覚醒。
匠、遂に!
【洞窟】
パァァァ――。
洞窟の奥が突如として不気味なオレンジ色に染まる。
「ぎやぁぁぁぁぁ――」
一瞬遅れて、鼓膜を震わせる悲鳴がこだましてきた。
この先でとんでもない事態が起きていることを、匠たちは確信する――。
「うわぁ……。ガロン、こりゃまずいぞ。匂いが半端ねぇ」
嗅覚の鋭いガロンの仲間がいち早く異変を察知し、緊張した声をあげる。
少し経つと、鼻をつく油の臭気と、激しい焦げ臭さが同居する、不快な匂いが風に乗って流れてきた。
「うっ……この焦げ臭さ、間違いなく魔物と遭遇しているな。全員、気合を入れていけ!」
ガロンが鋭く檄を飛ばす。だが、言われるまでもなかった。
闇を裂く光、絶叫、そして漂う死の匂い――。
それだけで、先行した盗賊たちが魔物に襲われていることなど容易に想像がついた。
「メアリー……無事でいてくれ……!」
普段は冷静な匠ですら、この絶望的な状況に肝を冷やす。
一瞬、最悪の結末が脳裏をよぎるが、ここで諦めたら全てが終わる。
メアリーが生きていることをただ信じて、匠は必死に足を急がせた。
ゴァァァァ――ッ!!
ギャァァァァ――ッ!!
「この炎は……!」
ガロンと匠は抜剣すると顔を見合わせた。
立ち込める白煙をかき分けたその先――。
「なんだと……!? グレート・サラマンダーだと!?」
目の前に広がっていたのは、まさに地獄そのものだった――。
「逃げろ! 逃げろ! 死ぬ! 死ぬ! みんな死んでしまう――!」
「や、やめろ! 来るなぁぁぁぁっ!」
盗賊たちは我先にと逃げ惑い、足の遅い者は容赦のない業火に焼かれ、次々と魔物の餌食へと成り下がっていく。
「俺はメアリーの救出を優先する! お前らは先に逃げろ!」
本来であれば、一刻の猶予もなくこの場から脱出しなければならない緊急事態だ。
だがメアリーを救い出さなければ意味がない。覚悟を決めた匠は逃げ惑う奴らを押しのけ、先に進む。
「匠よ! お前を見捨てるつもりはねぇ! ……おい、足の遅い奴らは先に出口へ向かえ!」
グレート・サラマンダーは、獲物を喰らう一瞬だけ足を止め、それを平らげると再び次の獲物へ向かって獰猛に突進していく。
その捕食習性を見抜いたガロンは、足の遅い魔法士たちを先に行かせると、自らは匠と共にメアリーの捜索を開始した――。
「おい、ちょっと待て!」
「嫌だ! トカゲに殺される! 頼む、見逃してくれぇ!」
生き残った盗賊たちは散り散りに逃げ回っていた。
そのうちの一人、逃げ惑う男をガロンが剣を構えて強引に呼び止める。
しかし、目の前で繰り広げられた惨状を目撃した男は、ガクガクと膝を震わせ、すでに戦意など完全に喪失していた。
「メアリーの居場所を教えたら逃がしてやる!」
「女か?さ、さっきまで俺の後ろを走ってた! それだけだ!」
男はそれだけを必死に吐き出すと、言い終えると同時に、弾かれたように再び走り出して逃げていった。
その男がやってきた方向の奥から――聞き覚えのある、けれど、これまでにないほど逼迫した悲鳴が響き渡る。
「キャーッ! また燃やされるぅ〜〜っ、やだー! やめてぇぇぇ!」
「メアリー――ッ!!」
あの男が言った通りで、煤けた顔のメアリーが暗闇から姿を表す。どうやら混乱に乗じて自分の力で逃げ出していた。
「ああ匠様だ!~早く逃げないと」
「さぁメアリー、ここから離れよう」
担ぎ上げていた男はどうなったか知らないが、そんな事を気にしている暇はない。
無事を確かめた匠は、ガロンを一瞥すると出口に向かって走り始める。
「匠、応戦なんて無理だ! 全員で協力して逃げるぞ!」
「ああ、それしかない」
グレート・サラマンダー相手に後詰めなど不可能だし、もはや盗賊も冒険者もない。ここから出ることが最優先だ。
そんな混沌とした状況の中、先行していた魔法士達が急に足を止めていた――。
「ガロン、この先に魔物の反応よ! 急いで!」
――グルゥゥゥゥ――
「なんだと!グレート・サラマンダーだと……」
しかし、運命は過酷だった。
洞窟の入り口側からも、もう一体のグレート・サラマンダーが這い出てきたのだ。
前後に立ち塞がる、凶悪な2体の熱砂竜。
「くそっ、ここまでなのか……!」
完全に挟み撃ちにされ、退路は断たれた。
「俺が退路を開く!――我に宿し精霊を力を分け与えたまえ。アイスウォール!」
勝ち目など万に一つもない。だが、自分が前に進まなければ、仲間たちの退路を開くことすらできないのだ。
傍から見れば自殺志願者とも取れるその無謀な勇気と行動には、誰もが頭が下がる思いだった。
ゴバァァァ――ッ!!
