華奈と眼帯泥棒猫。
まさかの展開に突き進みます。
【極鋭館・道場】
『……仕方のないやつだな。我が持つ力で、一時的に生身の肉体へ戻してやろう』
『まぁ! ありがとう存じます。アングィス様! 久しぶりの現出ですわね!!』
『何とかあの男を説得して、あっちの世界に連れて帰るしか無いのだ。心して遂行するのだぞ』
深夜、静まり返った道場。
神棚に安置された槍が突如として妖しく輝き始め、溢れ出た光の粒子が床に零れ落ち、ちっちゃメアリーを包み込んでいく。
やがて光が霧散した後に現出したのは、背景の透けない、確かな質量を持ったお嬢様姿の美少女メアリー本人の姿だ。
――だが、その右目には、妖しい黒い眼帯が充てがわれている。
これは何か、途方もない力を体内に封じ込めている証なのだろうか……。
「ンッ……、あー、久しぶりに背伸びしたわ〜」
『準備運動はそれくらいでよかろう』
久しぶりに現出したメアリーは、おそるおそる自分の手を握ったり開いたりしながら、道場の天井を不思議そうに見上げ、無防備に背伸びをする。とことんマイペースな娘に思わずアングィスはツッコミを入れるが、これはまだ、ほんの小手調べに過ぎなかった。
「あのー、ここの空気、吸っても大丈夫なのかしら? 変な病気になりそう」
『おい! 現に今もう息をしているだろうが! 贅沢を言うな、さっさとあの男の夜這いに精進せよ! このポンコツ娘!!』
「だって、心の準備というものがあるのよ……。ああ、まさか私が、こんな異世界の辺境の地で、操を捧げることになるなんて……っ」
どこまでもマイペースでおっとりした口調ではあるが、故郷を救うためとはいえ、一人の乙女として、操を失うことには少なからず躊躇があるらしい。
あまりのゴネっぷりに、夜這いを提案した張本人であるはずのアングィスも、残念すぎる娘だとは思いつつ、徐々に可哀想になり始めていた。
『……分かった、我が何とかする。お前が不利益を被らぬよう、元の体にだな――』
「えっ、突破された膜とか再生してもらっても……そういう問題じゃないっていうか……ねぇ?」
『……お願いだからリアルやめて……心配するな、我が何とかすると言っているのは――』
「だって、見ず知らずの男に裸体を晒すのよ? ああん、万が一孕ったりしたら私の繊細な心が傷だらけに……!」
『だ・か・ら・心配無用だ、我が何と――』
「あの〜、ハイになる薬とか本当にいらないですからね? それって犯罪ですよ? 気持ちいいんでしょうけど」
『だから! 我が何とかすると言っておるだろうが!!』
「記憶を消して、後から……その、まぐあう動画で脅すとか本当にやめてくださいね! ――あっ、よく考えたらあっちにはスマホなんて文明の利器は無いわ。じゃあ大丈夫ね!」
『そういう問題かァァァ!!!』
――ゼイ、ゼイ……。
実体を持たないはずのアングィスであったが、メアリーのあまりにも全方位に失礼な被害妄想に精神をズタズタにされ、虚空で肩を荒く上下させていた。神としての神聖な威厳はすでに消え去り、そこらにいるただの「心労で疲弊しきったおっさん」と化している。
「……ふん、諦めて行ってきますわよ。……あ、やっぱ再生よろ」
ひとまずアングィスを限界まで言い負かして満足したものの、メアリーは屈辱と恥ずかしさで顔を真っ赤に染めながら、匠の部屋へと続く道場の出口に向かってトボトボと歩き出した。
だが、その華奢な身体が、外の空気に触れるよりも一瞬早く。
シュリリィィィ、と、凍りつくような硬く鋭い金属音が響いた。
厚い防音壁に囲まれ、外の世界から完全に遮断された道場。無音の檻と化したその空間だからこそ、白刃が鞘を走る音は、鼓膜を直接引っ掻くような生々しさで鳴り響く。
明り取りから漏れ出る月明かりの逆光を浴びて、唯一の出口である引き戸の前に立つ、一つの人影。
その密閉された空気をも切り裂くように、床には不穏な細い影が長く、長く伸びていた。それは間違いなく、人を屠るためだけに鍛え上げられた、恐るべき『業物』のシルエットだった。
「――そこまでよ、泥棒猫」
闇の中で不敵に艶然と微笑み、抜き身の日本刀を冷たく握りしめた少女――八雲華奈が、逃げ道を完全に塞ぐようにして、そこに立ち塞がっていた。
「は、華奈!? なんでここに……っていうか、何よその物騒なものは!」
実体化したばかりのメアリーは、目の前に突きつけられた本物の白刃に思わず声を裏返した。そりゃ切れ味を保証する艶めかしい刃文を見ればそうならざる得ないだろう。
