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砂漠でも……。

トラブルがトラブルを呼ぶ……。

【砂漠の街ダームウェル】


 転移魔法陣の眩い光が消えると、乾いた熱風が容赦なく二人を包み込んだ。


 巻き上がる砂塵――照りつける灼熱の太陽。


 視界の先には、砂漠に築かれた交易都市――ダームウェルが広がっている。


「いやーん、暑いし、日焼けしちゃうー!」


 転移した途端、メアリーは容赦なく照りつける太陽に悲鳴を上げた――。


「いやこの暑さは、半袖は命取りだぞ」


 港町バースで着ていた肌を露出する涼しげな服装は、この街では逆に命取りだ。


 焼けつくような熱気は肌を刺し、浮かんだ汗は瞬く間に乾いていく。それほど、この砂漠の太陽は殺人的だった。


 それを避けるためなのか、周囲を見渡せば全身を布で覆い、目元だけを覗かせた砂漠の民族衣装を纏う人々が行き交っていた。


「とりあえずギルドへ行こう」


「さんせー! まずは涼しいところに避難しましょう!」


 情報収集と暑さをしのぐため、二人は足早に地元の冒険者ギルドへ向かった。


 だが、その様子を一人の男が見つめていた。


 目元だけを覗かせた民族衣装の奥で、鋭い眼光がメアリーを射抜く――。


「……」


 男は何も言わず、人混みの中へ姿を消した。



 ※※※※※



【ダームウェル・冒険者ギルド】


 ダームウェルの冒険者ギルドには、香木を焚いたような、ほのかに甘い香りが漂っていた。

 扉を開けた瞬間、カウンターの奥から筋骨隆々の大男がギロリと睨みつける――。


「おっ!本日1組目のお上りさんだぜ、ギャハハ早く服買ってきな」


「もう、これだからおっちゃん嫌い!」


「ギルドマスターのガロンさん、新人さんを弄っちゃダメですよ」


 受付嬢は慣れた様子でガロンをたしなめる。

 どうやらこれが彼なりの歓迎らしい。強面な風体に似合わず、人懐っこさを感じさせる男だった。


「そう言うな。ここじゃ素肌を晒すなんざ、自分から危険を呼び込むようなもんだからな」


「匠と申します。こちらはメアリー、ご忠告ありがとうございます」


 手厳しいがもっともな忠告を受け、二人は情報収集の前に、慌てて現地の民族衣装を買い求めることになってしまう。

 だがそれだけでは無かった――。


「にいちゃん、その剣の鞘だとここじゃ傷だらけになって切れ味落ちるぞ」


「そうなのか、それじゃ鞘を頼むよ、ギルドならぼったくらないだろ」


「ああ、仲間なんだから、そんなことするかよ。とりあえず水を飲んでおけ」


 高い気温、湿度が極端に少ない、ダームウェルでは、汗をかく感覚がなく、知らないうちに脱水症状になるのだ。


「分かった。じゃこれ頼む」


 ウィラードから譲り受けた大切な剣も、砂漠の細かな砂に晒されれば傷つき、切れ味を失うという。


 匠は衣装と合わせて、砂漠用の鞘も新調することにした。


「明日の昼前には渡せる。それまで観光でもしてな」


 豪快な物言いとは裏腹に、ガロンは細かなところまで気を配ってくれる男だった。


「メアリーさん、街中に出るならこの服をお貸しします」


 冒険者登録を済ませると、メアリーには簡易版の民族衣装が貸し出され、匠には砂漠で扱いやすい反りのある短剣が手渡された。

 砂漠での護身用として携えておけ、ということらしい――。


「ギルドお勧めの宿を教えるが、ここは治安が悪いので気をつけてくれよ」


「色々ありがとう。明日、依頼で相談したいことがあるからまた来ます」


 たっぷりと水を飲まされた2人は、暑さ対策の服を買いに行く。

 メアリーは白、匠は黒を選び、その場で着替えて店を出る頃には、既に日が傾いていた。昼間の灼熱が嘘のように熱気は和らぎ、砂漠の街は夜の賑わいを見せ始める。


「さあさあ、異国なのでご飯に期待しましょう!」


「旅の疲れを癒すにはまず飯だからな!」


 ギルマスに治安が悪いと言われていたので、足早に宿に入る。

 だがすでに悪意の目は向けられていた――。


「あの女だ」

「……ああ」


 民族衣装に身を包んでも、その目を引く体つきまでは隠せない。

 砂漠を根城にする盗賊たちの目を引くには十分すぎる。

 彼らは物陰から二人を値踏みするように見つめ、その後を音もなく追い始めていた。



 ※※※※※



【ギルドお勧めの宿】


 宿へ入り、湯浴みで旅の汚れを洗い流す。

 砂と汗にまみれた身体がさっぱりすると、いよいよ待ちに待った夕食の時間だ。


 宿の食堂へ足を踏み入れた瞬間、香辛料の刺激的な香りが鼻をくすぐった――。


「なんかいいね、匂いだけで食欲湧いちゃった」


 厨房では豪快に炎が噴き上がり、鉄串に刺さった肉がジュウッと音を立てて焼かれている。

 香ばしい匂いが食堂中に広がり、大鍋では色鮮やかな野菜がぐつぐつと煮込まれていた。


