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絶体絶命のメアリーは炭になるか、真実を話すか。

【本牧神社】


「――っ、タクちゃん、下がって!」


華奈が鋭く叫び、小刀を構える。


オオオオオッ、と空間が歪み、槍の周囲にどす黒い瘴気が立ち込めた。

月明かりを浴びた鉄の肌が生き物のように蠢き、何とも禍々しく、醜悪な気配を周囲に晒し始める。

先ほどの「美少女」という言葉とは程遠い、おぞましい怪異の醜態がそこにあった。


「……おい。見た目通りにぶった斬られたくなければ、すべてを白状しろ。お前は一体何者だ。愛莉は何のためにこれを持っていた?」


匠は切先を向けたまま、容赦なく脅しつける。


鋭い眼光に圧されたのか、槍の住人はわずかに冷静さを取り戻したようだった。

きゅっと口を固く結んだように沈黙し、それに伴って禍々しい瘴気もみるみるなりを潜めていく。


――だが、必要以上のことは頑なに喋ろうとしない。


匠のなかで不信感と警戒心が跳ね上がる。何かよからぬ反撃の機会を窺っているのではないか、と。


しかし、その沈黙の真相は至って間抜けなものだった。


槍の内部ではいま、守護者が途中で交渉を丸投げしたことにメアリーが激怒し、絶賛大喧嘩の真っ最中。

外界の緊迫感などそっちのけで、「ちょっと、途中でぶん投げないでよアングちゃん!」「手助けはここまでだ。後は君が何とかしなさい」などと、不毛な泥仕合を繰り広げていたのである。


「……あー、そう。喋る気がないなら、こっちにも考えがある」


痺れを切らした匠は刀を一度引き戻し、下段に構えて用心しながら、じりじりと槍の本体へと近づいた。


そして、昼間に「ひゃぁぁぁ!」と強烈な悲鳴が聞こえた『特定の箇所』を狙い定め――指先で、入念に、かつ嫌がらせのように優しく愛撫し始めた。


さらに、空いた片手に握る愛刀の峰を使い、槍の最も敏感であろう柄の付け根に、刃が触れるか触れないかの絶妙な力加減で擦りつけていく。


『――ッ!? あ、あん、いやぁぁぁ! 何、そこ、何してるのぉ!?』


槍の内部で、悶絶するメアリーの悲鳴が裏返る。

冷たい刃でいつ切り刻まれるか分からない「恐怖」と、最も感じやすい部分をピンポイントで刺激される「くすぐったさ」。

相反する二つの強烈な感覚の波に襲われ、メアリーの精神はあっけなく崩壊を迎えた。


『わ、分かった! 言う、全部言うから、姿見せるから! 触るのやめてぇぇぇんっ!!』


降伏の叫びと共に、本牧神社の境内に満ちる霊的な力が、槍の魔力と共鳴するように激しく渦巻いた。

パァァァッ、と淡い光が弾ける。


「……えっ?」


後ろで警戒していた華奈が、驚きに目を見開いた。


匠の目の前。光の粒子が集まったその場所に、ぽつんと「それ」が現出した。

だが完全な実体ではない。背景が微かに透けて見える、幽霊のような半透明の姿。


しかしそこには、豊かな金髪と双丘を揺らし、恥ずかしさと涙目で顔を真っ赤に染め、もじもじと耐えきれなかった羞恥に身をよじる、紛れもない『美少女』の姿があった。


「あんたって人は……神様もびっくりの最低ドエッチ剣士よ……っ!」


涙目で匠を睨みつける半透明美少女――メアリー。

深夜の神社で、出雲無双流の幼馴染コンビと、槍から飛び出した謎の少女による、奇妙極まりない尋問の幕が上がる――。


「自業自得だ。お前が素直に喋らないからこうなったんだろ。……一応、話は聞いてやる」

「私はメアリー。王族の血を引く由緒正しき元貴族令嬢にして、この霊槍の意志そのものよ!」


先ほどまで半透明だった身体は、魔力を惜しみなく注ぎ込むことで、限りなく実体に近い虚像へと変化していく。

眩いばかりの金髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳。純白のAラインのドレスを纏ったその姿は、深夜の境内に舞い降りた本物のお姫様のようだった。


