逢わない方が互いの為。
すれ違い……。
【バース・繁華街】
ギリギリのところで華奈との遭遇を回避したメアリーは、心臓をバクバクと鳴らしながら、急いで匠の姿を追っていた――。
「メアリー様、何かございましたか?」
「説明は後です! 匠様を探してください!」
飛び出したメアリーの後を、護衛の女性が血相を変え追って来た。
程なくして人混みの中に黒髪を見つける。
「匠様! もうお買い物は済みましたわ! 一旦ホテルに戻りましょう!」
「えっ? どうしたんだよ、そんなに急いで」
「暑いからです! 早く早く! ホテルに戻って、冷たい飲み物でも頂きましょう!」
今ここで華奈の存在を話せば、匠が何をしでかすか分からない。
そう判断したメアリーは、有無を言わさず匠をホテルへ押し戻した。
【同じ頃・更衣室前】
さすがに水着のまま店を飛び出すわけにもいかず、華奈は地団駄を踏んだ。
「ああ、もう……! やっぱり見失っちゃったよ……!」
大急ぎで『索敵スキル』を展開してみたものの、メアリーはすでにスキルの感知圏外まで逃げ延びた後だった。
静まり返った店内で、華奈の胸に一抹の不安が過る――。
(なんで私から逃げなきゃいけないの?)
メアリーが自分を避ける理由があるとすれば――。
(……メアリーはタクちゃんと一緒にいるから逃げたんだよね?)
華奈は、匠も近くにいると確信した。
だが、なぜこの港町にいるのかだけは見当もつかなかった。
※※※※※
【高級ホテル・新館】
ホテルへ逃げ帰ったメアリーと匠は、冷房の効きが悪い旧館ではなく、涼しい「新館」の喫茶コーナーで一休みの最中だ。
「はぁ~……! やっぱり新しい建物の方が涼しいですよね! ここ、トロピカルアイスティーが有名らしいですよ」
「じゃあ、同じものを二つ頼もうか」
ひんやりとした店内で喉を潤し、ようやく落ち着きを取り戻したところで、メアリーは改めて思考を巡らせる。
(……フィルモア国王が来ているなら、団長も当然ここにいるわよね?)
何気なく喫茶の壁に掛けられた会議室の利用予定表に目をやったメアリーは、そこにバッチリと刻まれた王国の紋章を見つけてしまう。
(このすぐ近くにフィルモアの精鋭たちがいる……!)
メアリーの背中を冷や汗が伝った――。
「飲んだらいきましょうね〜(汗)」
その後、喫茶の席を立った匠は、廊下の先にある会議室の前で、見覚えのある制服を着た近衛騎士たちが直立不動で立っているのを見かけた。
(……ウィラードか、今さら会う気はない)
隣でメアリーが「ひぇっ……!」と喉を鳴らして超ビビっている中、匠は他人のフリをしてその前を平然と素通りした。
(やば、やっば~……! 心臓止まるかと思ったわよぉ……!)
メアリーが胸を押さえ、廊下を曲がったまさにその瞬間だった。
背後で重々しい会議室のドアが開き、ウィラードを先頭に、ミラード国王とフリード国の重役たちが出てくる気配がした。
「――ではミラード陛下、これより我が国の特産品を、旧館にてご案内いたします」
「ああ、そうだね。案内を頼むよ」
扉が開いた直後、ビクッと肩を震わせて振り返ったメアリーは、案内されるウィラードたちの姿を発見した。
しかも、彼らが自分たちと全く同じ方向に向かって歩いてくる。
(嘘でしょ!?)
メアリーは反射的に匠の腕を掴み、旧館へ続く階段へ引っ張った――。
「ちょっと匠様、あっちの階段から回り道しましょう! ほら、急いで!」
「おいおい、引っ張るなって、急にどうしたんだよ……」
焦るメアリーはそのことを彼に勘付かせないよう、匠と視線を合わせた瞬間、その瞳に魅了を、ほんのちょっぴりだけ込めて発動させた。
(お願い、今は私だけを見て……っ!)
