第26話:【新装開店】ダンジョンに迷い込んだ最初の犠牲者は、かつて私を『ZIPファイル』にした女でした
「……ふむ。洞窟の入り口に看板を立ててから3日。ようやく最初のお客様のお出ましですね」
私は洞窟の入り口付近に仕掛けた『ピタゴラ・スライム・トラップ(転がると最終的にミキサーに入る仕組み)』の物陰から、慎重に様子を伺った。
洞窟へと足を踏み入れたのは、全身を洗練された銀色の鎧で包んだ女性剣士だった。
その姿を見て、私は思わずプルプルと表面張力を逆立てた。
「……ゼータ、ですね」
かつて、ダンジョンを効率化するために私のデータを紙切れのように圧縮し、あの手この手で「攻略」しようとしてきた、あの天才。
神として全宇宙を管理していた頃の記憶が、彼女の顔を見た瞬間にフラッシュバックする。
今の私は全能の神ではない。ただのスライムだ。もしここで彼女に正体がバレれば、またあの「圧縮地獄」を味わうことになるかもしれない。
「……これは面白い」
私のスライムとしての演算機能が、猛烈な速度で回転する。
彼女は今、私のダンジョンを「ただの低レベルダンジョン」だと思っている。だからこそ、何の警戒もせず、鼻歌混じりに洞窟の奥へと進んでいく。
彼女の狙いは、ダンジョンの最深部にある『宝箱』だ。
私は、彼女を誘い込むために、わざとらしく通路の途中に『黄金に輝く宝箱(中身はゴミ、ただし外見は最高級)』を配置した。
パカッ。
ゼータが宝箱を開ける。
その瞬間、仕掛けておいた罠が起動する。
シュンッ!!
「……っ!? 罠!?」
ゼータが反射的に後ろへ跳ぶ。さすがはトッププレイヤー、反応速度が異常だ。
だが、そこは「神の休日」仕様。彼女が跳んだ先には、さらに別の罠(足元が崩れるスライムの粘着床)が待ち構えていた。
ベチャリッ。
「くっ……!? 何よこれ、ただの粘着剤……?」
彼女が足を取られ、もがいている間に、私は天井からポタポタと「特製・高濃度スライム液」を滴らせる。
彼女の鎧に付着したそれは、金属を溶かすのではなく、鎧の「接続パーツ」だけをピンポイントで外す優れものだ。
ガシャン、ガシャンと、彼女の自慢の装備が次々と脱げていく。
「な、なんなのよこれ! 装備が勝手に外れていく!?」
パニックになるゼータ。
私は暗闇の中で、口元を隠すように(物理的にないが)ニヤリと笑った。
かつて彼女にされた「ZIP圧縮」のお返しだ。あの時は圧縮されたが、今回は「脱衣」から始まる。
『……ふふふ。ようこそ、私の新・テラリウムへ。お客様、本日のサービスは『丸裸でのダンジョン踏破』となっております』
私は、遠くのスピーカーから、あえて加工した機械音声で囁いた。
ゼータの顔色が、恐怖と怒りで真っ赤に染まるのが見える。
「誰!? 出てきなさい! この卑劣な仕掛け、絶対に許さないんだから!!」
彼女は剣を抜き、闇雲に洞窟内を斬りつける。
だが、その振る舞いすべてが、私の設置した「自動撮影カメラ」と「データ取得センサー」によって、秒間数千フレームで解析されている。
「……実に美しい。かつての強敵が、こんなにも無様に足掻く姿。これぞ神の退屈を癒やす最高のエンターテインメント……」
私は洞窟の奥で、プルプルと喜びのあまり跳ね回った。
神の権能を捨てて正解だった。全能の力で世界を動かすよりも、こうして一匹の剣士を罠にはめる方が、よっぽど心が満たされる。
「さて、ゼータ様。まずは第1区画で、じっくりと『資源化の基礎』を学んでいただきましょうか」
チャリン。
彼女が罠を回避しようとして踏んだ床のスイッチが、私の口座にわずかなDPを届けた。
神と剣士の、時を超えた「極上のごっこ遊び」が、今、再びここから始まる。




