偽りの襲撃。
ミラードの悪意が炸裂します。
【ガルド村・正門】
ファストワイバーンから飛び降りた華奈とウィラードは、ガルド村へ駆け込んだ。
「村の広場に魔物の反応があります」
「ああ、急ごう。我々を待っているはずだ」
しかし、そこで二人が目にしたのは、予想を大きく外れた言葉を失うほどの惨状だった。
「グルゥゥゥアアアッ!!」
村の中央で咆哮を上げていたのは、頭が三つある巨大な狼の姿をした魔獣――ケルベロスだ。
「ケ、ケルベロスだと、S級モンスターが何故ここに」
「ぎやぁぁぁぁぁ!」
村人たちの必死の応戦も虚しく、引き裂かれてゆく。地面には無残な亡骸が点々と散らばっていた。
「嗚呼、騎士様だ!」
血の海と化した広場で、生き残った人々は騎士団を見ると、我先にと駆け寄ってくる。
その悲惨な光景が視界に飛び込んできた瞬間、華奈の心の中には純粋な怒りが爆発した。
「嘘……、ひどすぎる――よくも、よくもみんなをっ!!」
華奈はアダマンタイトの剣と魔法剣を握り締め、ケルベロスを真っ直ぐ見据えた。
「ガルゥゥゥゥ……」
その身から放たれる圧倒的な魔力と殺気に、三つの頭を持つケルベロスが威嚇の咆哮を上げた。
「私の前に立っていた事を後悔しなさい!」
先に動いたのはケルベロスの方だった。
三つの頭が時間差で牙を襲わせる。
一つをかわしても、次が来る。さらに三つ目が死角から喰らいつく。
だが――。
ブン!
微動だにしない華奈は、魔法剣をしならせるように振るい、二つの頭を両断した。
そして仕上げと言わんばかりに、アダマンタイトの剣を最後の頭に突き刺し、魔法剣で胴体を貫いた。
(三十程度のレベル差なら埋められると思っていた。だが、これは次元が違う)
ドサリ、と重い音を立てて崩れ落ちる巨獣を前に、ウィラードは驚愕に目を見開いた。
「さあ、村人の治療に専念しましょう」
あれほど村を恐怖に陥れたケルベロスを、華奈は文字通り難なく討伐してのけた。
静寂が戻った村に、遅れて馬を走らせてきたミラードの一行が到着する。
「間に合わなかったか……勇者よ、よくやってくれた」
ミラードは静かに馬を降り、ケルベロスの亡骸と村人たちの遺体を順に見渡した。悲痛な面持ちのまま、誰にも気付かれぬほど僅かに口元が緩む。
最後に、亡骸へ祈りを捧げる華奈の前で足を止める。
「勇者華奈よ、王民のためにその力を是非とも使ってくれ」
ミラードの唇が、ニヤリと歪んだ。
村の惨状を悲しむどころか、愉悦に満ちた、実に嫌らしい笑み。
「言われなくても分かっています。あんたの為に働きたくないだけよ」
華奈がその邪悪な悪意を含む笑みに、嫌悪感を抱きミラードに鋭い視線を向けた。
その瞬間――。
ズゥゥゥン……と、再び不穏な地鳴りが村全体に響き渡った。
「クッ、周囲に魔物の反応多数!」
周囲の空間が歪み、ドス黒い魔力の渦から、新たなケルベロスが姿を現す。
それも、一頭ではない。十数頭の巨獣が、飢えた目を爛々と輝かせながら次々と這い出てきたのだ。
「グルルルル……」
「ギャオォォォーンッ!」
周囲を取り囲む魔獣の群れを前に、騎士たちが武器を構える。
ガルド村の血に染まった大地で、本当の乱戦が始まる――
「騎士団は前へ、突撃!」
今度は俺たちの出番だと言わんばかりに、ウィラードは先頭に立ち、檄を飛ばす。
ドゴォォン!
