第019話 獣人族の兄妹
周囲には倒壊しそうな建物が増えてきた。
ここはスラムとか貧民街と言われる場所だろうか。
たまに見かける人々は物静かだが、こちらを品定めしているように見える。
そんな俺の不安をよそにジンくんはある建物の前で立ち止まった。
「ここが家だよ、入って」
そこは倒壊寸前の集合住宅のようで、扉が沢山あるうちの一つだった。
その中にジンくんは声をかけて入って行った。
俺も後を追って入るとそれほど広くない1部屋だけの室内だった。
すえた匂いが鼻につくが、できる限り平静を装い近づいていく。
そして、奥には彼の妹だろう、白い虎っぽい耳の少女がボロボロの布団で寝込んでいた。
「妹のミアだよ……」
不安そうな声でジンくんは少女を紹介してくれた。
ミアと呼ばれた少女は、熱にうなされているようだ。
思った以上に重病のようで、意識もはっきりしていない。
ジンくんの呼びかけにも答えられないほどだ。
俺はミアちゃんに近づく。
「ミアちゃんか、大分苦しそうだけど、いつもこれぐらい?」
「いや、いつもなら返事を返してくれる……」
ジンくんの様子から、かなり酷い状態なのだろうと推測できた。
「そうか、とりあえず診てみよう」
俺はミアちゃんの手に触れて〈診断記録〉を使った。
流れてきた結果はかなり酷いものだった。
「申し訳ないがかなり悪い状態だね」
「そうなのか?」
「ああ、とりあえずミアちゃんが寝込んでいる原因は、魔力回路――つまり魔力の通り道が詰まっているせいだ。魔力の流れが阻害されて、そこを無理やり流れようとする魔力が肉体に過度な負荷をかけていることが原因で発熱を引き起こしているみたいだ」
「それって治るのか?」
「うーん、良くはわからないけど、彼女の魔力は、例えるなら粘度が高いようで、魔力回路に張り付きやすい性質なんだ。それが少しずつ回路を塞いでいき、年月を経て大量に蓄積していった。たまに自然と詰まりを崩して、流れが少し良くなると体調も良くなって熱がひく、それを繰り返していたのかな。そして今は、詰まりが回路をほぼ完全に塞いでしまったことで、これほどまでに症状が悪化してしまったんだ」
「兄ちゃんは治せるのか?」
「無理だね」
俺がはっきりと答えたら、ジンくんの耳や尻尾が一気にペタンとした。
「そっか……」
「完全に治すことはできない。でも、一時的に体調を回復させることはできると思うよ」
「えっ……」
ジンくんは期待を込めた目でこちらをじっと見つめてきた。
「詰まっている部分を解消すれば、魔力の流れは良くなる。そうすれば徐々に熱も下がるはずだよ。ただし、これは一時的な処置でしかない。ミアちゃんの体質そのものが治らない限り、いずれまた同じように魔力が詰まって寝込むほどになるかもしれない」
「それじゃあ、今の苦しそうな状態は治せるのか?」
「それは治せる、やってみてもいいかな?」
「もちろんだよ、たのむよ!」
俺はジンくんの許可を得たのでまずはミアちゃんと布団に〈研磨洗浄〉をかけて綺麗にする。
部屋全体は、誰に見られるかわからないのでやめておいた。
その後に本命のミアちゃんの魔力回路内部の詰まりを削り落とすイメージで〈研磨洗浄〉をかける。
これは、診断した時に〈研磨洗浄〉で一時的にでも治療ができる、と頭の中にギフトの情報が流れてきたからわかった方法だ。
治せる方法があれば〈診断記録〉をしたときに治療法が提案されるのか、今後のためにも検証したい。
魔力回路を傷つけることなく、実体がない研磨は、実体のない魔力の詰まりを削り落とした。
そして洗浄の効果によって、削り落とされた詰まり部分は綺麗になくなった。
再度〈診断記録〉をミアちゃんにかけると、魔力は綺麗に循環しているようだった。
最後に〈移送養生〉をかけて自然回復力を上げる。
「終わったよ。これでしばらくすれば熱が下がって、意識も戻ると思うよ」
「ほんとうか!?」
「ああ、後は目が覚めたら何か栄養のあるものを食べさせるといいよ」
「あ、直接戻ってきたからなにもないや……」
周囲を見ても食べ物をしまっておく場所はなさそうだった。
調理道具も竈とかもないし、火が使えないのか?
