飛空艇。
ウィシュランド魔法皇国の国家元首、デゥエンディが巻き起こした前代未聞の騒動は、両国の威信に関わる問題であるため、秘密裏に処理されることとなった――。
【総統府・ヨハネの執務室】
無事に助け出されたとはいえ、あられもない姿にされたメアリーの怒りは頂点に達していた。
「ヌヌヌッ!堂々とあの変態王を断罪しなさい!この国の沽券にかかわる問題です!」
「まぁそう言うな、特大の貸しが作れたからな。我が国としてはこのままが一番いい形なんだよ。君も貴族なら理解できるだろ」
執務室に入るなりヨハネに激しく詰めより、怒りは収まりそうにない。
ヨハネは政治問題だからと宥めるが――
「だって! 大事な大事な私のあられもない姿をあんな変態に見られて……」
「まあそう言うな」
「あんな事になるなんて……もうお嫁にいけなーい!(大泣)」
激おこになったかと思えば、次はメソメソと泣き始める。どうやっても収拾がつかない状況に、部屋の空気は重くなる一方だった。
「まぁまぁ落ち着いてメアリー……」
ちなみに匠はというと、救出の際、あられもない姿を目にしてしまっていたため、宥めるにもあの時の事を指摘されないようおどおどしている。
「はぁ……仕方ないな。ほれ、これをやるから機嫌を直しなさい」
ヨハネがやれやれと首を振りながら棚から取り出したのは、職人の技が光る煌びやかな金色の首飾りだった。
それを見た瞬間、守銭奴メアリーの瞳が$マークに早変わりし、瞬時に涙が引っ込んで機嫌を直したのは言うまでもないだろう。
こうしてツヴェルク帝国での騒動は幕を閉じ、二人の旅は次の国へ向かう――はずだった。
「よし匠君、明日は砂鉄を取りに行こうか」
「えっ、僕もですか!?」
「砂鉄のことなら君が一番詳しいんだから、当然だろう」
ヨハネの職人魂に火がついてしまった結果、ツヴェルク帝国とフィルモア帝国の南端に位置する、境界線の港町へと向かうことが強制的に決まってしまったのだった。
※※※※※
【翌日・最先端素材研究所】
「そもそも行く当てのない旅なので別にいいですけどー」
「まぁ良いじゃないか、旅費も浮くし、知見も広がるし」
ヨハネの要望を拒否できる筈も無く、匠と不満タラタラなメアリーは旅支度を整え研究所に出向く。
転移魔法陣での移動と思いきや、ヨハネに案内され屋上へと上がる。程なくすると水平線の向こうに黒い影が現れ、みるみるそれが大きくなってきた。
「おお、飛空艇ですか! 初めて見ました!」
「そりゃ初公開だからな。それに君が一番最初の客だよ」
ヨハネが自慢げに指差した先には、帝国の最新技術の結晶である、空を飛ぶ巨大な船、飛空艇――。
帝国試作高速魔導飛空艇『烈風』
ウィシュランドやフィルモアへ納入した量産型とは異なり、高速性能に特化した試作機だった。
スチールグレイの流線形の船体はいかにもスピードが出そうだ。
「これに乗るのよね……すんごく嫌な予感しかしないわ」
「何事も経験だよ、さあ行こう」
タラップが降りた瞬間、メアリーは初めての飛空艇に恐怖を感じたのか慄いている。ワイバーンの背中だと平気なのに、なぜここで及び腰になるのか分からない。取り敢えず背中を押して機内へと押し込んだ。
「さあ、バースに向けて発進だ!」
国家元首が乗り込んだので艦長はヨハネだ。大きな声で指示を出すとフワッとした浮遊する感覚と共に、足元に向けて重力が感じられ、烈風は見る見る大空へと舞い上がっていく。
※※※※※
【ユートリア大陸・南西】
「どうだい? 世界初の飛空艇から眺める景色は」
飛び立ってすぐ、ちょっと離れると言って、席を立ったヨハネが戻って来る。国家元首でありながら、現場に立つことを何より好む男だった。
そしてどこまでも続く地平線を見ながら、ヨハネは得意げに腕を組んだ。
「最高ですね。これは遊覧飛行だけでも商売になりますよ」
「ははは、それはいい提案だな」
眼下には広大な森が広がり、上空は雲一つない穏やかな空の旅だった。このまま何事もなく目的地へ辿り着く――誰もがそう思っていた。
――その時だった。
ギャアアアァァッ!。
突如、眼下から急上昇してくる無数のワイバーンが見えた。
「多数のワイバーン確認! こちらへ急速接近中!」
警告とも威嚇とも取れる咆哮が響き渡る。それとほぼ同時に、観測員の大声がキャビンにこだました。
このままでは火球の集中攻撃を浴び、飛空艇は墜落しかねない。だがキャプテンシートに座るヨハネは慌てる事無く伝声管に向かって叫んだ。
「ワイバーン接近。各員迎撃準備。可及的速やかに脅威を排除せよ!」
ヨハネの掛け声とともに、控えていた魔法士たちが船外にあるデッキに飛び出る。すぐさま機銃のように据えられた魔法の杖を構え照準をワイバーンに合わせた。
「ファイアスピア!」
「ライトニングアロー!」
対空に特化した攻撃魔法が次々と迫りくるワイバーンに向かって放たれ、次々と屠られてゆく。だが仲間を撃ち落とされたワイバーンたちは完全に激昂し、一斉に飛空艇へと襲いかかってきた。
「ふん、空飛ぶトカゲなど相手にならんわ。緊急回避だ。この船の底力を見せてやれ」
「ラジャー!」
操縦士がレバーを引いた瞬間
ゴワァァァ!