「うわぁ〜どれも美味しそう」


 見たこともない料理が次々と運ばれていく光景に、二人の期待は自然と高まっていく。


「いやー何を頼もうか迷うな」


 港町とはまるで違う、異国情緒あふれる光景に二人の期待は一気に高まる。

 だが、メニューを見ても見当もつかない――。


「何これ……意味が全然分からないわ」


「始めてでしたら、名物料理をメインにお選びしますよ」


 メニューを眺めても、何がどんな料理なのかさっぱり分からない。店員のおすすめもあり、お任せにしてみる。


「おお、見た目からして美味しそうだ」


 しばらくすると、香辛料をたっぷり利かせた串焼き肉や、色鮮やかな野菜の煮込み料理が次々と運ばれてくる。


「わぁ……いい匂い!」


「いただきます」


 水が貴重な砂漠だからこそ生まれた調理法なのだろう。素材の水分だけで煮込まれた野菜は味が驚くほど濃く、香辛料との相性も抜群だった――。


「旨みがギュッとして美味しいね!」


 大満足のメアリーは満面の笑みを浮かべ、それでも食べ足りないのか、再びメニューを開いていた。よほどこの街の料理が気に入ったらしい。


「この香辛料は癖になるな。旅先で食べる飯って、やっぱり格別だ」


 匠も香ばしく焼き上げられた肉料理が気に入ったようで、次々と皿を空にしていく――。


 楽しい食事の時間はあっという間に過ぎ、食後には香り高い甘めのお茶が運ばれてきた。


「美味しかったねー。明日も楽しみ!」


「ああ、大満足だ。異国の文化に触れた気がするよ」


 食事を終えれば、本来なら異国の夜を散策してみたいところだった。


 だが、ガロンから「治安が悪い」と忠告されている以上、軽率に出歩くわけにはいかない。


「今日は大人しく休もう」


「はーい。それじゃ、おやすみなさい」


 二人はそれぞれの部屋へと戻っていく――。


「……」


 その背を、闇に紛れた複数の視線が静かに追っていることなど、知る由もなかった。


【数時間後・メアリーの部屋】


 夜も更け、街全体が静寂に包まれた頃――。


「闇の精霊に乞う。我を漆黒の闇へ誘え――ダーグ・イリュージョン」


 昼間から二人を付け狙っていた盗賊たちが、ついに動き出した。


 闇魔法によって姿を闇へ溶け込ませると、音もなく宿へ侵入する。


 狙いは最初から決まっていた。


 ――メアリー。


 足音一つ立てることなく廊下を進み、男たちはメアリーの部屋の前へ忍び寄る。


「――ガチャリ」


 静まり返った廊下に、鍵を外す小さな音だけが響いた。


 扉がゆっくりと開き、数人の男が音もなく滑り込むように室内へと入る。


「むにゃ……むにゃ……」


 ベッドでは、メアリーが無防備な寝息を立てていた。


 一人が大きな麻袋を広げ、もう一人が猿轡を構える。


「……」


 無言で頷き合うと、一斉に飛びかかった。


「――っ!」


 猿轡を噛まされ、突然の衝撃にメアリーは目を見開く。しかし悲鳴を上げる間もなく、その身体は麻袋へ押し込められてしまった。


「ふがっ、ふがーっ!(ああ、なんでこの展開になるのよー!)」


 わずか数十秒。


 あまりにも鮮やかな手際で、誘拐は終わってしまう。

 盗賊達はメアリーを抱え急いで外に向かう――。


 慌てた盗賊の一人が扉を乱暴に閉めた。


 バタンッ!


 静まり返った宿に、乾いた音だけが大きく響き渡る。


「……ん?」


 隣室で眠っていた匠が、その物音にゆっくりと目を開けた――。


 だが、その頃には盗賊たちはすでに廊下を駆け抜け、夜の砂漠へと姿を消し始めていた。


「……メアリー?」


 胸騒ぎを覚えた匠は、すぐ隣の部屋へ向かう。


 ギィ……。


 扉は鍵も掛けられず、あっさりと開いた。


 その瞬間、嫌な予感が全身を駆け抜ける。


 暗闇へ目を凝らす。


 ――寝ているはずのメアリーが、いない。


 ドクン――。


 心臓が大きく脈打った。


「……くそっ!」


 匠は窓を勢いよく開け、そのまま二階から飛び降りる。


 着地と同時に周囲へ視線を巡らせた。


 その時――。


 ドドドドドッ!


 夜の静寂を裂くように、馬の蹄の音が北西から微かに響いてくる。

 即座にその音のする方に向かうと、闇の中にうっすらと消えゆく影を見る。


 この距離では、人の足で追いつける相手ではない。

 匠はすぐに足を止めた。


「……先に応援だ」


 瞬時に判断すると、匠は踵を返し、冒険者ギルドへ全力で駆け出した。


「待ってろ……必ず助ける!」


 事情を聞いたギルドは即座に動いた。


 移動用として飼育されている、ダチョウにも似た巨大な走鳥が用意される。


 匠はその背へ飛び乗ると、月明かりに照らされる砂漠へ飛び出した。


 残された僅かな足跡だけを頼りに――。

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