再会は突然。
【村の闘技場】
高熱の白い火球から発せられる熱波は、確実にメアリーを焼き殺そうとしていた。
「ヒャァァァァー、熱い熱いよ!」
立ちすくむメアリーを見て、誰もがナーガの圧倒的な勝利を確信した。
「さあ、あんたは消し炭《《猫》》になるとよ!」
真っ白な火球はさらに膨れあがり、メアリーの全てを焼き尽くす勢いで迫る。
まさに、絶体絶命――。
(ああ、今から詠唱しても間に合わない……!)
あの『フレア』を防ぐには、きちんと詠唱を完了させた光系の防御魔法でなければ耐えられない。
逃げ場を失ったメアリーには、無理を承知で防御魔法を詠唱するか、あるいは諦めて、その火球をまともに受け止めるか、その二択しか残されていなかった――。
もう終わった。誰もがそう確信した、その瞬間――。
ギャォォォォォン!!!
空を震わせる咆哮――。
次の瞬間、巨大な影が闘技場へ落ちてきた。
ズドォン!!
白炎の前へ舞い降りたその影は、翼を盾のように広げた――。
ズバァーン!
轟音とともに爆炎が巻き起こる――。
激しく立ち込める煙が晴れたそこには、傷一つ負うことなく、悠然と立つ若いワイバーンの勇姿があった。
「ファ……ファル?」
なんと、いつか一緒に遊んだあのファルが、二人の間に割って入り、メアリーをその身で守ったのだ。
ファルはアングィスから「メアリーに危険が迫れば守れ」と命じられ、ペンダントに導かれてずっと陰から見守っていた。
ガルゥ!
ファルは翼を静かに畳むと、ナーガへ向けて鋭い眼光を突き刺した――。
「貴方様は……我が部族が崇める神の使徒、ファルム・ワイバーン様……!」
その立派な佇まいを目にした瞬間、ナーガはそれまでの好戦的な態度を一変させ、その場に平伏した。
プライドをかなぐり捨て、片膝を突いて深く頭を垂れる。
「クルルルー」
そんなナーガには目もくれず、ファルはメアリーを慈しむような優しい瞳を向け、スリスリと大きな身体を寄せてきた。
「えっ? やっぱファルだよね? そうだよね!」
「キューン、キューン」
久しぶりの再会――。
以前より少し大きくなってはいたが、間違いなくあのファルだ。
甘えるように泣くその姿は、また遊ぼうと言っているみたいだった。
「よかったぁ……!」
メアリーはその大きな頭を愛おしそうに抱きしめる。
当然、それを見ていた村人たちの反応は――。
「貴、貴女様は……神の眷属であらせられるのですか!?」
「このファルとアングィス様とは仲良しなの!」
「ヒィェェェェ! なんちゅう恐れ多いことやちゃが!」
もう、この後の展開は想像通りだった。
ファルとメアリーを目の前にして、全ての村人が一斉に片膝を突き、最大限の敬意と平伏の態度をとる。
――要するに、一件落着であった。
「じゃ、ファル。ちょっと待っててね」
「キュワーン!」
もはや、ここの村人と争う理由など、どこにもなくなった。
あとは長老たちに事情を話せば、この島での騒動も終了だ。
なにせ、目的だったレアアイテムの『爪』は、わざわざ命がけで戦わなくとも、大仲良しのファルから直接貰えばいいのだから――。
【族長の館】
「サーペント様の眷属のお知り合いとは知らず、誠に申し訳なかった」
非を詫びる族長は意外にも若く、こちらに合わせて訛りも薄くなっていた。
メアリーが「もう気にしていません」と笑って答えると、その場にいた者たちは一様にほっとした表情を浮かべる。
「ところで、匠様はどうして追いかけられていたんですか?」
「実は匠様は村へ来られ、メアリー様を探してほしいと頼まれたのですが、その……私が対価が必要だと申したところ……」
族長はこんな事になるとは思ってもみなかったのか、ひどく申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
そして、無理難題を押し付けたナーガと言えば――。
「……私が、対価として匠様と結婚させてくださいと申し出たのです――」
一方の一目惚れしたナーガは顔を真っ赤にしながら顛末を話す。
既に淡い恋心は霧散したのか、最後は神妙な面持ちに変わる――。
