技術者魂に火がつく。
トラブル体質のメアリー⋯⋯。
【翌朝・街外れ】
「証拠というか、繋がりを見つけたらそれ以上は深追いしないほうがいい」
「まぁ私、トラブル体質なのでそれ賛成です」
匠たちはさらに確実な証拠を掴むため、治安の悪い地域へと足を運んでいた。
警戒しながら裏路地を進み、ひっそりと佇む怪しい武器屋へと潜り込む。店内の棚を見回した匠は、思わず小さく息を呑んだ。
「これは魔王城でみた武器ばかりだ……」
そこにあったのは、明らかに人間が使うサイズではない、魔人族が好む形状のダガーや、筋力に優れた魔族用の超大型大剣。――やはり、ツヴェルクは裏で魔人族に武器を密輸している。
「動くな――」
確信を得て武器屋を出た、その瞬間だった。周囲の路地から、突如として数十人の黒装束の集団が湧き出るように現れた。
「メアリー、大人しく従うほかない」
「もう、まだに何にもしていないのにぃぃ。泥棒猫呼ばわりされないだけマシかぁ」
昨夜の比ではない圧倒的な数。抵抗する隙すら与えられないまま、匠とメアリーはそのまま一気に拉致されてしまった。
※※※※※
【ツヴェルク帝国・国家情報局】
裏路地で捕まった俺とメアリーは、ずた袋を頭に被せられ、どこかの建物へと連れ込まれた。視界を完全に奪われたまま、なされるがままに連れ回され、最後は座面の硬い椅子へと乱暴に座らされる。
「フガ?フガッ!?」
メアリーと離れ離れにされるのではないかと危惧していたが、どうやらすぐ近くにいるらしい。彼女は猿轡でも嵌められているのか、妙な呻き声が聞こえてくる。
程なくして、正面のデスクに誰かが腰掛けた気配がした――そう思った瞬間、乱暴に頭の袋を剥ぎ取られた。
「フガァァァ!」
「クッ……!」
しかし、直後にガツンと顔面に激しい照明を当てられ、俺は眩しさに目を細める。
光の向こう側、デスクの奥に誰かが座っているのは分かるが、逆光のせいで不気味なシルエットしか見えない。
重苦しい沈黙の中、その影――尋問官らしき男は淡々と、二人の素性について冷酷な問いを重ねてきた。
「フィルモア王国、名誉貴族のメアリーと信じていただけましたか」
彼女は素直に村の経営、ワイバーンの暴走、そして魔人族領に入り捕虜のような状態だったが、匠のおかげでこの国まで来られたと話した。
「悪かったね、貴女の身元は確認した。だが匠とやらの記録は不可解なことが多いな」
「何度も言うように、俺はフィルモアを追い出され、メアリーと一緒に行動しているだけだ――」
俺は魔王レオンに懇意にしてもらって旅をしているとは言わず、「条件付きでここを訪れた」とギリギリ嘘ではない範囲の事実を伝える。
まぁ、信じようが信じまいがそれは向こうの勝手な判断だ。どのみち今の俺の状況だと、この先は神頼みしかない。
「……安心しろメアリー嬢の身元が判明したので今回のことは不問だ。それより、その二振りの剣だが――誰の所有物だ?」
この時ばかりはメアリーの身分に感謝だった。その権力で疑いが晴れたのはいいが、その男の興味は匠が手にしていた二振りの剣に興味が移ったらしい。何はともあれ変な罪をなすり付けられないことだけは確かだ。
「……一本は、俺の故郷の剣だ。そしてもう一つは、フィルモアのウィラード団長に貰ったものだ」
その言葉が室内に響いた瞬間――。
逆光のシルエットが、ピクリと不自然に大きく動き、微かに鼻で笑った。
「ほほう。……これはな、ウィラードに頼まれて私が直々に打った剣なんだよ。お前、それをどこから盗み出した?」
「いや、盗んでない! 魔人族領に来る前、餞別として彼から直接預かっただけだ!」
必死に弁明するが、シルエットの男の疑いの目は晴れない。そりゃ口だけなら何とでも言える。影の男が誰なのか分からない現状では、何が正解かも見えてこない。こうなれば、相手の出方に誠実に答えるしかないだろう。
「まあ、盗人でもそれくらいの言い訳は浮かぶだろうな」
「俺は腐っても剣士だ。盗んだ物を使うほど落ちぶれちゃいない」
「では聞こう。ウィラードの妻の得意料理は?」
カマかけを兼ねた、あまりにも具体的な尋問。普通の盗人なら到底答えられない質問だ。
しかし、俺の脳裏にはフィルモアを離れる直前の記憶がありありと蘇っていた。あの、微妙な気持ちでいただいた肉の入った料理――。
「ああ、自宅の石窯で焼いたミートグラタンのことか? 魔人族領に飛ばされる直前、彼の家で馳走になったよ」
「…………」
『ミートグラタン』ときっぱり断言された瞬間、影の男はピタリと黙り込んでしまった。
俺はさらに記憶を手繰り寄せ、ぽつりと付け足す。
「確かウィラード団長は、『筋肉を付けるにはこの肉が重要だ!』とか熱弁しながら、ガツガツ食ってたっけな……」
「――ぷっ、はははは! 悪い、疑って悪かった!その話を知っているなら本物だ!」
先ほどまでの冷徹な空気はどこへやら、影の男は急に態度を軟化させ、親しげに声を上げて笑い出した。
