祝宴と片鱗。
戦いが終わりを迎え、俺たちがダームウェルに戻った時には、すでに東の空が白々としていた。
【ダームウェル・ギルド前】
「早く寝たいから、さっさと決めろ」
「「殺されたくありません! 盗賊なんて辞めます!」」
捕らえた盗賊たちは、荒事から足を洗って冒険者として出直すなら、無罪にしてやるとガロンに言われる。
さらに促すように剣の切先を向けた匠に脅され、必死に頭を下げていた。
「「改心します! 冒険者になります!」」
そもそも彼らは冒険者崩れだ。
なので次は悪事を働かないよう魔法契約を結ばされ、強制的に再出発をすることになった。
「じゃ、俺たちは昼過ぎにギルドへ行くよ」
「お疲れさん、匠。色々手続きもあるから必ず来いよ」
疲れ切った俺とメアリーは、そのまま宿に戻り、泥のように睡眠を貪った。
そして――。
【ダームウェル・ギルド】
昼過ぎ。匠はまだ重く怠い体を引きずりながら、メアリーと共にギルドへと向かった。
扉を開けた瞬間、いきなり無数の鋭い視線が突き刺さる。
偉い奴でも待っているのかと思いつつ、匠が足を踏み入れると――。
「おお、『瞬殺の匠』が来たぞ!」
「いや、即ヤリの匠じゃねえの?」
「誰だ! いま言った奴つぁぁ!!」
瞬殺――。
グレート・サラマンダーを討伐した匠には、当然のように二つ名が付き始めていた。
だが、嬉しくない方の不名誉な呼び名までが、パワーアップして広まっている。
(何でこうも冒険者ってやつは理性が無いんだ……)
当然、匠は頭を抱えた――。
「次、その名を口にしたら殺す! ……竜斬りでも瞬殺でも好きに呼べ!」
今の俺はレベル1のよわよわ男子だ。この街で誰かに腕試しを挑まれるような事態は避けたいし、不名誉な二つ名が定着する前に、芽を摘むのが最適だ。
剣の柄に手を置き、ジロリと周囲を睨みつける――。
「ヒャー! すみませんでしたー!」
「おい、お前ら、もう少しまともな名前を考えろ! ハァ……」
呆れたような視線を向けていたメアリーは、男たちのくだらないやり取りを聞き流し、そのまま受付へと向かった。
「うひゃひゃー、楽しみ楽しみ♪」
昨日倒したグレート・サラマンダーの報奨金を受け取るため、彼女の瞳はすっかり「$」になり、るんるん気分だ。
「こちらが核になります。それと、今回の報奨金ですが……」
「ああ、やっぱり額が大きいのね……って、うひゃあ!?」
滅多に狩ることができないグレート・サラマンダーの素材を換金すれば、途方もない額になる。
皮も骨も最高級素材として取引され、肉に関しては超レア品として市場に流れるのだ。
その価値をすべて現金化すれば、出先のギルドでは到底支払いきれない金額になる。
預かり証を受け取ったメアリーは、そこに並ぶ「0」の数字を数えながら、ニンマリと口角を上げた――。
「十分すぎる程の路銭が稼げたね。それにしても大きな核だよな」
「ええ、そうですわね……」
渡された二つの核はとにかく大きく、売ってしまえば一生暮らせるほどの価値があるのは間違いない。
(この核は匠様ならきっと譲ってくださるでしょう。でも、それではさすがに借りを作り過ぎだわ……)
だが、グレート・サラマンダーを討伐したのは匠であり、その所有者はメアリーではない。
腕を組み、眉間に皺を寄せて悩む彼女の様子を見た匠は、そっと肩を叩いた。
「それは君のために使うと決めていたものだ。遠慮しなくていいよ」
「うぇ〜ん! ありがとうございます、匠様! 一生かけてお代をお返しします〜!」
そんな様子を見ていたギルド長のガロンが、匠に向かって一つの指輪を差し出した。
「匠、ありがとう。これは今回の俺からの個人的なお礼だ」
渡されたそれは、『次元指輪』だ!
