第30話:【元勇者様のご出勤】お客様係の『撒き餌』に就任。彼が笑顔で案内する先は、常に『絶体絶命のデス・トラップ』です
「さて、ゼータ様(清掃員)とバレル様(環境制御官)という優秀な社員を確保し、ダンジョン運営はかつてないほど安定しています。……ですが、この完璧な箱庭に、唯一足りないものがあることに気づきました」
私は洞窟の入り口を見つめ、プルプルと表面張力を逆立てた。
「そう、彼らの『モチベーション』を維持するための、純粋な『獲物(=挑戦者)』です。……というわけで、ダンジョンに迷い込んだまま、隅っこで震えていた『元・勇者』の彼をスカウトすることにしました」
私は、かつて世界を救った伝説の勇者、アルドを呼び出した。
彼は魔王討伐後、引退して隠居していたところを、この小惑星のダンジョンに吸い込まれた不運な男だ。現在は第1区画の隅で、腰を抜かして座り込んでいる。
私は、以前バレルが魔力制御のために作った『音声合成スライム・ユニット』をアルドの肩に載せた。
『お疲れ様です、アルド様。貴方には今日から、当ダンジョンの「お客様係(兼・お客様の盾)」を担当していただきます』
「……な、なんだお前は!? 盾だと!? 俺はもう戦うのはたくさんだ!」
『大丈夫です。貴方の仕事は簡単。入り口で案内をし、お客様を第1区画まで導くだけ。……ちなみに、貴方が笑顔で案内をすれば、貴方の隠居生活に必要な「食料と酒」を、毎日無料で提供いたします』
私は、彼が死ぬほど飲みたがっていた『特級ワイン』の映像を、彼の目の前に投影した。
アルドの瞳が、僅かに揺れる。
「……毎日、ワインが飲めるのか?」
『ええ。ただし、貴方が案内したお客様は、全員ゼータ様の掃除対象(=罠にかかって泥だらけ)となります。……どうしますか? 伝説の勇者様』
彼は震える手で、ワインの瓶を受け取った。
伝説の勇者は、背に腹は代えられないという現実を前に、ついに屈したのだ。
【勇者アルドの業務内容】
・ウェルカム・ガイド:
・ダンジョンに入ってきた冒険者に対し、爽やかな笑顔で「奥にすごいお宝がありますよ!」と嘘をつく。
・デス・トラップ誘導:
・冒険者を、ゼータが掃除(蹂躙)中の第3区画や、バレルが重力制御で遊んでいる第4区画へと「近道」と偽って誘導する。
・盾役(物理):
・万が一、攻略者が強力な魔法を放った場合、勇者特有の硬い鎧で壁となり、罠の起動タイミングを調整する。
「いらっしゃいませー……奥に、すごくいい剣がありますよ……」
アルドの案内は、驚くほど胡散臭かった。
だが、その「伝説の勇者」という肩書きの安心感に騙され、次々と冒険者たちが私の罠へと突き進んでいく。
ガシャーン! ドカン! ぎゃああああ!
ゼータの剣で鎧を剥がされ、バレルの重力魔法で天井に叩きつけられる冒険者たち。
それを、入り口でアルドが爽やかな笑顔で見送っている。
「……ふふっ。いいですねえ。これぞテラリウムの完成形」
私は天井から、その光景をうっとりと眺めた。
かつて世界を救った英雄が、今や私の罠を効率よく回すための「集客係」になっている。
彼が案内する冒険者たちの絶望と怒りが、心地よいDPの旋律となってダンジョンに響き渡る。
「さて、アルド様。もっと笑顔で。……冒険者様たちは、貴方のその『勇者らしい笑顔』を信じて、罠へダイブするのですから」
チャリン、チャリン、チャリン!!
勇者が案内するたびに、私のダンジョンに活気が溢れ、同時に私の口座に富が蓄積されていく。
神だった頃よりも、こうして一人ひとりを「適切な役割」に配置し、箱庭が回るのを見る方が、経営者として数倍楽しい。
「さあ、次はどんな『お客様』が迷い込んでくるのでしょうか。……楽しみですね」
今日もまた、スライムという名の管理者は、元・勇者と共に、完璧で、残酷で、エコなダンジョン運営を心ゆくまで堪能したのである。