いつもウィラードは、目の前にいるこの男に対しても「妻のグラタンは絶品だ」と自慢し倒していたのだろう。それが完璧な合言葉になり、尋問はあっさりと終了した――。
「そういうことか……だから、あの剣を」
「奴とは昔からの付き合いでな。筋肉バカだが、剣技も剣を見る目も一級品だ。だから一本打ってやった。――紹介が遅れたな。この国の元首、ヨハネだ」
照明が落とされ、ようやく視界が晴れる。
そこにいたのは、威厳を纏いつつも、どこか職人気質の頑固さを漂わせた男――。
ツヴェルク帝国の国家元首ヨハネだった。
彼は机の上に置かれた、もう一本の「故郷の剣」を触りたくて仕方がないのか、じっと凝視しながら俺の許しを待っているようだった。
「抜いて確認しても構いませんよ、ヨハネ様」
俺が許可を出すと、ヨハネは徐に鞘からゆっくりと刀身を引き抜き、些細な情報も見落とさぬよう鋭い視線を注ぐ。元から切先までじっくりと観察し終えたヨハネは、俺と向き合うと、ギロリと鋭い職人の目を向けた。
「……おい、匠君。この剣の素材は……一体何だ?」
「自分の故郷にある、少し特殊な鋼材で作られています」
芸術品のような日本刀を初めて目にしたヨハネの顔に、驚愕の表情が浮かぶ。
「これは特殊すぎる。ここで話す内容じゃない。ついて来い!」
ヨハネは興奮を隠そうともせず俺の腕を掴み、そのまま研究所へと引っ張っていく。
【ツヴェルク帝国・最先端素材研究所】
最先端研究所はその名の通り、ブルーに輝くミスリルやアダマンタイトらしき原石がゴロゴロと無造作に転がっており、一見するとただの倉庫のようだった。
だが、その奥にある重厚な扉が開かれると、数々の測定装置やミニチュアの炉などが所狭しと並ぶ、本格的な実習室へと案内される。
来る途中、ここは最高機密を集積した場所なので、「普通の一般人、それも他国の人間は絶対に立ち入れないぞ」と、彼は笑いながら教えてくれたのだが――。
「何だこの結晶構造は……! それにこの独特の波打つ刃文……ツヴェルクの最新技術を以てしても、こんな作品は見たことがないぞ」
すぐさま、俺の日本刀の解析が始まった。
数々の高度な解析装置を使い原料の特定を試みるヨハネだったが、自分たちの知る鋼材とは根本から違う性質に、驚きを隠せない様子だ。
炭素量の絶妙な調整。そして鍛造中に施されたことだけは理解できる見事な刃文。自分たちが誇る最高峰の技術すら、遥かにかけ離れているとだけは納得したようだった。
「それは『玉鋼』と呼ばれる希少な素材を作り出し、高温で熱しては叩いて鍛え上げた鋼材になります……」
「たまはがね……だと!? 聞いたこともない! どこで産出されるのだ? なあ、ちょっと詳しく教えてくれないか!」
ヨハネの目が一気に輝きを増した。国家元首である前に、彼はこの国最高峰の鍛冶師なのだ。未知の、そしてあまりにも美しい鋼を前にして、職人の血が騒がないはずがなかった。
「ええっ!? 今からですか!?」
「もう! お昼すぎの時間でしょ! お腹すいたぁぁぁ!」
「おっと、それは悪かった。――『飯を食わねば戦はできぬ』からな」
メアリーの一言でヨハネは我に返り、自身も腹が減っていることに気がついたようだ。一度没頭すると全てを忘れ集中する根っからの職人なのだろう。
メアリーが呆気にとられる中、ガツガツと流し込むように昼食を済ませ、現場に戻る二人の奇妙な共同作業が始まるのだった。
【昼食後】
匠の記憶にある日本の伝統技術『たたら吹き(たたら製法)』の説明を受けたヨハネは、早速試したくなり粘土を準備させる。
だが肝心の原材料の話になるとーー。
「砂鉄は酸化鉄だよな、今すぐには準備できないぞ」
「材料は後回しにして、炉の実用化を進めるために、屑鉄を利用しましょう」
本来の『たたら吹き』は、粘土で築いた炉に鉄砂と木炭を交互に投入し、三日三晩かけて風を送り続ける気の遠くなるような作業だ。
今回は材料として屑鉄を代用することになるが、炭素量の調整が出来ず品質を一定にできない反面、早く作れる利点がある。
俺にとってもヨハネにとっても初めての試みだ。まずは炉の実証を最優先に進めることにした。
「なるほど、魔法での急速加熱ではなく、木炭の燃焼温度と風量だけで、炭素を取り除くのか……! 面白い、この発想点はなかった」
ヨハネは子供のように目を輝かせ、匠の指示に従って汗だくになりながら炉に付きっ切りで炭をくべる。匠もまた、頭の中の知識と、ツヴェルクの高度な設備を組み合わせながら、玉鋼の元となる極上のケラをその手で生み出そうと熱を注いでいた。
鉄と炎が織りなす熱気の中、拉致されたはずの匠と、拉致したはずの国家元首ヨハネは、いつしか立場も忘れ、言葉を超えた『職人の絆』で結ばれていた――。
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