目まぐるしく変わる日々。
色々大きく動きますよ!
【フィルモア王国・華奈の執務室】
フィルモアへ戻った華奈は、鍛錬と近衛騎士団の職務に追われる日々を送っていた。
だが――。
執務室で一人になると、その仮面はあっさり外れる。
「ああもう、あの日のタクちゃんの表情が頭から離れないよぉぉぉ」
誰もいなくなると、決まってあの日のことを思い出す華奈は、悶々としている。
会いたい。でも会えない。会えば決意が揺らぐ。あの日見た匠の寂しげな表情が、今も胸を締め付けていた。
想い人を忘れられず、華奈は机に突っ伏した。そんな時、不意にコンコンとノック音が響く。
「失礼するよ華奈殿。伝言を頼まれてきたんだよ」
姿を現したのはウィラード団長だ。珍しく穏やかな表情を浮かべている。
「あら、何か良いことでもありましたか?」
仏頂面の四角四面のウィラードが和かに現れる時には、決まって良い知らせの時だから、華奈は思わず口角をあげる。
「メアリー嬢はどこか知らないが、ちゃんと安全に過ごしているらしい」
「口頭ということは……メルド村からですか。まああの子のことだから元気にしてればいいかな」
バースで逃げるように姿を消したメアリーのことを思った華奈は、何とも言えない笑顔でクスッと笑う。
そして――。
「メアリー《《も》》と書かれていたらしいから、あの娘なりに、伝えたかったんだろう」
匠が生きている。それだけで十分だった。華奈は小さく微笑む。
「……ありがとう、メアリー」
※※※※※※
【ツヴェルク帝国・最先端素材研究所】
一方その頃――。
匠は、たたら製鉄に不可欠な砂鉄を手に、玉鋼を精製すべく、研究所へ籠もり、朝から晩まで炉と向き合う毎日を送っていた。
「匠君、まかせっきりで悪いね。政務を疎かに出来んのでな」
「問題無いですよ、薪と砂鉄の配合、投入のタイミングなど細かく記録を残しますので、後で実践してみてください」
玉鋼は作れる。しかし狙い通りの品質を安定して生み出すには、薪や砂鉄の配合、投入の順序まで、すべて数値化しなければならない。
「ふぅ、とりあえず狙い通りに出来たな。さて鍛治に回すか」
幾度もの試行錯誤の末、ケラを取り除くと、良質な鉄塊が顔を出し、狙い通りの炭素量を確認し、鍛冶職人へ回す。
しかし、試作を重ねるたびに砂鉄が不足し、その都度、港町バースへ調達に向かい、満足のいく品が完成した頃には、気が付けば数か月が過ぎていた。
そして気になるトラブル体質のメアリー嬢といえば、暇を持て余し遊んでいる訳ではなかった――。
※※※※※
【少し前・ツヴェルクの森】
「我が力の根源たる精霊に命令する――スピアショット!」
ギャン!
「同時攻撃は5体が限界かな?」
冒険者として依頼をこなしながら、メアリーは実戦を通して攻撃魔法の精度を磨いていた。
「わわわ、凄い精度と破壊力よねー」
「うん、もう国お抱えの魔法士並みねー」
冒険者仲間から賞賛を受けながら、ヨハネの紹介で知り合ったドワーフの少女たちとパーティーを組み、実戦経験を積んでいた。
「次はワイバーンの生息地を下見したいです!」
「承知しました!」
ワイバーンを捕獲し、メルド村へ送り込む計画まで立てていた。
ちゃっかり者のメアリーは、異国にも関わらず、しっかりと稼いでいた。
※※※※※※
【フィルモア城・ミラードの執務室】
平和な日常が流れている時こそ、悪意もまた静かに忍び寄っていた……。
「ああ、ゴーレムの建造費用が捻出できない。まだまだ数が足りないと言うのに」
ゴーレム建造には莫大な資金が必要だ。しかし思うように集まらず、ミラードは額を押さえた。
「陛下、ルシフェリア聖教のゴッドフリー司教がお見えです。用件は資金援助だそうです」
「おおそれは丁度良い、早く通せ」
その言葉を聞いた瞬間、ミラードは椅子から立ち上がった。金策に走る者にとって救世主なのだろう。先程までの苦味走った表情が少し和らぐ。
「ゴッドフリー司教様がお入りに成ります」
やがて、黒い法衣に身を包んだゴッドフリー司教が静かに執務室へ入る。
その佇まいは不気味なオーラが纏っているように薄気味悪い。
入るなり深々と頭を下げ、ミラードに対し敬意を表する。
「ミラード陛下。いつもルシフェリア聖教を贔屓にして頂き、ありがとう存じます」
