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枷と拉致。

華奈は勝負。

メアリーと匠は新天地に向かいます。

【闘技場】


「キャー、姫騎士華奈様〜素敵過ぎます〜」


 ウオォォォォ!!


 世紀の勝負はパワープレイという前代未聞の戦い方で、戦闘狂デゥエンディに圧勝した。

 王民は華奈に向けて賛美を送り、会場は轟かせるほどの声援に包まれていた――。


「それでは、私の勝ちという事で……」


 木剣を収めながら、華奈は何でもないことのように告げた。会場の声援は熱を増すばかりだ。

 だが、そんな胸のすくような結果に対し――。


「少し待て、華奈。お前の進退に関してデゥエンディ陛下から大事な話がある」


 その場の空気が一瞬で氷結する。特等席で見守っていたミラード国王の荒らげた声が魔導拡声器で広がると、不穏な空気が流れ始め、その表情は冷酷な政治家のそれへと切り替わった。

 一方、負けて悔しいはずのデゥエンディは顔を歪めることなく、不敵な笑みを浮かべている。


「華奈。素直に負けは認めよう。だが――」


 負けは負け。だが、それではこちらの疑念は晴れぬ、とでも言いたげな顔をしている。


「……お前のそのあまりに強大な力、我々に向けられぬという『確証』が欲しい」


(ほら、やっぱりね)


 デゥエンディの言葉は、一見もっともらしい大義名分だった。しかし、思考の根底にあるのは、戦略兵器への恐怖と、それを縛り付けたいという支配欲だ。

 張り詰める空気の中、華奈はフッと薄く笑った。その瞳には、明確な侮蔑の色すら混ざっている。


「それで? 私は何をすればいいのかしら。――初めから、勝敗に関わらず何かしらの『制約』を私に掛けるつもりだったんでしょ?」


「――ッ!?」


 華奈のあまりにも容赦のない、そして正確すぎる指摘に、デゥエンディの眉がピクリと跳ね上がった。客席に座るミラードも同様に、顔色を一瞬で強張らせる。


(……チッ、初めから俺たちを全く信用していない。これでは素直に呪いの制約を受け入れるはずもないか)


 デゥエンディは内心で舌を巻いた。

 彼らの算段では、強大すぎる力を理由に『人類の安全のため』という大義名分を押し付け、半ば強制的に『呪いの契約』を結ばせるはずだったのだ。


 しかし、華奈の言葉の裏には、『お前らフィルモアもウィシュランドも、最初から塵ほども信用していない』という明確な拒絶と確固たる意志が込められていた。


 ――私に首輪を着けたいなら、それ相応の『対価』を払いなさい。


 だが、それは制限を掛けたい側の浅はかな思考だった。続く華奈の言葉によって、彼らの目論見は木端微塵に打ち砕かれる。


「あのね、勘違いしないでほしいのだけど。私はボランティアで勇者をやってるわけじゃないわ――」


 華奈は、腰の剣の柄にそっと手を置いたまま、二人の王を値踏みするように見下ろした。


「私に『枷』をハメたいのなら、貴方達にも同じように枷を嵌めて貰うよ。私の条件でね。それで良いのであればもう一度交渉のテーブルに着くつもりよ。……それとも、力ずくでやります?」


 ――お前たちが仕掛ける枷の首輪など、最初から見切っている。

 ――私を縛りたければ、国ごと心中する覚悟で、お前たちの首も差し出せ。


 圧倒的な魔力を背景にした華奈のプレッシャーが、闘技場を支配する。その声音はどこまでも静かで、だからこそ「本気でやる」という狂気的なまでの説推力に満ちていた。


 勝っても負けても華奈をハメられると踏んでいた二人の王は、今や逆に「交渉の主導権を完全に握られた」ことを理解し、冷や汗をにじませるしかなかった。



 ※※※※※



【王立魔法物理研究所】


「それは契約というより呪いの一種じゃな。よくもまあ、二人の王を同じように縛るなんて、前代未聞じゃよ」


 枷を嵌めるにあたって、華奈はパパ・ヤーガを指名して強力な契約魔法を結ばせた。

 デゥエンディクラスの術者なら容易に解呪してしまう恐れがあったため、三人の血を用いて呪詛の性質を持たせたとんでもない代物だ。


「いいじゃない、これで奴らは私が庇護すると言えば手出しできないからさ」


 華奈の爪に冷酷に刻まれた契約術式。これによって、彼女は匠を追って魔人族領に向かい、寝返ることは不可能となった。


 そしてふたりの王には、その対価として――。


『納得出来ない命令には従わない』

『自分が庇護した者にも同様の権利を与える』


 とまあ、「人間側にいてやるから、好きにさせなさい」ということだ。もちろん約束を反故にすれば激痛が走り、それでもなお突き通そうとすれば、契約に従い死が待っている。


(タクちゃん、そっち側には付けなくなっちゃってごめんね)


