表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
47/66

悪夢と救済。

戦いに敗れた匠のその後のお話。

【魔王城・客間】


 ――はっ、と息を呑んで匠が目を覚まし、掠れた視界が徐々に焦点を結び始め、視界に入ってきたのは、見慣れぬ古めかしい天蓋てんがいだった。


「……クソ、俺は負けたのか」


 ズキズキと全身が痛み、特に酷い衝撃が残る鳩尾みぞおちを押さえながら、痛む身体を労りながら枕元を確認する。

 そこには、アビルゲイに預けたはずの愛刀――二振りの剣がちゃんと置いてあった。


「魔王って、意外と律儀な奴なんだな……」


 それだけで張り詰めていた肩の力が一気に抜けていく。魔王レオンは敵のはずだが、もしかするとあのウィラードよりも誠実な男なのではないか、という考えが脳裏を過る。

 何はともあれ前に進まなければ、と考え直して身体を起こした。


 ――その時だった。

 匠は、すぐ近くからただならぬ淫らな気配を感じ取り、ギギギと緊張で強張る首を回した。そして途端に硬直する。


「まぁ! お目覚めになられたのですね、ご主人様♥」


 ベッドのすぐ脇。そこには、ボンテージ風の過激なメイド服に身を包み、妖艶な笑みを浮かべたサキュバスの侍女が立っていた。それも見事なまでの双丘は、あのメアリーに引けを取らないほどの暴力的な存在感を放っている。


「……誰だ、お前」

「ふふ、私はあなた様のお世話を仰せつかった侍女のシェラにございます」

「それはありがとう。礼を言う」

「……あの、私、ずぅっと健気に看病していたのですよ? ですから、その……お、お褒美を、いただけないでしょうか……っ!」


 サキュバス侍女――シェラは頬を紅潮させると、徐にモジモジし始め、股間のあたりが不自然にもこりと盛り上がっている布団を凝視し始めた。


「お若くて猛々《たけたけ》しいのですねぇ……♥」

「おい、何を不届きなところを見て――」


 ゴクリ、と妖艶に喉を鳴らし、ジッと凝視し始め、それは獲物を狙う目だ。

 このまま放置したら本当に咥えられかねない。そう本能的な危機感を察知した俺は、必死の気合いでどうにかそこを鎮めた。


 いきなりの破廉恥限界突破な展開に、匠が本気で頭を抱えそうになったその時、客間の引き戸が静かに開いた。


「これ、そこまでにしなさい。お客様が困惑しているだろう」


 割り込んできたのは、先ほど匠に木剣を渡した、仕立ての良いスーツ姿の初老の男だった。


「チッ! ご奉仕するのがサキュバスのお仕事なのですよーだ」


 シェラはつまらなさそうに口を尖らせ、数歩下がる。事なきを得た匠は、ホッと胸をなで下ろした。


「出雲様。私はこの城の執事を務めております、バランと申します。身の回りのものはすべてこちらで用意いたします」


 バランは、まずはここで傷を癒やすこと、武芸の腕を戻すためなら訓練場も使用して構わないこと、そして魔王からの呼び出しがあるまでは自由に行動して良いと言い添えた。

 さらに、路銀と称して、ずっしりとした金貨が入った革袋を手渡される。


「城下は安全ですが、念のため表通りだけにしておいてください」


 そう言って、老執事は慇懃いんぎんに頭を下げて去っていった。


「……人間族の俺が一人のこのこ出歩いて、本当に大丈夫なのか?」


 ぽつりと疑問を呟くと、すかさずシェラがしゃしゃり出てきた。


「私がずうっと付き添うので安心ですわよ、旦那様♥」

「……」

「あ、そんな嫌そうな顔しないでくださいな! ほら、まずは先に治療士を呼んできますわね!」


 すでにカオスな状況に陥りながらも、俺はやってきた治癒魔法士に傷と痛みを治療してもらい、その日はシェラに城の中を案内してもらうことにした。


「ご機嫌よう、匠様」

「あ、ああ……ご機嫌よう」


 敵地のど真ん中、それも要である城の中ということもあり、初めは強く警戒していた。だが、すれ違う侍女や文官らしき男たちは、殺気を放つわけでもなく普通に接してくる。それどころか、悪意や敵意すら一切感じられなかった。