顕現した彼女のあまりの美しさに、匠は一瞬だけ目を細める。


「……なるほど。確かに、中身の残念さに反して驚くほどの美人だね」

「ふふん、分かればよろしい。さあ、ひれ伏して私の願いを――って、誰が中身が残念よ!?」


だが、冷静に考えれば、このドヤ顔のお姫様に従う理由などどこにもない。

美貌の力で勝利を確信したメアリーの言葉を、匠はフンと鼻を鳴らし、乾いた声で容赦なく遮った。


「……そうかそうか、怨念が君を突き動かしているのだな。俺が成仏させてやるよ、燃えて冥途に行きやがれ!!」


匠は迷いなく、境内の片隅でまだくすぶっていたお焚き上げの跡へ、手近な薪をドサドサと放り込んで火を焚きつけた。

突如として赤々と燃え上がる炎を前に、メアリーの完璧なお姫様フェイスがみるみる引きつる。


「え゛? ちょっと、何を――きゃあぁぁぁぁっ!?」


匠は一切の躊躇なく、本日二度目となる彼女の本体である槍を、燃え盛る火の中へとダイレクトに投げ入れた。


当然、本体と繋がっている彼女の虚像も、背後から見えない力で突き飛ばされたかのように業火の中へと強制送還される。


「あつっ! ちょっとこれ抜けない! 抜けないわよぉ!?」


咄嗟に魔法防御を張ったため火傷こそ免れたものの、槍の穂先が薪の隙間に深く突き刺さる。

燃え盛る炎の真ん中で、由緒正しき元貴族令嬢は自力で身動きが取れなくなり、完全なる「火あぶりの刑」に処された。


(やだやだやだ! アングィス助けてよぉ!!)

『だめだ。これは君自身の問題だからな、我はまだ助けはしないぞー』

(やん、ひどーいっ!!)


脳内で我が身を丸投げした守護神にあっさりと突き放され、メアリーはついに現実世界へと向けて必死に叫び声を上げた。


「熱い! 熱いわよ! ねえ、出して! マジで炭になっちゃう! 金属部分は残っても、精神わたしが死んだらただの鉄屑になるのよ分かってるの!? ねえってばぁ!」


必死に泣き叫び、大音量で懇願する異世界のお姫様。

そんな神と令嬢の脳内漫才など知る由もない匠は、フンと鼻を鳴らして腕を組んだ。


「王族だか貴族だか知らないが、その鼻につく喋り方を改めるまで、そこでおねんねしてろ」

「ごめんなさい! 私が悪かったわよ! 助けて、匠様! 匠様ぁぁぁ!」


魔法防御の限界が近づき、じりじりと熱が彼女の虚像を蝕んでしていく。

高温に耐えかねて大粒の涙を流し、チロリと鼻水を垂らす美少女の姿には、もはやお姫様の矜持きょうじなど微塵も残っていなかった。


「……いいだろう。本当の目的を話せ。さもなくば、お前は今夜ここで上質な鉄くずに生まれ変わる」


完全なる勝利を確信した匠は、ここぞとばかりにキメ顔で言い放った。


「従います、従いますぅぅぅぅ!」


燃え盛る炎を背にした匠の冷徹な脅しに、メアリーはついに観念した。

ようやくほのおから引き揚げられた彼女は、地べたに座り込んでシクシクと泣きじゃくりながら、すべての事情を白状し始めた。


彼女の故郷である異世界が、魔族の侵攻によって滅亡の危機に瀕していること。

それに対抗するための「勇者召喚」の計画。

失敗すれば取り潰されるという、「メルド村」の過酷な現状。


「……というのがすべてよ。お願い、匠様。私たちの国は魔族と長らく争っているの。この槍を軽々しく扱う匠様なら、間違いなく最強の勇者になれるわ。だから、どうか一緒に来て!」