対する華奈は、手慣れた様子で刀を構えたまま、平然と言い放つ。
「匠くんに逢いたくて……。そもそもあんた達がいるから、これを持って様子見にきたの」
どれほど脳筋な思考の持ち主であっても、深夜に男の家に忍び込む理由くらいはちゃんと考えていたらしく。
【匠に逢いたい】 → 【さすがに深夜NG】 → 【なら槍の監視という名目にしよう】 → 【まぁそれならOK】 → 【念のため護身用の準備をしよう】 → 【よし、侵入!】
といった具合に、本人の中では極めて真っ当(?)な理由のロードマップを経て、この場に姿を現したのだ。
それに侵入を意識したレギンス姿は、どう贔屓目に見ても某怪盗三姉妹(〇ャッツ○アイ)のそれである。メアリーの「泥棒猫」に対抗するなら、「夜這い猫」と表現した方が正しいかもしれない。
そんな華奈の必死(?)な言い訳を聞いたメアリーは、喉元に刃を突きつけられているのも忘れて、ふっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「クスクス。なーんだ、私と違って片思いだから夜這いするんだ(笑)」
「うるさい、うるさい! 来てみれば神棚から随分とハレンチで物騒な相談話が聞こえてくるじゃない。だから良いの、あんたはここで処分する!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にした華奈が、怒りに任せて刀を大きく振りかぶる。完全に目が「マジ」になった彼女から、凄まじい殺気が膨れ上がった。
喉元を狙う凶刃――相手の怒りで手元が狂った一瞬の隙。
剣技など一切持ち合わせていないお嬢様メアリーは、本能的な恐怖だけで上体を思い切り後ろへと反らし、刃を躱す。
だが、直感が脳内に「やられる!」と警告の鐘をガンガンと鳴らし始めた。
「ひゃあああ!」
間一髪で白刃をかわしたメアリーは、情けない悲鳴を上げて道場内をドタドタと逃げ回るしかなかった。
「メアリー、貴女に恨みはないけれど――タクちゃんを取られるわけにはいかないの。お覚悟を!」
「ひゃぁぁぁ、やめてー! まだ、私まだ何もしてないですのよー!」
――ヒュンッ!!!
静寂を裂いて、冷たい刃が容赦なく空間をかすめ飛ぶ。
メアリーの綺麗に靡く金髪の一部が、ハラリと虚空に落ちた。
容赦ない追い打ちをかける華奈は刀を下段に構え、獲物を追い詰める肉食獣の如き鋭さで、逃げ惑うメアリーを捕らえにかかる。
だが、メアリーもさるもの。文字通り「ここで捕まれば確実に殺される」という本能的な直感が働いているのだろう。お嬢様らしからぬ泥臭い『火事場のクソ力』を発揮し、意外なほどの俊足で逃げ回るため、華奈が持ち前の脚力をフルに駆使しても、わずかずつしか距離が縮まらない。
『見かねたぞ、メアリー! 我が力を一時的に貸す、防げぃ!』
このままでは遠からず間違いなく屠られる――数多の戦場を潜り抜けてきた戦闘神の経験からそう確信したアングィスは、慌てて己の魔力をメアリーへと分け与えた。
刹那、メアリーの周囲に、半透明の禍々しくも強固な魔法障壁が展開される。
「ふーん、そんなの張っちゃうんだ」
目の前に現れた異質の『壁』を前に、華奈の足が止まるが、ビビる事なく、打ち破る気が満々だ。
「ゼイ、ゼイ……ッ」
猛追する華奈の呼吸は全く乱れていない。対して、精も根も尽き果てたメアリーは激しく肩で息を切らし、その場にぺたんと女の子座りで、へたり込んでしまった。
「お願い、私には殺される理由がないのです……だから、お願い……っ」
いまや彼女の命は、眼前の障壁だけが頼りだった。不安に支配され、その表情は捕食者に睨まれた小鹿のようにふるふると震えている。
しかし、そんな哀願を向けられてなお、華奈の瞳から敵を打ち滅ぼすための光は消えなかった。むしろ、獲物を確実に仕留めるための血が沸き立つ。
「さぁ、それさえ破れば、貴女を冥土に送ってあげる。心配しないで? 痛くないように、瞬殺してあげるから」
艶然とした微笑みのまま、華奈は大きく息を吐いた。
すうぅ、と道場全体の空気が彼女の元へと収縮していく。
華奈は切先へと自身の持てるすべての力を集中させると、そのまま鋭い気合と共に刀を大きく振りかぶる。
――出雲神速剣・一の形『瞬撃』。
次の瞬間、肉眼では捉えきれない超高速で振り下ろされた刃。その鋼の表面に、わずかながら、しかし確実に『青い光の帯』がまとわりついた。
ドガァァァァァンッ!!!
