盗賊。
誘拐されたメアリー。いったいどうなるのか!
【ダームウェル砂漠・北西地域】
匠は焦る心を抑え、手綱を握り直し、疾走する走鳥を操る――。
「砂嵐が来たらヤバい、絶対に見失うぞ!」
だが誘拐されたメアリーを連れて逃げる盗賊たちは、砂漠での逃走に慣れていた。
オアシスを横切り、岩場を利用し、足跡を消しながら巧みに追跡をかわしていく。
それでも匠は、冷静さを失うなと言い聞かせる。
進行方向と地形を照らし合わせ、わずかな轍や足跡を拾い続けた。
「待ってろメアリー、必ず助け出す」
少しずつだが、しかし確実にメアリーとの距離を縮めていた。
岩盤帯を抜け、蹄の跡を追い始める。
その時――。
――ズズズズ……。
「……?」
突然、周囲を震わせるように空気が振動する。
馬の足音とも違う。明らかに不気味な地鳴りだった。
嫌な予感が胸をよぎった、その瞬間――。
ズボォォォッ!!
「なっ!?」
砂地が大きく爆ぜ、巨大な影が躍り出る。
それは砂漠の脅威――サンドワーム。
盗賊たちが駆け抜けた振動に誘われ、最後尾を追う匠へ狙いを定めたのだろう。
円形に開いた巨大な口。その内側には、獲物を逃がさぬ無数の鋭い牙が幾重にも並び、まるで肉挽き機のように蠢いていた――。
「まずい!」
砂の上では勝ち目がない――。
匠は咄嗟に手綱を引いた。目指すのは斜め前方に見える岩盤地帯。
方向転換して走り始めたその瞬間だった。
「グエェェェッ!!」
「うわっ!」
走鳥の脚が突然砂へ沈み込む。
次の瞬間、身体ごと投げ出され、匠は砂の上を何度も転がった。
走鳥は必死にもがく、だが、砂は底なし沼のようにその巨体を飲み込んでいく。
――待ち伏せ穴だ。
「そういうことか!」
真っ直ぐ岩場へ向かえば、同じように喰われる。匠は瞬時に罠だと見抜き、進路を変える。
その判断は正しかった――。
ズボォッ! ズボォォッ!!
近づけば近づくほど、目の前の砂地が次々と陥没する。
もし一直線に走っていたなら、今頃は喰われていただろう――。
ズズズズ……。
背後から忍び寄る重低音、それは匠を狙い砂の中を進むサンドワームだ。
追われている――。
匠は足を早め、遠回りの末、岩盤地帯へ飛び込む。
その瞬間、サンドワームは砂の中で進路を失った――。
「……はぁ、助かった……」
そう思ったのも束の間だった。
ズズズズ……。
岩盤の縁に沿って、砂が不気味に盛り上がる。
(奴は諦める気はないのか……)
サンドワームは砂の中から匠の動きを追い続けている。下手に飛び出せば餌食になるだけだ。
「……ここはワームの縄張りか、ならば待つしかない」
匠は岩の上で息を潜め、後から追ってくるギルドの連中をを待つことにした。
※※※※※
数十分が過ぎた頃――。
「ここはワームの巣だからな。よく生き延びたな!」
聞き覚えのある豪快な声が砂漠へ響く。
待望のギルドの救援メンバーが到着したのだ――。
「ガロンさん!」
現れたのは、ダームウェル冒険者ギルドのギルドマスター・ガロンだった。
「助け出すから、合図したらこっちに走れ」
「分かりました」
助かったと思った匠の表情から、張り詰めていた緊張がようやく解けた。
ガロンは砂の隆起と流れを確認すると、ニヤリと笑う――。
「なるほど……まだ腹が減っているってわけか、よし、ガランを出せ!」
ガラン。それは砂漠を生き抜く彼らの知恵だ――。
金属の筒を鞍に結びつけ、走鳥を走らせる。すると、その名前の如く、ガランガランと大きな音をたて、サンドワームの注意をひく。
「さあ匠、今のうちに逃げ出せ!」
砂丘が大きく隆起する。
それはまるで砂そのものが巨大な生物へ変わったかのようだった。
サンドワームはガランガランと鳴り響く音を追い、走鳥の後を追って砂漠の彼方へ消えていく。
その隙に、匠は窮地を脱することができた――。
「さあお嬢ちゃんを助けに行こう!」
ガロンの頼もしい背中を見た瞬間、不思議と胸の不安が消えていく――。
「お前の相棒もちゃんと持ってきたぜ!」
「おお、ありがとう。やはり長剣の方が俺にあってるわ」
業物を手にした匠は力強くガロンの手を握り返し、大鳥の背へ飛び乗った。
※※※※※
【盗賊の根城】
足跡を追ってようやく辿り着いた場所は、切り立った崖が大きくひび割れた、すごく狭い渓谷のような場所だった。
足跡はその奥まで続いており、まず間違いなくこの先に盗賊の根城があるのだろう。
「ふむ、無闇に入ると手痛い目に遭うぞこりゃ」
盗賊と戦い慣れているガロンは、経験からこのような地形での戦いは一方的にやられる可能性が高いと判断する。
「それじゃ、君たちの索敵スキルを使わせてもらうぞ」
「承知しました。とりあえず、付近にトラップはありません」
ガロンは今回の捜索に参加してくれた冒険者たちの中から、索敵スキルの高い連中に指示を出す。一行は安全に気を配りながら、慎重に奥へと歩を進めていった。
――バシューン!
