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女の意地のぶつかり合い。

激しく2人がたたかいますが…。

【極鋭館・道場】


すでに眼帯を外したメアリーが、黄金の魔法の槍『ソウルランス』を出現させたことで、道場内の戦況は大きく変貌を遂げていた。


「お互い、攻め手に欠けてますわね」


しかし、圧倒的に戦闘経験が不足しているお嬢様であるメアリーは、槍という武器本来の間合いや長所を活かしきれず、必然的に防御特化の構えとなる。


「普通の槍ならとうにお前は死んでいる。クッソ……!」


一方の華奈もまた、攻めあぐねていた。相手の槍は、こちらの剣の間合いに合わせて自由自在に長さを変えてくる。おまけに、その質量はどうなっているのかと疑いたくなるほど軽量らしく、あり得ないスピードでいくらいなして叩きつけようが、すぐさま切先をこちらに向けてくるのだ。


(チート、チートなんだよ! 切しても切しても再生するとか、金太郎飴じゃないんだから、いい加減使えなくなれよ……っ!)


これはメアリーが魔力で直接操作しているため、伸ばしたり縮んだり、あるいは軌道を柔らかく曲げてみたりと、そもそも物理破壊が不可能なので何でもありなのだ。

玉鋼の鋭い刃で何度断ち切っても、瞬時に元通りになるそのふざけた再生能力の前に、華奈は決定的な有効打を打てずにいた。


「まぁ、私もギリギリなので、お互い様ですね」


「お前が言うな、泥棒猫」


静寂が支配する道場では、張り詰めた空気がバチバチと火花を散らし、二人の間に生まれたのは、文字通りヒリヒリとした死線の睨み合いだった。


(くっそ、完全防音が裏目に出ている。師範(こま)が気がついてくれれば終わりなのに……っ!)


この道場が近隣の住宅地への配慮から、完全防音室のような頑強な構造で建てられていたことが、今のメアリーにとっては救いだった。神の障壁が爆ぜた爆音、斬撃の凄まじい衝撃音を以てしても、母屋までは距離があり、未だ誰もこの異変には気がついていない。


だが裏を返せば、この防音構造こそが戦況を長引かせている原因でもあった。もしこの音を嗅ぎつけて、当代最強の剣士である狛、あるいは匠が気がついてくれれば、その時点でメアリーの敗北は完全に確定する。

このままではジリ貧で負けが見えているメアリーの脳内では、状況を打開するための解決策が必死に思案されていた。


(……無理目だけど、こうなったら、もうこの華奈を交渉材料にするしかありませんわね!)


メアリーは黄金の槍を構えたまま、息を荒げて叫ぶ。


「貴女が匠様の代わりに『あっちの世界』に行くと言うなら、私は今すぐ槍を引きますし、彼には二度と手出しはしませんわ!」


「はぁ〜!? なんで私が身代わりになって付いていくことになるのよ! ──あんた達が大人しくここから立ち去るのであれば、見逃してあげる!」


お互いがお互いの譲れない条件を突きつけ合う。しかし、匠を巡る二人の少女の交渉が、真っ当に妥協点を見出すはずもなかった。


「……やっぱり交渉決裂、ですわね」


「ええ。匠に害するお前らは、私が責任を持ってここで(ほう)る!」


交渉決裂ということは、メアリーは匠を諦めないということ。ならば、必然的に敵であることには変わりがない。

実は華奈を凌駕する唯一の方法が残されているのだが、肝心のメアリーは発動させるかどうか心の内で葛藤していた。


(私のスキルを使えば……。けれど、華奈は無関係。いくら私が泥棒猫だからって、石化させてしまうのは流石に可哀想……っ)


──そもそも、メアリーの真の力はこんなものではない。彼女の右目を覆うあの黒い眼帯は、強大な能力を縛る封印。

すでにそれを外している彼女がその『力』を発動させれば、魅了、石化、スキル測定、周囲警戒、果ては従属(テイム)に至るまで、戦局を完全にひっくり返す文字通りのチートスキルが解き放たれる。


(使えば勝てる……。でも、あの忌々しい力をまた使うなんて、私には……!)


禍々しい玉虫色に輝く瞳は、故郷において恐れられていた──『破滅の魔眼』。

その強すぎる異能が、彼女を貴族から没落させた元凶であり、少女時代、周囲から忌み嫌われ、孤独のどん底に落とされた呪いの象徴でもあった。


「泥棒猫、あんたいま何を考えているのよ」


「それは──あなたに勝つ方法ですよ」


過去のトラウマが鎖となり、メアリーにはスキルを使う勇気が決定的に欠けていた。

ジリジリと縮まる精神の均衡。膠着状態の果てに、ついに二人の少女の「意地」が限界を迎える。


(──共倒れでもいい、やるしかない!)


