打粉が暴いた、槍の秘密。
今回の話から異世界に向けて内容が加速します。
【本牧神社に向かう二人】
「怖いから、その槍はタクちゃんに任せるね」
「ああ、俺が家に持ち込んだものなんだし、それでいい」
槍を携えて家を飛び出した二人は、一刻も早くお祓いを受けさせるべく、本牧神社を目指して急ぎ足を進める。脳裏にいまだ残るあの少女の悲鳴を思えば、嫌でも焦りが募ってくる。
――そんな緊迫した状況なのだが。
(……クソ、手を繋ぐのが、めちゃくちゃ恥ずかしい……!)
いつもなら、幼馴染の距離感で何も意識せずに華奈と手を繋いで走るハズだった。しかし、今朝の『Cカップの感触』をそっくりそのまま引きずっている今の匠にとって、『不可抗力で腕が触れたらどうしよう』『君の柔らかな手』はあまりにも刺激が強すぎる。
とまあ、変な想像が働き、どうしても格段の緊張感を覚えてしまう。片手で十分持てるはずの槍を、あえて両手を使ってこれ見よがしに大事そうに抱えていた。要するに、ただの不器用な照れ隠しである。
(――タクちゃんに何かあったら、その槍、全力で壊すか、ぶん投げるから!)
一方、そんな匠の甘酸っぱいドギマギなど露知らず、華奈の意識は純粋な安全確保へと向けられていた。怪異の気配を察知し、いざとなったら原因である槍ごと物理的に排除しようと息巻くその姿は、さながら戦地で生き残りを賭けた特殊部隊の相方。
女子剣道全国3位の腕前を持つ『脳筋姫騎士』としては、これ以上ない正論の初動であった。
「……あ、見えてきた。あそこだね」
「ああ、急ごう。お焚き上げの煙が上がってる」
神聖な本牧神社の鳥居が見えてくる。しかし二人はまだ知らない。自分たちがこれほど深刻な顔で駆け込もうとしているその槍の内部で、ついさっきまで
「神様はエッチね!」
などという極めてIQの低い会話が繰り広げられていたという事実を――。
【槍内部・異空間】
――さて、外界の匠たちがドギマギと命がけの形相で神社へと急行している最中、元凶である槍の内部ではこんな会話が繰り広げられていた。
『アングィス様、なんか非常にまずい展開に突き進んでる気がするんですけどー』
『……メアリー、貴様は少しは緊張感というものを持て。我らが苦労して、せっかく見つけた勇者候補者なのだぞ』
『えー? でもさ、前の持ち主に物干し竿代わりにされていた事と比べたら、だいぶマシじゃない?(笑)』
『……. あれは人生最大の屈辱ゆえ、二度と口にするな!(オコ)』
アングィスにとっての「屈辱」の正体。それは、剣道具というものが重く、乾きにくく、何より『圧倒的に臭い』という冷酷な現実だった。特に「小手」に関しては基本的に洗うことがない。
――いやいや、可愛い女の子の香りなら別格でしょ?
などという甘い幻想は通用しない。手汗は頃合いの良い温度で確実に熟成を極め、想像を絶する悪臭を放つ。それが十数人分も物干し替わりの槍にぶら下がる事になれば、我慢どころか、高位の存在たる神にとってもはや拷問以外の何物でもなかったのだ。
『――プップ、確かにアレは臭いよねー(笑)』
『とにかく! このままあの男の暴挙を指をくわえて見ているつもりか!』
『だってぇ、「力を解放する時はしっかり熟慮しなさい」って、ドヤ顔で仰ってたのはアングィス様ですよー』
『う、ぐぬ……ッ!』
まあ、何とも変な奴らに見染められたものだ、と匠と華奈が知る由もない。
【本牧神社・境内】
「ハァ、ハァ……! 間に合った、まだお焚き上げやってる!」
「タクちゃん、とりあえず早くあの神主さんのところに持っていこう!」
境内にはパチパチと音を立てて燃え盛るお焚き上げの炎と、天へ昇る白い煙が広がっていた。脳裏の悲鳴に突き動かされ、一刻の猶予もないと限界以上の速度で駆け込んできた二人は、文字通り命がけの形相である。しかし、そこで匠の足がピタリと止まった。
「いや、この場合は強制的に、何も考えずに『屠る』のが一番だろ」
