擦れ違い。
ニアミス編です。
【港町バース】
数十時間の空の旅を経て、一行は翌朝早く、フリード中立国家にある港町バースへ到着した。
「馬車での移動を考えたら随分と早いですね」
「そうだろうそうだろう。ここは元フィルモアの貴族が統治していた所なんだよ」
この国は漁業で栄え、かつてフィルモア領から独立した珍しい小国だ。
【バース飛行場】
眼前に広がる青い海に目を奪われていると、ヨハネが不意に、港の一角を指差して声を潜めた。
「……匠君、あれはフィルモアの飛空艇だよ」
「えっ、そうなんですか?」
新たに整備されたばかりの飛空艇用空港。
そこには、ツヴェルクの最新鋭機とは異なる、フィルモアの国旗を掲げた一隻の美しい飛空艇が、静かに羽を休めていた。
ミラード国王が、飛空艇の初飛行ルートとして選んだ場所。それが、自国の領土に程近い、この南端で一番栄えている港町バースだったのだ。
その飛空艇には、護衛のウィラード、そして華奈も乗っていた。
潮風が吹き抜ける港町。
すぐ近くにいるはずの互いの存在に気付かぬまま、匠と華奈の、もどかしくも切ない「すれ違いの旅」が、ここから幕を開ける――。
※※※※※
【翌朝・ホテル旧館】
匠たちは歓迎を受け、その日は何事もなく過ごした。
宿泊先は町で唯一の高級ホテルだった。質実剛健を重んじるツヴェルクは宿代の安い旧館を選び、フィルモアは新館を利用している。
そして翌日。初めての外出となるわけだが、何せこの町は南国なのだから――何よりも服装選びが重要だった。
「もう! この町は何でこうも暑いのですか!?」
朝からプンスカ怒っているのは、『あったか下着』のままのメアリーだった。
南国の暑さに、冬服のままでは到底耐えられない。
「旅先がコロコロ変わるから仕方ないよ。とりあえず――涼しい上着を買いに行こう」
「そうですねー! 早くいきましょう!」
目的の砂鉄採取に向かう前に、まずは服を揃えることになった。
繁華街へ入ると、メアリーは女性の護衛を伴って匠と別れ、買い物へ向かった。
※※※※※
【フィルモア使節団の宿泊先・新館】
フィルモアの一行は同じホテルの新館に宿泊していた。
旧館とは出入り口が別になっており、連絡通路を通らない限り出会うことはない。
「これからフリード国の重役たちと税金についての話し合いが行われる。護衛は少数で事足りるので、華奈殿はご自由に過ごしてください」
「わかりました。部屋で待機しているので、何かあったら声を掛けてください」
「華奈様! 明日は視察でお仕事なんですから、今のうちに町に行って息抜きしましょうよ!」
ウィラードから「仕事はない」と言い渡された瞬間、待ってましたとばかりに近衛の先輩たちが華奈を誘い始め、既に両脇をがっちりと抱え込んでいた。
ウィラードとしても、休日すら近衛の修練場で過ごすことが多い生真面目な華奈に、少しでもゆっくりして欲しくて休みにしたらしい。
「……わかりました。お言葉に甘えます」
ウィラードが優しく微笑み、その目の奥に込められた労いの意味を理解した華奈は、素直にそれを受け取って着替えのために部屋へと戻っていった。
※※※※※
【バース・繁華街】
華奈たちは、目抜き通りの商店街へ足を運んだ。
「ねぇ華奈様! 水着を買いましょうよ!」
「ええっ……? いいよ……」
南国らしく、町行く人々は半袖半ズボン姿ばかりだ。それでも華奈は、長袖の白いシャツに麻のパンツという装いを崩さなかった。
「さあさあ! 折角の海なんですから!」
「ああ、もう……」
脳筋なパイセンたちの押しに負け、華奈はカジュアルな衣類店の暖簾を跨いだ。
「水着を買って、海に誘ったら匠様が嫌がるかな?……」
同じ店では、既にTシャツに短パン姿へ着替えたメアリーが、水着を物色していた。
華奈との距離はわずか十メートル。しかし互いに買い物に夢中で、その存在には気付いていない。
「華奈様って引き締まってるのに胸もあるし」
「ええ、まだ十代ですし、日頃から鍛えているから……」
「あ、向こうにすんごく美人で巨乳の地元民がいましたよ」
パイセンたちの何気ない会話の中に、メアリーの存在が含まれていた。
至近距離にいるとはいえ、こんな場所で出会うなど思ってもみなければ、当然意識は向かない。
きらびやかな水着を見つめながら、華奈は少し物悲しそうな顔をした。
(……こっちにきて、少し大きくなったんだよね。タクちゃんに見て貰いたいけど――)
日本にいた頃より、少しだけ大人びた体つきになっていた。
そして至近距離にいる巨乳美少女は結構派手な水着を手にしている。
「とりあえず試着だけでもしたいな~! 大きすぎるのも不便なのよね」
そう呟きながら試着室に入るメアリー。
この時、華奈との距離は5メートルにも満たなかった。そして――。
「じゃあ、思い切って買っちゃおうかしら!」
「それが良いですよ華奈様! スタイル抜群な艶姿、ぜひ見たいです!」
「いやーん! 姫騎士華奈様の水着姿なんて、神々しすぎて眩しいですよ!」
女性が三人ともなればお喋りは止まらない。それどころか、声のボリュームもどんどん大きくなっていくのが常だ。
(……え?――今……華奈様って言った?まさか……)
騒がしいパイセンたちの声は、真隣の試着室にいたメアリーの耳へと筒抜けだった。
心臓をドクンと跳ね上がらせながら、彼女はそっとカーテンの隙間を開き、外の様子を伺った。
(あっ……やっぱ、間違いないわ……!)
横顔だったが、黒髪は珍しく、見間違えることはない。確かに薄い壁の向こうに、華奈がいる。
確認できた途端、全身に緊張が走った。
(やばい、鉢合わせだけは避けないと……)
もう水着などどうでもいい。一刻も早くこの場を立ち去らなければ。
そんな焦燥感が急加速していく――。
シャーッ。
メアリーは覚悟を決め、カーテンを開けた。
パイセンたちへ目も向けず、反対方向へ歩き出し、そのまま店を後にする。
「ヤッバ……! ギリギリセーフだったわ……」
メアリーは振り返ることなく店を出ると、そこでようやく大きく溜息を漏らした。
バックバクと鳴り止まない鼓動を押さえながら、彼女はこの衝撃的な事実を、匠に話すべきかどうか激しく迷い始めるのだった。
――それから数十秒後の試着室。
「うわぁ! やっぱりめちゃくちゃお似合いですよー!」
メアリーが店を出たすぐ後、真っ白なワンピース姿の水着を纏った華奈が試着室のカーテンを開けた。
「ビックリしちゃうわ。私、そのプロポーションになりたい!」
「もう完璧ですね。……そういえば、隣にいた巨乳ちゃんはなんで眼帯なんて付けてたんだろ?」
「えっ? 眼帯――ねぇ、もしかして、金髪で瞳は青い子だった?」
「ええ、そうですよ! こーんなに胸が大きくて、何故か右目に黒い眼帯を付けてました」
(メアリーが……すぐ隣にいたなんて! 探しに行かなきゃ、でも、その前に……!)
金髪、巨乳、そして黒い眼帯。その特徴が揃えば、この世界にメアリーしかいない。
華奈もまた、この見知らぬ南国の町に、ずっと捜し続けていた人物がいることに気が付くのだった――。
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