 華奈が魔人族側に付く事が防がれ、平和は保たれる。それは王らにとっての悲願だった。しかし自由を得た代わりに、華奈は匠と共に魔人族側に寝返るという選択肢を失い、すっかり意気消沈してしまう。


「こちらにいましたか華奈様。メルド村より緊急の書簡が届いております」


 そんな彼女の元に秘書が訪れ、追い打ちをかけるように一つの報せをもたらした。

 開封した華奈は目を見開く。――


『メアリー様が行方知れずになりました。捜査のお手伝いをお願いします』


 それはネスレから届いた、メアリー失踪の知らせ。ワイバーンを調教中に行方不明になった、と記されていた。

 普通の書簡なら検閲され届くことはないが、近衛騎士とメアリーは親交が深い故、届いたのだろう。

 胸を騒がせた華奈はすぐさま騎士団長ウィラードに相談し、彼が各国に放っている密偵を総動員して、メアリーの居場所を探らせるべく動き出すのだった。



 ※※※※※



【工業国家ツヴェルク帝国】


 一方その頃。魔人族領を後にした匠とメアリーの二人は、古代の転移魔法陣を通り、鉄と火煙が立ち込める工業国家『ツヴェルク帝国』へと姿を現していた。


「……なぁメアリー。フィルモアと同盟関係にある国なんだろ? なんで敵対している魔人族と魔法陣で行き来できるんだ?」

「さあ……。でも、お互いに表に出せない『裏の繋がり』があるのは間違いなさそうね」


 疑問を抱いた匠は、まずその奇妙な関係性を調べるため、街の武器商を訪ねることにした。

 深くフードを被って人種を隠し、「魔人族が使う武器は取り扱っていないか?」と揺さぶりをかけ、嗅ぎ回ってみる。しかし、返ってきたのは「同盟国以外には一切武器は供給しない」という商人たちの固い言葉だけだった。

 情報は完全に閉ざされている。調査は一旦、振り出しに戻ってしまった――。


【宿泊先の安ホテル】


 その日の夜。

 メアリーと共に宿の部屋に戻り、扉を開けた瞬間――匠の身体が凍りついた。


「……誰だ」


「国家情報局の者だ。大人しく捕まってもらうぞ、不審者め」


 闇に紛れ、部屋の椅子に深く腰掛けていたのは、一人の黒装束の男だった。

 どうやら、昼間に匠たちが魔人族との関係性を嗅ぎ回っていたことが治安局に通報されたらしい。


「単なる旅人に国家情報局がお出ましとは、些かやり過ぎじゃないのか」


 荒事に関しては何もできないポンコツの匠だが、ここで取り乱せば即座に首を撥ねられる。冷汗を流しながらも必死に冷静さを装い、対話で何とかその場をしのごうとした。が――。


 チャリ!


 大人しく従わなければ力ずくで黙らせるという事だろう。ナイフを抜き、低く構えたのはそういうことだ。


「くそっ……!」


 なす術のない匠は、男の神速のナイフ捌きに翻弄される。致命傷だけは必死にいなしたものの、防戦一方で肌を切り裂かれ、瞬く間に満身創痍の状態へと追い詰められてしまった。


「――いい加減にしなさいよ、この木っ端役人がっ!」


ずっと背後で守られていたメアリーが、ついに痺れを切らして前へ出る。

黒い眼帯を外した瞬間、隠されていた魔眼が妖しく輝いた。


『魅了――!!』


不意を突かれた黒装束の男は、一瞬で術に堕ち、虚ろな目でその場に膝をつく――。


「……誰の指示で動いた。白状しなさい」

「……ヨハネ陛下の命令だ……」


(やっぱりな。探られたくない腹を探られたから、速攻で消しにきたわけか)


 原因の帰着に得心がいった匠は、傷だらけの身体を押さえながら、未だ魅了の術中にいる男を見下ろした。


「そのヨハネ陛下に伝えてくれ。俺たちは魔人族領から来た旅人だ。敵意は無い。そう伝えろ」


 黒装束の男にメッセージを託して解放した匠たちは、夜の帳が降りる中、この宿は危険と判断。すぐに裏口から脱出して別の宿にねぐらを変えた――。

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