第13話:三ツ星の美食闘士が来ました。無料の『厨房代行およびお弁当のパッキング』誠に感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日はダンジョン運営における福利厚生、『社員食堂(栄養管理)』の重いコストについてお話しさせてください」
私はプルプルと体を揺らしながら、画面越しに深くため息をついた。
管理モニターに映し出されているのは、前回予告した『第15区画:豊穣の巨大厨房』である。
そこには、大理石でできた巨大な調理台や、見上げるほど巨大な鉄板が並んでいるのだが……肝心の「食材」が調理されないままゴロゴロと転がっていた。
「当ダンジョンで働く優秀な魔獣(社員)たちには、最高品質の食事を提供しなければストライキを起こされてしまいます。しかし、彼らの好物である【鋼殻のロック・ボア(岩猪)】や【マンドラゴラ大根】といった特殊食材は、非常に硬く、アクも強いため、全自動の高級調理システムを稼働させないと美味しいご飯にならないのです」
『また金(DP)の話してるよこのスライム』
『福利厚生に悩む中間管理職』
『社員の胃袋を掴むのも大変だなw』
「ええ。その高級調理システムの稼働にかかる電気代(DP)と、プロの料理人NPCを雇う人件費が、私の財政を致命的に圧迫しております。ああ、どこかに無料で、この硬すぎる食材を完璧に下処理し、最高に美味しい状態に調理してくれる『凄腕の出張シェフ』などいないものか……」
私がスライムの体をぺしゃんこにしてぼやいた、まさにその時だった。
ダンジョンの侵入者アラートが、シャキンッ!と包丁を研ぐような小気味よい音を響かせた。
モニターを切り替えると、第15区画の入り口に、純白のコックコートに身を包んだ大柄な男が現れた。
背中には身の丈ほどもある巨大な「魔力中華包丁」を背負い、腰には数々の調味料をぶら下げている。
エセルガルド・オンラインにおいて、モンスターを「美味しく狩る」ことにすべてを懸けるトップ・グルメプレイヤー、『三ツ星の美食闘士ガルド』である。
『ガルドきたあああ!』
『エセオン一の料理人!』
『深夜に見ちゃいけない飯テロ配信の始まりだぜ!』
ガルドの配信枠は、彼の豪快な調理風景と飯テロを待ち望むリスナーたちで、まるで三ツ星レストランの予約待ちのように盛り上がっていた。
ガルドは巨大厨房に転がる食材の山を見渡し、ニヤリと肉食獣のような笑みを浮かべた。
『……ひははっ! なんだこの宝の山は! 魔法使いも剣士も全滅した悪魔のダンジョンと聞いて来てみれば、最高級の未調理食材が転がってるじゃねえか!』
彼は背中の巨大包丁を引き抜き、カメラ(リスナー)に向かって叫んだ。
『おまえら! このダンジョンの主は、料理の基本すら分かっちゃいねえ! こんな極上の岩猪を放置するなんて食材への冒涜だ! 俺の包丁で、このバグ空間を最高の「三ツ星レストラン」に変えてやるよ!!』
彼にシステムからの『オーディエンス・バフ(切断力・温度調整・旨味抽出の極大アップ)』が付与される。
『いくぜ! 俺の刃は龍の鱗すら三枚におろす! 《極限解体》からの《豪炎ロースト》だぁぁぁっ!!』
ガルドが包丁を振るうと、バフによって極大化された「超精密な斬撃」が、硬度10を誇る岩猪の肉を、まるで豆腐のように美しく切り分けていく。
さらに彼が指先から放つ魔法の炎が、巨大鉄板の上で肉を完璧な温度で焼き上げ、肉汁をギュッと閉じ込めた。
『うおおおおお! 画面越しにいい匂いがしてきそう!!』
『焼き目が完璧すぎる!』
『飯テロ! 深夜にこの配信はキツい!!』
ガルドの配信枠が「最強の料理」に沸き立つ中。
私の配信枠もまた、狂喜乱舞に包まれていた。
「す、素晴らしい……っ!! なんという完璧な下処理と火加減でしょう!!」
私はモニターの前で、喜びのあまり体をトランポリンのように跳ねさせた。
「皆様、ご覧ください! ガルド様の神業によって、調理不能だったカチカチの岩猪が、最高級の柔らかいステーキに仕上がっていきます! しかも、アク抜きまで完璧! これほどの出張ケータリングを自腹で頼んだら、一体何百万DPかかったことか……!!」
『主が大歓喜してるww』