第一近衛騎士団が一斉にケルベロスへ突撃する。
剣閃と魔法が交錯し、怒号と咆哮が村中に響き渡った。
「怯むな、押すんだ!」
「ぐあああっ!」
「回復班、急げ!」
だが、S級魔獣は一頭でも災害級。
騎士達は善戦するものの、一人、また一人と吹き飛ばされていく。
「右翼を突破されるな!華奈! 左を頼む!」
「任せて!」
二刀流の華奈は押され始めた左翼へ駆け込み、一閃ごとにケルベロスを斬り伏せていく。
【数十分後……】
「はぁはぁ……ミラード陛下、討伐完了……しました」
「なかなか見応えのある戦闘だったよ諸君、ご苦労だった」
数十分後、討伐は終わり騎士団の面々は憔悴していた。
返り血を浴びてクタクタになっている所に、平然とした顔をするミラードは労いの言葉を掛けてくる。
「ミラード陛下、村人の処置は終了いたしました」
増援と称してミラードと共に現れた見慣れぬ黒法衣の一団は、戦闘中から黙々と村人の"処置"を続けていた。
「そうか、ご苦労だった。ウィラード、あとは任せるぞ」
「御意」
ミラードは騎士団を労う素振りを見せながらも、その目は跪く黒法衣の一団とケルベロスの死骸に向けられていた。
教団の力を確かめた彼の口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。
「アイツら見かけない顔よね……何か違和感を感じる……」
ミラードはこのような村には用事がないと言わんばかりに、馬に跨り転移魔法陣があるメルド村に戻ってゆく。
帰り支度を始めた黒法衣の一団を見つめている華奈は、その装束の刺繍がパパ・ヤーガの魔導服とは違うことに気付く。
(あいつら……新興宗教の連中じゃないの……)
その不安は、悲しいかな子供達の声で確信を得ることになる。
「よかった〜死んじゃったかと思ったよ」
「うん、私もよ、起きたら生きてた!」
親の横で蹲るように死んでいた子供達が、血糊がベッタリ付いた服のまま、生きているのが当たり前のように動き出す。
蘇生魔法で生き返るしかない、それはこの世界の理に贖う生き返りの魔法しかない。
「えっ……? 広場で亡くなっていた子供が何故――違う。ありえない……あれは禁忌の魔法のはず……」
華奈の脳裏に、戦闘中、遺体の傍らで詠唱を唱え続けていた黒法衣の一団がよぎる。
(まさか……あいつらが蘇生させた?)
ミラードがわざわざ連れてきた見慣れぬ黒法衣の一団。
そして、あまりにも出来過ぎたケルベロスの襲撃。
(まさか、この襲撃……最初から仕組まれていたの……?)
華奈の胸に、ミラードと黒法衣の一団への疑念が深く刻み込まれるのだった。
※※※※※
【ウィラードの執務室】
ガルド村襲撃は幕を閉じ、華奈は後処理のためウィラードと共に城へ戻ってきた。
「あんな所でミラードと鉢合わせするなんて、腹立たしい」
華奈は、思う存分戦え、鬱憤は解消したものの、会いたくもない王に会ったことが余程嫌だったらしく、執務室に入った途端愚痴をこぼす。
「そう言わないでください、メルド村に華奈殿がいてくれて助かりました」
ウィラードはそう言って、疲弊の滲む顔に安堵の笑みを浮かべた。
しかし、華奈の表情は晴れない。それは村で見かけた黒法衣の連中のことが頭から離れないのだ。
今思えば、城内を頻繁にうろつき、何か悪事を働いているように思えた。
「――折り入って頼みがあるの、城に出入りしている黒法衣たちの目的を掴みたいの」
華奈が単身で城内を探るわけにはいかない。
ならば、高級士官であるウィラードの力を借りるしかない。
「奴らは王直轄の魔法士たちだ。だが、何か気になることでもあったのか」
「ええ、村で禁忌魔法を使うところを見たの、死んだはずの子供が生き帰っていたわ」
「……分かった。早急に調べさせよう」
ウィラードはリザレクションと聞くと、顔を強張らせ、華奈に向き合うと小さく頷いた。
※※※※※
【数日後・華奈の執務室】
「華奈殿、いやはや参りました。とんでもない情報がとれました」
四角四面のウィラードは眉間に皺を寄せ、難しい顔して入ってくる。
そして、その気迫が漏れる面持ちで、城の地下で行われている全容を教えてくれた。
「戦闘女神を現世へ降ろすための依代――その人造肉体は、すでに完成しているそうだ」
「……何ですって、神を従えることなどできないはずよ……」
「戦闘神を使い、刈り取った魂で、伝記に残る大悪魔ルシファーの復活を目論んでいる」
黒法衣たちの真の目的――それは、かつて世界を滅ぼしかけた大悪魔ルシファー復活だ。
マハ―カーリンは言わば前座に過ぎない。
「まさか……あのルシファーが実在したなんて……」
フィルモアの歴史書で読んだことはある。だが華奈にとって、それは御伽話に過ぎなかった。
しかし現実に存在して、眠りを覚ませば、多くの命が奪われてしまう。
驚くより怒りを覚える華奈は、ジッとウィラードを見る。
「王直轄案件である以上、これ以上の詮索は不可能だし、誰にも止められない」
王命に逆らえないウィラードも、同じ思いなのか、悔しさを滲ませながら語る。
(ミラードは狂ったとしか言えない。誰かが止めないと)
世界を滅ぼしかねない計画を前に、華奈が黙っていられるはずがなかった。
事態は一刻を争う。唇を噛み締めた華奈は、一番信用できるパパ・ヤーガに意見を仰ぐため、足早に部屋を後にした。
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