巨乳美少女の行方。
【魔人族領・碧の湖】
「ぶはっ! げほっ、ごほっ……! もうファル君、突然なによもう!」
錐揉み状態までの記憶はあったものの、途中で気を失い、次に気が付けば真っ青な水中の世界だった。
浮き上がる空気の泡を頼りに必死に泳ぎ、どうにか水面へと顔を出す。
ちなみにファル君のせいにしているが、自分の善意(虫取り)が原因だとは微塵も思っていないメアリーであった。
(岸まで辿り着けるかしら……この距離、ちょっとヤバいよね……)
何とか浮き上がり、自分の置かれている状況を確認すると、岸までの距離が結構ある。少し不安になりながらあたりを見渡していると、不自然な黒い影を見つけた。
「やった、助かった!」
その影――船は、ゆっくりとこちらに向かってくる。多分ファルから落ちた人影を見て様子見に来たらしい。
声を張り上げて助けを求めたメアリーだったが、船に乗っていた漁民たちの姿を間近で見た瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がった。
――魔人族だ。
人間とは明らかに違う肌と風貌を持つ彼らと目が合った瞬間、メアリーは恐怖のあまり、手足をバタつかせ溺れそうになる。
とはいえ、目の前で派手な音を立てて溺れている者を放置するほど、彼らも無慈悲ではなかった。道理に従い、彼女は船上へと引き上げられる。
「ゲホッ……あ、ありがとうございますわ……」
「こりゃ人間族でも、とんでもねぇ上玉だもの!あれ、あれ!」
濡れそぼり、息を荒くするメアリー。
しかし、引き上げた魔人族の漁民たちは、彼女の顔を見るなりギョッと目を見張った。
「あぁアレな、アレにうってつけだもの。あそこさ持って行がねば!それにしても眼福だべさ」
漁民たちの視線が、水でぴったりと張り付いたメアリーの、大きな大きな双丘へと集中する。
「ちょっと、なにジロジロみてるのよ……ひゃっ!? あ、ありがと」
オジサンたちはメアリーの双丘を見て、眼福だけで満足しているらしい。ボロだが濡れた身体に必要な、大きな布を掛けてくれた。
【蒼の湖・湖畔の村】
「ここが貴方たちの村なのね」
「んだ。今からアンタば連れて魔王城に向かうんだべ」
まさかの展開だった。冷静に考えても、拉致から魔王城へ連行され、献上品にされる未来しか見えない。
だが、メアリーとてタダで流されるような殊勝な女ではなかった。
「――魅力!」
ここぞとばかりに魔眼のスキルを発動し、まずは目の前の村人を瞬時に味方に付けた。
「ここから人間領に戻れますか?」
「無理だもの。歩きだば半年以上だぉ」
「はっ? ちょっと、地図見せて!」
メアリーは、ファストくんに乗って飛んだ記憶と、差し出された地図を必死に照らし合わせる。
「彼の寝床はこの辺りで、あの渓谷はここで……じゃあ、目の前のこの湖は一体どこなの」
記憶を辿り、地図の上で答え合わせをしていく。しかし、メアリーの指はどんどん北側へと向かっていき。すでに魔王城すら通り越していた。この先に待つ答えが怖くなったのか、彼女の指先が微妙に震え始める。
「蒼の湖はここだもの。ここだもの、遠とおがべなぁ……」
漁民が指し示した場所は、魔王城よりもさらに遥か上に位置する、世界の北の果ての湖だった。
その瞬間、メアリーの目が点になる――。
路銀もなく、人間領への転移魔法陣もない。村人を魅了して協力させたところで、この世界の最果てから徒歩で帰れる距離ではない。途中で魔物か飢えに倒れる未来しか見えなかった。
辺境の村で一生を終えるなど、十代のメアリーには到底受け入れられない。
「魔王城までは転移魔法陣を使うわよね? 行き先は変えられるの?」
「そんなの無理だっぺさ。魔王城にしか行けねだ」
