第12話:空間把握のスペシャリストが来ました。無料の『データ整理および受付業務』としてのご活躍、誠に感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日はダンジョン運営における『受付業務およびセキュリティ管理』の膨大なコストについて、お話しさせてください」
私はプルプルと体を揺らしながら、画面越しに深くため息をついた。
管理モニターに映し出されているのは、前回予告した『第14区画:境界のグリッチ・アパートメント』である。
「皆様、ご覧ください。この受付ゲートとなる第14区画は、いわゆる『バックルーム』のような、どこまでも続く無機質でバグめいたアパート空間になっております。右に4回曲がっても元の場所に戻らない、物理法則を無視した非ユークリッド幾何学的な構造をしておりまして、悪意ある侵入者を無限ループに閉じ込める最高のセキュリティ空間なのです」
『うわ、画面見てるだけで酔いそう』
『不気味すぎるだろ……』
『主、また趣味全開のキモい空間作ったなw』
「ええ、景観としては最高なのですが……問題は『データ管理』です。この無限に等しいバグ空間に迷い込んだ侵入者(お客様)たちのログを整理し、情報をファイリングして受付処理を行うための『空間演算能力』に、莫大なサーバー代(DP)がかかっているのです」
『またDP不足か』
『受付嬢を雇う金もないブラック企業』
『無限空間作っといて「整理が面倒」は草』
「ああ、どこかに無料で、この複雑怪奇な非ユークリッド空間を瞬時にマッピングし、完璧にデータを整頓してくれる都合の良い『凄腕の受付事務員』などいないものか……」
私がスライムの体をぺしゃんこにしてぼやいた、まさにその時だった。
空間が歪むような「ノイズ音」と共に、ダンジョンの侵入者アラートが鳴り響いた。
モニターを切り替えると、第14区画の入り口に、銀色のローブを纏った知的な雰囲気の男が現れた。
エセルガルド・オンラインにおいて、どんな複雑な迷宮も一瞬で踏破するトップマッパーにして空間魔導士、『絶対座標のゼータ』である。
『ゼータきたあああ!』
『空間把握のスペシャリスト!』
『無限ループ? ゼータ様の前ではただの直線だぜ!』
ゼータの配信枠は、彼のスタイリッシュな空間魔法と、完璧主義なプレイスタイルを愛するリスナーたちで盛り上がっていた。
ゼータは、バグのように点滅する蛍光灯と、黄ばんだ壁紙が続くアパートの廊下を見渡し、極めて不快そうに眉をひそめた。
『……なんだ、この整理されていない醜悪な空間は。空間の繋ぎ目が破綻している。三流の素人が作ったバグエリアか? 私の美学に反するな』
彼は銀色の杖を構え、カメラ(リスナー)に向かって冷徹に言い放った。
『みんな、見ていてくれ。私は「迷う」ことなど絶対にない。このような乱雑な空間は、私の魔法で完全に「整頓」して、一本の美しい道に変えてやろう』
彼にシステムからの『オーディエンス・バフ(空間演算能力・絶対座標固定化の極大アップ)』が付与される。
『混沌に秩序を。バグに修正を! 《空間最適化》!!』
ゼータが杖を床に突き立てた瞬間。
バフによって極大化された「空間整理魔法」の青いグリッド線が、第14区画全体に爆発的な速度で広がっていった。
『おおおおお!』
『空間の歪みが真っ直ぐになっていく!』
『さすがゼータ! バグ空間を物理的に修正したぞ!!』
ゼータの配信枠が「最強のマッピング」に沸き立つ中。
私の配信枠もまた、狂喜乱舞に包まれていた。
「す、素晴らしい……っ!! なんという完璧なデータ整理でしょう!!」
私はモニターの前で、喜びのあまり体をトランポリンのように跳ねさせた。
「皆様、ご覧ください! ゼータ様の放った魔法が、アパート空間のバラバラだった次元データを完璧に読み込み、恐るべき速度でインデックス(索引)化してくれています! 非ユークリッド幾何学の複雑な数式が、誰にでも読める美しい台帳へと再構築されていく……! これほどの空間演算処理を自腹でやったら、一体何百万DPかかったことか……!!」