匠の意識は、一瞬だけメアリーに引き寄せられた。
※※※※※
【中庭】
同じ頃、メアリーの目撃情報を頼りに大急ぎでホテルに戻っていた華奈は、中庭を探し回り、小さく足踏みをしていた。
「ああ、もう! 何なのよ、ここでは索敵スキルが完全に防がれているわ……!」
一刻も早く見つけるために『探索スキル』を発動したものの、結界に阻まれ、何の反応も返ってこない。
(どこに行ったの、メアリー……。もしここにいるなら、タクちゃんも、絶対に近くにいるはずなのに……っ!)
華奈がホテル中を探し回る頃、二人はすでに去っていた。
※※※※※
【翌朝早朝・中庭】
華奈はいつものように木剣を構えた。
「……なんで、あの場所にメアリーがいたんだろう」
だが、その意識は昨日の出来事から離れない――。
(……だけど、もし会えたとして、私はどんな顔をすればいいの? ごめんね、タクちゃん……)
擦れ違いは、心の擦れ違い――。
今、彼と会うわけにはいかない。会えば、この爪に刻まれた呪いを話してしまいそうになる。
寂しい風が頬を撫でる。気づけば華奈の頬を、一筋の涙が伝っていた。
※※※※※
【港町バース・午後】
ミラード国王は精力的に視察をこなし、騎士団は先行部隊と直属の警護を交互に入れ替え、昼食以外は休む暇もないほど忙しかった。
「華奈殿は、先に飛空艇に乗船して周辺警備をお願いします」
「承知した」
最後の視察を終えれば、あとは飛空艇に乗り込み、バースを出立するだけだ。
一日中走り回った華奈とウィラードは、最後まで気を抜くことなく業務に邁進していた。
一方、匠たちの砂鉄採集も、これといった問題もなく、順調に終わっていた。
「砂鉄採取以外、やることはないのですね」
「ああ、あとは土産を買って帰るだけだ」
作業員に採取を任せ、匠たちはカフェテリアで昼食を取っていた。
「匠様、結局、海には入れませんでしたね」
「まあ、遊びに来たわけじゃないからね」
海水浴場以外では、吸血虫が出ると聞き、メアリーは早々に諦めていた。
「ツヴェルク帝国に戻ったら、たたら製鉄を再開しましょう」
「そうだな。楽しみだ」
ゴトゴトゴト――。
フィルモアの紋章を掲げた馬車が、匠たちの目の前を通り過ぎる。
ほどなくして交通規制が解除されると、匠たちもまた、その後を追うように飛行場へと向かった。
【飛空艇・内部】
「やはりフィルモアの飛空艇は動きが鈍いな。重量物の運搬を優先すると、あんなものか」
技術者であるヨハネは、先に舫を解いたフィルモアの飛空艇の鈍重さについて、不満げに語り出した。
スピードに特化した自分たちの船に比べ、あちらは注文通りとはいえ満足のいく出来ではないのだろう。
(まあ、基本は飛行船と同じ原理だし、あんなもんじゃないかな)
匠は日本で得ていた知識を余計に語ることはしなかった。
もし原子力やジェットエンジンのことまで話してしまえば、一生ツヴェルクから帰れなくなるのは間違いないからだ。
「それでは出港準備に入ります」
副官の指示でツヴェルク帝国の飛空艇の舫が解かれた。
浮遊魔法による独特の「フワッ」とした感覚と共に船体が浮き上がる。
「さぁ匠君、ツヴェルクに帰ろう。向こうの船はトロいだろ」
「そうですね――」
上昇速度の違いをこの目で確かめようと、匠は見渡しの良い観測用の窓に近づいてゆく。
そこには並走するように高度を上げるフィルモアの飛空艇があった。
そして艦外のデッキで周囲を警戒する、1人の黒髪の女性近衛騎士が目に留まった――。
「華奈……っ」
「タクちゃん……っ」
それは、あまりにも残酷な偶然だった。
互いの船が並んだその瞬間。深層意識のどこかで探し合っていた二人の視線が、空の上で、まっすぐに交錯した。
手が届きそうで、決して結ばれない距離。
二隻の飛空艇は、それぞれ別の空へと進んでいく。
声も、手も届かない。
それでも二人は、互いの姿が見えなくなる最後の瞬間まで、その場から目を逸らすことはできなかった――。
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