「ふふ、ご褒美をお待ちしてますよ、旦那様♥」


 ――最大の問題は、このサキュバス侍女が隙あらば身体を密着させ、四六時中ベッタリと付き纏ってくることだった。

 豊満な双丘を腕に押し当てられ、彼女の誘惑を難儀しながらあしらうのは、中々どうして骨がいる。

 そんなこんなで時間は過ぎっていった。


【夜・客間】


 だが、本当に過酷な時間は、夜の帳が下りる頃に訪れた。


『イジメは嫌いだけど、それ以上に匠君が嫌い』


 その日の夜、眠りについた匠は、暗闇の夢の中で幼馴染の八雲華奈と刃を交えていた。


「華奈! お前はそんな傲慢な奴じゃないはずだ!」

『本当の私は傲慢な女なのよ。さぁ、お逝きなさい』


 当然のように惨敗を喫する。それだけならまだしも、夢の結末はいつも同じだった。


「グハッ……! 華奈、なんで――」


 ――華奈の日本刀が、背後から匠の心臓を深く突き刺す。自分の胸を貫く血塗れの刃を見ると、あの日、絶望の中で見た景色が鮮明に蘇る。


「ウァァァッ! ――はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」


 屈辱的で最悪な目覚めだ。唯一の救いは、目の前にあの悲壮な顔をしたメアリーがいないことくらいだった。

 跳ね起きた匠は、なんとか乱れた呼吸を落ち着かせ、再び眠りにつく。

 しかし、目を閉じれば、また全く同じ悪夢が再生されるのだ。


「ウァァァッ! ――はぁ、はぁ、はぁ!」


 何度も何度も同じ絶望に引き戻される。このままでは反骨精神を養うどころか、心が憎悪に染まり、闇堕ちする方が早いだろう。

 もし、レベルマックスの闇堕ち剣士として覚醒してしまえば、華奈はもちろん、ウィラードもメアリーも、すべてを笑いながら惨殺してしまうような修羅になる――そんな最悪な未来すら、今の匠には容易に想像ができた。


 そのうなされる様子を、寝室の暗闇からじっと見つめる金色の瞳がきらりと光る。


「恨みは糧になりますが、過ぎれば大毒ですよ、旦那様♥」


 シェラはふっと妖しく瞳を輝かせた。彼女は自身の固有スキルを使い、匠の精神を崩壊から救うべく、彼の悪夢の領域へと直接侵入した。


『グハッ……! 華奈、なんで――』


 またしても、夢の中で背後から心臓を貫かれる。あの日、メアリーの苦痛に満ちた顔を見たあの瞬間が繰り返される。――しかし、今度は違った。


 俺の胸を貫いたはずの冷たい刃を、悪戯っぽい笑みを浮かべたシェラが、その白い手で優しく押し戻していく。

 すると、あれほど痛んだ精神の苦痛が嘘のように消え去り、代わりに、凍てついた心を包み込むような温かな優しさが広がっていった。


「シェラ……お前――」


『ふふ、今は女が必要な時なのですよ、旦那様。夢の中ですけれど……思いっきり私を抱いて癒やされなさいな♥』


 まさに、心の救世主――。


 知らず知らずのうちに、俺はそれほどまでに心の安らぎを求めていたのだろう。妖艶に微笑むシェラの存在がひどく暖かく感じられ、彼女の温もりが、急激に心の中のドス黒い闇を真っ白に染め上げていく。


「俺は、俺は……!」


「さぁ、快楽の世界にご案内しますのよ、旦那様♥」


「……っ」


 次の瞬間、全身の細胞から湧き出るような凄まじい躍動感が、先ほどまで俺を蝕んでいた悪夢の闇を綺麗に蹴散らしてくれた。

 あまりに余ったその生命力は純粋な欲望へと変化し、急激に目の前のシェラが恋しくなる。

 突き動かされるように彼女の身体を乱暴に引き寄せた匠は、その豊かな双丘ごとギュッと強く抱きしめ、貪るように唇を奪い重なり合っていった。



 ※※※※※



【翌朝・客間】


(夢の中でも女を抱くと、ここまで変わるものなのか……)


