蠢く悪意。
【フィルモア城・転移魔法陣】
フィルモア城の転移魔法陣から姿を現したメアリーは――。
「カエルさんにならない……よね?」
変身の恐怖にさらされたが、ちゃんと解呪されたと分かると、大きなため息をつく。
そして、すぐに華奈の元へ向かった――。
※※※※※
【フィルモア城・華奈の執務室】
「メアリー様がお見えになりました」
「……メアリー……ああ、通して頂戴……」
行方不明だったメアリーが姿を現したというのに、無事に戻ってくると信じていたのか、それとも今はそれどころではなかったのか。華奈は驚く様子もなく、眉間に皺を寄せたまま深く思い悩んでいた。
その原因は、言わずと知れたラインハルトとの婚姻を大々的に報じた、あの嘘のニュースだった。
「華奈、どうしちゃったの。やっぱりあの件よね……」
「うん、そうなの……もう、いっそのことこの国を滅ぼしちゃおうかな……」
「え゛っ? 冗談にならないからやめてよ」
本気になった華奈が暴れれば、城どころか王都が火の海になる――。
メアリーは青ざめ、今にも自暴自棄になりそうな華奈の元へ駆け寄ると、心の支えにならなければと肩を抱いた。
「ラインハルトとは最初から形だけの婚約だったの。彼にも想い人がいるし、私も匠以外と結婚する気なんてない」
「じゃあ、どうして式を? あれは嘘なの?」
「ミラードが勝手に発表しただけよ。いい加減に貴族遊びはやめてって直訴したんだけど……」
ウィラード団長は苦しい胸の内を華奈に打ち明けた。結婚する気のない華奈も、ミラードへ拒否を伝えた。
だが――。
翌日、ミラードは二人が正式に結婚したと王国中に布告し、捏造した婚礼写真まで公開してしまった。
「じゃあ……あの写真も?」
「そう。以前の公式行事で撮られた写真を切り貼りして作ったのよ」
「そりゃひどい」
「匠以外の人とキスなんて一度もしたことない。ミラードがでっち上げた偽物よ」
メアリーが問いかけると、すべて捏造されたものだと華奈は話した。
さらにミラードは華奈を客間から追い出し、城の離れにある宮殿へ強制的に引っ越しさせたという。
挙句には、ラインハルトとの共同生活まで始められてしまった――。
「じゃあ、ラインハルトも苦しいだろうけど、今は二人で耐えるしかないよ。華奈は気にしないのが一番だよ」
メアリーは、匠なら華奈の気持ちをきっと理解してくれると話し、手紙を書くよう勧めた。
ツヴェルク経由なら届く可能性があると言われ――。
「今の私の気持ちを綴るわ! ……けど……ちゃんと届くかしら」
嬉しさのあまり、華奈は便箋へこれまでの想いを書き綴り始めた。
けど――。
書き終えた華奈は泣きはしないものの、すぐに暗い表情へと切り替わった。
「もう、華奈! あなたが大好きなタクちゃんは、必死に生き抜いていたよ!」
「ありがとう、メアリー。その言葉だけで救われるわ」
「でもね、匠様はちゃんと華奈のことを信じようとしてた。ボロボロになって、それでも立ち上がってた。『自分の目で確かめるまでは考えない』って」
「……本当に、そんなことを……?」
華奈は両手で口元を押さえた。
「嬉しい……」
その瞬間、張りつめていた糸が切れたように涙が溢れた。
ぐしゃぐしゃになりながら、嗚咽を漏らす。
だが――。
「けど、きっと許してくれないよね……。合わせる顔がないよ……」
「もう、まだそんな顔してる。メルド村に帰るから、華奈も一緒に来て!」
ポンコツ化した華奈を復活させようと、メアリーは強制的に華奈の腕を引っ張り、メルド村へ向かった――。
※※※※※
【メルド村】
転移魔法陣が光り輝き、メアリーと華奈が姿を現す――。
「メアリー姉さんだ! お帰りなさい!」
「ネスレ村長! メアリー嬢が戻ってきましたぜ!」
村人たちは次々と駆け寄り、あちこちから歓声が上がる。子供たちも嬉しそうに二人を取り囲んだ。
「メアリー姉さん! よくご無事で!」
「ネスレ、元気にしてた?」
「もちろんですよ。みんな、ずっと姉さんの帰りを待ってました」
ネスレは安堵したように大きく息を吐き、メアリーと固く握手を交わした――。
その夜、帰りを待ち続けていたメルド村の仲間たちと、ささやかな宴が開かれた。
笑い声の絶えない賑やかな宴の中で、メアリーは久しぶりに心から安堵する。
