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蠢く殺意。

トラブル体質のメアリー嬢はフラグを立てるのがお好き。

【港町・バース】


 バースに戻ってきた匠とメアリーはファルと別れ、目指すは冒険者ギルドだ。

 あの日、逃げ回った街中を、今はのんびりと匠と共に歩くメアリーは、ちょっと不思議な気分で、微妙に落ち着かない。


「嫌な予感がするから、警戒しよっと」


 自分が関わると、なぜか騒動に巻き込まれる――。

 そんな自覚があるメアリーは、再会の余韻に浸るより先に、周囲へ意識を向けていた。


 サ、サッサ――。


 物陰に、不自然に動く人影が見えた。


(いやぁぁ、目つきが悪ぃぃぃ)


 地味な服装――だが、獲物を狙うような視線だけは隠せていない。

 メアリーの脳裏に警告が鳴り響いた――。


「うわぁ、匠さま逃げた方がいい」

「ええ、マジ、とりあえずギルドまで走ろう」


 そして走り出した途端、物陰から黒い影が飛び出す。俊敏な動きと手にした暗器――。

 ただの追っ手ではない。


「おいこら待て!」


「きゃーっ! 変態よー! 昼間から美少女を追い回してるー!」


 泥棒とか悲鳴だけでは人々はあまり反応しないが。火事だ、変態だと騒ぐと、正義感から反射的に注目する。

 すると、漁師と思われる腕っぷしのいい男達が反応して駆け寄って来た。


「変態はどこだ! 逃がすな!」


 もうこうなるとメアリーの勝ちだ。見物人が増えれば増えるほど、暗殺者にとっては正体が露見する危険が増す。

 正義感の強い海の男たちに目を付けられた以上、彼らに残された道は一つしかない。


 ——チッ!


 暗殺者たちは舌打ちすると、一斉に人混みへ紛れて姿を消した——。


「……助かった」


 しかし、メアリーの表情から警戒が消えることはなかった。



 ※※※※※



【フィルモア城・地下大魔法陣】


 城の地下では、破壊女神マハー・カーリンの召喚準備が急ピッチで進められていた。

 石造りの祭壇が築かれ、その前には巨大な魔法陣が刻まれている。


 だが――それは表向きの話。


 この祭壇の本当の目的は、封印された大悪魔ルシファーを解放するための前準備だった。


「ほう、勇者召喚とは違い、お供えが必要なのだな」


「はい、ミラード陛下。復活には若い処女の巫女が必要でして、その命を捧げるための祭壇になります」


 魔法陣の前には石造りの祭壇が設けられ、床には七芒星が描かれ、その星の先端には魔導士が持つような大きな杖が据えられていた。


(ククク、マハ―・カーリンは既に召喚済みなんですよ……)


 案内をするゴッドフリーは何か企んでいるのか、薄気味悪い表情を浮かべていた。


「それでは一つ、教団の力を見せてもらおう。実力を示せぬようでは全面的な協力は約束できんのでな」


「畏まりました。では手始めに、眷属たるケルベロスを召喚してご覧に入れましょう。魂を集めるのに適した場所はございませんでしょうか」


「ならば辺境のガルド村を使うがよい。新たにメルド村を築いた今、あの村に価値はない」


 欲に塗れた愚王から、あまりにも非情な言葉が放たれた。辺境の村人など、王にとっては取るに足らぬ存在なのだろう。

 一方のゴッドフリーは、その許可を得たことで、口元に歪んだ笑みを浮かべた。


「有難き幸せにございます。命乞いをする虫ケラどもが、ケルベロスの牙に引き裂かれる様をご覧になれば、我らの力をお認めいただけましょう」


 視察を終えたミラードが立ち去ると、ゴッドフリーはフィルモア城最下層に広がる洞窟へと足を運んだ。


「破壊女神マハー・カーリンよ。お前の出番は、もう少し先だ。それまで眠るように待つがよい」


 洞窟の最奥には、幾重もの魔法陣が織り成す巨大な結界が張られていた。

 それは巨大な鳥籠のような光の檻。その中心で、一人の少女が静かに目を閉じ、宙に浮かんでいる。


 依代となった身体は、かつての姿とは大きく異なっていた。


 ビスクドールのような顔立ちとは裏腹に、その背には漆黒の翼が広がり、深紅の戦装束は神々しさと禍々しさを同時に漂わせている。


「ククク……目覚めの時は近い。俺の為に存分に働いてもらうぞ」


 慈愛の女神――そう呼ぶには、あまりにも危険な存在だった。


「……」


 マハー・カーリンはゆっくりと瞼を開き、深紅の瞳がゆっくりと司教を捉える。

 その瞳の奥には、破壊を望む者とは思えないほど静かな光が宿っていた。


(嗚呼、やっと我の相棒に会える時が来た――)


