第27話:【教育的指導】天才剣士ゼータ、スライムが考案した『無限ループ・ランニングマシーン』の動力源に就任
「くっ、何なのよこの通路……っ! まっすぐ歩いているはずなのに、気づけば入り口に戻っている!?」
ゼータは苛立ちを隠せない様子で、剣を地面に突き刺した。
第1区画に仕掛けたのは、かつて私が開発した『非ユークリッド・無限回廊』の簡易版だ。床に施した微細な傾斜と、壁に塗布した幻覚性の粘液が、プレイヤーの平衡感覚を狂わせる。
「……計算通りですね」
私は天井の岩場に張り付き、その様子を観察していた。
今の私は全能の神ではない。だが、このダンジョンの「設計者」である記憶はそのまま残っている。
彼女が右に曲がれば、左の壁が少しだけせり出し、彼女が直進しようとすれば、床のパネルが磁力で微調整される。
「さて、そろそろ『教育』を始めましょうか」
私はそっと、天井から特殊な『香料スライム』を散布した。
それは空腹を刺激する匂いだ。3日間何も食べていないゼータの胃が、盛大に鳴る。
その直後、回廊の角を曲がった先に、「最高に香ばしい焼き鳥の匂い」が漂う広間へと誘導する。
『お腹が空きましたか? ならば、ここへどうぞ』
機械音で案内すると、ゼータは疑いながらも、その匂いに抗えず広間へ足を踏み入れた。
そこにあったのは、巨大な回転する木製の車輪だ。
「……何よ、これ。拷問具?」
『いいえ、これは健康器具です。この上で走り続ければ、ダンジョンの出口へと続く扉が開く仕組みとなっております』
「はぁ? なんで私がそんな……!」
『ちなみに、そこにある食料の残りはあと一つ。制限時間は10分です』
私は意地悪く、彼女の目の前で唯一の食料を『自動搬送コンベア』でシュルシュルと消し去った。
「っ、卑怯よ!!」
彼女は反射的にホイールへと飛び乗った。
走り始めると、ホイールは心地よい速度で回転を始める。
しかし、仕掛けはそれだけではない。
彼女が一定の速度で走ると、壁面から心地よいBGMが流れ、さらに「走るたびに、壁の向こうからポロポロとDPの硬貨」が落ちてくる。
チャリン、チャリン、チャリン。
「……な、何これ。走るたびに何かが……手に入る?」
彼女の表情から殺気が消え、代わりに「ゲーム的欲求」の光が宿る。
彼女は今、ダンジョンを攻略しているのではない。
『走ることでポイントが貯まるシステム』という、私の掌の上で踊らされているのだ。
「……ふふっ。単純ですね。強者ほど、効率的な報酬系に弱い」
彼女は、自分がホイールの上で何キロ走らされているのかも忘れ、無心で走り続けている。
彼女の筋肉の疲労、発汗、そして吐き出す二酸化炭素――すべてが、私のダンジョンを維持するための『熱エネルギー』として変換される。
かつて私を圧縮した天才は、今や、ダンジョンの電力を支える『極上の発電機』になった。
『……おい、システム! 次の目標地点はどうなってるのよ! もっと報酬は!』
「……教育的指導、完了です」
私は天井から、満足げにその姿を見下ろした。
神の権能を使わずとも、こうして彼女の心を『ダンジョンのパーツ』へと書き換えていく。
「神として世界を支配していた時よりも、ずっと……ずっと心が高鳴りますね」
チャリン、チャリン。
彼女が踏み込むたびに響く、心地よい硬貨の音。
私は次なる「獲物」を呼び込むため、洞窟の入り口に『レアアイテム確定・大開放祭』という極めて怪しい看板を、また一つ書き足したのだった。




