第024話 マルク商会
冒険者ギルドを出た俺たちは、マルク商会へと向かう。
ミアちゃんは本日2回目の訪問だ。
冒険者ギルドのロビーでは職員の周囲が騒がしかったが、近づかないようにしておいた。
グルーミングは特別な消耗品を使わないケアだけで、見た目を劇的に変化させる結果をだしている。
だが、ここの世界にはそれを維持し続けるための道具や、習慣などはない。
貴族なら貴重な道具を持っているかもしれないけど。
コンビニが気軽に利用できれば、化粧水やシャンプーなどが種類は少ないが手に入るようになり、平民でも維持しやすくなるが暫くは無理だろう。
王都に何日滞在することになるかわからないけど、たまに戻ってくることを考えた方がいいかもしれない。
「カイルさん、ここから王都ってどれぐらい離れていますか?」
「そうだな、街には宿泊だけで滞在しない、というならば馬車で7日か8日ぐらいかな」
「結構かかりますね……」
「この国は広いからね、大きい街は大体4日置きぐらいであるね。途中村などもあるけど、野営の機会も多いよ」
「なるほど」
馬車の移動速度は休憩なども考えて1日40キロ前後だと聞いたことがある。
それなら王都までは、遠くても400キロメートルぐらいかな。
時速50キロで移動すれば1日で到着できそうだ。
バイクか軽自動車ならいけるな、もしもの時には考えてみよう。
それに400キロ走れば1,200ポイントだ。
軽自動車なら4人乗りで4,800ポイント……あれ?往復でほぼ回収できるな……。
そんなことを考えながら、人通りの多い道を歩く。
考え事をしていたために危ない部分もあったが、なんとかマルク商会の裏門についた。
「僕がマルクさんに連絡してくるよ、ここの従業員にも顔が知られているからね」
カイルさんがマルクさんを呼びに行ってくれた。
何人もの従業員が忙しそうに作業をしている。
やはり大きな商会だよな……。
作業風景を見ながら待っていると、マルクさんを連れてカイルさんが戻ってきた。
「よく来てくれました。ささ、ここではなんですから、中へどうぞ」
「は、はい」
どこかほっとした雰囲気で、挨拶もそこそこに、中へと促すマルクさん。
そういう性格なのか、はたまた奥さんにせっつかれているのかは分からないが、とりあえずは一緒に建物に向かう。
中も広く綺麗で、俺たちが通されたのは立派な広い応接室だった。
周囲にはかなり綺麗な調度品がずらりと並んでいるが、何かあったら……と不安になるので、もう少しおとなしい部屋はないものだろうか。
そんなことを考えつつ、豪華なソファーに座ると、従業員がお茶を持ってきてくれた。
陶器の器の中身はハーブティーなのか良い香りが立ち上がり、あたりを満たしていく。
お茶請けとして大粒のドライフルーツが添えられているが、果物の種類については全くわからない。
全員の前にお茶が出揃い、従業員が退室したところで、マルクさんが話を切り出した。
「いやー、やっと白湯でなくお茶が出せましたよ」
街道での休憩中、白湯しか出せなかったことをそんなにも気にしていたのだろうか。
「白湯でも十分おいしかったですよ」
そう言いながら俺はお茶を口に含む。
少し甘みがある、スッキリとした味わいだ。
「でも、これはさらに美味しいですね」
「ええ、うちの商会で独自に配合したハーブティーなんですよ。お口にあったようで何よりです」
マルクさんは誇らしげに答えてくれた。
そのまま軽く雑談していると、室内にノックの音が響いた。
マルクさんが立ち上がり返事をすると、ドアが開き、おそらく彼の家族であろう4人が入ってきた。
全員がマルクさんのところへ移動すると、順番に家族を紹介してくれた。
「ヒュウガさん紹介します、私の妻のアザリア、長男のトマス。面識はありますが、あらためまして次男のレオ、そして三男のホーラスです」
「ご紹介ありがとうございます、ヒュウガと申します」
そう言って俺は軽く会釈をした。
全員が着席し、軽い雑談から始まると思っていたら、核心の話からだった……。
「ヒュウガさん初めまして、あらためましてアザリアです」
「お会いできて光栄です」
マルクさんとそんなに年齢は変わらないと思うが、グルーミングチケットは奥さんだけが使ったのだろう、かなり年齢差があるように見える。
「夫から聞きましたが、あのチケットはヒュウガ様から頂いたものとか。ああ、大丈夫ですよ、もちろん家族だけの秘密ですので」
「はい、そうですよ」
「いきなりで申し訳ないですが、今チケットを頂けないでしょうか?持っていないと不安でして」
その言葉を聞いて苦笑いをしてしまった。
後回しにして、忘れて帰ってしまったら大変なことになりそうだな。
「ええ、大丈夫ですよ。ではみなさんにお渡ししておきますね」
そう言ってグルーミングチケットを召喚する。
それを相手が受取れる数だけ渡していく。