「ガハッ!、だが負けられない」
吐き出される炎に対抗する氷の壁は、水蒸気を上げ次々と霧散してゆく。
何枚も打ち破られたが、ガロンはなんとか最後の一枚で食い止めていた。
だが――。
ズバァーーンッ!
「ガフッ!?」
グレート・サラマンダーは太く強靭な尻尾を容赦なく叩きつけ、氷の壁ごとガロンを吹き飛ばした。
岩肌をゴロゴロと激しく転げ回る彼の身体は、すでに満身創痍状態だ。
「ガロン!!」
「――クッソ、……皆で力を合わせて攻撃するんだ……」
他の魔法士たちも絶望の中で魔法を放つ――。
「ダメだ、終わりだ……! 魔法が、魔法が全然通用しない……!」
巨大なトカゲにとっては、そよ風ほどの意味もなかった。痛痒すら感じていないのか、ピクリとも動じない。
――既に対抗できる術など、何一つ残されていなかった。
「――もう、これしか……この力を使うしか、ないのか……!」
絶対的な絶望が暗い洞窟を完全に支配するなか。
匠は、自分の内に秘められた力を解放する――妖しく輝く「蘇りの指輪」を、じっと見つめていた。
「考えている暇など無い!」
(俺は前に進むと決めた。だが俺は剣士だ。仲間を見捨てるわけにはいかない。今ここで使わずして、いつ使う!)
俺を捨てた華奈。そして、その原因を作った強欲なミラード。
本当は、この指輪の力は奴を討つためだけに使うつもりだった。
しかし、腐れても剣士のプライドだけは捨てられない――皆を守るために使う。
「我が囚われし力を解放する――」
もう迷いはなかった。
俺は守るためにこれを使う。これが俺流のやり方だ――。
ミラードなんて後でどうにかすればいい。今はただ目の前の敵を打ち破ろう――。
パァァァァ!!
指輪が光り、全身を金色の粒子がまとわり付く。
匠のスキルウィンドウに表示され、数値がみるみる上がってゆく――。
500。
700。
900。
999。
――そして
1000。
「これが……俺の本当の力か……軽い」
匠は指輪の力を一気に解放した。暴風のような魔力が吹き荒れ、匠の身体を包み込む。
「さて――終わりだ」
誰の目にも映らない瞬足でグレート・サラマンダーの前に立ち塞がった匠は、ニヤリと笑みを浮かべ、無造作に剣を横に構えた。
――出雲神速剣・七の形『空』
神速剣の奥義の一つ。
剣先から放たれた「気の刃」が、触れることなく敵を両断する。
刹那――
振り抜かれた剣から迸る青白い刃――。
その斬撃は、巨竜の額へ吸い込まれるように走り、頭から尾まで、一直線に断ち割った。
グェェェェ〜〜
巨体が苦しげに咆哮し、洞窟全体が震えた。
だが、その咆哮も次第に途切れ――
静寂の中、その身体に一本の赤い線が走った。
「なんなんだ、アイツは一体何者なんだ……」
今の匠は完全に人間の領域を越え、その力量を表すなら「化け物」しかないだろう。
レベル1000と神速剣の組み合わせは、災害級魔物ですら相手にはならない。
その途方もない剣技を目の当たりにした連中は、驚きながらも匠の動きを必死に追っていた。
「おいトカゲやろう、次はお前だ」
――出雲神速剣・三の形『散切』
瞬間移動の魔法を使ったとしか思えない速さで、後方のトカゲの前に現出した匠は、不敵な笑みをこぼした瞬間――。
ヒュンッ――。
風を裂く音だけが洞窟に響き、残像だけが遅れて見えた。
次の瞬間、匠はメアリーの傍に立っていた。
ズゥゥゥン――。
巨大なグレート・サラマンダーは、切り刻まれた肉塊に変わり果てた。
そして最初の一体は微動だにしない。
静寂の中――瞳が空を切る。
ズズズ……
巨体はゆっくりと左右へ崩れ落ちた。
「ば、化け物、化け物だ!」
「おい、お前ら、負傷者を全力で治療しないと、ミンチにするぞ!」
魔物が居なくなった途端、元気になった盗賊を切り捨てようかと思ったが、負傷者を手当が先だ。
匠は盗賊たちに切先を向けて脅す。
「わ、分かった!」
「すぐ治療する!」
あの攻撃を間近で見ていた連中は、歯向かえば屠られると思ったのか、キビキビと動き出す。
匠は血だらけで転がっているガロンに駆け寄り、治癒魔法を試してみる。
「ヒール!」
あれほど訓練したのに使えなかった魔法が、いとも簡単に発動した――。
匠の手先から流れる癒しの光は格別らしく、傷口が音もなく閉じ、裂けた皮膚が元へ戻っていく。
長年残っていた古傷までもが、跡形もなく消えていた。
「……お前、本当に何者なんだ。だが助かった、ありがとうよ」
「あてにはしないでくれよ、もうすぐ時間切れだ――」
匠が宣言した途端、あれ程溢れていたオーラが、突然霧散してしまう。
そして、スキルウィンドウは元の「1.0」に変わっていた――。
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