華奈もまた、村人たちの変わらぬ温かさに触れ、張り詰めていた心を少しずつ取り戻していくのだった。
※※※※※
【フィルモア城・地下大魔法陣】
「遂に完成したのだな。これで俺の夢が叶うのか」
フィルモア城の地下大魔法陣に出向いたミラードは、完成した祭壇を見ると満足げに目を細めていた。
程なくすると、彼の元に黒法衣姿のゴッドフリーが音もなく歩み寄り、耳元で囁く。
「ミラード様。ガルド村付近にて、ケルベロス召喚の準備が整いました」
「……ほう、それは楽しみだな。我もこの目で確かめよう」
「王自ら出向くのですか。それは些かまずいのでは」
ゴッドフリーの進言に、ミラードの唇が醜く歪む。
気軽に闘牛を見に行くのとは、訳が違うと言いたいのだろう。
しかし、教団の力をこの目で確かめたいミラードは、首を横に振るとゴッドフリーを鋭く睨んだ。
「誰が直接行くと言った。メルド村視察の最中に襲わせろ。教団の蘇生術と召喚術、本当に戦争で使えるのか見極めたい」
「畏まりました」
メルド村を視察している最中、偶然ガルド村にケルベロスが現れ、第一近衛騎士団が討伐する――。
それがミラードの描いた筋書きだった。
白々しい芝居の幕を上げるべく、ミラードは第一近衛騎士団を率いてメルド村へと向かった。
※※※※※
【翌朝メルド村・転移魔法陣】
転移魔法陣が光り輝き、人影が見え始め、その勢いは止まることなく、数十人ほどの人間を吐き出した。
それはミラードと、その護衛を務める第一近衛騎士団の面々だ――。
先頭を歩くウィラードは剣に手を置き、周囲を警戒するように広場まで大股で闊歩する。
「ここメルド村の視察に、ミラード国王自ら来られた。みな、慌てず対応するように」
そして村全体に聞こえるように、視察の宣言を始める。
いきなりの訪問に即座に反応したのは、もちろんメアリーと華奈だった。
「よくもまあ、事前連絡も無しに来るとは」
「抜き打ちだよ。元盗賊の村なのだから当然だろ」
露骨に嫌そうな顔をする華奈に対し、ミラードはふっと鼻で笑い、わざとらしく声を潜めて彼女に歩み寄った。
「結婚おめでとう。そうそう、ちゃんと子供を作らなければ、この村の『未来』は無くなるかもしれないぞ?」
「……は? 何言ってるの、あんた」
「言葉通りの意味さ。さて、この村の自慢のワイバーンでも見せてくれ」
誓いの言葉すら交わしていない偽りの結婚に対し、遠回しに村の安全を人質に取るような脅迫。
その小狡く品性の欠片もないやり方に、華奈は怒りを覚えたが、騒ぐだけ無駄だと考え、睨みつけるだけに止める――。
「じゃ、ネスレ案内宜しくぅぅ」
「あっ、ひでーよ、メアリー嬢」
「村のためよ、村のため!」
「……」
表向きは村長であるネスレに案内役を任せ、メアリーも後ろから付いていく。
元盗賊であるネスレを堂々と案内役に立たせる。それもまた、更生を示すためだった。
しかし――。
「おい、ネスレ、分かっているだろうな」
「――乱闘はしませんから、ご安心下さい」
だが、ウィラードは元盗賊が脇に立つのが許せないらしく、青筋を立てる。
さすが元盗賊のネスレ。動じることなく、嫌味を含めて言い返した。
「あら、私の大事な村長に、ケチ付けたいのですか? ウィラード様!」
「ああ、もう!」
強かで遠慮ないメアリーを相手にしたくないウィラードは、鼻息荒くネスレとミラードの間へ割って入る。
「こっち、いえ――こちらがですね、ワイバーンの訓練施設になります」
出来るだけ粗相のないように超緊張しているネスレ。
ウィラードがプルプルと震え、今にも抜剣しそうな状態なので仕方ない――。
変な緊張感が流れを断ち切るように、一人の伝令兵が息を切らせて駆け込んできた。
「報、報告します! 隣のガルド村が、魔物の襲撃を受けています!!」
「何だと!?」
突然の襲来にウィラードが目を見開く。
周辺警戒の斥候を出し、問題は無いとの報告を受けていた。そのため、驚きを隠せない。
「ククク……華奈、どうする。好きにするがいい」
ミラードは驚いたふりをしながら、心の中でほくそ笑んでいた。
自作自演の舞台が、予定通り始まったのだ――。
「ウィラード団長、わたしも出ますので、半数を警備に!」
「承知した。おい、副長、増援の要請だ!」
華奈とウィラードは、まるで長年組んできたかのような連携で、次々と指示を飛ばしていく。




