第14話:RTA(壁抜け)走者が来ました。無料の『地形生成エンジン(CPU)』としてのご活躍、誠に感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日は少し趣向を変えまして……当ダンジョンの『システム的な限界』についてお話しさせてください」
私はプルプルと体を揺らしながら、画面越しに深くため息をついた。
管理モニターに映し出されているのは、前回予告した『第16区画:無限のアスレチック・ジム』である。
しかし、そこには何もなく、ただ真っ白なグリッド線が広がる「未完成の空間」が広がっていた。
「当ダンジョンの魔獣たちには、運動不足解消のために常に新鮮で複雑な地形――例えば、非ユークリッド幾何学的にねじれた迷路や、重力が反転する奇妙なアスレチックを提供したいのですが……これを『自動生成』し続けるには、ダンジョンの処理能力(CPU)と莫大なDPが足りないのです」
『主がメタいシステムの話をし始めたw』
『要するにサーバー落ちかけってこと?』
『いつもみたいに、バフ盛りの脳筋プレイヤーを罠にはめて電気代(DP)稼げばいいじゃん』
「それがですね……最近、攻略者たちにも私の『罠』がバレてきたようでして。誰もド派手な大技を使ってくれなくなってしまったのです。ああ、どこかに無料で、圧倒的な処理速度でこの真っ白な空間に地形を描画してくれる『人間CPU』でも落ちていないものか……」
私がスライムの体をぺしゃんこにしてぼやいた、まさにその時だった。
『……ふっ、甘いなスライム。お前のその「相手のスキルを利用するセコい罠」、俺のリスナーにはとっくに割れてるんだよ』
モニターの隅、第16区画の入り口に、忍び装束を着た小柄な男が現れた。
エセルガルド・オンラインにおける最速の男。バグやグリッチ(裏技)を駆使してあらゆるダンジョンを数分でクリアするトップRTA走者、『壁抜けのジン』である。
『ジンきたあああ!』
『出た、エセオンの物理法則を破壊する男!』
『罠があるなら、罠ごとスキップ(壁抜け)すればいいじゃない!』
ジンの配信枠は、彼が今回どんな狂ったバグ挙動を見せるのかと、期待のコメントで埋め尽くされていた。
「ああっ! まさか、RTA走者ですか!? お願いです、普通に歩いて、普通にスキルを使ってください! バグ技を使われたらダンジョンの処理が追いつきません!」
私はモニターの前で、スライムの体を震わせて激しく狼狽した。
『ははっ! ざまあみろ! 俺は魔法も剣も使わねえ! お前の罠にエネルギー(DP)なんて一滴もくれてやらないぜ! みんな、見とけ! これがこのダンジョンの「最適解」だ!』
ジンは入り口の壁の隅に向かって走り出すと、突然クルッと背中を向けた。
そして、しゃがみ状態のまま、常人には不可能な速度でコントローラー(思考デバイス)を入力し始めた。
『秒間60フレームの完璧な反復横跳び(レバガチャ)による、座標軸の強制ズレ……からの、後ろ向き超高速ジャンプ(ケツワープ)!!』
ズンッ、ガクガクガクガクッ、スポォォォォンッ!!!