いちいち神主に許可を求めていれば、やれお祓いのお布施だとか、槍の処分は特別料金だなどと言われ、時間を取られかねない。それよりも、まずは速攻でこの厄を払うのが先決――それが、出雲無双流の申し子である匠の、極めて合理的かつ苛烈な結論だった。
「ふん!」
槍のケースを剥ぎ取った匠は、限界まで腕力を込め、燃え盛る炎の渦の中心部。
――最も温度が高い薪の山へと力任せに投げ入れた。
槍は激しく火の粉を舞い上げながら薪に突き刺さる。普通なら、みるみるうちに真っ赤に焼け落ちるはずだった。
――しかし、そんな外界の血生臭い修羅場など、知る由もないのがこの槍の内部である。完全に隔絶された異空間では、やはり相変わらずの呑気な会話が繰り広げられていた。
『なぬ、超絶敵視されているではないか。こりゃどうしたものか……』
『いっそのこと、振り出しからやり長します?』
『だな。この不快な熱風に当てられるのも、我の美意識が許さん。あまり力は使いたくないのだが』
さすがにこの不快な熱を嫌ったのか、相変わらず呑気なメアリーと、邪神(?)アングィスはこの状況を変えるべく、少しだけ力を使うことにしたらしい。
――次の瞬間、彼らの持つ力によって、物理の法則が歪み、匠と華奈は奇妙な光景を目にすることになる。
「あれ……消えちまったぞ」
「あら、意外と簡単だったわね」
槍は真っ赤に変色するでもなく、かといって燃え盛るでもなく、炎の中で揺らめいた瞬間、忽然と姿を消してしまったのだ。
とりあえず厄は払えたのだろうか。何とも言えない不可思議な経験に、二人はしばらく言葉を失い、パチパチと爆ぜるお焚き上げを見つめていた。
不意に薪の山が崩れ、激しく火の粉が舞い上がる。
「うわぁ、もう帰ろう」
「そうだね、なんか疲れちゃった」
事を終え、脱力感に見舞われた二人は、咄嗟に背を向けてその場から距離を取った。そして極鋭館へ戻るために踵を返す。巻き上がった火の粉は灰となり、雪のようにゆっくりと落ちてきていた。
――その最中、青白い銀鱗のような微小な破片が、ふわりと華奈と匠の背中に張り付いたことには、気づいていない。
――
【夕刻・匠の部屋】
「今日は散々だったな。戻ればやれ屋根の補修だ、漆喰を塗れだと、疲れたよ」
神社から戻ったまでは良かったが、待っていたのは頑固親父からの容赦ない雑務の命令だった。屋根の補修から道場のワックス掛けまで、ここまでこき使うかと匠は文句を垂れる。
しかし、どうやら「お泊まりの件」に直接絡んだお仕置きではないらしく、姉たちも同じように顎で使われていたのが唯一の救いだった。
「はい、お茶を入れたから休んで、休んで」
ともかく厄介払いが出来たということで、華奈が入れてくれたお茶を嗜み、横浜名物の霧笛楼のお菓子を食べる。ひとときの平穏を味わった後、その日の華奈は素直に自分の自宅へと戻っていった。
※※※※※
【水蘭高校・剣道部室】
「ひゃぁーーっ!? なんで、なんで槍がいるのよ!」
土曜日の放課後。部長の愛莉は、誰もいない部室で悲鳴を上げていた。
確かに匠に譲り渡したはずのあの槍が、何事もなかったかのように元の場所に鎮座している。まだ新入生への部活招集はかけていないし、何より部室の鍵は厳重に閉まっていた。今の状況はあまりにも理解し難い。
狼狽える愛莉をよそに、槍の穂先からどす黒く禍々しい妖気が染み出し、彼女を包み込もうと蠢く。
「いや、いやぁ――」
『恐れることはない。我と過ごした記憶を、少しばかり抜くだけだ』
どこからか響いた冷徹な声。
ハッと気がついた時、愛莉はぽつんと佇んでいた。
「あれ? 私、何してたんだっけ……」
確かに何かに酷く怯えていた記憶はある。しかし、その恐怖の対象ごと綺麗に消ぎ落とされた彼女は、ただ茫然と部室の真ん中で立ち尽くすだけだった。
ちょっと変わった設定の物語。気に入ったのでしたらイイネお願いします




