匠、めっちゃモテ期。
巻き込まれ体質のメアリーは…………。
【メドゥファル島】
このメドゥファル島には、絶対神サーペントを崇拝する『エウリュアレ族』という部族が古くから存在している。
彼らは近代化を嫌い、昔ながらの神話と言い伝えを信じて暮らす、俗にいう秘境の少数民族――いわゆる原住民だった。
羽を織り込んで作られた腰巻に、蛇を模したターバンのような被り物を頭に巻き、手には無骨な槍を携えている。どこからどう見ても、現代の文明人には見えない風体だ。
【翌朝・メドゥファル島の海岸】
「匠様と逸れちゃった……。どうしよう」
荒海に呑まれ、匠と離れ離れになったメアリーは、砂浜に打ち上げられ、朝になりようやく意識を取り戻した。
不安に駆られながら立ち上がった彼女だったが、その姿はすでに原住民に捉えられ、そしていつもの様に厄災が忍び寄って来る。
「ありゃナイチーの女やが」
じわじわと昇る朝日の光の中で、木陰で休んでいたメアリーを、エウリュアレ族の村人たちが発見したのだ。
「おお、こげな所におなごがおるちゃが! 海からの贈り物やっちゃが!」
「じゃがじゃが、はよ捕まえるちゃが」
それにしても訛りがひどい。南方系特有ののんびりとした喋り方は、まさに少数民族そのものだ。
彼らは警戒心を滲ませながらも、メアリーに向かってジリジリと間合いを詰めてくる。
「ちょっと、あんた達は何言ってるか全然分からないわよ!」
異変に気がついたメアリーは、即座に拒絶の声を上げた。それと同時に頭の中では、「もう! 絶対この流れは貢ぎ物よ! 今度は逃げれば勝ちね!」と考えていた。
湖での一件といい、どうにも彼女は「貢ぎ物」にされやすい星の下に生まれているらしい。
前回の教訓を活かし、捕まる前に脱兎の如く逃げ出そうとしたが――。
「捕まえたちゃが」
「ぎゃーっ!?」
運悪く、反対側で待ち伏せしていた仲間に挟み撃ちにされ、虚しくも捕らえられてしまった。
トラブル体質はきっと生まれ持った天性なのだろう。がっくりと肩を落としたメアリーは、仕方なく眼帯を外した……。
「こげなべっぴんさんは、シェーシャの嫁にするのがいっちゃね?」
「じゃがじゃが、はよ縛らんと」
美しいメアリーの姿を見て、完全に勘違いした村人たちは、今度はたぶん位の高い者の嫁に最適だと言いだし、縄で縛り上げようとする。
しかし、今のメアリーには最強の武器があった。すっと面を上げると――。
「――魅力!」
魔力を帯びた玉虫色の瞳からスキルが発動する。その妖しい光を見た村人たちは、一瞬にしてメアリーの虜となった。もうこうなればお手の物だ。
「ちょっと、あなたたち! 私を一番偉い人のところへ案内しなさい!!」
「そ、そげん怒らんでいいちゃが。ちゃんと案内するちゃがぁ……」
手のひらを返したように骨抜きになり、親切になった男たちに傅かれながら、メアリーはそのまま丁重に村へと案内されることになった。
【エウリュアレ族の村】
「ついたちゃが。ここが俺たちの村やがね」
「うわぁ……思いっきり高床式だし。やっぱり秘境の集落って感じね」
身につけている衣服から薄々察してはいたが、よく言えば素朴、悪く言えば原始的な光景だった。
村の入り口から見える高床式住居の並びを見てメアリーが呆れていた、その時だった。
「ムリィィィ! 結婚なんか無理だって! 勘弁してくれぇぇぇっ!!」
「はぁ? ……何あれ、匠様が青春ダッシュしてる?」
メアリーは我が目を疑った。
離ればなれになって心配していたはずの匠が、なぜか村の中を必死の形相で爆走していたのだ。
「逃げないでー、将来の旦那様ぁぁぁ! さあ、ナーガと深く熱い愛を育むのです!」
なんと、小麦色の肌の健康そうな少し小さめな女の子に、追いかけられながら、匠は涙目で逃げ回っている。
そのあまりに情けない姿を見て、メアリーの口角がニヤリと上がった。
「プークスクス! 匠様ってば、実はトラブル体質なんですねー」
「あっ! メアリーじゃん! 頼むから何とかしてくれぇ!」
メアリーの姿を見つけた匠は地獄で仏に会ったような顔をした。
能力的には並の男である匠だが、さすがに追ってくる少女を力ずくで張り倒すわけにもいかず、完全に手詰まりだったらしい。
全力疾走のままメアリーの背後へと滑り込み、そのまま隠れた。
「うわぁぁぁ、何よその立派な双丘! この発情期の泥棒猫め!」
「キィーーッ! まだ何もしてないのに! なんで私が泥棒猫呼ばわりされなきゃいけないのよ! これで3度目よ!?」
追ってきた女の子は、メアリーの有り余る胸元を睨みつけ、匠に付き従う不埒な女だと勘違いしたらしい。
嫌味全開で罵倒してくる少女に対し、メアリーも青筋を立てて怒り心頭だ。このままだと一触即発のキャットファイトが始まりかねない。
普通この様な状況だと村人が匠を押さえつけるのが定番だろ。だがしかし皆一様に生温かな目で眺めるに過ぎない。
「ふん……なるほどな。淫らな女よ、その男が想い人というわけか!」