「ちゃんと最後まで人の話を聞かなきゃダメですよ! それと、人助けに対価を求めるのも禁止です!」
「「はい!反省します!」」
二人ともここまで懲りれば、もう安易に対価を求めることもないだろう。
すべてが一件落着し、匠もようやく安堵したのか、笑みを浮かべていた。
「……というわけで、俺は逃げるしかなかったんだよ……」
「確かにそりゃ逃げるわ!あはは」
そして、騒動の結末は終わりを迎える。
次なる目的地に向かうため、とりまメアリーが動く――。
「斧を貸して!」
「はぁ、宜しいですが、何をお切りになるのですか」
「ファルの爪よ!」
「なっ!? お、お待ちください! ファル様のお身体に刃を向けるなど言語道断です!」
無謀なメアリーを慌てて諌めるシェーシャは、首に下げていた少し小さめの爪を手に取る。
「ファル様と同じファルム・ワイバーン様の爪になります。お詫びに受け取ってください」
「それじゃ遠慮なく貰います!」
ファルの爪も人間の爪のように伸びると思ったのかは分からないが、とりあえず無謀なメアリーに切られる事態だけは避けられたのだった。
「さあ、ファル!バースまでお願い!」
「キュワーン!」
バースまで船を出すと言われたものの、また遭難するのはこりごりだ。
それにファルも「乗っていけ」と言わんばかりに身体を低く屈めてくれた。
その厚い背に乗り込むと、メアリーと匠はエウリュアレ族の村を飛び立った。
※※※※※
【港町バース・空港】
大きな羽を広げたワイバーンが、超低空で人目を避けるように空港の端にフワリと降り立つ。
もちろん、匠とメアリーを乗せたファルだ。
「ここなら、騒ぎにはならないでしょ!」
装飾されていない素のワイバーンが現れれば、パニックになるのは目に見えている。だからこそ、誰もいない広い場所を選んで降りたのだ。
「ワイバーンに初めて乗ったけど、意外に怖くないもんだな……」
飛び立った直後こそ足がすくんでいた匠だったが、ファルが展開した範囲魔法のおかげで風は穏やかになり、空の旅は驚くほど快適だった。
……もっとも、その快適さ以上に意識を奪われていたのは、背中にぴたりと押し当てられたメアリーの豊かな胸の感触だったのだが――。
それは本人だけの秘密である。
「うーん、このままファルを待たせても駄目だろうし、村に送るにもテイマーがいないし……」
バースまで戻ってこられたのはファルのおかげなのだが、このまま連れて歩くわけにもいかない。
かといって、一人で帰らせるのも心配だ。
メアリーは腕を組み、頭の中で解決策を考えていた。
その心配する気持ちが伝わったのか――。
『ねえ、メアリー。僕ね、アングィス様の命令で、ずっと君を見守る役目だったんだ』
「ウヒャ! 頭の中に喋りかけてきたよ……そうだったのね。ありがとう、ファル」
以前は一方通行だったが、これでファルとメアリーは完全に繋がった。
アングィスは、自分の知らないところでも見守ってくれていた。
その優しさが胸に染み、メアリーは思わず頬を緩めた。
『うん。でも、人間の国には行けないんだ。だからここでお別れ……でもね。これからは命令じゃない。僕が勝手に、遠くから君を見守るよ』
別れを惜しむメアリーはファルの頭を優しく抱きしめる。
ファルもそれに応えるように、「キューン、キューン」と名残を惜しむように鳴いた。
「ワイバーンだ!」
静かな別れのひとときを過ごしていると、不意に遠くから威勢のいい叫び声が聞こえてきた。
いくら低空で人目を避けるように飛んできたとはいえ、これだけの巨体だ。やはり、いつまでも人目を欺けるものではない。
「ファル、ありがとう。じゃあ、またね!」
大騒ぎになる前に、飛び立つ時が来たようだ。
ファルは大きな翼を広げ、ふわりと浮かび上がる。
そして――。
ブワァ!
低空のまま水平線の彼方へ飛び去り、メアリーはその姿が見えなくなるまで、小さく手を振り続けていた。
やがて小さな影となったファルは、青空へと溶けるように消えていく。
「……またね、ファル」
潮風だけが、静かに頬を撫でていった。




