華奈を陥れようとする悪意。
ウィラードの息子、ラインハルトとの顔見せは、クライドの姑息な策略によって、始まりを迎える前に、最悪な形で幕を閉じた。
そして翌日――。
【フィルモア城・客室】
早朝の、いつもの鍛錬を済ませた華奈は、決闘を前に自室へと戻っていた。
「華奈様、急いで朝食の準備をいたします!」
寝室でサッと着替えを終えて出てきた華奈の姿を見て、侍女が慌てて朝食をテーブルに並べ始める。
だが、用意された料理を一瞥すると、スキルウィンドが開き、毒物を表すサインが現れ、フォークの動きを止めた。
「……ちょっと待って。悪いけど、今すぐ毒見役を呼んできてくれる?」
「わ、わかりましたっ!」
華奈のただならぬ気迫に押され、侍女が血相を変えて飛び出していく。
そうして急ぎ呼び出された毒見役の侍女だったが――。
「これ、食べてみて」
「……」
侍女は料理を口に運ぼうとした瞬間、その場へ崩れ落ちた。
「お、お許しください……! 遅延性の痺れ薬が仕込まれています……っ! 逆らえば首にすると言われ、ごめんなさい」
涙ながらに白状した侍女を「もう大丈夫」と下がらせると、華奈は冷たく息を吐いた。
「クライドめ、そこまでして勝ちたいわけね。ソッチがその気なら私は決して許さない」
華奈はすぐさまウィラード団長へ連絡し、侍女を脅した実行犯の調査を依頼した。
そして、胸に怒りを秘めたまま、華奈は決闘の舞台へ向かった――。
※※※※※
【フィルモア城・城前広場】
「王族に対し決闘を申し込んだので、今回は特別に公開することとします。これより試合に関するルールを説明します」
審判が得意げに開催を宣言する。しかし華奈には茶番にしか見えなかった。観客席には悪辣な貴族だけでなく、王直轄の魔法部隊まで顔を揃えている。
(そこまでして勝ちたいのね……)
呆れながら、華奈は決闘のルールに耳を傾けた。
「刃を入れていない騎士団《《標》》《《準》》の剣を使うこと。二刀流はもちろんの事、盾の使用も認める。但し身体強化魔法の使用は禁ずる。このルールに則り正々堂々と勝負することを願う」
一見公平なルールに見えるが、実際は華奈の神速を封じるためのものだった。愛用のアダマンタイト剣も「標準品ではない」の一言で使用を禁じられる。
(公式な場にすることで武器を縛る作戦なのね……卑怯すぎる)
――あっ、そうだ!あの剣も確か標準品だった!
華奈の脳裏に、以前パパ・ヤーガが見せてくれた「魔法剣」が蘇る。
魔法を剣へ流し込める剣士だけが扱える希少な剣――。
この卑怯すぎる試合に勝つためには、どうしても手に入れる必要があった。
「それでは両者、試合の準備を始めなさい」
(チャンスよ、ヤーガはどこに居るの!?)
勝つための武器「魔法剣」がどうしても必要だ。大勢の観客の中からパパ・ヤーガを探し始めた。だが、会場にはローブ姿の観客が思いのほか多く、視認するのすら苦戦する。
「剣聖華奈様。お話があります」
観客席との境界線をウロウロしていると、一人の青年が慌てた様子で走りながら声をかけてきた。見知らぬ相手だったため無視しようと思ったが、彼の必死な表情に思わず足を止める。
警戒心マックスの華奈は、周囲警戒魔法を張り巡らせながらその青年と対峙した。
「必ず勝って、私との婚約を結んでください。それが、あなた様が『匠様』を待つための、一番の時間稼ぎになります」
「――え?」
よく見れば、その青年はウィラードの息子・ラインハルトだった。
昨日は紹介すらできなかった彼は、決意を秘めた眼差しで口を開く。
「実は……私にも、他に心から想う人がおりまして、今回の縁談はできれば破棄したい」
ラインハルトは穏やかに微笑み、本心を打ち明けた。
これ以上ない協力者の出現。そして「匠を待つため」という明確な大義名分を得た瞬間、華奈の胸に俄然気合が満ち溢れる。
――絶対に、ここで負けるわけにはいかない。
しかし、そんな決意を遮るように、無情な声が響いた。
「両者とも、戦いの位置に付いてください」
無情にも時間切れだ。パパ・ヤーガは見つからないし、このままでは圧倒的に不利な状況で戦わなければならない。だが、応援してくれるラインハルトに託せば、まだなんとかできる。華奈は咄嗟に思いつき、彼に耳打ちをした。
「そんな貴方に、折り入って頼みがあります。パパ・ヤーガ様を探して、魔法剣を持ってきてほしいと伝えてください!」
「わかりました。ちゃんと伝えます」
あの青年なら信用できる。そう確信した華奈は、弱りきっていた心を一瞬で投げ捨て、覚悟を決め勝負の舞台へと挑む。
【試合開始・直前】
「……わざと重い剣を選びやがって」
手渡されたのは、見た目こそ奴の物と寸分違わぬ騎士団標準の剣。だが昨日触れたものとは明らかに違い、腕へ異様な負荷がのしかかった。
周囲の観客から注がれる、負ける姿を渇望するような悪意ある目線。
対面に立つクライドの、勝ち誇った不気味なにやけ顔。
すべてが仕組まれた舞台の上で、「お前はここで惨敗するんだ」と無言の悪意が突き刺さってくる。
(……悪意の塊しか感じない。そう言うことなら、全部まとめて叩き潰してあげる)
華奈はフゥと深く息を吐き、今から爆燃するための酸素を肺いっぱいに取り込んだ。
周囲の雑音を意識から切り離し、ただ目の前にある敵の剣先をジッと見詰める。
「両者、宜しいでしょうか。それでは始め!!」
審判の鋭い号令が響き渡ると同時に、華奈の剣は青い魔力の帯を纏い、クライドの野望を撃ち抜くべく力強く地を蹴った。
ザッ!