「ジンくん、ここって火は使えない?」
「火事になったら大変だからな、火は決まった場所じゃないと使えないよ」
「なるほど」
火事対策はしているようだ。
さて、どうするかな……。
ああ、そういえば黒パンと干し肉があったな……。
「なあ、ジンくん、黒パンと干し肉って食べる?」
「食べるぞ」
「今食べなくていいんだけど、余っているので貰ってくれる?」
「いいのか?」
「ああ、貰ってくれると非常に助かる!」
「おっ、おお、ありがたく貰うよ」
俺は鞄から因縁の黒パンと干し肉が入った袋を取り出した。
そしてそれをジンくんに渡す。
「それじゃあ、これを」
「ありがとな」
ジンくんが笑顔で受け取ってくれた時、ミアちゃんが起きだした。
「ん……、ん~、ジン?帰ってたの?」
「あ、ミア!意識が戻ったか」
「え?……そういえば、今日はなんか凄く体が熱くなって、あまり考えられなくなってたかも?」
「兄ちゃんにミアの病気を治して貰ったんだよ」
「兄ちゃん?」
「ああ、ほらこの人だ」
ミアちゃんは言われるまで俺に気づいていなかったようだ。
「こんばんは、ヒュウガだよ。意識が戻ってよかったよ」
「こ、こんばんは……あたしの病気を治してくれた人?」
「治してはないね。また同じようになるかもしれないから。でも暫くは熱は出ないと思うよ」
「あ、ありがとう」
突然現れた俺に対して距離はあるが、感謝の気持ちはうれしいものだ。
「どういたしまして。俺はジンくんに話を聞いて来たら、たまたま効果がありそうな能力を持っていただけだから気にしないでね」
「そうなんだね……、ジンもありがとう」
「元気になって、よかったな!」
ジンくんのその言葉に、確かに随分と回復が早いなと思う。
これが獣人なのか、異世界人なのか……。
「そうね、なんかすっごく久しぶりに体の調子がいいよ」
「獣人ってこんなに早く回復するものなの?」
「そんなことないよ」
獣人だから、ということではないのか。
虎っぽいから、それが関係するとか?
「そうするとミアちゃんが特別なのか」
「えっあたしが?そうなのかな?」
「ま、回復が早くて悪いことはないけど、一応診察していいかい?」
「あ、はい」
「それじゃあ、手をだして貰える?」
「これでいい?」
俺は出された手に触れて〈診断記録〉を使用する。
どうやら今まで無理やり流そうとしていた反動なのか、魔力が勢いよく流れているようだ。
これが要因で回復力が上がっている。
「魔力の流れが良くなったおかげで回復力も上がったようだ。悪い事じゃないから安心していいよ」
「そうなんだね」
「もしもまた体調が悪くなったらいつでも相談してね」
「いいのか?」
「もちろんだよ、体調が悪くなくても相談してくれれば診るよ」
「ありがとう」
ジンくんの尻尾が勢いよく振られている。
見ていて感情がわかるのはなんか楽しい。
その時、ミアちゃんの方からお腹がなる音がした。
ミアちゃんの顔が赤くなっているが、気づかないふりをしよう。
「そういえば、ミアちゃんが起きたら栄養があるものを食べようとしていたんだった」
「おおう、そんな話をしていたね」
「ミアちゃんは普通に食事はとれそう?スープだけとかの方がいいかな?」
「え?……なんでも食べられそうかな」
少し恥ずかしそうにそう答えた。
さてどうしようかな、黒パンとかに思考が移っていたから考えてなかった……。
先に確認だけしておくか。
「なあジンくん、ここで匂いがする物を食べたら周りにわかる?」
「そんなのわかるよ。場合によっては食べにくるよ、最悪は奪いにくる」
「それは困るな……」
そうすると、有料トイレの駐車場でデリバリーして食べるか?