 そして――その唇が、不気味に吊り上がった。



 ※※※※※



【サーペントの居城】


「サーペント様。魔王レオン様より、緊急の報告が届いております」


 静寂に包まれた居城へ、執事が慌ただしく駆け込んできた――。

 普段、冷静沈着な彼がここまで取り乱すことはない。その姿だけで、事態の深刻さが伝わってくる。


「ルシフェリア聖教が、終焉の堕天王ルシファーと、破壊女神マハー・カーリンの復活を企てております」


「……マハー・カーリン、か――」


 その名を聞いた瞬間、アングィスの表情が僅かに変化する。


「二千年前、ルシファーとの戦いで共に戦った者だな」


「……はい」


「彼女の力は確かに強大だ。だが、恐れるべきは力ではない。力を持つ者が、何を望むのかだ」


「……」


 サーペントは静かに続ける。


「お前なら分かっているはずだ。マハー・カーリンが、ただ破壊を望む存在ではないことを」


「承知しております、サーペント様」


 アングィスは静かに頭を下げる。


 しかし――。


 マハー・カーリンの名を聞いた瞬間だけ、彼の心に僅かな揺らぎが生じていた。


 二千年前に失った、大切な存在。


 もう二度と会うことはないと思っていた相棒。


「……」


 だが、その感情を表に出すことはない。アングィスは禍々しい槍を手に取る。


「行ってまいります」


 こうして、世界の命運を左右する戦いへ向けて、アングィスは魔人族領へ向かった。



 ※※※※※



【バース・冒険者ギルド】


 暗殺者の手から逃れた2人は、無事に冒険者ギルドを訪れ、早速メアリーは、受付に依頼書を出す。


「あのですね、グレサラ討伐の依頼をお願い!」

「えっ?無理です!絶対ムリ!Sランでも無理!」


 しかし依頼書を見る前に、その名を聞いた受付嬢は、途端に青ざめ信じられない顔をして、つっ返してくる。


「ただの大きなトカゲなんでしょ?」

「違います! グレートサラマンダーは災害級魔獣です!」


 以前、デウェンディーが「レアすぎる」と話していた理由を、匠とメアリーはようやく理解した。


 (デウェンディーのおっちゃんが言っていた意味が、ようやく分かったわ……)


「現地で核を探すか、仲間を集めるしかないよね」


「そうね。とにかく向かわないと話も進まないし」


 諦めきれないメアリーは、もう一度だけ受付嬢へ視線を向けた。しかし受付嬢は申し訳なさそうに目を逸らす。


 これ以上頼んでも無駄だ――。


「参ったな……」


 二人がギルドを出た、その瞬間――


 シュッ!


「危ない!ぐはっ!」


 一直線に飛来した矢が、メアリーの胸元を狙っていた。匠は咄嗟に彼女を突き飛ばし、自ら矢を受ける。


 幸い、島へ向かう前に新調した肩当てが衝撃を受け止め、矢は深くは刺さらなかった。


「匠様!」

「一旦ギルドへ戻るぞ!」


 二人はすぐさま建物へ飛び込む。


 刹那――。


 ドドドドッ!


 背後の扉へ何本もの矢が突き刺さった。もし外に立ち止まっていたら、蜂の巣になっていただろう。


「ギルドマスターを呼んでくれ! 命を狙われている!」

「えっ? そんな……この街で襲撃なんて……」


 海運と漁業で栄えるバースは治安の良い港町だ。受付嬢は信じられないという表情を浮かべる。

 匠は黙って肩当てを外し、深々と刺さった矢と、防具に開いた穴を見せ、重ねるように矢尻に塗られた黒紫色の毒を見せた瞬間、受付嬢の顔色が一変した。


「ほ、本当だったんですね!」


「転移魔法陣まで護衛を頼む。」


「かしこまりました! すぐに手配いたします!」


 この後の対応は早かった。

 大柄なギルドマスターが姿を現れると、状況を一目で察し、即座に冒険者たちへ指示を飛ばす。


「周囲に潜む暗殺者を捕らえた者には賞金を出す! 総員、街を封鎖しろ!」


 武装した冒険者たちが一斉に街へ飛び出していく。

 しかし、敵もさるもの――。


 気配を察した暗殺者たちは、蜘蛛の子を散らすように忽然と姿を消し、ついに一人も捕らえることはできなかった。


「転移魔法陣まで護衛を付けよう。迷惑を掛けたから料金は取らん」


「ありがとうございます」


 ギルドマスターはカウンターに置いてあった毒矢を摘み上げ、鋭い目で眺める。


「……この矢羽根も毒も、フィルモアの暗殺者が使うものによく似ている」


「そうですか……情報ありがとうございます」


 その言葉を聞いた瞬間、匠の脳裏にフィルモア城で受けた数々の仕打ちが鮮明によみがえった。


 城内での暴力と暗殺未遂。


 そして、華奈との仲を引き裂こうとした連中――。


 この国に自分の居場所など、最初からなかった。


(俺の居場所を奪い、今度は命まで狙うのか……)


 匠は今、ヨハネの庇護下にあり、その事実を知る者は限られている。

 砂鉄を採りに訪れた際、誰かに姿を見られ、その情報がフィルモアへ流れたのだろう。


 国を跨いで暗殺者を送り込める人物など、一人しか思い浮かばない。


 フィルモア国王――ミラード。


(ミラード……お前だけは絶対に許さない。この力は、お前を討つ時に使ってやる――)


 胸の奥底から、沸々と怒りが込み上げる。


 匠は指にはめた、レオンから借り受けた指輪へ静かに視線を落とした。


 命を削ってでも、この力を使う日は必ず来る。


(ミラードだけは、絶対に許さない)


 そう心に刻むと、匠はメアリーに決意を悟られぬよう、何事もなかったかのように手を下ろす。


 ※※※※※


【転移魔法陣】


「それじゃ、旅路を祈っているよ」


「最後に世話になったね、ありがとう」


 大楯を装備した冒険者に守られ、匠とメアリーは無事転移魔法陣がある広場に到着する。


「匠様、さあダームウェルまでひとっ飛びですよ」


「ああ。行こう。俺たちで何とかするしかない」


 やがて転移魔法陣に魔力が流し込まれ、眩い光が二人を包み込む。


 光が弾けた次の瞬間――。


 二人の姿は、次なる目的地ダームウェルへと消えていた。


 まだ誰も知らない。この旅が、匠の運命を大きく変えていくことを――。

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