と二人はほぼ同時にそう決断した。

刹那、メアリーの持つ黄金の槍が、突撃に特化した極めてシンプルな『両刃(もろは)のスタイル』へと変貌を遂げる。一方、華奈の日本刀もまた、その刃があの時のように神秘的な青い光を放ち始めていた。


互いに言葉を交わしながらも、その意識はもの凄い密度で集中していたことが手に取るようにわかる。


(決着は一合で事足りる。逃げ場は不要)


二人はジリジリと距離を開け始め、踏み込むその瞬間をじっと見極める。そして、少しでも攻撃を避けられないよう、あえて引き戸側にポジションを変え、自分たちを更に追い込んでいく。


(崖っぷちとはまさにこの事ですわね。さあ華奈さん行きますわよ)


逃げ場が限られたこの位置で激突すれば、避けても避けなくても、両者ともに深手を負うのは間違いない。

匠をかけた女の意地を見せた戦いが、今、始まろうとしていた。


「参ります──」


次の瞬間、床を蹴る凄絶な踏み込みの音が、道場に激しく轟いた。

互いが覚悟を決め、最高速度で肉薄する、まさにその直前だった。


「──何か禍々しい、変な力を感じるぞ」


ガラリと道場の引き戸が勢いよく開け放たれた。

神社で感じたあの不穏な気配を察知し、異変を感じた匠が一振りの刀を携え姿を現したのだ。

だが、そのタイミングと場所があまりにも最悪すぎた。というより、自ら刃を受けに飛び込んできたとしか説明がつかない位置だった。


「なっ──!?」


突撃の慣性が乗った二人の攻撃は、もう誰にも止められない。引き戸から踏み込んだ匠の身体を、運悪く、双方の刃が、前後から容赦なく挟み込むように捉えてしまった。


「──え?」


刃の先に匠の姿を確認した途端、視界がスローモーションへと変わる。

華奈の前に、突如として夜闇の影が割り込んできた。かつて自分が暴漢に襲われたあの日、絶望の淵から自分を救い出してくれた、大好きな幼馴染の背中だ。


ハッと匠の存在に気がついた時には、もう手遅れだった。


ズブゥゥッ!!!


鈍く、おぞましい手応え。華奈の握る日本刀が、匠の背中からその胸元へと深く、深く突き刺さる。


(──トクン、トクン。)


心臓を貫いたというあまりにも残酷な鼓動の振動が、柄を通じて手のひらに生々しく伝わってきた。

あの日、自分を助けてくれた頼れる男の胸を、自分の刃で貫いてしまった。あの日とは、完全に真逆の結果。


「あ……あ、タク、ちゃん……嘘、なんで……嫌ぁぁぁぁぁぁっ!!!」


引き抜くことすら忘れ、華奈はその場にへたり込み、頭を抱えて狂ったように叫んだ。


「ひゃぁっ……!」


そして、前方から突き進んでいたメアリーのソウルランスもまた、鞘で防ぐ前に匠の腹部へと吸い込まれていた。


ズゥン、ズブブ……ッ!


肉を裂く嫌な感触が伝わった直後、メアリーは恐怖と衝撃から本能的に魔力を霧散させた。槍は一瞬で光の粒子となり消失するが──すでに、取り返しのつかない手遅れだった。


「あ、あ、あ……」


急所を完全に破壊された匠の身体から、ドッと、おびたいしい量の鮮血が噴きだす。生暖かい返り血を、全身に浴びたメアリーは、その惨状に言葉を失い、ただただ呆然と立ち尽くす。


ドサリ、と道場の冷たい床に匠の身体が崩れ落ち、仄暗いブラッディレッドが、夜の道場をまたたく間に染めていく。


「あああ、だめ、だめだめ! 生きて、生きて、少しでも生きてよ!!」


我に返った華奈は、狂ったように涙を流しながらも、刺さった剣を抜き、匠を仰向けにさせて決死の止血を始めた。


「私も手伝います……!」


多少の治癒魔法が使えるメアリーは、震える両手を匠の胸にかざす。

手のひらから溢れ出た柔らかな光が傷口を覆うが──溢れ出る鮮血は容赦なくその光を押し流していく。胸を塞げば、今度は槍が貫いた腹部から血が噴き出し、二カ所の急所を同時に治癒することなど、到底不可能だった。


(彼は──助からない……)


どれだけ魔力が高かろうと、メアリーは聖女でもなければ専門の治癒魔法士でもない。『スキル鑑定』で覗き見た匠のステータス──そこにある『鼓動』がみるみる弱まる現実を見たメアリーの瞳から、すうっと色が消えた。


「メアリー、ありがとう……っ! タクちゃんは死なないよね!? 助かるよね!?」


血を止めようと必死に傷口を押し付け、手のひらを真っ赤に染めた華奈が、縋るような悲鳴をあげる。


「……華奈さん。私が引かなかったからこんな事に、ごめんなさい。それと──」


メアリーの震えていた手が、ぴたりと止まった。

魔力の光がすうっと消え、道場に、ただ匠の呼吸が浅くなっていくヒューヒューという音だけが響く。

メアリーは、まるで能面のような無表情に豹変すると、残酷な「最愛の人との別れ」を促す。その口調は、戦場で死にゆく兵士へ宣告してきた時のように、あまりにも淡々としていた。


「華奈さん、お別れの覚悟をお願いします」


「……っ!」


やはり、彼女は綺麗事だけで生きてきたお嬢様ではない。過酷な異世界を、文字通り血を流して生き抜いてきた王族直系の貴族なのだ。


メアリーは冷徹なまでに現実を見据え、残された秒単位の短い時間の中で、華奈に「やり残したことはないのか」と問いかけていた。


濁りのない、禍々しくも美しい玉虫色の瞳で、真っ直ぐに華奈を見つめながら──。

さていよいよ異世界に行くかも?

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