華奈と戦闘狂。
【フィルモア王国・城内】
フィルモア王国の城内は、まるで蜂の巣を突いたような大騒ぎに包まれていた。
「戦闘狂が来る、失礼がないように準備を進めるのだ」
それもそのはず、ウィシュランド魔法皇国の国家元首――パパ・ヤーガをも凌駕すると噂される戦闘狂――デゥエンディが、数十年ぶりにフィルモア王国を訪れる。
「全く騒々しいわね。高々エルフの王様でしょ」
「華奈様、そう言うからミラード国王から直々の招待状が来ましたよ」
そんな喧騒を余所に、自分には関係のないことだと静観していた華奈の元に、一通の招待状が届けられた。
「あの糞狸は私に関わるなと言ったのに、何ようなの」
差出人は、あのクライドを倒した際に「二度と私に関わるな」と強く突っぱね、それ以来すっかり疎遠になっていたミラード国王だった。
「華奈様、この騒ぎと関係してますよね」
「まぁそれはそうでしょう。同盟国だし」
あの一件以来、頑なに連絡を絶っていた彼がわざわざ書簡を送ってきたということは、この慌ただしい城の動きと無関係なはずがない。
胸を騒がせながら開封すると、そこには慇懃無礼な文字が並んでいた。
――ウィシュランド魔法皇国のデゥエンディ王が、直々に『勇者・華奈』の拝謁を希望している。ついては、その場に出席してほしい、と。
(……ミラードの顔を立てる義理はないけれど、同盟国の国家元首が相手となれば、私の立場上、顔を見せないわけにはいかないか)
人間領における最強兵器としての影響力を自覚している華奈は、小さくため息をつくと、出席の返事を出すのだった。
※※※※※
【数日後・フィルモア城】
二隻の真新しい飛空艇が、フィルモア王国の上空へと姿を現した。
魔導機関で重力に贖い、プロペラを回し推進力を得る。ゲームによく出てくるアレと同じだ。
ウィシュランド魔法皇国の紋章が描かれた機体は、国王デゥエンディを乗せた就航後初のフライト。
そしてもう一隻は、フィルモア王国の紋章を掲げ、生産国であるツヴェルク帝国から送り届けられた機体だった。
「凄い迫力だな……」
フィルモア城の後方の一番最奥に作られた飛空艇専用の駐機場に、ミラードが姿を現わし、ゆっくりと接岸する飛空艇の雄姿を目に焼き付けている。
「陛下、こちらが我がフィルモア王国が注文した飛空艇になります」
「おお、ゴーレム運搬用の飛空艇が、やっと完成したのだな」
ミラードは魔人族との戦いに備え、水面下で軍備を進めていた。
この飛空艇も表向きは輸送船。しかし実際は魔人族との戦いを見据えた軍備拡張の一環だった。
もっとも、その程度では魔人族にとって脅威にもならず、静観されているのが現実である――。
【フィルモア王国・城内・謁見の間】
「ようこそ、我がフィルモア王国へ。遠路はるばる感謝いたす、デゥエンディ陛下」
城内へと入ったデゥエンディは、謁見の間で大勢の貴族や王族に囲まれ、熱烈な歓迎を受けていた。
だが、フィルモアの国王たちはもったいぶるように、今回の本命であるはずの華奈の話題にはすぐには触れようとしない。
「これからは、戦い方そのものが変わるやもしれん。我が国が誇る『ゴーレム』を、ぜひ陛下にも一目見ていただきたい」
「ほう、後ほどツヴェルク帝国に出向き視察に伺うとしましょう。……しかし、それが活躍するとなれば、我が国の出番は少なくなりませぬか?」
「はっはっは、そちらの魔石を買い取りますので決して損はさせませんよ」
一般へのお披露目はまだ先だが、集まった貴族たちにフィルモアの権威を知らしめるため、国王たちはわざとらしくゴーレムの話を大々的に展開している。
――そして、次はいよいよ、図らずもその横で静かに控えている華奈の話題に移る手筈だった。
「――なるほど、これが噂の勇者華奈ですか。だが、美麗で強大な『戦術兵器』を、首輪も無しに放し飼いにするなど、異常――いや、危険極まりないですな」
ついに、ウィシュランドの王・デゥエンディと華奈が正面から対面した。しかし、これが俺流の挨拶だと言わんばかりに、彼は華奈を鋭い眼光で射抜き、傲然と言い放ったのだ。
初対面の相手に向けられる言葉としては、あまりにも無礼であり、侮蔑に満ちていた。
けれど、ここで騒ぎを起こせば自分をハメようとするミラードの調略の思うツボだ。
華奈はグッと拳を握り締め、フツフツと湧き上がる青い怒りを強引に押し殺し、相手の機嫌を致命的に損ねないよう、慇懃な嫌味を返すことで大人の対応に徹する。
「初めまして、八雲華奈と申します。……ご高名なデゥエンディ陛下は、他国への挨拶の仕方もずいぶんと『独創的』でいらっしゃるのですね」
「ふん、言葉遊びなど不要。勇者よ、その力、我が杖で測らせてもらおう」
本物の戦闘狂であるデゥエンディは、そんな言葉遊びに興じるほど暇人ではなかった。戦いたくてうずうずしているのが、その全身から放たれる覇気で手に取るように分かる。
ここで相手の挑発に乗ればミラードが喜ぶだけだと理解している華奈は、なおも言葉選びを慎重にするしかなかった。