『主が大歓喜してるww』
『業者頼んだらクソ高いサーバー整理を、無給でやってくれる魔導士』
『ゼータ、お前は魔導士じゃない。ただの「データ入力の事務員」だ』
ゼータの魔法によって、迷路のようだったバグ・アパートメントは、見渡す限りの「真っ直ぐな一本道の廊下(完璧に整理されたファイル群)」へと姿を変えた。
『ふん……。他愛もない。空間のバグを取り除き、無駄なデータを圧縮してやった。これでこのダンジョンの受付システムは完全に丸裸――』
ゼータが勝ち誇ったように眼鏡を押し上げた、その時だった。
「……ふふっ」
私は、完全に最適化された管理システムのモニターを見つめながら、スライムの体を震わせて笑った。
「皆様。ゼータ様のおかげで、この空間は『完璧に整頓されたデータベース』となりました。……さて、システムというものは、完璧に整頓された直後、必ず『所属不明のバグデータ(未登録のファイル)』を検知して、自動でゴミ箱へ圧縮(ZIP)する機能が働きますよね?」
私が解説を始めたのと同時に、画面の中のゼータが異変に気づいた。
『……ん? なぜだ、空間の最適化は完了したはずなのに、私の体が……ペラペラに……?』
「はい。現在、この完璧に整理された受付台帳の中で、唯一『インデックス登録されていない余分なデータ(お客様)』……つまりゼータ様ご自身が、空間の自動圧縮システムのターゲットに選ばれております」
バグのない真っ直ぐな空間。それは裏を返せば「異物が目立つ」ということだ。
ゼータの足元から、青いグリッド線が彼を「1枚のファイル」として認識し、恐るべき圧力で【二次元への圧縮】を開始した。
『な、なんだァ!? 体が、薄く……っ!! 空間魔法がキャンセルされる!?』
「ゼータ様ご自身のバフによって空間の法則が『絶対固定』されているため、ご自身の魔法でも抜け出せませんね。完璧なセキュリティです」
『ば、バカな……私が、私自身がバグデータとして圧縮されるだと……っ!? リスナー共、助け――』
シュパァァァァァンッ!!!
最後は、パソコンでファイルをZIP圧縮した時のような小気味よい音を立てて。
ゼータの姿は、厚さ数ミリの「一枚の平らな紙(のような物理データ)」へと完全にペチャンコに圧縮された。
『二次元にされたww』
『ファイル名:zeta.zip』
『受付事務を手伝った結果、自分が書類としてファイリングされる男』
『ゼータの配信画面、薄っぺらくなってて何も見えねえw』
『このダンジョンのセキュリティ、最強すぎるだろ』
第14区画は、ゼータの完璧なデフラグにより、バグ一つない美しい「受付データベース」へと生まれ変わった。
ペラペラになったゼータ(と、彼が持っていたレアアイテムの二次元データ)は、床に仕込まれた『書類用スリット(自動搬送コンベア)』へと吸い込まれ、シュレッダーを通るようにして私の口座へ直接換金されていく。
「ふぅ……。ゼータ様、完璧な『空間のマッピングおよびデータ受付業務』、誠にありがとうございました」
私は画面越しに、深く深くお辞儀をした。
「おかげさまで、当ダンジョンの受付・セキュリティシステムは最強の状態へとアップデートされました。いやはや、一流の空間魔導士は、システムエンジニアとしても超一流ですね」
チャリン、チャリン、チャリン!!!
莫大なDPと、綺麗に整頓された受付データ。
私はプルプルと心地よい弾力を味わいながら、宣言した。
「さて、皆様。受付・セキュリティ問題も無事に解決し、資金も潤沢です。……次は、第15区画の『社員食堂(栄養管理施設)』にでも着手しましょうか。引き続き、当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
今日もまた、エセルガルドの平和と、私の完璧なテラリウムは保たれたのである。