「まあ、ありがとうございます」
輝く笑顔でお礼をいわれたが、渡さなかったらこの笑顔がどんな表情になっていたのか……考えるのはやめておこう。
「どういたしまして」
「ヒュウガさん、妻がすみません」
「いえいえ、女性なら当然の行動ですよね、きっと」
「もちろんですよ、ヒュウガさんが理解のある方で助かります」
奥さんのその言葉に対して、セナさんが頷いているのは見なかったことにしておこう。
そしてこれ以上は危険と思い、話を変えようとしてみた。
「えっと、鍵のことはここにいるみなさんは知っていると思っていいのですか?」
「はい、知っていますし、トイレには全員を連れて行っています」
「ええ、非常に綺麗な場所で驚いてしまいましたよ」
子供たちも頷いている。
「それでは、そこへの鍵の変更ということですよね?」
「はい。全員に一つずつは欲しいです」
「わかりました」
とりあえず現状を確認する。
マルクさんはスマートキーⅡとスマートキーⅢ、それとカードキーを持っている。
レオくんはスマートキーⅡを持っている。
あとマルクさんが購入したものについてきたカードキーが2つある。
「えっと、必要なのはスマートキーⅡを3つとカードキーが2つですかね」
「カードキーはあった方がいいですか?」
「ええ、将来的にあると便利になるかもしれません。カードキーを全員が持っていれば、リモコンキー1つでまとまって移動できますからね」
「なるほど。それならばその数をお願いします」
「乗り物はどうしましょうか?」
「以前と同じでいいですか?」
「そうするとローラーシューズは誰かの分はいらない、ということになりますけど」
「ああ、そうですね、それならばローラーシューズは全員分になるようにお願いします」
「ではローラーシューズ3つと自転車を3台ですね、810ポイントになります」
「はい、お願いします」
俺は810ポイントを受取る。
その後〈診断記録〉でアザリアさん、トマスくん、ホーラスくんの足のサイズを確認する。
「確かに。それで色はどうしましょうか?」
「お任せしていいですか?」
「わかりました」
お任せは一番難しい注文だ。
……なんとかローラーシューズと自転車を購入した。
「マルクさんとレオくん、申し訳ないですが一旦靴を脱いでもらえますか?」
「え、ええ」
「わかりました」
二人が今もローラーシューズを使っていたので、脱いでもらった。
それを再召喚し、さらに新しく購入した分もローラーを外した状態でそれぞれの目の前に召喚した。
そして全てのローラーシューズにマルクさんの家族全員を登録した。
「えっと、アザリアさんはピンクブラック、トマスくんはレッドブラック、ホーラスくんはブラックのフレイム柄です」
「まあ、これが私の分なのですね」
「これが父上が履いている靴か」
「やった!ぼくの分だ!」
「えっと、ローラーを外した状態にしていますが、必要ならば本来の状態にしますけど……」
「大丈夫です」
マルクさんのその言葉に全員が頷いた。
「わかりました。現在その靴は俺かマルクさんの家族しか触れません。またその靴を履いていると悪意ある干渉や接触を拒絶します。そして靴の内部は常に綺麗に保たれ、普通に歩いている分には靴底が擦り減ることもありません」
全員の驚き顔が似ていて、家族だなと思わせてくる。
「そんな効果があったのですか……」
「ええマルクさんには能力を説明したようなので、そのままにしました。それで、他の人が触れられないと困るというのならば、他者を拒絶する部分を外しますが、どうしましょうか」
「その状態でこれを履いていれば危険が減るのですよね?」
「そうですね、自分から蹴りにいったりしたら駄目ですが、普通にする分にはかなり安全になります」
「でしたらそのままでお願いします」
「わかりました。それでは次ですね。マルクさんのスマートキーⅡを回収しますね」
マルクさんの持つスマートキーⅡを送還する。
そして4枚のスマートキーⅡ②×とカードキーを召喚し、マルクさん以外に貸与する。
「これで大丈夫ですね。1つ余ったカードキーはどうしましょうか?」
「預かっていてもらえますか?」
「わかりました。あとキックボードはどうします? 再召喚すればタイヤが擦り減らなくなりますけど」
「それならば、お願いしてもいいですか?」
「もちろんです」
俺はマルクさんが所持しているキックボードを送還し、この場に召喚した。
「これは誰でも触れる方がいいですか? それとも家族だけに?」
「そうですね、これは全員が触れるようにしておいて貰えますか?」
「はい」
頼まれた通りに〈固有識別〉を外す。
「これで大丈夫ですね」
「ありがとうございました。お礼はいかほどにいたしましょうか」
ああ、お礼か、あの時の冗談半分を本気で?……お金を受け取るのもなんだしな。
ジンくんとミアちゃんに買おうとしていたものを貰うか……?