(ワンチャン、転移魔法陣を書き換えて逃げ出せるかもって思ったのに……)
その目論見も、行き先固定と知ってあっさり潰えた。
残る道は、魔王城へ向かい隙を見て逃げ出すことだけだ。
(でも、行ったら絶対ろくな目に遭わないわよね……)
それでも他に道はなく、メアリーは魔王レオンの御触れに従い、魔王城へ向かうしかなかった。
【魔王城・正門】
「魔王様にー、このめんけぇ献上品さ持ってきだべさ」
「薄汚れているが上物だね。すぐに身綺麗にした方がいいな」
正門を守る鬼族の女番兵は、薄汚れているメアリーを一目見て、磨けば極上の献上品に変わると瞬時に判断した。
そして――。
「私たちにお任せください!」
やる気溢れる城の侍女たちによって風呂へと強制連行され、丁寧に身体を磨き上げられる。
そして、上質なシルクのドレスを着せられ、完璧な化粧まで施された。
「眼帯は外さないから」
「承知しました」
切り札である魔眼だけは見せるわけにいかない。右目の化粧だけは頑として拒み、最後に漆黒の眼帯を着ける。
「気高く、それでいて凛々しいお姿ですね」
それが図らずも、彼女に影を帯びた戦姫のような神秘的な風格を与えていた。
「あ、ありがとう」
侍女たちは嫌々ではなく、まるで大切な客人を迎えるように懸命に世話をしてくれる。
(どうして……私は敵なのに)
魔人族は、なぜ誰一人として敵意を向けてこないのだろう。
そんな素朴な疑問が、メアリーの胸に芽生えた。
【魔王城・玉座の間】
「こちらでお待ち下さい」
執事のバランに連れられ、いよいよ次は魔王との謁見だ。
「ここって、魔王城の玉座だよね(大汗)」
歴史書の挿絵に出てくるそのものを目にして、メアリーは驚愕の表情を浮かべる。
「魔王レオン様、お成りです」
やがて、命令を下した張本人たる魔王が玉座に現れた。
「お前は貴族のメアリーとか言ったな。楽にするが良い」
「お初にお目に掛かります、魔王レオン様」
貴族たるもの、まずは礼儀から。その言葉通り、作法に従い優美なカーテシーを披露する。
相手はあの魔王だ。些細な不敬で首を飛ばされかねない。緊張が張り詰める中、精一杯の愛想を返した。
「流石は貴族だな。礼儀正しい奴は嫌いじゃないぞ。どうだそれ、気に入ってくれたか?」
「人間のわたくしに、これほど手厚くしていただき、ありがとう存じます」
冷静に返しはするものの、あまりにも手厚すぎるもてなしに、メアリーの脳内には最悪の結末が浮かんでいた。
(何よこの高待遇……! ヤバいよ、魔王の生贄として操を散らされちゃうんじゃないの!?)
そもそも敵同士。その上、生娘、美少女、爆乳と条件が揃えば、そう勘ぐるのも無理はなかった。
しかし魔王は、下品に舌なめずりをするでも凝視するでもなく、ただドーンと玉座に構えたまま、不敵な笑みを浮かべ、興味なさげにしている。
「先ずは……メアリー、お前は匠という少年を知っているか?」
魔王がそれを尋ねるのは想定内。だが正直に答えれば何が起きるか分からない。
メアリーは慎重に口を開いた。
「《剣》《士》の、匠でしたら存じております」
「知り合いなのか」
「《一》《応》、面識はあります」
ここで「自分が日本から連れてきた張本人なので、割と親密です」などと言えるわけもなく、貴族言葉全開の遠回しなやり取りを続ける。
しかし――。
「そうか。親交を深めていなかったのか。それは残念だ」
「魔王レオン様、お役に立てず申し訳ありません」
乗り切った――。
そう思った瞬間、背後に衣擦れの音を感じた。
振り返ると、ピエロのような男が思い切り両腕で『バッテン』を構え、ニヤリと不敵に笑っている。
嘘を見抜く悪魔――アビルゲイ。
「ほう。我は嘘つきは嫌いでな。アビー、すべて吐かせよ」
「御意!」
しくじった――!