 翌朝、信じられないほど心が軽くなっていることに気づく。同時に何度も攻め立てた記憶が蘇り思わず赤面してしまう。


(確かにシェラには救われたが――)


 彼女の快楽と慈愛の魔法が、闇落ちを防いでくれたのだが、正直恥ずかしい感情が湧き上がり、どんな顔して接すればいいのか悩む。


「おはようございます旦那様。昨晩は、とても美味しゅうございました♥」


 どこか艶々な彼女が眩しく見える。しかし夢とはいえ、恋愛感情がないまま抱いたことに深い罪悪感が湧いてしまう。

 朝食のカートを押して運んできたシェラに対し、匠は少し照れくさそうに視線を外しながら告げた。


「……なぁ。昨日の夜のこと、あの、その、ありがとな。心が救われたよ」


「まぁっ! 嬉しゅうございますわ!」


「ただ、な。――リアルは、そこは、遠慮させてくれ……本当に堕落してしまう」


「ええ~っ!? そんなぁ!あんなに強くて美味びみだったのにぃ」


 夢の中とはいえ欲望のままに抱いてしまった匠なりのケジメだろう。現実での関係を断られたシェラは、大げさに嘆き崩れるのだった。


【魔王城・玉座の間】


「――もう! 聞いてくださいませレオン様! あの匠様ったら、夢の中で昨晩はあんなに激しく私を抱いておきながら――」


 朝食を運び終えたシェラからレオンは報告を受けたのだが、やれ激しい、凄すぎ、魔人族より優しいなど、聞きたくもない話を散々聞かされる羽目になっていた。そして、話の締めに――。


「快楽ではなく『ありがとう』と言われたのは初めてだったので、私メロメロです♥」


 快楽ではなく、心からの感謝を向けられたのは初めてだった。

 しかも、感謝されながらも「リアルは勘弁してくれ」と一線を引かれた。その焦らされるような態度が、ドM気質の彼女にはたまらなかったらしい。

 男を堕とす達人であるはずのサキュバスが、逆に匠へと夢中になっている。その事実に、アビルゲイは肩を震わせ、レオンも思わず吹き出した。


「中々見どころのある剣士とお見受けしました。あのシェラが任務を忘れて男にガチで惚れるなど、まさに前代未聞(笑)」


「……堕落させるために送り込んだあのシェラを手懐けるとは、底が見えぬ恐ろしい男よ」


 玉座に深く腰掛けた魔王レオンは、ふっと愉しげに口角を上げた。

 それもそのはず、前日の朝にシェラが仕掛けた『魅了チャーム』は、匠の強靭な精神の前には一切通用しなかったのだ。昨晩うなされる彼の精神に介入し、夢の中でなんとか癒やすのが精一杯だったという報告。


 夢の中では欲望を爆発させつつも、現実では「これ以上は堕落する」と自制してみせた匠のストイックさに、レオンは奇妙な興味を抱く。


「シェラが堕とせぬなら、違う方法を試さないとな。なぁバラン」


「レオン様、こちら側に引き込むのであれば、匠には心の支えが必要です。しかし、それは魔人族の女では無理なのでは」


 そう進言したのは、傍らに控えるバランだった。

 冷静沈着で現状分析に長けている彼は、人間を懐柔するには同じ人間をあてがうのが最良だと判断したのだ。

百戦錬磨のシェラすら逆に惚れ込んでいる現状、魔族の手口はもう通用しないだろうという読みもあった。


「ならば人間の娘を用意しろ。あの少年が心を許せる者をな」


「御意。では若くて美しい娘を探しましょう」


「もちろん、胸は大きい方が良い」


「そこ重要なんですか(笑)」


 考えるよりも即実行。それがレオンという魔王の流儀だった。

 果たしてそれが匠に通用するかは、蓋を開けてみるまで分からない。何はともあれ、魔王の気まぐれな命令は下された。

よろしければブクマお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