第10話:熱狂的なミュージシャンが来ました。無料の『生バンド演奏』および植物たちの運動不足解消、誠に感謝いたします
「皆様、ごきげんよう。本日はダンジョンにおける『BGM(音響設備)』の重要性についてお話しさせてください」
私はプルプルと体を揺らしながら、画面越しに深くため息をついた。
管理モニターに映し出されているのは、『第12区画:静寂の防音ドーム』である。
壁や床には吸音材のような特殊な苔がびっしりと生えており、文字通り「無音」の空間が広がっていた。
「この区画には、【舞闘樹】という植物型の魔獣を飼育しております。彼らは非常にアクティブな生態をしており、定期的に『激しい音楽』を聞かせて運動させないと、ストレスで枯れてしまうのです」
『植物なのに音楽で踊るのかw』
『主、また面倒な生き物飼ってんな』
「しかし、彼らを満足させるほどの『大音量かつ高BPMの音楽』を流すための巨大スピーカーや、専属の吟遊詩人(システムNPC)を雇うDPなど、今の私にあるはずもありません。ああ、どこかに無料で、最高のライブパフォーマンスを披露してくれる都合の良いミュージシャンなどいないものか……」
私がスライムの体をぺしゃんこにしてぼやいた、まさにその時だった。
ダンジョンの侵入者アラートが、ギュイィィィン!という強烈なエレキギターのディストーション音と共に鳴り響いた。
モニターを切り替えると、第12区画の入り口に一つの人影が現れた。
トゲトゲの革ジャンに身を包み、手には禍々しいデザインの「魔力駆動式エレキギター」を抱えた男。
エセルガルド・オンラインにおいて、その騒音で熱狂的なファンを持つトップ・バード(吟遊詩人)、『狂音の奏者ビート』である。
『ビートきたあああ!』
『エセオン一のロックスター!』
『物理じゃなくて音圧で敵をすり潰す男!』
ビートの配信枠は、彼の過激なライブを待ち望むリスナーたちで巨大フェスの会場のように盛り上がっていた。
しかし、当のビートは無音の防音ドームを見渡し、不快そうに舌打ちをした。
『……おいおい、なんだこの耳鳴りがするほど静かな部屋は。無音なんてのはな、音楽への冒涜だぜ!』
彼はギターを構え、カメラ(リスナー)に向かって叫んだ。
『おいお前ら!! 魔法使いや剣士が全滅した悪魔のダンジョンだろうが関係ねえ! 俺の爆音で、この陰気な迷宮を最高のライブハウスに変えてやるよ!!』
彼にシステムからの『オーディエンス・バフ(音響出力・物理音圧の極大アップ)』が付与される。
『いくぜ! 地獄の底まで響かせろ! 《エコー・オブ・カタストロフィ(破滅の爆音響)》!!』
ビートがギターをかき鳴らした瞬間。
バフによって増幅された、鼓膜を破るほどの爆音と物理的な「音圧の衝撃波」が、第12区画全体を揺るがした。
『うおおおおお! 鼓膜破れる!!』
『最高だぜビート!』
『音圧だけで岩が砕けてるぞ!!』
ビートの配信枠が「最強のライブ」に沸き立つ中。
私の配信枠もまた、狂喜乱舞に包まれていた。
「す、素晴らしい……っ!! なんという重低音! 完璧な縦ノリのビート!!」
私はモニターの前で、爆音のリズムに合わせて体をトランポリンのようにバウンドさせた。
「皆様、ご覧ください! ビート様が自ら『超大型アンプ兼スピーカー』となって、最高の生演奏を提供してくれています! これほどのライブをタダで聴けるなんて、どれだけDPが浮いたことか……!!」
『主がヘッドバンギングしてるww』
『スライムのヘドバン(ただ伸び縮みしてるだけ)』
『ビート、お前はロックスターじゃない。ただの「BGM担当」だ』
爆音が響き渡る中、防音ドームの「床」が、ズズズ……と不気味に揺れ始めた。
『あ? なんだ? 俺の音圧で床が割れて……』
ビートが演奏を止めかけた、その時。
床を突き破り、無数の巨大な樹木――【舞闘樹】たちが一斉に姿を現した。
彼らは普段の大人しい姿とは打って変わり、ビートの奏でる爆音ロックに当てられ、全身の枝葉を激しく振り乱して狂喜していた。
「皆様。舞闘樹たちは、激しい音楽を聞くと、血の気が……いえ、樹液の巡りが最高潮に達し、特殊な『ダンス』を踊る習性があるのです」
『おお?』
『なんか木がリズムに乗ってね?』
『……って、おい。あいつら、ビートの周りに円形に並び始めてないか?』
「はい。テンションが限界突破した彼らが好むダンス……それは、人間界のライブハウスにおける『ウォール・オブ・デス(観客が真っ二つに分かれ、曲のサビで一斉にぶつかり合う激しいモッシュ)』です」
ビートの周囲で、全長5メートルを超える巨大な樹木たちが、綺麗に左右に真っ二つに分かれた。
そして、ビートがギターのサビ(一番の爆音)を掻き鳴らした瞬間。
「さあ、サビ(モッシュ)の始まりです」
ドドドドドドドドドッ!!!!!
『え?』
左右に分かれていた数十体の巨大樹木たちが、中央に立つ「最高のボーカル(ビート)」に向かって、大歓声(葉の擦れ合う爆音)を上げながら一斉に突撃した。
『ま、待て! お前ら、ノリ方が激しすぎ――ぎゃああああああああっ!?!?』
メシャァァァァァッ!!!
ビートの悲鳴は、巨大な丸太同士が全力で激突する凄まじい衝撃音と、彼自身のギターの爆音にかき消された。
総重量数十トンの樹木たちによる、全方位からの完全な圧殺。
『物理モッシュww』
『オーディエンス(木)のノリが良すぎた結果』
『ライブハウス(物理的に圧死)』
『ビートの配信画面、完全に木の幹に押し潰されて真っ暗で草』
「ふぅ……。ビート様、植物たちの運動不足を解消する最高の『生バンド演奏』、誠にありがとうございました」
私は画面越しに、深く深くお辞儀をした。
もちろん、彼が圧死した跡に残された魔力ギターやレア装備は、床下に仕込まれた『自動搬送コンベア』へと吸い込まれ、カラカラと私の口座へ変換されていく。
「おかげさまで、当ダンジョンの植物たちはたっぷりと汗(樹液)を流し、ストレスも完全に解消されたようです。いやはや、一流のロックスターは、BGM設備としても超一流ですね」
チャリン、チャリン、チャリン!!!
莫大なDPと、心地よい疲労感に包まれて眠りにつく植物たち。
私はプルプルと心地よい弾力を味わいながら、宣言した。
「さて、皆様。音響設備の問題も無事に解決し、資金も潤沢です。……次は、第13区画の『ゴミ処理施設』にでも着手しましょうか。引き続き、当ダンジョンのエコな運営をよろしくお願いいたしますね」
今日もまた、エセルガルドの平和と、私の完璧なテラリウムは保たれたのである。