メアリーの脳裏を絶望がよぎる。背後から聞こえる「イヒヒィ」という笑い声。ここで匠に関する情報をすべて吐露しなければ、本当にここで終わる。
彼女は覚悟を決めた。流石に日本の事情までは知らないだろうと考え、フィルモアに到着してからのすべてを、涙目で包み隠さず白状した。
「そうか……華奈の深い愛で、匠はここに送られたのだな」
アビルゲイの事前報告で知ってはいたものの、王国の内情が絡む詳細まではレオンも見抜けていなかった。一人の少女が抱くあまりに深い愛の形は、人間を冷徹に見下ろす魔王の心を、ほんの少しだけ擽る。
「メアリー。匠にどこまで話すかは自由だ。だがお前の役目は言わずしても分るだろ」
「えっ、いやよ。会いたくないのです。あの――」
「あとはアビーに任せる」
全力で拒否するメアリーを無視した魔王レオンは、ニヤリと妖しげな笑みを浮かべると、話し終える前に静かに玉座からその姿を消した。
【魔王城・客間】
「もう無理無理! 逃げ出さないと絶対にやばいって! 匠様には会いたいけれど、会ったら私、一体どんな顔をすれば良いのよぉ!」
魔王レオンとの謁見は、ひとまず無事に終わった。だが、このまま城に留まれば、いずれ匠と顔を合わせることになる。
華奈の覚悟を知るメアリーには、それだけは耐えられない。真実を話して匠の反骨心を折り、華奈の想いまで無駄にすることだけはできなかった。
「だから……もう逃げ出すしかないのよ!」
こっそり、コソコソ――。
窓から飛び降りるのは無理だと判断したメアリーは、下階へ向かい、城外へと脱出することにした。周囲を用心深く警戒しながら、忍び足で長い廊下を歩き、一階まで降りていく。
「ご機嫌よう」
途中、何度か城の侍女たちとすれ違ったが、そこは貴族令嬢の面目躍如だった。完璧なすまし顔と堂々とした優雅な足取りを演じ分け、怪しまれることなく難なく切り抜けていく。
(あの扉の先は、確か正門へと続く中庭のはず……! あともう少し、あともう少しだわ……!)
急がず、慌てず、それでいてドレスの裾を揺らし、優雅に急ぎ足で進むメアリーは、ついに外へと繋がる大きな扉の前まで辿り着いた。一旦深く呼吸を整え、意を決して重厚なドアノブを握る。
第一関門、突破――!
心の中で快哉を叫んだ。もう出られる、これで自由の身だ。
だが、開かない――。
押しても引いても、重厚な扉はびくともしなかった。
「――イヒ、イヒヒィ……ッ!」
それどころか、背後からどこかで聞いたことのある、あの耳障りな笑い声が漏れ聞こえてきた。
「ひゃうっ!? ――あ、あらぁ? お、お部屋が分からなくなってしまって、オホホホ……」
「おやぁ? どちらにお出かけなのでしょうかねぇ、メアリー嬢様ぁぁぁ」
ゆっくりと振り返れば、そこには魔法の杖を手にしたピエロ――アビルゲイが、首を横に傾けながら立っていた。
「ですから……ああもう!ここから逃げ出そうとしていたんです!!」
「おかしいですねぇ、おかしいですねぇ? お友達の匠様にお会いにもならずになんてねぇぇ。――イヒヒッ!」
「まぁ色々あるのですよ! だけど今は会いたくないのです!」
この悪魔に嘘をついてもすぐバレる。そう悟ったメアリーは正直に声を荒らげた。
だが、「本当に今の匠には会いたくない」それが偽らざる本心だった。
アビルゲイにも、それが本心だと分かっていた。だが――
「おや、彼に会いたくないということは、想い人が他にいるんですよねぇぇぇ? 白状してもらいましょうかねぇ、メアリー嬢の好きな男の名前をねぇえぇぇぇ!」
華奈の気持ちを思いやっての「会いたくない」を都合よく勘違いしたアビルゲイによる、底意地の悪い尋問が始まった。
生贄にされる恐怖とプレッシャーから、メアリーは涙目で今まで誰にも言わなかった秘密を大暴露する。
「ひゃん! 言う、何でも言いますわよ!私の本命はラインハルト様です! あのお方は匠様より何倍も格好良くて優しくて――!」
中等部に上がる前から密かに恋焦がれていたメアリーの想い人。それはまさかのウィラードの息子、ラインハルトだった。そして、この可憐(?)な乙女の秘密は、すぐさま魔王レオンの元へと届けられることになる。
「――ならば好都合ではないか。妙な色恋の縺れもないし、あの少年は人間との交流を絶っている。情緒の安定も必要だ」
「御意、魔王様の御心のままに」
匠の心を立て直すため――。
メアリーは魔王直々の命令で『専属世話係』を命じられるのだった。