(なんなんだこの剣、バランスが悪すぎる。汚い小細工を……!)
華奈が一気に踏み込み、鋭い突きを繰り出す。バランスがバラバラで切っ先がブレまくるが、そこは脳筋娘。強引に軌道をねじ伏せ、キッチリとクライドの胸元へ刃を向けた。
――ガキィィィン!
「中々のスピードだな、だがそれなら見切れるぞ!」
不敵な笑みを浮かべた《元剣聖》クライドは、ギリギリのところで刃をいなしつつ身をかわす。それどころか、強烈なカウンターとして大剣を薙ぎ払ってきた。
バキャァン!
(おかしい――標準品とはいえ重すぎる。身体のだるさ……まさか!)
重い風切り音を立てて、容赦ない横薙ぎが迫る。
華奈は咄嗟に刃を合わせ、どうにか首皮一枚で軌道をそらし、追撃を喰らわぬよう素早くバックステップで距離を取る。
「おっと、今のを避けるか。だが、いつまで付いてこられるかな?」
「くっ……!」
華奈は辛うじて攻撃をかわし、反撃の隙を窺う。
「……重いっ!」
ガキィィィン!
「剣筋が丸見えだぞ華奈!」
剣身へ密かに刻まれた術式によって、標準剣は異常な重量を帯びていた。
(やっぱり剣に細工が……!)
(流石はリミットブレイクした実力者か。何とかかわせるが、一発喰らったら終わりだな……!)
不敵に笑うクライド。しかし内心は余裕などない。百戦錬磨の元剣聖は焦りを隠し、華奈と激しく剣を交え続けた。
「どうした、動きが鈍いぞ! その程度か!」
クライドの余裕に満ちた声が、華奈の焦りをさらに煽る。
だが、そんな安い挑発に乗る華奈ではない。間合いを取りスピードを生かした突きの構えをみせる。
「かかってこい、色ボケ剣士。この間合いに踏み込めない臆病者め」
「なんだと……っ、お前こそ間合いを詰められないだけだろ!」
華奈は神速を活かせる間合いを保ち続けた。魔法剣が届くまでの時間稼ぎだ。
切っ先の届かない距離にクライドは苛立つ。しかし、不利と承知でじりじりと踏み込んできた。
「さて、反撃と行きますか」
不敵に微笑んだクライドが、並みの剣士とは比べ物にならない鋭さで踏み込んできた。それどころか華奈の神速に迫る勢いだ。
ギリギリの射程距離に入った瞬間、下側から地面の砂を巻き上げるような苛烈な斬り上げが襲う。
シュン! バキャァァン!
「く、ううっ……!」
華奈は受け流すように剣を捌こうとしたが、慣性が付いた剣は思った以上に重く、抗いきれずに前足が少し浮くほどの衝撃をまともに受けてしまった。
(ヤバい、直接受けると衝撃が半端ない……!)
練習で懸念していた事を、今まさに身をもって体験していた。打撃力が高く重い剣を、何度も受け続けた華奈の筋肉に確実に、容赦なく疲労が蓄積していく。
【観客席】
華奈から伝言を頼まれたラインハルトは、手当たり次第に探すのをやめ、思考を巡らせた。
(パパ・ヤーガ様はVIP扱いのはずだ。なら、中央の一番見晴らしが良い席にいるに違いない)
パパ・ヤーガなら特等席にいるはずだ。そう当たりを付けたラインハルトは中央席へ視線を走らせ、ほどなくその姿を見つけた。
「パパ・ヤーガ様、ラインハルトです。華奈様より至急の伝言を預かって参りました――『魔法剣』を所望、とのことです!」
ウィラード譲りの勘が働いた。ラインハルトは状況を即座に見抜き、パパ・ヤーガへ要点だけを手短に伝える。
「お、おう、分かった! すぐに探してくるわい!」
一方のパパ・ヤーガも、事前に華奈の剣技スタイルを聞いていた。それゆえ、彼女が今、遠くの魔導スクリーン越しに苦戦している理由を即座に理解したのだろう。
彼は老体に鞭打ち、おぼつかない足取りながらも、必死の急ぎ足で研究所へと向かい始めた――。