火から引き揚げられ、ドレスがすっかり煤汚れた姿で必死に懇願するメアリー。


だが、匠のなかにはまだ疑問が残っていた。

そこそこの実力者である愛莉が、なぜ自分を選び、この槍を渡してきたのか。その点だけがどうしても腑に落ちない。


「――おい。愛莉の腕じゃ力不足だったから、俺に目を付けたってことか? なぜそこまで俺に拘る」

『それはだな、この俺が君の実力を測っていたからだ。彼女には少々、協力してもらっただけに過ぎん』


メアリーでは説明しきれないと踏んだのか、再び槍の奥からあの男――守護者の尊大な声が響き渡る。


男の言い分はこうだ。この霊槍を軽々しく扱う匠の器量は、守護者である己の実力に肉薄している。だからこそ白羽の矢を立てた。

ちなみに愛莉には直接交渉したわけではなく、魔法による『精神支配』で都合よく手伝わせただけだ――と、悪びれもせずに暴露したのだ。


異世界の事情で勝手に周りを巻き込み、愛莉を操ってまで己の都合を押し通そうとする、その我が儘極まりないやり方。


それを一通り聞き終えた匠の答えは、どこまでも冷淡だった。


「だが、聞いてむかついているから断る」

「……え゛?」


呆然と声を漏らしたのは、なぜかメアリーの方だった。

肝心の守護者――アングちゃんはというと、匠の「絶対に妥協しない頑固さ」を一瞬で見抜き、拗らせてると察した瞬間に槍の奥へと引っ込んでしまっていた。


交渉の席に一人、煤汚れたドレスで取り残されたメアリーの絶望たるや、計り知れない。


「愛莉を操って異世界の暇潰しに巻き込もうとしたツケも、その身勝手な態度が気に入らない。俺には親父を超えるという目的がある。俺の研鑽けんさんの邪魔をするな」

「そ、そんな~」


その後、どれほどメアリーが涙目で食い下がっても、出雲無双流にすべてを捧げる匠の決心が揺らぐことは決してなかった――。



【極鋭館・道場】


その日の夜。


匠にガン拒否された挙句、道場の隅にある神棚に、さながら「供物」のようにぽつんと放置され。

魔力節約のためマスコットサイズまで小さくなったメアリーは、仄暗い片隅でシクシクと泣いていた。


「うぅ……ひどいわ。あんなに熱い思いまでしたのに……」


『――見かねたぞ、メアリーよ』


ふいに、荘厳な、それでいてどこか毒気を含んだ声が道場に響いた。

これまでメアリーに中途半端に丸投げした神、アングィスがようやく語り始めたのだ。


匠との交渉中に助言を与えたものの、交渉決裂という由々しき事態に陥ったことに対する非を一応は認め、メアリーを優しく慰めた後、おもむろに神は告げた。


『よいか、メアリー。ああいう頑固な男を落とすには、古来より伝わる確実な方法がある』

「えっ、なにか知ってるなら早く教えてよ……?」

『――それは太古より行われている、男を確実に堕とす手段。……「夜這い」だ。今すぐ奴の寝所に潜り込み、その身を以て奴を籠絡ろうらくしろ』

「……はぁっ!? いやよ、絶対に嫌! なんで純真乙女の私がそんな恥ずかしいことを! それにあんな不細工に私の初めてを捧げるなんて絶対に嫌!!」


腰に手を置きプンスカと怒り、即座に顔を真っ赤にして拒絶するメアリー。


そもそも、彼女の男の好み(美意識)からすれば、この世界の住人は圧倒的に力不足。

筋肉質ながらも無駄なくすらっとしている匠の体型など、彼女の世界の基準では「貧弱で不細工」の極みなのだ。ぶっちゃけ、思い出すだけで顔が引きつるレベルである。


そんな安直すぎるハニートラップ作戦が、あの堅物な匠に通用するとは到底思えない。

しかし守護者のアングィスとしては、匠の圧倒的な実力をここで諦め切るわけにもいかなかった。


とは言え、今の彼らには匠を説得する手立てが他にないのが現実だ。

アングィスは『要するに色仕掛けでも何でもいいから、チャンスを自分の手でもぎ取れ』と、槍の奥から無責任に急かしてくる。


「無茶苦茶言わないでよアングちゃん! なんで私がこんな貧弱不細工男に……っ!」


涙目で内心の文句を叫びつつも、メアリーは背に腹は代えられないと、神棚の横に立てかけられた自分の本体(槍)をキッと睨みつける。


『忘れるな。なるはやで目的を達成せねば、王国は再び戦火に塗れ、あのような村など消し飛ぶぞ』

「…………っ」


メアリーは悔しさと絶望で身を震わせた。


勇者召喚の鍵を握る悲劇のお姫様は、故郷を救うため、そして計り知れない屈辱に耐えながら、ついに匠の寝室へと這い出す覚悟を決めたのである――。


(第9話 へ続く!)

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