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再会、だが。

事態が動きます。

【魔王城・玉座の間】


「随分と精悍な顔になったな、匠」


 魔人族領へ連れて来られた頃の面影は、今はもうない。

 顔立ちは引き締まり、幼さは消え、剣士としての風格が漂っていた。

 レオンは、その成長を満足げに見つめる。


「この度のお計らいには感謝しかありません。それと――」


「華奈の結婚の件だな。……お前は、これからどうしたい」


 匠が答えるより早く、レオンは核心を突いた。

 その紅い瞳には、匠の答えを試すような光が宿っている。


「レオン様がお許しくださるなら、私は魔人族領に留まりたいと考えています」


 ヨハネとの共同作業、バースでの一件――。

 すべてを知るレオンは、その答えを予想していた。


「匠、好きに生きろ。——だが盟約は破られた。今度は我ら魔人族が裁きを下す番だ」


「……」


 魔人族側に身を寄せた途端の開戦に、匠はわずかに表情を強張らせた。だがレオンは、その程度で考えが揺らぐ男ではないと見抜き、話を続けた。


「お前はまだ人間を信じるか?」


「バースでフィルモアに命を狙われたんだぞ。信じられる訳がない」


 その決意を見届けたレオンは、ゆっくりと口を開く。


「二千年前、厄災を齎した『奈落の悪魔ルシファー』を封印するため、我ら魔人族は人間と共に戦った」


「それ、本当の話だったのか……」


「終戦後、サーペントの仲裁により、両国は互いに侵さぬ盟約を結んだ。だが、現王ミラードはその盟約を破り、軍拡を進め、再び戦乱を招こうとしている――」


 レオンは静かに続ける。


「ミラードは王子の頃からサーペントを神と認めず、王位に就くや否や新興宗教を保護し、古き盟約を軽んじ続けてきた」

「もはや諸悪の根源たるミラードを滅ぼしても、我らには十分な大義がある」


 レオンの低い声が、玉座の間に重々しく響く。

 匠は静かに目を閉じ、そして覚悟を決めたように目を開いた。


「ならば今日より、私は人間ではなく、魔人族として戦います」


「ほう? 指輪の力を使うつもりだな。覚悟はあるのか?」


「覚悟なら、とっくに決まっています。私なりの策もあります」


「よかろう。ならば、ファーレン攻略はお前に一任する。人間どもに、魔王軍の牙を思い知らせてこい。」


「この戦、必ず勝利を持ち帰ります」


 匠は深く一礼し、自らの戦場へと向かうべく、力強く立ち上がった。



 ※※※※※



【数日後・商業都市ファーレン】


「我が囚われし力を解放する――」


 夜が開けきれない薄暗い時間帯。

 商業都市ファーレンの正門に立つのは、黒龍の鱗で作られた戦闘服に身を包む匠だ。

 己の魂を犠牲にし、指輪の力で本来の姿へと戻る。

 だが、その代償は余りにも大きい――


「ガハァッ! ア゛ア゛ア゛ァァァァァァッ!!」


 全身を激痛が貫き、血反吐を吐く。その苦痛は魂を削る代償そのものだった。

 

 だが、この程度で心が折れる匠ではない。


「ハァハァ……これだ……力が溢れてくる……!」


 そして、その代償を払った直後、激痛は嘘のように消え去る。

 代わりに全身を満たしたのは、圧倒的な力への陶酔だった。


「問題ない。さて、始めようか――」


 ――出雲神速剣・七の形『う』


 ズガガガァァァァァ!!