「ガロン、こんな高価なもの、俺が貰ってもいいのか?」
これは、冒険者や旅人にとって必需品ともいえる、格納スキルが付与された魔導具の指輪だった。
収納容量は埋め込まれた魔石の大きさで決まり、魔石が大きいほど価値も跳ね上がる。ガロンが差し出した指輪には一際大きな魔石が備わっており、お礼の品として申し分のない逸品だ。
「匠は持ってないだろ、助けてもらった礼には、これが一番だと思ったんだ」
「そうか、ありがとう。素直に貰っておくよ、このデカ物どうしようかと迷っていたところだったんだ」
貰った指輪はブカブカだったが、中指に通すとスッと小さくなり指になじむ。
深紅の魔法石を眺めた匠は、少しだけ口角を上げる。
「それとな、今夜この街で魔物討伐の祝賀会を開く。君は主役なんだから、必ず来てくれよ」
「ああ……正直気乗りはしないが、不参加は無理そうだな」
「お前は謙遜しすぎだぞ。それに、そんなにいい女を連れてるんだからな、ガハハ!」
S級魔物を討伐したという大金星の報は瞬く間に広がり、街を挙げて盛大な祝いの席が設けられることになってしまった。
【夕方・ギルド内特設会場】
「おお、主役が来たぞ! さぁこっちに来い!」
「ダームウェルの英雄のお出ましだ! さあ乾杯をするぞ!」
「どうせなら楽しまなきゃ損ですよ」とメアリーに促され、二人は身綺麗にして宴に参加した。
会場では、匠の神業とも言える剣技に惜しみない絶賛の声が寄せられる。
「あ、ありがとう。それじゃ遠慮なく……」
「はいはーい! お腹すいたからさっさと乾杯しましょう!!」
祝杯があげられ、運ばれてくる料理はもちろん、グレート・サラマンダーの肉尽くしだ。
皆が幸せそうな顔を浮かべ、豪快に肉を胃袋に放り込んでゆく――。
「うわぁ、めちゃくちゃ美味いなこれ、手が止まらないぞ」
グレート・サラマンダーの肉は、あの鎧のようなゴツい体表からは想像できないほど柔らかく、とにかく絶品だった。
匠も思わず食べることに集中してしまう――。
(……今日だけは、本来の自分を取り戻せた気がするな)
そんな確かな実感が匠の胸に去来した。しかし、同時にその喜びは冷たい影によって半減してしまう。
ふと視線を落とすと、昼間まで青く輝いていた例の指輪が、今は光を吸い込むような漆黒へと変化していたのだ――。
(次は……俺の命を吸わせないと、駄目なんだな)
指輪は静かに鈍い光を放っていた。それはまるで「次はいつだ」と催促するように。
あの力を使うたび、代償として削られるのは己の寿命。あと何度、この剣を振るえるのだろう――。
そんな匠の憂いなど露ほども知らない、ご機嫌な眼帯娘が酒杯を手に絡んできた。
「ねえ〜、たくみぃ〜さーま……!」
琥珀色の液体を見つめて深く考え込んでいた匠の隣に、すっかり出来上がったメアリーが千鳥足でやってきた。
「うおっ、メアリー!?」
どういう風の吹き回しか、酔っ払ったメアリーが妙に甘えた声を出し、その豊かな双丘を匠の腕にこれでもかと押し付けてくる。
(顔はタイプとは少し違うけどぉ~……やっぱり強い男は好きぃ~……)
本能的に強い男に惹かれる性質を持つメアリーにとって、戦場で圧倒的な無双を見せた匠の姿は、完全にド・ストライクだったらしい。
「たくみ……さま?……ほらぁぁ、顔色が悪いよねぇぇ」
「昨日の疲れだよ」
「これはねぇぇー……頑張った匠様への、ご褒美でしゅ……」
匠がその大胆な密着にドギマギしていると、ふと、彼女の豊かな胸の谷間に違和感を覚えた。
衣服の隙間から、薄く半透明に輝く、宝石のような不思議な「欠片」が見え隠れしている――。
「……メアリー、それ、胸のところにあるの何だ?」
「んあ? これぇ? ……アングがぁ、くれたうろこだよぉぉ……」
匠が指差して問いただすと、メアリーはとろんとした目で笑いながらそう呟き、そのまま匠の肩へ頭を預けてきた。
すぐにスー・スーと穏やかな寝息を立て始める。
「アングって……あの神獣の大蛇アングィスだよな……?」
あの大蛇が授けた鱗。その意味を考えながら、匠は腕の中で眠るメアリーの横顔を静かに見つめていた。
冒険者たちは笑い、酒を酌み交わし、誰もが明日も同じ日々が続くと信じていた。
――この中で、それが叶わないかもしれないと知っているのは、匠ただ一人だった。
【ギルドお勧めの宿・翌朝】
昨晩の宴は深夜まで続いた。
途中で眠ってしまったメアリーを抱え、匠は宿へ戻ると、そのまま眠りについた。
そして翌朝――。
「匠様! 確認なのですが……私をちゃんと宿に連れ帰ってくれましたよね!?」
朝目覚めたメアリーは、曖昧な記憶を辿りながら、恐る恐る確認してきた。
昨夜の自分の大胆な行動をうっすら覚えているのだろう。匠はニヤリと笑って答える。
「ああ、疲れて寝ちゃったんだろ?…… メアリーは意外に軽くて運びやすかったよ」
「!!ひゃーっ! 恥ずかしいぃぃぃぃ!」
お姫様抱っこだったのか、おんぶだったのか。
何にせよ、好みの男の子に運ばれたと分かって一発で赤面したメアリーは、両手で顔を覆って俯いてしまった――。
「コホン、呪いを解く素材は全部揃った。とりあえずアイツに連絡を入れた方がいいんじゃない」
「えーっと、まだ足りないのは神域に住む大蛇の鱗でしたっけ?」
「……いや、もう揃ってるだろ」
すでに手元にあるというのに、このお嬢さんには、神様と過ごしたという自覚がないらしい。
頭を抱えながら、匠は胸元にあるペンダントを指さした。
「あっ、あったわ」
意味が分かったメアリーは、照れくさそうにはにかみながら、ペンダントから一枚の鱗を取り出した。
こうして、二人の次なる目的地はウィッシュランド魔法皇国へと決まった。