「勇者は見世物ではありませんのよ。そもそも、私がデゥエンディ陛下と剣を交える理由がありません」
「まぁ待ちなさい、華奈。これは致し方あるまい。デゥエンディ陛下は、戦場でこそ相手の価値を見極める王なのだ。其方もフィルモアの勇者であるならば、ここは堂々と受けて立つが良い」
決闘せぬ者は腰抜けと言わんばかりの言いようだ。横から口を挟むミラードは、是が非でも戦うことこそがフィルモアの勇者の務めであると、冷徹に追い込んでいく。
「――ということは、ミラード国王のお墨付きと捉えても宜しいですな、勇者華奈」
ミラードとは不仲だ。しかし、そのお膝元で暮らしている以上、外部の人間からは『国王の子飼い』と見られても仕方がなかった。
ここで強情に拒否し続けたとしても、結局はいつかデゥエンディと戦う未来しか見えない。
(どうせ茶番でしょ、勝とうが負けようが何かしら因縁付けるでしょう)
察した華奈はすっと目を細め、静かに覚悟を決めた。
「――わかりました。その決闘の申し込み、謹んで受領いたします」
結局、華奈はここで、己の剣を抜いて戦わざるを得なくなってしまうのだった。
※※※※※
【翌日・闘技場】
国賓の歓迎会が明けた翌日――。
他国の元首が直々に参戦するという前代未聞の決闘に、闘技場を埋め尽くした観客の興奮は最高潮に達していた。
華奈は近衛の戦闘服は敢えて選ばず、魔物討伐で着用した鱗龍の装備で固め、手にした木剣を無造作に構え、深く息を吐き出す。
「では――参ります!」
刹那、デゥエンディの側近たる精鋭魔法士たちが、一斉に牙を剥いた。だが、あのクライドすらねじ伏せた華奈の踏み込みは、彼らの常識を遥かに超越していた。
「ギャッ――!?」
「一本、それまで」
術式を発動する前に疾風のごとき剣技で、彼らを文字通り「瞬殺」してみせる。
「ククク、やはりそうでなくてはな!」
大取として進み出たデゥエンディが、狂気的な笑みを浮かべて杖を掲げた。
――二重詠唱。
同時に発動したのは、属性の異なる圧倒的な密度の破滅魔法。
天から容赦なく降り注ぐ『破滅の光条』と、現出した氷結の塔から降り注ぐ氷の槍は、全方向から華奈を襲い、捌き切れない刃が鱗龍の鎧に突き刺さる。
あまりの威力と手数の多さに、先ほどまで圧倒していた華奈の視界が、瞬く間に絶望で染まる。
「グハァッ……! クッソ……っ!」
それだけではない。死角を縫うように、極大の光条が容赦なく華奈の身体を焼きにいく。全身の細胞が悲鳴を上げ、衝撃で視界が歪んだ。
だが――これしきの絶望で折れる華奈ではなかった。
(……負けるわけにはいかない……っ! 私には、まだやらなきゃいけないことが――!)
脳裏をよぎる執念。華奈はパパ・ヤーガから叩き込まれた魔法技術を総動員し、全ての魔法攻撃を無効化する神聖魔法を繰り出し、デゥエンディの猛攻をいなす。
「我が光の精霊に求む。聖なる輝きを拘りとして、全てを無に帰せ――」
「ホーリー・ディアクティベート」
「なんだと!? 上位神聖魔法だと……っ! 舐めるな、『リフレクション』!!」
デゥエンディが放ったリフレクションを物ともせずに、破滅の光条一瞬にして霧散、凶悪な氷塊は白い水蒸気へと姿を変え、闘技場全体が真っ白な視界不良に陥った。
その視界ゼロの世界の中を――青い閃光が、デゥエンディへと急接近する。
ザッ!!
「さあ、これで終わりよ」
デゥエンディの杖から攻撃魔法が放たれるよりも早く、華奈の掲げた刃が、彼の喉仏へとピタリと突きつけられた。
「……バカな。俺は確かに『リフレクション』を発動したはずだ……何故だ……っ!?」
喉元に死を突きつけられながら、デゥエンディは驚愕に目を見開いていた。敗北の事実よりも、己の魔法理論を完全に無視された不可解さに、脳が追いついていない。
そんな最高峰の魔法士に対し、華奈はケロッとした顔で言い放った――。
「ああ、それ? 魔力を流しっぱなしにしてたから、最初の一撃を弾かれただけよ」
「は……っ!? あの上位魔法は魔力を馬鹿食いするはず――」
そう、巷の魔法士は脳筋ではない。術式に対して最も効率の良い「必要最低限の魔力」しか流さないのが鉄則だ。
だが、体内魔力量がバグっている華奈の場合は、そもそもの前提が違った。
『弾かれたなら、それ以上の魔力を継続的にそのままぶつければ良いじゃない』
そんな、小学生でも思いつくようなパワープレイを、脳筋娘は普通にやってのけた。
リフレクションの効果が切れるまで、攻撃し続ければいい。ただ、それほど単純な発想に至った理由は明快だった。
「私の方が技術では上だった筈だ。何故だ。意味がわからない」
「いやだって、魔法のテクニックで勝てるわけないじゃん? それなら――魔力を流し続ければいいじゃない」
「……」
開いた口が塞がらないとはこのことか。
あまりにも呆れるほどの脳筋思考に、知略と技術の極みにあるデゥエンディは、ただただ絶句し、敗北感を味わう事しか出来なかった――。