コンビニの方が色々ありそうだけど、まだ何があるかわからないし。
「ねえ君たちはポイントは持ってる?」
「ポイントはたまに売ってるからあまりないな」
「ポイントって売れるの?」
「売れるよ!ギルドでも買ってくれる」
「そうだったんだ。ちなみにいくらぐらい?」
「最近は2ポイントで1銅貨だったはずだよ」
「そうなんだ……しばらくは売らない方がいいと思うよ」
「そうなのか?」
「まあ、絶対ではないけど」
「そうか」
「ちなみにミアちゃんもだけど10ポイント持ってる?」
「それぐらいならあるよ」
「あたしもあるよ」
俺は質問の答えを聞き、ワンタイムキーを召喚し二人に渡す。
「それじゃあ、これを受取って貰える?」
「なんだこれ……」
「なにかかいてある……」
二人は疑問を持ちながらも受け取ってくれた。
「使い方はわかったね、それじゃあ食事に行こうか、今回は体調が回復した記念におごるよ」
そういって〈有料トイレ〉の入り口を開く。
「これが入り口か?」
「ジン、いくよっ!」
兄妹は積極的に入り口をくぐっていった。
俺も二人を追うように中に入る。
二人は周りを興味深そうに見ていた。
「さて、ここなら周りに気を遣わずに食事がとれるけど、ここでいい?」
「あの建物はなんだ?」
「あれはトイレだよ。あそこで食べるのでもいいけど、中に入るのに2ポイント必要だよ」
「トイレの中で食べるのか?」
「中に入るのにポイントを使うの?それならここでいいじゃん」
「綺麗だから大丈夫だよ、ただ渡した鍵だとここには30分しかいられないから、それじゃあここで食べるか」
そういって俺はデリバリーチケットを召喚し、使用する。
辺境伯様のおかげでポイントには余裕が出来たのだ。
「なんだ、こいつは」
「変わった人だな」
「これは俺の能力だからあまり気にしないで。ところでなにか食べたいものとかある?」
「「肉!」」
二人の声が重なった。
俺は苦笑いをしながら質問を続ける。
「ははっ、量はどれぐらい食べられる?」
「ぼくは結構食べられるよ」
「あたしもいっぱい食べるよ」
遠慮はしないようだ。
それならばと、パティ2枚のテリヤキバーガーのセット3個と、パティ2枚のチーズバーガー2個、テリヤキチキンバーガー2個、ナゲット10個とソース2個を購入する。
手洗いの代わりに、俺も含めて全員に〈研磨洗浄〉をかけ、商品を受取る。
さっきは意識が朦朧としていて覚えていなかったのだろう、突然の洗浄にミアちゃんは驚いていた。
でも、ジンくんは慣れたのか、平然として説明してくれていた。
そんな二人の前に綺麗な布を敷き、商品を並べる。
俺の分はセットだけなので鞄の上で十分だ。
「さて、食べようか」
「これが食べ物なのか?」
「そうだよ、丸いのはこうやって紙を開いてかぶりついてね。こっちの細長いのは素手で。箱に入っているのはこのソースにつけて食べてみて。その棒が付いているのは飲み物だから棒から吸うか、蓋を開けて飲んでね。それでは、いただきます」
そう伝えてテリヤキバーガーを手に取る。
ちなみにセットなのでポテトMとオレンジジュースが付いてきている。
「うん、おいしいな。出来立てなのか温かいし」
「なんだこれ、すごくおいしい!」
「ジン、これもおいしいよ!」
二人が笑顔で食べすすめている。
こういう光景を見るのもいいな。
俺が食べ終わる前に、二人は完食していた。
残ると思って買ったんだけど、二人とも全部食べきるとは……。
「ごちそうさまでした。どうだった?」
俺は〈研磨洗浄〉をかけながら二人に聞いてみた。
「「おいしかった!」」
双子だからか、たまにハモる。
「それはよかった、さて強制退出になる前に戻るか」
ごみを鞄の中にしまって片付ける。
あとでトイレに行った時にでも捨てよう。
「わかった」
「はい」
俺たちはジンくんの家に戻った。
「さて、ミアちゃんも大丈夫そうだし、俺はそろそろ帰るね」
「今日はありがとな」
「ありがとう」
「どういたしまして。あとこれを渡しておくよ」
そう言って俺と同じエリアの有料トイレのリモコンキーを召喚し、2人に渡した。
「これは」
「いいのですか?」
「ああ、1度しか使えないけど、何かの時に使ってね。建物に入るにはさっきも言ったけど2ポイントかかるからそこは気を付けて」
「わかったよ」
「ありがとう」
「それじゃあ、またね。明日もギルドには行くから、会えたらよろしく」
そう言ってジンくんの家をでた。
ミアちゃんの体調が回復してよかったが、また寝込むかもしれないし、こっちから定期的に診にこようかな。
なんかあの子達をみてると気になるし……。
そう考えながら、俺は借りている宿に向かって歩くのだった。
【サービス】〈デリバリー〉
出張料10ポイント+料理49ポイント




