……』
「はい。今、彼は己の肉体を『巨大なダイナモ(発電機)』にして、我がダンジョンの雷鳴苔に、莫大な電力を供給し続けてくれているのです」
画面の中のザイオンは、己の体にパチパチと青白い火花が散っていることに気づいていたが、それを「スピードバフの最高潮の演出」だと勘違いしているようだった。
『見ろよこのオーラ! バフが限界突破して雷纏ってやがる! ゴールは目の前だあああ!』
彼は雄叫びを上げ、洞窟の最深部――大きな鉄の扉の前で、見事に急ブレーキをかけて立ち止まった。
『タイム、3分12秒! 新記録達成だぜリスナー!!』
ドヤ顔でポーズを決めるザイオン。
だが、彼は致命的なミスを犯した。
「電気」というものは、高速で移動している間は体に帯電し続けるが、立ち止まり、かつ「金属」の前に立った瞬間――どうなるか。
「ザイオン様。当ダンジョンの電力供給、誠にありがとうございました。おかげさまで今月の電気代はタダです」
私がそう呟いた瞬間。
バチィィィィィィィィィィンッ!!!!
洞窟中に蓄積されていた莫大な静電気と、壁の「雷鳴苔」が蓄えていた電力が、最も帯電しているザイオンの肉体を避雷針にして、一気に放電された。
落雷にも等しい極太の雷光が、洞窟を白く染め上げる。
『ぎゃあああああああああああああっ!?!?』
ザイオンの断末魔は、雷鳴にかき消された。
光が収まった後、そこには黒焦げになり、アフロヘアのようになった最速の男が、ピクピクと痙攣しながら倒れていた。
『自家発電乙』
『人間の形をしたダイナモ』
『最速で電気代を払いに来た男』
『罠を避けたんじゃない、自分が罠の動力源になってただけだ……』
『環境に優しいエコなダンジョンですね!』
「いやはや、見事な走りでした。あれほどの電力を魔力石で買おうとすれば、数万DPは下りません。本当に、優秀な労働力……いえ、お客様です」
チャリン、チャリン。
私の口座に、莫大なDPと「自家発電による電気代節約ボーナス」が加算されていく。
黒焦げになったザイオンの遺体(と、彼が落としたレアな加速ブーツ)は、足元に展開された『自動搬送コンベア』に乗せられ、カラカラと処理槽へ運ばれていった。
「さて、雷鳴苔への給電も完了しましたし、そろそろコンベアの定期メンテナンスでも行いましょうか。皆様、引き続き当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
私はプルプルと心地よく揺れながら、ホクホク顔で次なる生態系の構想を練り始めた。
今日もエセルガルドの平和(と、私のテラリウム)は守られたのだ。