「敵襲! 魔法士は防御魔法展開!」
「あれは魔導砲だ! 射線に入るな!」
戦いは突如として始まった――。
それも想像すらしていなかった、魔導砲と呼ばれる強力な飛び道具の一撃だ。
魔石に蓄えた魔力を槍のように撃ち出す兵器だ。それは魔力のない者でも扱える。
――バシューン!
またしても激しい風切り音が響く。
突撃を防がれ、膠着状態に陥るかと思われたが、ガロンは不敵な余裕の表情を浮かべたまま、突撃の合図を告げるように抜剣した。
「次弾を撃つのに三十秒ほどかかる! その間に突撃して魔導砲を無力化するぞ!」
この兵器の最大の弱点は、魔力を充填するのに時間がかかること。さらに高価な魔石が必要なため、盗賊風情の財力ではそう何度も連射はできない――。
ガロンは盗賊討伐で幾度も魔導砲と戦ってきた。装填に時間が掛かることも、その弱点も知り尽くしている。
――バシューン!
「さあ、行くぞ!」
そして、ガロンを先頭に突撃を敢行した。奥に進むにつれ広くなり始め、それに伴い、硬い地面が徐々に砂に変わり始める。
「あれが魔導砲だ」
大砲をイメージしていたが、どちらかと言うと魔石が取り付けてある火縄銃のような作りだった。
ターバンを巻いた男がガロン達に狙いを定めているものの、充填がまだなのか顰めっ面で睨んでいた。そして引き金に指をかけようとした瞬間――。
ズボォォォ!
「ぎゃー、助けてくれ……」
突然、男の足元の砂が陥没した。
魔導砲ごと身体がずるずると砂へ飲み込まれていく。
砂を割って現れたのは、巨大なサンドワームだった。
もうこうなれば逃げるしかないだろう。盗賊達は踵を返し馬に跨り一目散に逃げ始め、ガロンと匠は飲み込まれて行く男を大きく避けながら、追い始めた。
「ふがふが」
「あの袋に、お嬢ちゃんがいるはずだ」
大柄な盗賊が抱える麻袋が、芋虫のように蠢いている。
「メアリー!」
「ふがっ! ふがーっ!」
匠の声が届いたのか、芋虫メアリーの動きが激しくなる。
あと少し手を伸ばせば届きそうな距離だった――。
「メアリー!必ず助ける」
「フガー!!」
盗賊も必死だった――。
馬は砂煙を巻き上げ、逃げる者と追う者の距離は一向に縮まらない。
だが、それも時間の問題と思われた。
その時だった――。
パンッ――。
前を走る盗賊の頭上で何かが炸裂し、白い煙が匠たちへ降りかかる――。
「クエェェェェッ!」
走鳥が激しく鳴き、思わず足を止めた。
「げほっ……げほっ!」
強烈な刺激が目と鼻腔を襲う。
「ぐっ……目がっ! 目がー!」
奴らは刺激の強い香辛料を詰めた煙玉で、追手の足止めを図ったのだ――。
「げほっ……ガロンさん……!」
「砂漠の盗賊が逃走用によく使う煙玉だ。落ち着いたら追うぞ!」
あと少しだった――。
盗賊との距離はわずかに開いたが、それでも諦める理由にはならない。
匠は手綱を握り直し、再び奴らの背を追った――。
※※※※※
【洞窟】
――奴らはサンドワームの脅威を避けるように岩礁地帯へと逃げ込み、そのまま巨大な洞窟の奥へと滑り込んでいった。
「なんでだよ! 先に進めねえ、そんな馬鹿なッ!」
洞窟の一番奥にある出口に、ゴツゴツとした岩肌が行手を完全に塞いでいた――。
「この前来たときは問題なかったはずだ、何か変だぞ! これじゃ山間部に抜けられねえ!」
この洞窟は山間部へと抜ける近道であり、盗賊たちはここを通って完全に逃げ切る算段だった。
だが、頼みの綱だったルートは完全に塞がれ、先へは進めない。
「そんなこと言ってる場合か、後ろから追っ手が来るぞ!」
こうなれば、追跡してくるギルドの連中をここで迎え撃つしかない。
覚悟を決めた盗賊たちが、狭い洞窟内で馬のきびすを返そうとした、その時だった。
――グルゥゥゥゥ……。
「えっ……なんだ、今の呻き声は」
地響きのような重低音が空気を震わせる――。
ただならぬ気配が周囲に満ち、この奥に『明確な異物』が存在していることを本能が告げていた。
ここに留まっていては不味い。誰もがそう直感し、慌てて手綱を引こうとした瞬間――。
ボォォォッ!
行き止まりだと思われていた岩肌が動き出し、突如として激しい炎が噴き出し、洞窟の壁を赤々と照らし出した。
宜しければブクマお願い!