物理演算が完全に狂った凄まじい音と共に、ジンの姿が「壁の向こう側」へと文字通りすり抜けて消えた。
『うおおおお! 抜けた!!』
『開始10秒で壁抜け成功ww』
『罠完全スルーでボスの部屋まで直行だぜ!!』
ジンの配信枠が「RTA成功」に沸き立つ中。
私の配信枠のリスナーたちは、狼狽する私の姿を見て『あーあ、ついに主の罠が破られた』とため息をついていた。
……だが。
「……ふふっ、あっははははは!」
私は突如として狼狽するのをやめ、悪党のような高笑いを上げた。
『え?』
『主? 急にどうした?』
「皆様。私の演技、いかがでしたか? ジン様が『壁抜け(バグ)』を使ってくださって、本当に助かりました!」
私はモニターを切り替えた。
映し出されたのは、壁を抜けた先……ジンが到達した『世界の裏側(虚無空間)』である。
『……よし、壁抜け成功! あとはこの裏世界を真っ直ぐ走って、ゴール地点に落ちるだけ――って、なんだここは!?』
ジンが足を踏み入れたのは、ただの真っ暗な虚無ではなかった。
そこは、生物の発光器官のように妖しく光る巨大な幾何学ブロックが、無限に浮遊しては組み替わり続ける、非ユークリッド的な狂気の空間だった。
「皆様。RTA走者という生き物は、壁を抜けるため、あるいは裏世界を走るために、常に『秒間数十回もの超精密な入力(凄まじい処理速度)』を行っています。私は、第16区画の壁の裏側に、地形の『自動生成エンジン』を直結させておいたのです」
『えっ……それって』
『おい、まさか』
「はい。現在、ジン様が裏世界(バグ空間)に留まり、凄まじい速度で走り(キー入力し)続けるその『圧倒的な処理リソース』は、すべて当ダンジョンのサーバーに直結し、第16区画のアスレチック地形を描画するための【CPU】としてフル活用されております」
画面の中のジンは、異常事態に気づいて顔を引きつらせていた。
『な、なんだこの空間!? 俺が走れば走るほど、目の前に変な地形が無限に生成されていく!? くそっ、止まったら異空間の重力で潰される! 走り続けるしか……っ!!』
「RTA走者の『意地でも止まらない、最速を目指す』という習性を利用した、完璧な人間ハムスターホイール(無限回し車)です。彼が処理能力の限界を超えてバグ挙動を繰り返すほど、当ダンジョンには豊かで複雑な、最高に美しいアスレチックが生成されていくのです」
ジンは、発光する奇妙な植物や、ぐにゃぐにゃに曲がった階段が無限に続く裏世界を、もはや自分の意思とは無関係に、超高速のバグ挙動で走り続けていた。
『指が、脳の処理速度が焼き切れる……っ!? 処理落ち(ラグ)で体が……っ!!』
彼自身が入力する凄まじい情報量が、そのまま彼の周囲の狂った地形を生成し、その地形を突破するためにさらに彼自身が処理速度を上げる……という、無限のオーバークロック状態。
『RTA走者がマイニング用のグラボにされてるww』
『罠を避けたと思ったら、罠の「システム内部」に組み込まれてた男』
『自らのバグ技で永久機関を完成させるなw』
『ジンの配信画面、処理落ちでカクカクになりすぎてモザイクみたいになってるぞw』
『みんな、タイマーを止……アギィィィィィィィッ!!!』
プツンッ。
最後は、ジンのアバターそのものが処理落ち(フリーズ)を起こし、ポリゴンの破片となって美しいノイズの海へと溶けていった。
彼が完全に演算の塵となった瞬間、表側の第16区画には、彼が命を削って生成してくれた「最高に複雑で広大な、幻想的アスレチック施設」が見事に完成していた。
「ふぅ……。ジン様、完璧な『地形生成とサーバー負荷の肩代わり』、誠にありがとうございました」
私は画面越しに、深く深くお辞儀をした。
彼が落としたレアな軽量化装備などは、表に生成されたアスレチックの『クリア報酬箱』に自動的に収まり、ダンジョンの魅力(と私の資産)をさらに高めてくれた。
「おかげさまで、当ダンジョンの魔獣たちも、この非ユークリッドで美しい地形を存分に走り回り、運動不足を解消できることでしょう。いやはや、一流のRTA走者は、ゲーミングPCのCPUとしても超一流ですね」
チャリン、チャリン、チャリン!!!
莫大なDPと、無事に完成したレクリエーション施設。
私はプルプルと心地よい弾力を味わいながら、宣言した。
「さて、皆様。マンネリ化しがちな罠のパターンを変え、無事にシステムの問題も解決しました。資金も潤沢です。……次は、第17区画の『ダンジョン内空調および天候管理システム』にでも着手しましょうか。引き続き、当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
今日もまた、エセルガルドの平和と、私の完璧なテラリウムは保たれたのである。




