槍の正体。
メアリーの正体が少し判明します。
【華奈の部屋】
匠とイチャラブできたのは、朝のほんのわずかな時間だけ。
残りの時間は体力をゴリゴリに消耗するイベントばかりで、流石に疲れ果てた華奈は、部屋着に着替えるなりベッドへとバタリと沈み込んだ。
「……なんて残念な一日だったんだ。もっと匠補給したかったなぁ……」
心の中でボヤきつつ、うとうとと意識が緩み始める。
だが、その油断こそが、彼女の警戒心を完全にゼロにしていた。
『――匠を殺されたくなければ、今夜、神社の境内に来い』
「っ!?」
脳を直接揺さぶる、低いうなり声のような不気味な声。
背中に張り付いていた銀の鱗が、妖しく明滅している。
「えっ、なんで……また!? 昼間のお焚き上げで燃え尽きたはずじゃ……!」
実体を持たない不気味な怪異。
間違いなく自分たちに害を及ぼす敵だと判断した華奈は、すぐさま枕元の小刀に手を伸ばし、同時にスマホを握りしめて匠へメッセージを打とうとするが――。
『その道具で、余計な報せをされるのは感心しないな』
「――ッくっそ、もののけの分際で……!」
敵はスマホの役割を完全に理解していた。
文字を送信しようとした指に不可視の力が働き、ピキリと固まって動かせなくなる。
(あいつはまだ、生きてる――!)
せめて一文字でも、途中まででも伝わればいい!
華奈はまだ自由が残っている腕に賭け、スマホを顔の前に引き寄せると――送信ボタンを、己の鼻の頭で力任せに押し込んだ。
『負けん気にも程があるな。……仕方ない、君には囮(人質)になってもらおう』
「クッ、お前なんかに負けるもんか……っ!」
抵抗も虚しく、身体が足元からすうっと薄くなり始める。空間そのものに吸い込まれるような完全なる敗北感。
その瞬間、華奈の脳裏に、中学1年生の地区大会で3位に終わり、悔し涙を流した記憶が鮮烈にフラッシュバックした。
(あの時と同じだ……。私が、一瞬だけ心を緩めたから……!)
惰眠に負けた己の油断を激しく悔やみながらも、華奈の意識は急速に闇へと溶けていった。
【深夜・本牧神社・境内】Cカップの突撃と、冷徹なる一閃
「ここに華奈がいるのだな」
昼間の賑わいが消え失せ、静まり返る深夜の境内。
一振りの刀を携えた匠が、闇の中から姿を現した。
華奈の鼻押しメッセージの直後、脳内に直接響いたあの不気味な声に呼び出され、彼は迷わずここへ駆けつけたのだ。
『おお、約束通り来てくれてありがとう』
拝殿の前で宙に浮く、妖しい光を帯びた『槍』。その傍らには、意識を失った華奈が佇んでいる。
「ファンタジーにも程があるな……。華奈を自由にしたら、話だけは聞いてやる」
『ああ、それは約束だからな』
槍の力が解かれ、ハッと覚醒した華奈の瞳に、激しい怒りと恋の炎が同時に灯る。
「華奈!」
「匠――っっ!?」
次の瞬間、華奈はカタパルトから射出された戦闘機ばりの俊足で突撃し、匠の胸の中へとノーブレーキで飛び込んだ。
「やっぱり私は匠のことが大好きで、大事で、守ってあげたい――守って貰いたいよぉっ!」
「――ッ!?」
大好きな男の腕の中で絶対の安心を得たことで、脳内の「好き」の感情が濁流となって口からダダ漏れになっていた。本人は《心の中の呟き》のつもりらしいが、バッチリ全部ツマびらかに聞こえている。
それどころか、強すぎる全力の抱擁によって、薄いTシャツ越しに副賞としての「Cカップ」の柔らかな破壊力がこれでもかと匠の胸板に押し付けられた。
ここで何があっても寡黙な達人を貫かねばならない匠だったが、耳の先まで一瞬で林檎のように赤面してしまう。
深夜の境内に盛大にトッピングされる甘酸っぱい空気。
だが、その二人の世界を破るように、宙に浮く槍から呆れ果てた野太い声が割り込んできた。
『……おい。我が目の前で、存分にアオハルを謳歌してくれるのは大いに結構だがな。そろそろ我が話を聞いてもらおうか』
ハッと我に返った匠は、ボッとさらに顔を赤くしながらも、それを誤魔化すようにコホンと咳ばらいをした。
華奈をそっと背中に庇い、その眼光を冷徹なものへと切り替える。
「――いや。その前に、華奈を拉致した責任をきっちり取ってもらってからだ」
シャリ、と迷いのない手つきで愛刀の鯉口を切る。
至高の玉鋼で鍛え上げられた刃が、月光を反射して冷たく煌めいた。
「出雲神速剣・二の形――『斬首』」
一切の躊躇なし。
世界を置き去りにする超高速の居合いが、槍の柄を目がけて斜めに振り下ろされ――その、刹那だった。
『――やめてお願い、殺さないで、話を聞いて……っ!』
脳裏を貫いたのは、必死に助けを求める少女の悲鳴。
ゾクリとした悪寒と共に、匠の刃が寸前のところでピタリと止まる。
『あ、あうぅ……良かっ、たぁ……。感謝いたします、takumi様。私はメアリーと申します。こう見えて、とっても可憐な美少女なんですっ!』
「……貴様はまやかしの類か、妖刀の類が、人を惑わすために化けてるだけだな」
調子の良い自己紹介を一刀両断し、匠は再び刀を強く握り直して中段に構える。
問答無用でスクラップにする気満々の匠に、槍の内側からさらなる悲鳴が響いた。
『ひゃんっ!? 嘘じゃないです、本当なんです! 殺さないで、本当にお願いだからぁ!』
極限の恐怖。
それが引き金となり、槍の内部に渦巻いていた強大な異世界の魔力が、制御を失って外界へと一気に溢れ出してしまう――。
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