その群衆のなかでじっと観察していたナーガの兄――シェーシャが、腕を組んで不敵に鼻を鳴らした。
「は? いや、違っ――ッなんで乙女なのに淫らなのよ」
「我が妹ナーガの恋路を邪魔するならば容赦はせん! 」
「いや待てよ、話を聞けよー!」
「このような男女の縺れは、戦士らしく決闘で決めるのが道理だ。さあ、我が妹と勝負しろ!」
せっかく無事に再会できたというのに、あまりにも脳筋すぎる提案が飛び出す。
匠とメアリーは同時に深く、深いため息をつきながら頭を抱えた。
「脳筋だ!あかんヤツだ」
「なんでこうも単純なのかしら、嫌になっちゃう!」
どっかの騎士団と同じで、こういう奴は上から押さえつけないと冷静になれない人種らしく、道理で皆大人しく様子を伺っていたのだ。
「……はぁ。もう、分かったわよ。サクッと終わらせてあげるわ」
売られた喧嘩は買うしかない。
結局、メアリーがその理不尽な決闘を直々に引き受ける羽目になるのだった。
原始人相手に魔眼なら楽勝だ。
さっさと終わらせてレアアイテムゲットを目指す為、ポキポキと首を回し準備運動を始めた――。
【村の闘技場】
この脳筋バカは、何でも決闘で解決してきたのだろう。
驚いたことに、集落の中にはご丁寧に自前の闘技場まで用意されていた。
とはいえ、丸太の柵でぐるりと仕切られただけの簡易な広場で、大した広さはない。
「それではこれより、ナーガと淫らな……えーーーと」
「メアリーだって言ったでしょ! このポンコツ脳筋!」
「……ゲホン。それでは、ナーガとメアリーとの決闘を始める!」
シェーシャは咳払いを一つすると、慣れない標準語で開始を宣言した。どうやら村外から来た相手への配慮らしい。周囲を囲んでいた村人たちも、それに応えるように一斉に拳を掲げた。
「おおぉぉぉっ!!」
「ナーガ! やっるちゃが!」
「ヨソモノには負けちゃいかんとよ」
地響きのような歓声が闘技場を揺らす。その熱狂ぶりは、まるで祭りそのものだった。
「……この人たち、本当に決闘が好きなのね。ま、サクッと終わらせるわ。――はい、チャーム♡」
「あんた、何ウインクしとるとね?同性愛の趣味はないとよ」
「え゛っ?――嘘、まさかのスキル無効化っ!?」
ナーガは首を傾げ、不思議そうな顔をした。そう、彼女には特製のお守りがあったのだ。
「なにやちょると、私に愛の告白でもするとね?」
(だったら、これならどう!?)
メアリーはすかさず、チャームより強力な魔獣を従える『テイム』の波動をナーガへと放ってみる。
しかし――。
「えっ、テイムも弾かれた……?」
どうやら魔法もスキルも、一切効いていないらしい。
よく見ると、ナーガの首元には小さな羽を模した青い首飾りがあり、それが淡く妖しく輝いていた。
(ええっ!? この流れって、やっぱり泥臭いキャットファイトになるの!?)
嫌な予感は見事に的中した――。
ナーガは獲物を追い詰める獣のように、じりじりと距離を詰めてくる。
取っ組み合いなど一度も経験したことのないお嬢様育ちのメアリーは、俊足の華奈の猛追を防いだあの道場と同じように逃げ回るしかなかった。
だが、今回は助けてくれるアングィスはいない。
「さあ、今度は私の番やがね」
ダンッ!!
地面を蹴ったナーガの姿が、一瞬ぶれた。
気づけば既に懐へ潜り込まれ、腰へ腕を回されていた。
「速っ!?えっ!?」
「はぁっ!」
鮮やかな腰投げが決まり、メアリーの身体はふわりと宙を舞う。
「きゃあぁぁっ!?」
受け身の取り方を知らないメアリーは、そのままゴロゴロと地面を転がる。
ナーガは柔術の心得があり、それなりの腕前のようだ。
メアリーが受け身も取れないと見るや、既に力量を見抜いたのか、余裕の表情を浮かべていた。
「さあ、掛かってこんね、泥棒猫さん」
「ひゃぁぁぁっ!」
魔法無効化という最悪な状況に、立ち上がったメアリーは、反射的に踵を返す。もうそれしか生き残る術はない――。
「逃げても無駄やがね」
「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇ!」
もはや敗北は確実だった。
必死に逃げ惑うメアリーを見て、ナーガは小さく息をついた。
「もう終わりにしちゃる――それじゃ、私の得意な火球を喰らって炭になりなさい」
埒が明かないと判断したナーガは、決着を決める為に両手をゆっくり掲げた――。
「ヤダヤダ、なんでまた焼かれなきゃならないのよぉぉぉ!」
「我が敬愛するファルム・ワイバーンよ、力をお貸しください。紅蓮の業火で焼きつくせ!――フレア!」
ナーガが天高く掲げた両手の間に現れたのは、赤ではない。
青白く輝く灼熱の火球だった。
(え……白炎!?まずい……これ、本気で当たったら焼け死ぬーーっ!!)
メアリーの顔色は、一瞬で絶望の青へと染まるその瞬間だった――。
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