 渾身の一撃は正門を木っ端微塵に砕き、そのまま第一、第二、第三防壁を抉るように貫いて、大穴を穿った。

 本来なら総司令が最前線に立つなど愚策に等しい――。

 だが、魂を削るこの一撃を放てる者は匠しかいない。この作戦だけは、自ら先陣を切る以外に道はなかった――。


「中央広場の転移魔法陣を書き換えろ!」


「匠様のお望みのままに――」


 片膝を突いて首を垂れるのは――。


 七魔神の一人。黒魔術の天才、ベルゼアだ。


 転移、結界、幻惑――人間には扱えぬ黒魔術を自在に操る。


【ファーレン・転移門広場】


 三名からなる。少数精鋭の部隊はアクセラレーションのバフを掛け、城門破壊から僅か数十秒で広場まで侵入を果たす。

 命を受けたベルゼアは魔人族領で待機する増援部隊との魔法回廊を開くため、術式を展開する。


「魔人族だ!追い払え!」


 早朝とはいえ、数十名の警備兵が匠達に迫ってくる。

 たった三名での魔族など脅威と思っていないのだろう。

 しかし――。


「俺は城壁破壊を行う、雑魚は任せたぞランドルフ」


「ガルゥゥゥ――御意で御座います」


 匠に対して片膝をついて忠誠を誓うのは、大剣を携える全身毛むくじゃらの大男がいる。そいつの名は――。


 七魔神が一人、人狼ランドルフ。


 バーサーカー化した闘気が周囲の空気を震わせる。

 魔王軍最強と謳われる狂戦士。その名を聞くだけで、人間の兵は戦意を失うという。


「ウオォォォ!弾け飛べ!」

「グギャ!」


 警備兵に突っ込み、横殴りの剣一振りで、数名が吹き飛ばされた。

 任せても大丈夫と判断した匠は、城壁を破壊する為にまた剣を振るう。


「ククク匠様。準備が完了しました」

「さあ、完全制圧しようか」


 ベルゼアが術式を発動し、匠が膨大な魔力を流し込むと、眩い光の中から重武装の魔王軍が次々と姿を現した。


「そろそろ指輪の制限時間だ。どれくらい転送できた」

「そうですね、四千人ほどでしょうか」

「上出来だ。完全制圧を急げ」


 匠の一撃を合図に始まった奇襲は、一刻も経たぬうちに交易都市ファーレンを陥落させた。

 第一近衛騎士団が急行した頃には、街はすでに魔王軍の手に落ちていた――。


「……グハァッ!!」


 突然、匠は血を吐き、倒れるように片膝をつく。


「くっ……これも、魂を削った代償か……」


「匠様、お休みになった方がよろしいかと……」


 ベルゼアが心配そうに声を掛ける。


「……いや。これからが正念場だ。まだ倒れるわけにはいかない」


 指輪がもたらす本来の力。その代償は、匠の魂を確実に蝕んでいた。


 片膝をつく匠の顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた――。



 ※※※※※



【第一近衛兵団・到着後……】


 ファーレン城壁の側に降り立ったウィラードの目の前には、真っ黒い霧が立ち込めていた。


「この黒い霧は何なんだ……静かすぎる――」


 それは七魔神ベルゼアが、匠の膨大な魔力を糧として張り巡らせた黒霧だった。視界だけではない。探知魔法すら呑み込む、黒魔術の結界である。


「だ、団長……この霧で…視界が奪われ……太刀打ちできません」


 原因を探るべく斥候を出すが、霧の中に入った途端、斬撃を喰らい、応戦する間も無く撤退を余儀なくされる。


「これは黒魔術……魔法士を連れて来ないとどうしようも無い……」


「ククク……おやおや、私の黒霧は人間風情には見えませんよ」


 ベルゼアは勝ち誇った表情をウィラード達に向ける。

 闇雲に突入すれば、敵の餌食になるだけなのだ。


「もう数時間もすれば、フィルモアは半数以上を出してくる。ベルゼア、次も頼んだぞ」

「ウヒヒ、畏まりました。楽しいですな、匠様ぁぁ」


 近衛兵団が混乱の最中、密命を帯びたベルゼアは、1人ワイバーンに跨ると、超低空飛行で漆黒の森へと飛び去る。

 その口元には、次なる惨劇を予感させる不気味な笑みが浮かんでいた。


 【数十分後……】


「すぐそこに、敵がいるのは分かるのだが……」


 ウィラードの強さを理解している魔王軍は、決して黒い霧から出ようとはしない。

 殺気だけを頼りに、剣を構えたウィラードは突破口を見出したくて、黒霧の境界を探るように、一歩踏み込み、静かに退く。


「グルゥゥ…、弱腰の人間は突っ込んでこない。臆病者の集団だ」


 ウィラードの目と鼻の先には、人狼のランドルフがいつでも叩き切れる構えを見せている。


「この気配、尋常ではないな」


 探知スキルは無効化され、正確な位置はわからない。

 だが、ウィラードは黒い霧の向こうに感じる殺気を頼りに、一歩踏み込んで斬撃を喰らわした。


「ギャン!」

「そこか!くたばれ!!」


 切先がランドルフの腕を切り裂いた。

 手応えを感じ、さらに踏み込み、カウンターが来るであろう位置に、剣を流しながら、渾身の袈裟斬りを放つ。


 ザシュ……。


「駄目か……」


 先ほどとは違う、軽い手応えに致命傷には至らないと直感で判断したウィラードは、飛び去るように距離を開く。


「グルル……見事だ。だからこそ、殺し甲斐がある。だが愚王のために命を散らすには、惜しい男だ…」


 痛手を負ったランドルフは、ウィラードに対し、敵意ではなく賞賛の言葉を贈るのだった……。

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