鼓膜を震わせる凄まじい衝撃音が道場に響き渡る。
神の魔力が紡いだはずの強固な障壁が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散り、光の破片となって四散した。
『な、何だと……!? 魔力なきこの世界の人間が、純粋な気のエンチャントを扱うというのか……っ!?』
虚空でアングィスが冷や汗を流し、驚愕に声を震わせる。
だが、当の華奈には「気」を纏わせた自覚など微塵もなかった。ただ、ただ、匠に害をなす敵を打ち滅ぼす――その一心だけで繰り出した一振り。
それは、彼女がかつて惨敗を喫した全国大会で見せたような、無惨な残心の面影など一切ない、戦闘神アングィスすら驚愕せしめるほどの「完璧な技」であった。
一部の隙もなく突き出された切先は、なおも衰えぬ鋭さのまま、腰を抜かしたメアリーの眼前へと肉薄し――その喉元へピタリと突きつけられる。
「さえ。遺言は届けられないけれど、最後の殺生の前に聞いてあげる」
「や、やめて……! 私はただ、大切な人たちのために、ここに来ただけなのに……!」
「笑止!」
どんなに懇願されようとも、今の華奈に耳を貸すつもりは毛頭なかった。それほどまでに彼女の胸には怒りが、何よりも「匠が大事で、何があっても守りたい」という純粋な想いが満ちていたからだ。
その時、戦況を静観していた神の声が緊迫感を伴って響く。
『メアリー、力を解放しろ! さもなくばお前はここで本当に荼毘に付すぞ!』
「――我が力の根源は使命を果たせ。出よ、ソウルランス!」
切先を喉元に突きつけられたメアリーの口から、先ほどまでのおっとりした口調が完全に消え失せる。短く、鋭く響いた呪文の詠唱。
――それに応えるように、彼女は右目を覆う黒い眼帯を外し、玉虫色の瞳を曝け出す。その瞬間、そこから眩い光が溢れ出した。
メアリーは自らの内なる力を完全に発動させたのだ。
突如として眩い黄金の光を放つ一本の槍が空間に現出し、華奈の白刃と真っ向から対峙した。
その武器は物質ではない。高密度の魔力そのもので具現化された、圧倒的な光の質量。それは瞬きする間もなく、華奈の心臓を目がけて真っ直ぐに鋭く伸びた。
「くっ、味な真真を……!」
突如として出現した魔光の槍によって、完全に間合いが狂う。
初めて対峙する武器であり、その威力は未知数。そもそも太刀で受け止めきれるのかという疑問が脳裏をよぎる。
だが、華奈の身体は思考より早く動いていた。咄嗟に己の切先で黄金の槍を鋭く弾く――その手応え。
「――対応可能」
瞬時にそう弾き出した彼女は、二の手を考えるためのマージンを稼ぐべく、バックステップで鮮やかに距離を置いた。
再び、静まり返った道場の中に、ヒリヒリとした緊張感に満ちた間合いが生まれる――。
(第11話 へ続く!)
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