「この前の資金提供、心より感謝する」
新興宗教の台頭を許したのは、単純に金だ。
このルシフェリア聖教もそれに倣い、多額な寄付金で布教活動の許可を得たのだ。
「それで用件とは何ようだ」
「先日のお礼も兼ねて、我々は莫大な資金を提供できるとお約束しましょう」
司教は薄く笑みを浮かべながら、机の上へ金貨の詰まった革袋と、大きな魔石を並べる。その莫大な量にミラードは目を細め、ひげを撫で始めた。
「……それで見返りは?」
「奴隷、孤児、流民……不要な者たちを我々へ譲っていただきたい。」
「対価と同様の頭数を準備するとしよう」
即決するミラードにとって、奴隷など、どうでもいいことだ。
「ありがとう存じますミラード陛下」
司教は穏やかに微笑み差し出された手を握り、契約が結ばれる。
引き取られた者は選別される。
子供は孤児院へ。
女は娼館へ。
有能な者には仕事。
そして価値のない者は――
『生まれ変わりの部屋』へ送られる。
そこはルシファー復活の儀式に捧げる、生贄を選ぶ場所だった。
「ガハハ、愉快愉快、これでゴーレムが作れるぞ」
その日の内に手に入れた大金は、即座に送られ、ゴーレムは次々と量産されてゆくだろう。
これで魔人族と対抗できる戦力が出揃う未来を想像するミラードは満足げに笑った。
「ミラード陛下、至急お耳に入れたいことがございます」
「どうした、何か急用か?」
司教が部屋を出るのを待っていたかのように、匠暗殺を画策していた側近がミラードへ歩み寄り、小声で耳打ちした。
その切迫した表情に、ただ事ではないとミラードも察する。
「あの匠が魔人族領を出て、バースに頻繁に出没しているとの報告が入りました」
「これは実に都合がいい。国外で片付けば誰も疑うまい。失敗は許さん。確実に息の根を止めろ」
現地の密偵から、匠が砂鉄の調達のため何度も港町バースへ出入りしているとの報告が王都へ届けられていた。
ミラードは口元を歪め、不敵な笑みを浮かべる。国外で始末できれば、自分が黒幕だという証拠は何一つ残らない。華奈も、愛する男の死を不運な事故として受け入れるしかない――そう考えていた。
※※※※※※
【ツヴェルク帝国・最先端素材研究所】
「これ絶対ダメ!見せちゃダメ!!」
メアリーは新聞を丸め、炉へ放り込む。
「何だよそれ」
「ただのゴシップ記事です!の、オホォォォ――」
匠は気にすることなく作業に入る。
だが、噂話ほど風が吹くよりも早く話題になるのが世の常だ。
炉の準備を手伝う作業員は、フィルモア出身の匠を見つけると寄ってくる――。
「そういえば匠様、フィルモアの姫騎士が婚約したらしいですね」
「あーあーあー」
いち早く気がついたメアリーは聞かせてなるものかと妨害するが、時既に遅く、匠は修羅の表情に変わっていた。
「これはミラードの策略ですの!」
「それでも……だ。あり得ないよ……」
その叫びは、もう匠の耳には届いていなかった。
(婚約だと――)
匠は唇を強く噛み締める。
「理由はどうであれ、裏切った事には変わりはない」
華奈は自分を生かすため、あえて憎まれる道を選んだ――。
そう信じたかった――だが、そのわずかな希望さえ婚約の報せは打ち砕く。
(……やっぱり違ったんだ)
匠は力なく目を伏せた。
「私が止めに行きます!何かしら事情があるのです!」
メアリーは必死に否定する。
――だが、匠の瞳からは、いつもの温かさが消えていた。
「いいよ。それより呪いを解くのが先だろ。……手伝うよ」
「えっ……」
あまりに淡々とした返事に、メアリーは胸が締め付けられる。
(違いますわ……)
いつもの匠様なら、こんな時に簡単に割り切れるはずがない。
本当は誰よりも傷ついているのに、平気なふりをしているのだ。
(だから……私が傍にいなければ)
そう言い聞かせるように、小さく息を吐き、無理にでもいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「分かりました。――それでは早速旅支度をしましょう」
匠は何も言わず、小さく頷いた。
二人の目的地は――魔法皇国ウィッシュランドだった。
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