『業者頼んだらクソ高い調理代を、無給でやってくれる料理人』
『ガルド、お前は闘士じゃない。ただの「給食のおばちゃん(三ツ星)」だ』
ガルドの神業により、調理台の上には、芸術的なまでに盛り付けられた「巨大岩猪の極上ステーキ・マンドラゴラ大根の添え物」が何十人前も完成した。
『ふぅ……。完成だぜ、おまえら。これぞ俺の最高傑作だ!』
ガルドは額の汗を拭い、大満足の笑顔でナイフとフォークを手にした。
『さあ、冷めないうちに俺が一番乗りでご馳走にな――』
ガルドがステーキにフォークを突き立てようとした、その時だった。
【ピーンポーンパーンポーン♪】
突如として、巨大厨房に「スーパーのタイムセール」のような軽快なBGMが鳴り響いた。
「……ふふっ」
私は、スライムの体を震わせて笑った。
「皆様。ガルド様のおかげで、最高のお食事が完成いたしました。……さて、この第15区画は『社員食堂』であると同時に、各階層の魔獣たちへ食事を届けるための『お弁当パッキング工場』も兼ねておりまして」
私が解説を始めたのと同時に、画面の中のガルドが異変に気づいた。
『……ん? なんだこの音? ていうか、足元の床が……動いてる?』
「はい。ガルド様が調理を完璧に完了し、お皿に盛り付けたことで、厨房のセンサーが『配膳フェーズへの移行』を検知いたしました。現在、調理台全体が巨大なベルトコンベアへと切り替わっております」
ガルドが立っていた大理石の床が、突如として動き始めた。
その先にあるのは、巨大なアームが待ち構える【全自動パッキング&真空保存マシン】である。
『な、なんだァ!? コンベア!? ちょ、俺のステーキが流されて……って、俺も流されてるゥゥゥ!?』
ガルドは必死に逆走しようとするが、バフの切れた体では、高速で動く巨大コンベアに逆らうことはできない。
さらに、天井から伸びてきた「盛り付け補助用ロボットアーム」が、ガルドの頭の上に『パセリ』と『プチトマト』を綺麗に添えた。
『は? パセリ? なんで俺の頭に……いや待て! アームが俺をステーキの皿の上に押し付けて……っ!?』
「ガルド様は大変ボリューミーで栄養価も高そうですので、システムが『メインディッシュの彩り(付け合わせ)』として認識したようですね。おめでとうございます、貴方自身が三ツ星の料理の一部になりました」
『ふざけんな! 俺は料理人だぞ! 食材じゃねぇぇぇぇぇ! おまえら、助け――』
シュゥゥゥゥゥ……ッ!!!
ピタァァァァァァンッ!!!!
最後は、食品工場でよく見る「真空パック機」がガルドの上から巨大な透明フィルムを被せ、空気を完璧に抜き取る小気味よい音を立てて。
ガルドの姿は、彼自身が作った極上ステーキと共に、一つの巨大な「真空パック弁当」へと美しくパッキングされた。
『真空パックにされたww』
『商品名:三ツ星シェフの極上ステーキ弁当(シェフ入り)』
『料理を手伝った結果、自分が付け合わせとして出荷される男』
『ガルドの配信画面、ラップに顔が押し潰されてて息できなそうw』
『このダンジョンの自動化システム、えげつなさすぎるだろ』
第15区画は、ガルドの完璧な調理により、当ダンジョンの魔獣たちが大喜びする「極上のお弁当」が大量に生産された。
真空パックにされたガルド(とレア包丁のドロップアイテム)は、そのまま『自動配膳コンベア』に乗せられ、各区画の魔獣たち(と私の口座)へと配達されていく。
「ふぅ……。ガルド様、完璧な『下処理およびお弁当の彩り』、誠にありがとうございました」
私は画面越しに、深く深くお辞儀をした。
「おかげさまで、当ダンジョンの社員たちは最高の食事にありつけ、ストライキの心配もなくなりました。いやはや、一流の美食闘士は、最高級のケータリング業者としても超一流ですね」
チャリン、チャリン、チャリン!!!
莫大なDPと、胃袋を満たされた魔獣たちの歓喜の声。
私はプルプルと心地よい弾力を味わいながら、宣言した。
「さて、皆様。福利厚生問題も無事に解決し、資金も潤沢です。引き続き、当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
今日もまた、エセルガルドの平和と、私の完璧なテラリウムは保たれたのである。