魔導機関が唸りをあげ急加速し始めた。仲間を撃ち落とされ激昂したワイバーンは、魔力を推進力に変え猛追してくる。
「トカゲはトカゲだ。さっさと振り切れ」
烈風は速度だけでなく機動性にも優れていた。可変翼を展開すると曲芸飛行のように、左右へ鋭く旋回して猛追を逃れようとする。
「きゃぁぁぁ!」
「メアリー捕まれ!」
「ダメですのぉぉぉ」
ただ、座席ベルトをしていなかったメアリーは床の上をゴロゴロと転げ回り、匠が手を伸ばし捕まえようとするが、あと僅かな所で逃してしまう。
「きゃぁぁぁ! 止まりませんのよぉぉぉぉ!」
ごろごろ、ごろごろ、ごろごろ――。
「あっ」
ぽーん。
「メアリーーーッ!!」
あろうことか、開きっぱなしの扉から外に投げ出されてしまう。可愛らしい悲鳴を残し、メアリーの姿は青空へ吸い込まれていく。
眼下には、遥か彼方の大地――。
ギャギャャ!
この高さから落ちれば助からない――。
さらに落下するメアリーを獲物と認識したワイバーンたちは、一斉に口を開けて迫ってきた。
「ひぃぃぃぃぃっ!」
普通なら絶体絶命。だが、メアリーは普通ではなかった。――魔眼解放!虹色の瞳が妖しく玉虫色に輝く。
「テイム! テイムだから! テイムだし! もうテイムだって!さぁ私を助けなさい!」
必死にテイムするメアリーの魔眼から放たれた玉虫色の光が、まるで目からビームのように四方八方へ迸る。
「ガルゥ???」
「ヒャン!」
そしてワイバーンの瞳から敵意が消え――。ふわり、と彼女はワイバーンの背中へ着地した。
【飛空挺・キャビン】
襲ってきたほぼ全てのワイバーンをテイムしたメアリーは、彼らの怒りを鎮め、巣穴に帰るように指示を出す。そして背中に乗った新しい使い魔を操り無事飛空挺に戻ってくる。
「短い間だったけど、ありがとう」
「キュワァァン!」
このまま使役して帯同させる訳にはいかず、ここでお別れにすると決め、最後に解放すると命令を出す。その子は別れを惜しむように鳴き声をあげ、大空へと戻っていった。
「さすがメアリーだね、一時はどうなるかと思ったけど」
「えっへん、もっと褒め称えていいのですよ!!」
満面の笑みで戻ったメアリーに対し、乗組員から盛大な拍手を送られる。
両手を腰に当て、大きく胸を張るメアリー。
褒められて伸びる性格なのは相変わらずである。そんな賑やかな様子を、少し離れた雲の陰から一頭の飛竜が静かに見つめていた。
キューン。
空の彼方から、小さな鳴き声が響く。
雲間から姿を見せたのは、以前メアリーが遊び相手になったファストワイバーン――ファルだった。
アングィスから託された使命を胸に、ファルは静かに翼を翻す。
そして深い森の奥へと消えていった――。