「えっと、欲しいものがあるのですが、それでもいいですか?」
「ええ、私に用意できるものであれば」
「それではジンくんとミアちゃんの衣服を一式、可能ならば予備付きでお願いできませんか?」
その言葉にずっと傍観していた二人の視線がこちらを向いた。
「何を言っているだ兄ちゃん?」
「えっ? いいの?」
ジンくんは遠慮し、ミアちゃんは受け入れたようだ。
「いや、昨日洗浄したら少し、ね。今度王都にも行くし、身綺麗にしておこうよ」
「あらあら、それならば私にお任せください」
「え、ああ、アザリアさん、お願いできますか? 二人に遠慮はさせないようにお願いします。ただしマルクさんの思う予算内でですが」
「もちろんです。それではお二人とも行きますよ」
そう言ってジンくんとミアちゃんを強制的に連れていってくれた。
「いや、助かりましたよ。お礼に貰うには多かったですかね?」
「いえ、全然少ないですが、本当にいいのですか?」
「もちろんですよ」
「……わかりました。うちにあるのは種類が少ないですから、丁度いいのがなければ専門の店にでも連れて行きましょう」
「よろしくおねがいします」
俺はマルクさんに感謝を込めてお辞儀をした。
「ところで、服選びは時間かかりますかね?」
「……そうですね。きっと、かかるでしょう」
「それでは、ここで待たせて貰っていいですか?」
「ええ、どうぞ。ああ、それと息子たちは下がらせも構いませんか?」
「はい。お仕事の邪魔をしては悪いですから」
「そんなことはないですよ。では失礼して――お前たちは各々の仕事に戻りなさい」
「わかりました」
マルクさんの子供たちとそれぞれ軽く挨拶を交わし、彼らは部屋を出て行った。
「それでは、ちょっとコンビニに買い物に行ってきていいですか?」
「ええ、どうぞ」
「では、失礼して」
俺は〈コンビニエンスストア〉の入り口を開く。
そして、ここに残っていた全員が入っていった……。
まあ、いいけどね……。
買い物を済ませて戻ってきても、ジンくんとミアちゃんはまだいなかった。
兄妹が戻ってきたのはそれから1時間ぐらい経ってからだった……。
戻ってきたジンくんがどれだけ疲れ果てているかは、耳と尻尾をみれば明らかだった。
「おつかれさま、似合ってるね」
「あ、ありがとう」
「ミアちゃんも……かっこよくなった?」
「いいでしょ!こういうの着てみたかったんだ!」
「そうか、似合ってるよ。あ、ジンくん、予備はその鞄の中かな?」
「そうだよ」
「それじゃあ、これ、下着類だから一緒に入れておいて」
「いいのか?」
「もちろん」
「ミアちゃんの分はこれね」
「ありがと!」
俺は満足したが、ある事を思い出した。
そして自分の分のカードキーを2つ召喚した。
「ああ、あと二人にはこの鍵を貸しておくよ。これがあればリモコンキー2個で2回行けるようになるから」
「え、ありがとう」
「ありがとう!」
ここでの用事はこれで終わりだが、最後に〈研磨洗浄〉をいる人全員にかける。
折角服を新しくしたのだから、貧民街の汚れは落としておかないと、と思ったからだ。
全員に使ったのは、ただのついでだったのだが、そのせいでアザリアさんから獲物を狙うような視線を向けられた気がする。
目線を合わせないようにしておこう……。
「それでは用事は終わったので、これで失礼しますね。また何かあれば連絡を下さい」
「ありがとうございました」
「こちらこそお世話になりました。アザリアさんも協力して頂き助かりました」
「またご用命のときはいつでもお越しください」
「はい、では失礼します」
カイルさんの先導で退室し、見送られながらマルク商会をあとにした。
「さて、この後はギルドにまた戻るけど、二人はどうする?」
「ぼくたちも戻るよ、部屋の確認とかもしたいし」
「ああ、そういえばそうか。あれ? 布団とかは?」
「それも含めての確認だよ。今のはもうボロボロだったから捨てるさ」
「……そうだね」
確かに布団かどうかも怪しかったからな……。
そんな会話をしながら、再び冒険者ギルドへと戻るのだった。
グルーミング
消耗品を使わずに、器具やハンドスキルだけで施術を行う。
ナノ技術や電気、イオン、光、など様々な最先端の物理技術を使った結果。
化粧品などを持ち込めばさらに……?




